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2022年8月12日「日本の企業物価指数は過去最高を更新」

 日銀が10日に発表した7月の企業物価指数速報値は114.5と、前年同月比8.6%上昇となった。前年の水準を上回るのは17か月連続となる。7月の指数は調査を開始した1960年以降で最も高かった。

 6月の上昇率は先月発表時点の9.2%から9.4%に、4月も9.9%から10.0%にそれぞれ上方修正された。4月の上昇率は1981年1月以降で最も高い。

 ロシアによるウクライナ侵攻に伴う供給制約への懸念でエネルギーなどの資源価格が高止まりしていることに加え、円安が拍車をかけている。円ベースの輸入物価の上昇率は48.0%となり、ドルなど契約通貨ベースの25.4%を大きく上回った。

 寄与度が高いのは、事業用電力、都市ガスなどの電力・都市ガス・水道料金と、配合飼料、小麦粉、植物油搾かすなどの飲食料品となっている。

 WTI先物は3月上旬に一時130ドル近辺まで上昇していたが、ここにきて100ドル割れとなっている。しかし、ロシアから欧州への天然ガスの供給が減少するなどしており、エネルギー価格は大きく崩れることも考えづらい。

 ロシアによるウクライナ侵攻は続いており、原油などのエネルギー価格だけでなく穀物価格など高止まりが続く可能性はある。今後、多少落ち着くことはあっても、企業物価指数の高止まりが継続する可能性は高く、一時的という表現は使えないであろう。


2022年8月11日「日銀審議委員にリフレ派が選ばれなかったのは何故か」

 文藝春秋2022年9月号の記事のなかで次のような記述があった。

 3月1日、岸田政権は日銀の審議委員に岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長の高田創を充てると発表した。この人事はリフレ派審議委員の後任を選ぶもの。関係者によるとこの直前、安倍(元首相)は岸田(現首相)に「この人がいいのではないか」とリフレ派のエコノミストを推薦した。しかし、岸田からの答えは「もう決めちゃいましたよ」。(文藝春秋2022年9月号「どうなる? 日銀総裁人事」より)。

 政府は3月1日に日銀の審議委員に岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長の高田創氏と三井住友銀行上席顧問の田村直樹氏を充てる国会同意人事案を衆参両院に提示した。任期は5年。昨年10月に発足した岸田文雄政権が行う初の日銀政策委員会人事となった。

 7月23日に片岡剛士審議委員と鈴木人司審議委員が任期満了となることで、特にリフレ派の片岡審議委員の後任の人事案が注目されていた。そこに安倍元首相が何らかのかたちで関与していたであろうことは想像に難くない。

 そもそも日銀にリフレ派と呼ばれる人達を半ば強引に送り込んできたのは、安倍元政権や菅前政権のときであった。黒田総裁を含めればリフレ派で金融政策決定会合の投票権のあるメンバー9名(政策委員と呼ばれる)のうち過半数となる5人を占めるに至っていた。

 それに対して岸田政権がどのような人物を特にリフレ派の片岡剛士審議委員の後任に選ぶのかが注目された。三井住友銀行上席顧問の田村直樹氏は、やはり銀行出身の鈴木人司審議委員の後任なのでいわば銀行枠といえた。

 もしこの記事のとおりであるとするならば、いくつかはっきりしたことがある。ひとつはやはり、リフレ派に押されて安倍元首相経由でリフレ枠の後任を人事案を岸田首相に推薦しようとしたこと。しかし、タイミングからみて、やや遅かったように思われること。

 日銀審議委員人事も含めた人事権は当然ながら現役の首相にある。自民党での影響力が大きいとはいえ安倍元首相が何と言おうと決めるのは岸田首相となる。安倍元首相の推薦のタイミングが遅かったようにみえたのは、この記事にもあったように安倍元首相が日銀の金融政策への関心が薄れていたからとの見方もできるかもしれない。それ以前に、すでに岸田首相はこういったことも見越した上で、事前に人事を決めていた可能性も高い。

 これによって日銀の政策委員のうちリフレ派は総裁も含めると4名となった。これで日銀が政策修正に動けけるとの過度な期待は禁物かもしれないが、その環境作りの一環ともなる。それをも見越した人事と言える。むろんこの記事の主題にあったように日銀にとっては、そろそろ固まっておかしくない次期日銀総裁人事の行方が今後、最大の焦点なのではあるが。

 ちなみに7月23日に日銀の審議委員を任期満了で退任した片岡剛士氏は、8月1日付でPwCコンサルティングのチーフエコノミストに就任した(8月1日付日本経済新聞)


2022年8月11日「米消費者物価指数は前月から鈍化。FRBによる大幅利上げ観測が後退し、米株は上昇したが、米長期金利は急低下後に前日水準に戻される」

 米労働省が10日に発表した7月の消費者物価指数は前年同月比8.5%上昇となった。伸び率は約40年半ぶりの大きさだった6月の9.1%から縮小し、市場予想の8.7%も下回った。エネルギーと食品を除くコア指数は前月と同じ5.9%にとどまり、予想の6.1%を下回った。

 前月比では横ばいとなり、20年6月以降続いていた上昇がとまった。ひとまずピークアウトした可能性もあるが、高止まりが続くとみておいたほうが良さそうである。

 家賃や外食の価格が代表例で、こうしたモノやサービスの価格上昇は一度速まると下がりにくく、根深いインフレ圧力になる。アトランタ連銀がそうした「粘着価格」を集めてつくった消費者物価指数は6月、1年間の上昇率が5.6%に達した。1991年2月以来、約31年ぶりの水準で、まだ加速が止まらない(10日付日本経済新聞)。

 予想を下回った米消費者物価指数を受けて、9月のFOMCでの利上げ幅は0.75%ではなく0.50%かとの見方も出てきた。昨日の米国株式市場ではインフレ懸念が和らいだことを好感し、ハイテク株をはじめ幅広い銘柄が買われ、ダウ平均は反発し535ドル高、ナスダックは360ポイントの上昇となった。

 米債も買われ、米10年債利回りは一時2.67%まで低下した。この長期金利の低下も受けて、ドル円は132円近くまで低下(円高ドル安)。ところが、米10年債利回りはここから戻り売りに押され、結局、前日比変わらずの2.78%。ドル円は戻りきれなかったもののそれでも133円あたりまで切り返していた。いったい何があったのか。

 米株が大きく上昇し、これを受けてリスクオンの動きが意識されたことが考えられる。リスク回避の反対の動きとなることで、米債は戻り売りに押されたとの見方である。それだけではなく、シカゴ連銀のエバンズ総裁の発言が影響したようである。10日にエバンズ総裁は、7月のCPIを「最初の前向きな統計」と評価しながらも、インフレ率は「受け入れがたいほど高い」と述べたのである。

 インフレ率は今後鈍化しピークアウトするかもしれないが、水準そのものは歴史的にも非常に高い水準が続くことが予想される。FRBの掲げる物価目標の2%からは大きく解離しており、FRBはインフレ警戒姿勢を保つとの見方から、米債は戻り売りに押され、ドル円も切り返したのである。


2022年8月10日「銀行主導のスマホの個人向け送金サービスが10月に開始、PayPayなどの個人間送金と何が違うのか」

 大手銀行などが主導するスマートフォンを通じた個人向けの送金サービスが10月にスタートすることになった。このサービスは、10万円以下の個人間の送金を対象とし、大手銀行の三菱UFJ、三井住友、みずほ、りそななどが共同で設立した決済サービス会社を通じてことし10月11日から、順次、スタートする。

 すでに個人間の送金アプリは存在している。PayPayなどはスマホによるキャッシュレス決済とともに送金も可能となっている。このため若者などを主体にすでに利用している人も多いのではないかと思う。そこに果たしてこの銀行のアプリが入り込む余地があるのであろうか。

 メガバンクらが推進する「ことら送金サービス」が10月11日よりスタートする。「ことら」に対応した銀行間であれば、10万円以下の個人間送金が手数料無料になる場合もあるなど、小口の資金決済における利便性向上を図る。ことらは、メガバンクが中心となり設立された、小口資金決済のための決済インフラである。

 ことら対応銀行間であれば、個人口座間で送金手数料を少額に抑えて、小口送金(10万円以下)が可能となる。手数料はアプリ事業者が決めることになっているが、三井住友銀行やWallet+では手数料無料を予告している。

 ここで注意すべきは、ことら自体のアプリはなく、各金融機関の決済アプリなどを通じての利用となる点。サービスには大手銀行や地方銀行など37行が参加を表明し、三菱UFJ銀行と三井住友銀行とみずほ銀行は8日、全国の金融機関が加盟する決済アプリ「Bank Pay」を通じて10月11日から無料で送金できる。

 つまり「ことら送金サービス」の利用に際しては、メガバンクは決済アプリ「Bank Pay」を通じて行うことになる。「ことら送金サービス」を使うことで「Bank Payの普及を促すという意図もありそうである。すでにPayPayやKyash(キャッシュ)、LINE Payなどでは個人間送金も可能になっており、すでに個人間送金を利用している人には、必要ないかもしれない。

 加盟店側としては加盟店の手数料率が1%台と安く、ひとつの銀行と契約するだけで、全口座引き落とし対応が可能、3営業日後に入金となるなどメリットは大きい。

 それに対して、利用者側からするとポイント還元などを行っているPayPayなどに比べて魅力が欠ける。「Bank Pay」を使うインセンティブに乏しいといえる。むろん銀行の決済インフラを利用するので安心という側面はあるが、それよりも還元セールの方が魅力という利用者は多いであろう。

 スマホ決済はあまり使っていない人、もしくはそういう相手と個人間送金をする場合には、より安心な「Bank Pay」を使う機会はあるかもしれない。


2022年8月9日「歴史を振り返ることも必要。高インフレが米国を襲った1970〜80年代の状況」

 FRBは根強いインフレ圧力を前に景気を犠牲にしてでも金融引き締めを続ける覚悟だ。前回、高インフレが米国を襲った1970〜80年代の経験も踏まえると「不況下のドル高」になる可能性がある(8日付日本経済新聞)。

 この記事にある高インフレが米国を襲った1970〜80年代の経験とはいかなるものであったのか。金融市場の変遷とともに辿ってみたい。

ニクソン・ショック

 1969年1月に成立した米国のニクソン政権は大幅な財政拡大政策を取り、連邦予算は1969年の30億ドルの黒字から、1971年には230億ドルの赤字を出すまでに膨張した。

 1971年春には猛烈な投機により外国中央銀行にはドルが溢れ、米国の金準備は大量に外国に流出した。

 その年の8月15日、リチャード・ニクソン大統領は、テレビとラジオで全米に向けて声明を発表した。主な要点は、税と歳出削減、雇用促進策、価格政策の発動、金ドル交換停止、10%の輸入課徴金の導入などであった。

 この中で特に注目されたのが「金とドルの交換停止」。これによって第二次大戦後の通貨の枠組みであったブレトン・ウッズ体制が崩壊し、為替市場は新たな展開を迎えた。これにより人類の歴史上、長く続いた金を中心とした貴金属と通貨の関係が完全に切り離され、通貨は通貨間の相対価値が基準になるという現在に続く変動相場制へと移行することになる。このニクソン大統領による声明は世界に大きなショックを与え、ニクソン・ショックやドル・ショックと呼ばれた。

スミソニアン合意

 ニクソン・ショックの同年12月に、ワシントンのスミソニアン博物館で開かれた10か国蔵相会議では、ニクソン大統領が発表した米国の新経済政策をうけて、通貨に関するいくつかの措置が合意された。これがスミソニアン合意である。

 ドルを切り下げ、為替の変動幅を従来の上下1%から暫定的に2.25%に拡大された。円レートは16.88%切り上げられて308円に変更された。

 しかし、スミソニアン体制でも為替相場は安定せず、ドル売りは止まらず、さらに1973年には第4次中東戦争の勃発による原油価格の急騰によるいわゆるオイル・ショックによるインフレ圧力も追い討ちをかける格好となった。

 米国や英国の国際収支は改善されず、英国をはじめ各国がスミソニアン体制を放棄したことにより、1973年に主要先進国は変動相場制に移行し、スミソニアン体制はわずか2年で崩壊となった。

キングストン合意

 1975年にジャマイカのキングストンでIMFの暫定委員会が開かれ、通貨制度の改革が協議された。1976年に、変動相場制の正式承認を含むIMF協定の第2次改正が決定しました。これにより加盟国はどのような為替制度をとることも自由となり、正式に変動相場制への移行することになった。これにより金の廃貨も正式に決まった。この制度は1978年4月1日に発効となり、これをキングストン合意と呼ぶ。

デリバティブ取引の開始

 現在のかたちでのデリバティブ、つまり金融派生商品が登場したのは、米国のシカゴにおいてである。米国では19世紀に中西部の開拓が進み、穀物の取引が盛んになる。ミシガン湖畔で海上交通上の主要地であったシカゴに穀物は集められ、この穀の季節的な価格変動リスクを避けるために、収穫前に値段を決め収穫時に現物を受け渡すといった取引が盛んになる。

 1848年に世界初の先物取引所といわれるシカゴ商品取引所(CBT)が設立され、ここではまず穀物に対する先物取引が行われ始まった。この先物取引のモデルとされたのが、大坂堂島の米の先物取引であった。

 ニクソン・ショックにより、通貨は固定相場から変動相場へと移り、価格変動リスクに晒されることとなり、このリスクを回避するため、通貨を先物市場へ上場することが検討され、1972年5月にシカゴにあるもうひとつの大きな取引所のシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)で、通貨先物取引が開始された。

 1975年にはシカゴ商品取引所(CBT)で初めて政府機関債の先物と金先物が上場され、1977年にアメリカ長期国債先物の取引が開始された。

 1976年にはCMEでユーロ・ドル金利先物が上場され、1982年に株価指数先物、さらにCBTでは派生商品の派生商品ともいえる株価指数先物オプションが導入された。こうして現在行われているデリバティブ取引の多くがスタートした。

証券化商品とスワップ取引

 1980年代初めには米国の投資銀行のソロモン・ブラザーズのシドニー・ホーマーが債券の元本部分と利息部分を分けて2つの証券を作り出すという、ストリップと呼ばれる手法を編み出した。

 これがきっかけとなり、流動性の低い金融資産を流動性の高い商品に組み替える証券化の動きが盛んとなる。特に住宅ローンという巨大な市場において「証券化」が進みモーゲージ証券が組成されるようになった。

 1981年にはソロモン・ブラザーズが、米国企業のIBMと世界銀行による米ドルとスイスフランの通貨スワップをアレンジし、これをきっかけにスワップ取引が急速に成長した。

電子取引の開始

 1969年に設立された通信社のテレレートは端末を使って米国の電子取引を開始した。また、1970年には米国の店頭株市場であるナスダックに自動注文執行システムが導入され、1973年にはロイターがモニター・マネー・レート・サービスを開始し、外国為替の24時間電子取引市場が生まれた。また1981年にはブルーム・バーグが設立されるなど、金融市場では急速にコンピューター化が進み取引が効率化されるとともに、世界のニュースや市場の動向が瞬時に伝わるようになった。

ボルカー・ショック

 1979年8月にFRB議長に就任したポール・ボルカーは、同年秋に臨時のFOMCを開催し、金融政策の操作目標を従来のFFレートから銀行準備に変更し、マネー・サプライの安定化を目標とした。第二次オイル・ショックによるインフレの強まりの対処するため、インフレ抑制を最優先課題とした貨幣供給量を引き締める高金利政策を実施した。

 このマネー・サプライ政策はマネーをコントロールするためにFFレートの大幅な変動を容認したことにより、FFレートは結果的に一時22%にまで上昇した。急激な金融引き締めによる金利の高騰により中小金融機関の多くが倒産に追い込まれ、失業率が大幅に悪化したが、高いインフレ率は収まりを見せ、一時リセッションに陥った景気もその後、急回復したのである。

レーガノミックス

 1981年1月に米国大統領に就任したロナルド・レーガンは歳出カットと減税の組み合わせにより小さな政府を目指し、併せて規制緩和を推進することで民間活力を再び引き出そうとしました。これがレーガノミックスと呼ばれた政策である。

 大幅減税に関しては予定通り実施したものの、歳出削減については、レーガン大統領自身が「強いアメリカ」を標榜して国防予算を膨らませてしまったことから、むしろ財政赤字は減るどころか急増してしまった

 金融政策はインフレ抑制のために引き締めを続けたことで、財政拡大と金融引き締めのポリシーミックスにより、必然的に高金利とドル高が生み出されることになった。

 このように1980年代の前半は財政赤字に伴う米国債の大量発行や、発行された米国債の金利が年利10%台と高くなっていたことなどを受けて、日本をはじめ巨額の投資資金が米国に流入した。

 特に日本では1980年12月に外為法が改正されたことで対外投資が原則自由になり、対米投資が貿易黒字を上回るペースで拡大したことでドル買い需要が強まりドル高を招く結果となった。


2022年8月8日「2012年4月に日銀が物価安定の目途を置いた真相とは」

 日銀は7月29日に2012年1〜6月に開いた金融政策決定会合の議事録を公表した。

 2012年2月14日の金融政策決定会合では、中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として「中長期的な物価安定の目途」を示すことにすることを決定した。

 「中長期的な物価安定の目途」とは、消費者物価指数の前年比上昇率で2%以下のプラス領域にあるとある程度幅を持って示すこととした。その上で、「当面は1%を目途(Goal)」として、金融政策運営において目指す物価上昇率を明確にした。

 2012年2月14日の金融政策決定会合の議事録のなかで、当時の白川総裁は下記のような発言をしていた。

 「政策姿勢の明確化というテーマで、取り敢えず今申し上げたが、これはある意味で、中央銀行の行う金融政策をどういう原理で行っていくのかという、ある種中央銀行にとって──ややオーバーな言葉かもしれないが──憲法のようなものであって、非常に大きな話である。非常に大きな問題を議論しているという認識のもとに、これは議論した方が良いと思っている」

 具体的な数字を出して、それに向けて金融政策を行うことは、いわば憲法のようなものを制定しそれに縛られるということになる。白川総裁(当時)はそれがいろいろな弊害を生みかねないとして懸念を示したとの見方もできよう。

 物価目標の数字に関して西村副総裁(当時)が下記のように発言していた。

 「最近Fedが彼等のデュアル・マンデートと整合的なロンガーラン・ゴールとしてPCEデフレーターで2%と明示し、欧州中央銀行も長期の目標としてHICPの――2%以下だが――2%に近いと明示していることは、十分に考慮しなければならないと思う。長期の正常状態を想定する時、主要国の多くが共通の物価上昇率を目指しているならば、それと同じ上昇率を目指す必要がある」

 2012年1月25日のFOMCで、FRBは物価に対して特定の長期的な目標(ゴール)を置くこととし、それをPCEの物価指数(PCEデフレーター)の2%とした。2月14日の日銀のバレンタイン緩和はこれによる影響が大きかったことも事実であろう。

 2012年2月10日の読売新聞に、与党内での日銀への追加緩和圧力が強まっていると報じられていた。9日の衆院予算委員会で野田総理(当時)は、名目3%、実質2%という成長率目標の達成に向けて、日銀と問題意識を固く共有していきたいと述べた。

 米国が2%というインフレ目標を置いたことで、欧米の中銀の目標とされる数字と乖離している点なども指摘されていた。物価安定の理解などに対しては、わかりやすさを重視するためにもうひと工夫するなどの対応を行うのではとの見方も出ていた。


2022年8月8日「イングランド銀行は0.5%の大幅利上げを決定するとともに年内リセッション入りを予想」

 英国の中央銀行であるイングランド銀行は4日の金融政策委員会(Monetary Policy Committee)において、政策金利を0.5%引き上げて年1.75%にすることを決定した。MPCメンバー9人のうち8人が0.5%の利上げを支持した。テンレイロ委員は0.25%を主張した。

 利上げは6会合連続となる。0.5%の利上げは1995年2月以来27年半ぶり。1997年に金融政策運営の独立を政府から認められ、金利を自由に決められるようになってからでは初めて(4日付日本経済新聞)。

 保有資産の圧縮に向けて、過去に買い入れた英国債の市場での売却開始を、9月中旬の次回会合で決議することも確認した。市場環境をみながら早ければ同月から売り始める。すでに3月から満期を迎えた債券の再投資を止めることで残高を減らしている。

 利上げを急ぐ背景には深刻な物価高がある。6月の英国の消費者物価は前年同月比9.4%の上昇と40年ぶりの高い伸びとなり、インフレ抑制を優先した格好。

 今後の景気見通しを下方修正した。これまで早ければ2024年にゼロ成長に陥るとみていたが、今回は今年第4四半期にリセッション(景気後退)入りすると予想。リセッションは5四半期続き、国内総生産(GDP)が2.1%減少するとの見込みを示した。

 4日の英国債は買われていたが、0.5%の利上げが予想通りであったことに加え、今年第4四半期にリセッション入りすると予想を受けて、主要中央銀行の積極的な金融引き締めで世界景気が減速するとの懸念の強まりが背景にあった。


2022年8月5日「トルコの物価急騰の要因は利上げは考えないという異例の金融政策にあり」

 トルコ統計局は3日、7月の消費者物価指数(CPI)上昇率が前年同月比79.6%だったと発表した。物価上昇率は6月の78.6%から加速し、1998年9月以来の高水準となった。

 食品や交通費、家賃など生活関連の物価高騰が市民生活を圧迫する。募る国民の不満は、インフレ鎮静化に有効な手立てを打てていないエルドアン政権に向かう(4日付日本経済新聞)。

 トルコのエルドアン大統領はいまだに「金利が下がればインフレ率も下がる」と逆の主張を続けている。このため、トルコ中央銀行はこれだけの物価高にもかかわらず、利上げが出来ない状態にある。  エルドアン大統領はこれまで、自らの意向に沿わないトルコ中央銀行総裁を解任してきた。現在のトルコ中銀ができるのは利下げか現状維持かとなっている。

 これを受けて通貨リラは下落し、対ドルで1年前の半値以下にある。通貨安もさらなる物価上昇を招く格好となっている。

 日本経済新聞によると民間の学者らでつくるENAグループは7月のCPI上昇率を175.6%と発表するなど、インフレ実態は公式統計より悪いとの見方すらあるとか。

 トルコの問題の根っこには異例の金融政策がある。本来であれば、このトルコを反面教師にすべきところではある。しかし、似たような政策を行っているのが我が国の中央銀行であることにも注意する必要がある。


2022年8月4日「FRBは長期金利の2.5%を防衛ラインに?」

 ペロシ米下院議長が2日に台湾を訪問する見通しだと複数の米メディアが報じ、訪問に反対する中国との間で緊張が高まる地政学的リスクも意識され、1日の米10年債利回り(米長期金利)は2.57%に低下した。2日の東京時間では2.54%に低下した。

 米長期金利は2.5%が心理的な節目とされている。中立金利についてFOMC内で多少の意見の相違はあるが、平均的には2.25%〜2.5%程度と想定されている。そして先月の利上げによって政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標は2.25〜2.50%となっていた。ここを下回ると典型的な長短金利逆転現象となる。

 これが意識されていたのかどうかはわからないが、地政学的リスクも加わって米長期金利に低下圧力が強まり相なタイミングで、FRB関係者がそれにブレーキを掛けた格好となった、

 サンフランシスコ連銀のデーリー総裁の発言で、同総裁は約40年ぶりの高インフレとの闘いはほぼ完了の状況から「ほど遠い」とコメント。シカゴ連銀のエバンス総裁は物価圧力抑制のため来年も利上げを続ける必要性があるとの見解を示唆した。週末にはミネアポリス連銀のカシュカリ総裁が中銀目標の達成には「長い道のりがある」との認識を示した(3日付ブルームバーグ)。

 セントルイス連銀のブラード総裁は2日、FRBが米経済にリセッション(景気後退)を引き起こさずに高インフレを抑制できるとの認識を示していた。「政策金利の急速な引き上げと量的引き締めの開始で対応している」と説明していた(3日付ブルームバーグ)。

 クリーブランド連銀のメスター総裁は、インフレの制御が「健全な経済の基本部分」であるため、米金融当局はそれにコミットしていると述べた(3日付ブルームバーグ)。

 たまたまのタイミングであった可能性もあるが、これにより米長期金利の2.5%割れはひとまず回避され、2.5%近辺がいったんボトムとして認識される可能性がある。


1 2022年8月3日「ペロシ米下院議長の台湾訪問で地政学的リスクが高まる。なぜこのタイミングでの訪台なのか」

 ペロシ米下院議長は台湾を訪問。現職の下院議長としては1997年のギングリッチ氏(共和)以来25年ぶりとなる。

 英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)がペロシ氏の訪台計画を報じたのは7月18日。FTによると、中国は米国に対し水面下でこれまでより強い態度で反対の意向を伝達してきた。

 バイデン米大統領は20日、記者団にペロシ氏の訪台について「米軍はいい考えだと思っていない」と表明した。公の場で計画を認めたことで政権内の足並みの乱れが露呈し、予想された中国の激しい反発を招いた面があるとこちらは26日の日本経済新聞が報じていた。

 中国国防省の報道官は26日の記者会見で「米国側が独断で強行すれば、中国軍は決して座視せず、必ず強力な措置を講じる。国家主権と領土を断固として守る」と明言、中止を迫っていた。

 ペロシ氏の訪台を受けて、米中の緊張が高まることが予想され、2日の東京市場では地政学的リスクを意識したリスク回避の動きが強まった。3日の米国株式市場も下落したが、米債はFRB高官が相次いでインフレを強く警戒する発言をしたことで価格は急落し、利回りが急上昇した。これを受けドル円は2日の130円台から133円台に上昇し、リスク回避の動きは一時的なものとなっていた。

 現状、ペロシ米下院議長によるり台湾訪問の目的ははっきりしていない。タイミングとしては最悪との見方があるが、あえてこのタイミングを狙ったかのような台湾訪問でもある。ただし、タイミングとしては米議会の夏休みに合わせただけとの見方もある。

 ナンシー・パトリシア・ペロシ氏は民主党所属でカリフォルニア州第8区から選出。米国史上最初の女性の下院議長である。ペロシ氏は中国政府の人権抑圧政策に厳しい態度をとっており、天安門事件やチベット動乱における中国政府の行為を強く批判してきた。1991年には北京の天安門広場を電撃訪問し、民主化を訴える横断幕を掲げていた。


2022年8月2日「ペロシ・ショックか、米中の緊張の高まりでリスク回避の動きに。ドル円は130円台に」

 ペロシ米下院議長は2日に台湾を訪問する見通しだと、同氏の計画に詳しい複数の関係者が明らかにした。ロシ氏の訪台が実現すれば、現職の下院議長としては1997年のギングリッチ氏(共和)以来25年ぶり。関係者の1人によれば、蔡英文総統との会談は3日に予定されている(2日付ブルームバーグ)。

 中国は同氏が台湾を訪問すれば、外交関係に「重大な影響」が及ぶことになると警告していたことに加え、中国メディアは、ペロシ氏の訪台に対して中国人民解放軍は積極的な対応をとると示唆していた。

 ペロシ米下院議長の台湾訪問により、米中の緊張が高まる懸念が強まり、金融市場ではリスク回避の動きを強める格好となった。

 すでに昨日の米国市場で米債はリスク回避の動きも出て、米10年債利回りは2.57%と前日の2.65%から低下していた。そして2日の東京時間になるとペロシ米下院議長の台湾訪問が現実味を帯びてきたこともあり、米10年債利回りは2.54%とさらに低下した。

 外為市場ではリスク回避による円買いに加え、米長期金利の低下を受けてのドル安により、円買いドル売りの圧力が強まった。その結果、ドル円は、およそ2か月ぶりに130円台をつけてきた。


2022年8月2日「物価安定の目途の『目途』が『目処』とならなかったのは、ふにゃっと感が要因か」

 日銀は29日に2012年1〜6月に開いた金融政策決定会合の議事録を公表した。

 2012年2月14日の金融政策決定会合では、中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として「中長期的な物価安定の目途(The Price Stability Goal in the Medium to Long Term)」を示すことにすることを決定した。

 「中長期的な物価安定の目処」とは、消費者物価指数の前年比上昇率で2%以下のプラス領域にあるとある程度幅を持って示すこととした。その上で、「当面は1%を目途(Goal)」として、金融政策運営において目指す物価上昇率を明確にした。実質的なインフレ目標策を導入したことになる。

 どうして2%なのかについては西村副総裁(当時)が下記のように発言していた。

 「最近Fedが彼等のデュアル・マンデートと整合的なロンガーラン・ゴールとしてPCEデフレーターで2%と明示し、欧州中央銀行も長期の目標としてHICPの――2%以下だが――2%に近いと明示していることは、十分に考慮しなければならないと思う。長期の正常状態を想定する時、主要国の多くが共通の物価上昇率を目指しているならば、それと同じ上昇率を目指す必要がある」

 本当に2%で良いのか。これについてはあらためて議論する必要はあると思う。

 そして、白川総裁(当時)は下記のような発言をしていた。

、「政策姿勢の明確化である。具体的な話に入る前に、この議論の位置付けについて、私自身が感じることを申し上げたい。政策姿勢の明確化というテーマで、取り敢えず今申し上げたが、これはある意味で、中央銀行の行う金融政策をどういう原理で行っていくのかという、ある種中央銀行にとって──ややオーバーな言葉かもしれないが──憲法のようなものであって、非常に大きな話である。非常に大きな問題を議論しているという認識のもとに、これは議論した方が良いと思っている。」

 その憲法にしばられてしまうとどうなるのか。それが現在の日銀の姿である。

 それはさておき、中長期的な物価安定の目途(The Price Stability Goal in the Medium to Long Term)の「目途」の漢字を使った理由が面白かった。

雨宮理事(当時、現副総裁)

 それから、もう一つ確認したいのが、「めど」の漢字をどうするかである。

石田内閣府副大臣(当時)

 普通は、「めど」は「目処」である。「目途」は「もくと」である。

宮尾委員(当時)

 「目途」は「めど」とも読む。

雨宮理事(当時)

 ぎりぎり言うと、確かに「目処」が「めど」で「目途」は「もくと」であるが、辞書には「目途」も「めど」と書いてあって、一般的にはこの「目途」という漢字は少し慣れないかもしれない。

白川議長(当時)

 実際に、この「目途」という漢字を使ってルビを振るということではなく、私自身は「めど」と発音したい。勿論、「目途」を「もくと」と読みたい人はそう読んでも構わないが、「目処」の方は何となくふにゃっとする感じがあると思う。

 この際に中長期的な物価安定の「目途」としたが、どうしてこの漢字を使ったのかというのが長年の疑問であった。雨宮理事(当時)の発言のように、この漢字は少し慣れてないと思った。結果として目処を使わなかったのは、何となくふにゃっとする感じがあるためだったようである。


2022年8月1日「鎌倉殿の13人と日銀殿の9人」

 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」とは、13人の合議制であり、鎌倉幕府2代将軍「源頼家」の時代に作られた集団指導体制のことである。 13人とある通り、そのメンバーの数は13名。 いずれも有力な御家人で構成されている。

 しかし、そのメンバー選定にあたっては、当時の有力御家人であった比企氏と北条氏が自らに近い後御家人を加えようとやっきになっている姿がドラマでは描かれていた。

 同様のことが日銀の金融政策を決める合議制のメンバー選定にも行われていた。2013年4月に黒田日銀がスタートしてから、黒田総裁や岩田副前総裁などリフレ派と呼ばれるメンバーが次々と政策委員に選出されていった。

 その背景には安倍元首相、その後の菅前首相がリフレ派を内閣官房参与にも選出するなどしていたことからもわかるように官邸からの影響があった。

 岸田政権に代わり、その状況に変化が生じてきた。「鎌倉殿の13人」で言えば、源頼家に影響力を持つ比企氏が有力であったのが、次第に北条氏が影響力を取り戻すといった構図である。

 日銀は25日、内閣が24日付で日銀政策委員会の審議委員に元岡三証券グローバル・リサーチ・センター理事長の高田創氏(63)と、元三井住友銀行上席顧問の田村直樹氏(61)を任命したと発表した。23日に任期満了で退任した片岡剛士氏、鈴木人司氏の後任。任期は5年(25日付日本経済新聞)。

 高田氏、田村氏ともに現在の日銀の金融政策に理解を示している格好ながら、少なくともリフレ派ではない。それに対し、23日に任期満了で退任した片岡剛士氏は常に追加緩和を主張するなどバリバリのリフレ派であった。

 これによって数の上ではリフレ派とそうでない派が逆転する格好となる。リフレ派は黒田総裁を含めても、若田部副総裁と安達審議委員、野口審議委員の4名となる。9名のうち過半数の5名がリフレ派で占められていた状況から一転する。

 これてすぐ正常化というわけにはいかないか。そもそも多数決とはいえ黒田総裁というトップが頑として正常化を拒否し続けることも予想され、それを覆すこともなかなか困難ではある。

 しかしイングランド銀行では、金融政策を決める上で総裁が少数派に回ったケースが過去にあったこともあり、それが今後、日銀で起きないとは限らない。

 次期日銀総裁人事の行方が明らかになり、その人事とともに日銀の金融政策の正常化に向けたシフトを進める可能性もないとはいえない。

 日銀の物価目標は数字の上では達成されている。9年間も達成できなかったものが達成されたというのはかなり異常な状態ともいえる。欧米では金融政策の正常化から引き締めへシフトしている。日本も異常な緩和策からの転換は必要である。


2022年8月1日「FRBの独立性は実績の積み重ねにより定着」

 米国では連邦準備法により連邦準備銀行は国債を市場から購入する(引受は行わない)ことが定められている。1951年のFRBと財務省との間での合意(いわゆるアコード)により、連邦準備銀行は国債の「市中消化を助けるため」の国債買いオペは行わないことになっている。

 FRBの独立性については特に明文化はされていない。FRBの独立性は実績の積み重ねとともに、政府サイドにいた中央銀行制度の理解者により築き上げられたものだとされている。

 米国のFRB議長、副議長、理事の任命においては、大統領が自ら人事案を公表し、上院銀行・住宅・都市問題委員会が候補者を招いた公聴会を開催し、それを踏まえた上で、同委員会が任命を承認する。その後、それを上院本会議で承認する(連邦準備法10条1)。このように、政治はFRB議長などの任命において深く関与している。

 FRB理事の任期は14年(議長、副議長職は4年、再任可)、FRB理事の罷免には連邦議会の弾劾手続きが必要とされる。

 FRBの独立性を高めるうえで、FRB議長として実績を上げたポール・ボルカー氏、18年6か月とFRB議長としては史上最長の在任期間を記録したアラン・グリーンスパン氏の功績が大きいとされている。

 ルービン元財務長官の回顧録によると、グリーンスパンFRB議長とクリントン元大統領の関係は良好だったとか。1993年までは大統領と財務長官がFRBの政策について度々口を挟み、圧力をかけていたが、クリントン大統領は公の場でFRBの政策について発言をしないという原則を守った。

 これはルービン元財務長官が、大統領や政権幹部に対し、金融政策を公の場で批判しないほうがよいとアドバイスしたことによるとされている。

 「金融政策に言及することを政権が一貫して拒否し、FRBの独立性に無限のサポートを与えることは、金融政策の信認を高め、政権への尊敬を高めることができる」、「真の中央銀行の独立性は、われわれの経済にとって明らかに最適なレジームだと私は考えている」とルービン氏は語った。

 このようにFRB議長の功績により、FRBは政権交代による影響を受けにくい体制が出来上かった。さらにFRB議長は大統領に次ぐ権力者とも言われるようになる。

 ポール・ボルカー元議長は、民主党ジミー・カーター大統領に任命され、その後、共和党レーガン大統領に再任されたのです。このようにして、FRBの独立性は、成文法で明示することなく、慣習法的に定着したとされている。

 グリーンスパン元議長は、共和党のロナルド・レーガン大統領が最初に任命したのですが、その後、共和党ジョージ・H・W・ブッシュ大統領、民主党ビル・クリントン大統領、そして最後は共和党ジョージ・W・ブッシュ大統領と4名の大統領に再任された。

 イエレン元議長は民主党のバラク・オバマ大統領が任命した。その後、共和党のドナルド・トランプは再任しなかった。こちらは独立性うんぬんとかいう問題ではなく、トランプ大統領の意向が反映された。

 そして現在のジェローム・パウエル議長は共和党のドナルド・トランプ大統領が任命し、民主党のジョー・バイデン大統領によって再任された。


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