2012.5.17「来年までのFOMCはすべて2日間の日程にする理由」
FRBは16日に今年の6月以降と来年のFOMCの開催予定を発表した。それによると議論のための十分な時間を確保するため、この間の会合はすべて2日間の日程で行うことが明らかとなった。
FOMCは、毎年8回開催されている。これまでは主に1月、3月、4月、6月、8月、9月、10月、12月の開催となっていた。このうち3月、8月、9月、12月の開催については1日開催の場合が多かったが、これが2日間の開催予定となる。
2009年には金融危機の影響などから、すべてのFOMCを2日間にするという異例の措置をとった。ただし、2010年にはこれまで通りの2日開催と1日開催の組み合わせに戻していた(日経新聞ネット版ネット)、しかし、2011年9月のFOMCについては、より十分な議論を可能にするためとの理由で、1日開催の予定が2日間に変更されていた。
また、FRB議長の記者会見のスケジュールについても今回あらためて発表された。2011年4月から開始されたFRB議長による記者会見は、これまで最新の経済見通しを示す年4回の会合後に行われる予定となっていたが、今後は四半期末の会合、つまり3月、6月、9月、12月の会合後に行われることとなった。
ちなみに日銀の金融政策決定会合は、原則として2日間の開催となる。ただし、4月と10月は月2回の開催となることで、それぞれ2回目の会合は1日開催となっている。日銀総裁の会見は毎回行われている。
今後のFOMCと日銀の金融政策決定会合のスケジュールを確認してみたい。
5月は22日から23日が日銀、FOMCはなし。
6月は14日から15日が日銀、19日から20日がFOMC。
7月は11日から12日が日銀、7月31日から8月1日がFOMC。
8月は8日から9日が日銀、FOMCはなし。
9月は18日から19日が日銀、12日から13日がFOMC。
10月は4日から5日と30日が日銀、23日から24日がFOMC。
11月は19日から20日が日銀、FOMCはなし。
12月は19日から20日が日銀、11日から12日がFOMCとなっている。
この間に果たして日米の中央銀行はどのような金融政策を決定してくるのか。FOMCの日程がすべて2日としたのは、2009年に金融危機に備えていたように、今後の世界的な金融危機の可能性を意識したものかどうかは不明ではあるが、そのリスクに備えた動きであろうとも推測される。これにより日銀が決定会合のスケジュール等をすぐに変更するような可能性は少ないと思われるが、危機対応として何らかのかたちで今後、スケジュールを含め見直される可能性もありそうである。



2012.5.17「メガバンクの国債売買益は過去最高水準」
報道によると、大手銀行グループの3月期の決算が出そろい、いわゆるメガバンクと呼ばれる三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループの最終利益はそれぞれ増益となり、特に国債などの売買で上げた利益は、三菱UFJが約2650億円、みずほが約1550億円、三井住友がおよそ1520億円で、3社合わせて約5720億円となり過去最高の水準となったそうである(NHKのサイトより)。
さらにこの3つのグループが保有している国債の残高は、三菱UFJが約48兆円、みずほが34兆円、三井住友が約28兆円と、総額で約110兆円に上り過去最高となったそうである。
昨年度の金融市場を振り返ると、欧州の信用不安の高まりにより、リスクオフの動きが強まり、円高圧力が強まった。安全資産として米国債やドイツ国債とともに、日本国債にも買いが入り、日本の長期金利は1%を割り込んだ。米国債なども買われていたものの、円高進行もあり、メガバンクなど日本の銀行は外債投資よりも、国債を主体とした債券投資に資金を振り向けたものとみられる。
銀行の貸し出しは回復していたが、預金の伸びには追いつかず、その分国債等に資金が回る構図に変化はなかった。債券相場は高値圏で比較的安定した展開が続いていたことも手伝い、メガバンク等は中期ゾーン主体に積極的な売買を行っていたようである。
利回りの低下により利子収入、つまりインカムゲインは、その投資の中心が中短期債であったこともあり限定的ではあったが、利回りの低下とともに、ロールダウン効果等によりキャピタルゲインを稼ぐ構図が継続していた。
また、日銀は基金による資産買入を引き上げた上に、2012年2月には実質的なインフレ目標政策を導入し、時間軸がより強化されたことなども、巨額の国債を保有していたメガバンクにとり、収益を確保する絶好の環境となっていたとみられる。
ただし、それぞれのメガバンクトップは、「国債の保有がここまで大きくなるとリスクは常に考えなければならない」(三菱UFJの永易克典社長)、「ギリシャ問題が突然、引き金になるかもしれないため、日々、市場から送られるサインを見逃さないことがリスク管理のうえでは極めて大事だ」(みずほの佐藤康博社長)、「急な混乱が起きるとは想定していないが、償還までの期間が2年弱の短い国債を持つようコントロールしている」(三井住友の宮田孝一社長)と、それぞれ、巨額の国債を保有していることによるリスクも意識した発言をしている(NHKのサイトより)。
もちろん日本国債のリスクばかり意識して先に動いてしまうと、あまりにポートフォリオが巨額すぎる分、池の中で鯨が暴れるような事態にもなりかねない。
三井住友の宮田孝一社長は「とにかく大事なのは、財政健全化の道筋が示されることだ」と述べたそうだが、このあたりは巨額の日本国債を保有する銀行業界としても、積極的に政府に向けて意見を発していくことも重要ではなかろうかと思う。



2012.5.16「ギリシャ国民によるユーロ離脱の選択の可能性」
ギリシャでユーロ導入前に使われていた通貨はドラクマである。ドラクマは古代ギリシャ及びヘレニズム世界で広く用いられた通貨の単位であり、「つかむ」という言葉に由来し、手のひらいっぱいの量の金属魂を意味したそうである。
ユーロ圏の統一通貨ユーロは、そのままヨーロッパから取った名前であるが、この 通貨名、最初は欧州通貨単位としてのエキュがそのまま使われる予定であった。しかし、フランスで昔使われていた銀貨「エキュ」と酷似した名称にドイツが難色を示したため、ユーロに決まったのである。
通貨にはそれぞれ記号があるが、ユーロ記号は、ギリシア文字のエプシロン、ヨーロッパのE、およびユーロの安定性を意味する交差した平行線の組み合わせであるとされる。
現在、統一通貨のユーロを使っている国は17か国ある。このうち、ギリシャのユーロからの離脱が懸念されている。
そもそも2010年初頭からのユーロ圏での信用不安の原因は、このギリシャにあった。しかし、欧州連合やIMFによるギリシャへの支援を経て、今年に入り信用不安はいったん後退した。ところが、5月6日のギリシャの議会選挙で、連立与党が過半数を獲得できなかったことで、新たな不安が強まった。
ギリシャの議会選挙の結果は、国民が緊縮財政に対しての反対の意向を示したものといえる。緊縮財政反対を掲げていた急進左派連合などの投票数が伸びた。もし約束した緊縮財政を実行しなければ、EUなどからの支援は受けられなくなる。14日のユーロ圏財務相会議では、ギリシャへの支援の継続を確認したそうだが、加盟国の一部からはギリシャが緊縮策を実行しないならば、支援を停止すべきだという意見も出ていたそうである。
ただし、緊縮財政策を避けるためのユーロ離脱について、ギリシャ国民はその8割がユーロ圏残留を望んでいるという世論結果も出ているそうである(日経新聞)。緊縮財政策も勘弁願いたいが、かといってユーロ圏離脱も避けたいというのは、あまりに身勝手とも言える。このため緊縮財政を受け入れるか、それともユーロを離脱するのかという究極の選択が迫られている。
この場合、ギリシャの国民としてはどちらを選択すべきかは言うまでもない。あえて価値の下落が見えている新通貨への乗り換えは、さらに経済を悪化させよう。日本では戦後、新円切替が実施されたが、これは戦後のハイパー・インフレーション対策としてのものである。これに対して、もしギリシャがユーロから新ドラクマに乗り換えるとするのであれば、日本の新円切替とは真逆のことになる。あえて通貨価値の高いものから低いものに乗り換えるという事態となり、それはさらなる経済の混乱をもたらすことになろう。
もちろんこれによる他のユーロ圏の国々やその金融機関などへの影響も出てこようが、そもそもギリシャ国民がユーロ離脱という選択をすることが考えづらい。ユーロ圏にあることで得ていた利益は計り知れなかったはずである。
現実的に見て、通貨価値の重要性を考えれば、ギリシャ国民がユーロ離脱を選択するということは考えづらいが、政局の行方次第では、そのような流れに追い込まれてしまう懸念も残る。どちらにしても国民に大きな負担はかかる。離脱した際の経済などへの影響の大きさを予想してみるだけでも、ギリシャ国民によるユーロ離脱との選択は取りづらいはずである。



2012.5.15「戦中の日銀による国債引受」
日銀による国債の引受けは、財政法第5条によって原則として禁止されている(国債の市中消化の原則)。
財政法第5条:すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならない。但し、特別の事由がある場合において、国会の議決を経た金額の範囲内では、この限りでない。
これについて日銀のサイトでは以下の理由が書かれている。
「中央銀行がいったん国債の引受けによって政府への資金供与を始めると、その国の政府の財政節度を失わせ、ひいては中央銀行通貨の増発に歯止めが掛らなくなり、悪性のインフレーションを引き起こすおそれがあるからです。」
いったい何故、日銀による国債の引受けが禁じられているのか。その要因となったのが、戦後のハイパー・インフレであろうが、それを引き起こしたものとして高橋是清蔵相による日銀の国債引受と、二二六事件により高橋是清蔵相が暗殺後されたあとの財政膨張による巨額の国債発行が影響している。そのあたりについて、日銀の百年史から見てみたい。
日本の財政は二二六事件の昭和11年度から昭和20年度にかけ、10年間に約10倍になった。この主因はいうまでもなく軍事費の膨張であった。政府債務残高は昭和10年度末に100億円を若干上回る程度であったものが、太平洋戦争勃発直後の昭和16年度末には420億円弱となり、昭和19年度末には1500億円強に膨らんだ。これを国民総生産と比べると、昭和10年度末が63%であったものが、昭和19年度末には200%を超えるに至る。これは第二次世界大戦後、戦時に累積された政府債務の処理に悩んだイギリスの場合に近いものであったと百年史にはある。1944年末におけるイギリス政府債務の国民総生産に対する比率は259%であったそうである。
昭和7年以降の新規国債の発行は原則として日銀が引受け、それを市中に売却していた。日銀の引受は7割に達していた。ただし、日銀はそれを市中に売却していたことで、保有額そのものはそれほど大きくはなかった。ただし日銀の国債引受により、事前に膨大な日銀による信用が供給され、さらに国債発行の要因が軍事支出であり、資金使途が物資消耗的性格の強い物であった。このため、日銀が国債の無制限な引受機関に化してしまったことで、決めてインフレ的性格の強いものであった。このため、戦後に爆発するインフレの十分な下地を形成したものといえると、百年史は指摘している。
日銀保有の国債の市中への売却は、日中戦争のころまでは無理なく行われていたが、太平洋戦争に入るころから次第に困難となった。このため国債消化については強制化が強まることとなる。ただし金融機関の預金は伸びていたが、有価証券の伸びに追いつかなくなる。
経済統制の実施により市場経済のメカニズムは失われ、金融調節などの中央銀行の機能を失わせることとなり、この間のインフレを阻止することはできなくなった。
このことは戦時下という特殊な状況にあったためと言えるであろうが、今後もし日銀の国債引受が再開されるようなことになれば、このときと同様に日銀が国債の無制限な引受機関に化してしまう可能性があり、適切な金融政策などできなくなる恐れがある。たとえインフレ目標を設定していたとしても、適切なブレーキを踏むことはかなり困難となろう。状況は大きく違えど、もし今後、日銀による国債引受が議論されるようなことになれば、この過去の歴史を振り返る必要がある。



2012.5.14「4月27日の追加緩和の目的に潜むリスク」
5月10日の白井さゆり審議委員による秋田県での講演内容が日銀サイトにアップされた。白井委員は欧州動向にも詳しいので、そのあたりの発言内容にも注目していたが、今回はそれよりも、4月27日になぜ日銀は追加緩和を行ったのか、その理由に関する発言内容を見てみたい。
「なお、今回の金融緩和の強化については、1月の中間評価時点と比較して、経済・物価情勢が下振れていないにも関わらず、なぜこのタイミングで緩和が必要であるのか、疑問に思われる方もいるかもしれません。」
4月27日の日銀の追加緩和について、サプライズと感じた市場関係者は皆無であったと思われる、むしろ、追加緩和をしなかった方がサプライズであったはず。経済・物価情勢よりも、2月のバレンタイン緩和による日銀のスタンスの変化が、市場に追加緩和を期待させるとともに、日銀からも追加緩和を示唆するような発言も相次いでいた。
「この点、私は、わが国経済・物価見通しに対する不確実性が依然として高い点を強調しておきたいと思います。経済・物価情勢に足もと明るい兆しがみられ、先行きも回復ないし改善が見込まれるからといって、そのシナリオがそのまま実現するとは限りませんし、実現するとしてもそのペースは不確実です。近年を振り返っても、わが国経済が持続的な成長軌道に乗り、物価が上昇しつつあるようにみえても、様々な理由で最終的にこうしたシナリオの実現に至らなかった事例もみられます。」
果たしてこれを追加緩和の理由にして良いのであろうか。経済・物価見通しに対する不確実性は常に存在している。たしかにイラン情勢などの影響を受けての原油価格動向や、欧州の債務不安、さらに欧米などの景気動向の先行きは不透明ではあるが、これは今に始まったことではなく、今後も同様の状態が続く可能性は高い。
「その意味で、今回の『展望レポート』で確認されたように、わが国経済において前向きの経済活動が広がってきたタイミングを捉えて、これらの動きを確実にするために金融緩和を強化することが重要であり、同時に、日本銀行の金融政策上のコミットメントに対する揺るぎない意思を示す点からも適切であると考えています。」
日銀が景気・物価の上昇基調を見計らって、それを後押しする格好で追加緩和をしてきた例はこれまでにもあった。むしろそのようなタイミングのほうが緩和効果は出やすいと思われるが、もしそれを理由としてしまうと、景気・物価の先行きが不透明であり、多少、回復の兆しが見えていたとしても日銀は追加緩和をおこなってくるとの期待感を強めてしまうことになりかねない。
日本銀行の金融政策上のコミットメントに対する揺るぎない意思を示すことも重要ながら、コアCPIが1%に近づくということがはっきりしない間は、常に追加緩和期待が出てくることにもなりかねない。
追加緩和の期待を残すことは必要であると思うが、そのタイミング等については、緩和効果を見定めながら、物価安定の目途を達成するために、どのようなタイミングでより効果的な追加緩和策を実施しうるかが今後の大きな課題となる、といったような表現にしておかなければ、追加緩和を行わない理由がないとの理由で、会合毎に緩和期待が出ては、それが裏切られるようなことにもなりかねない。
2月14日のバレンタイン緩和は良い意味で市場の期待を裏切った。しかし、4月27日の追加緩和は市場の期待が先行してしまい、株価や為替動向を見る限り、そのアナウンスメント効果は限られた。
あまり期待感ばかり強めてはそれが裏切られたときの影響の方が大きくなりかねない。むしろ、強めるべきは期待感ではなく信頼感ではなかろうか。



2012.5.14「戦後初めて国債が発行された際にも議論されていた日銀引き受け」
日銀は「日本銀行百年史」をサイトにアップしており、日銀の歴史を知る上で貴重な資料となっている。調べ物をしようと、この「日本銀行百年史」に目を通していた際に、なかなか興味深い記述があったので、今回はそれを紹介したい。
昭和40年不況などの影響により、財政面からの公共事業が促進されることになり、戦後初めてとなる「国債発行」が準備された。当初は借り入れか国債かの選択となっていたようだが、それまで歳入を全額、税収などの収入で賄えた均衡予算が続いていたことで、国債発行の準備はされていなかった。このため、大蔵省と日銀が協議を行っていたことが、百年史に記載されている。
日銀としては、一時的にしろ日銀が直接的な財源調達先になることは、昭和41年度以降の「悪しき前例」になるためこれを避け、市中調達、つまり国債発行にすべきとの意見であったようである。ただし、衆院予算委員会で国債発行問題が取り上げられた際に、当時の佐々木日銀副総裁は国債の日銀引き受けについて、全面的に否定するような発言はしなかったとある。これは当時の大蔵省では、一部日銀引き受けとするのもやむを得ないとする空気がかなり根強かったためのようである。
ここで百年史では、次のような記述をしている。
「昭和7年以降本行引受によって国債が発行されるようになったことが、金融政策の適切な運営を困難ならしめて通貨価値の安定を妨げ、やがては激しいインフレーションをもたらし、本行からセントラル・バンキングの機能を奪うに至ったことは既述のとおりであり、この点は本行の100年にわたる長い歴史のなかでも、とくに痛感極まりない、苦渋に満ちた経験であった」
この経験はなにも日銀だけではない。典型的なのが第一次大戦後のハイパーインフレを経験したドイツのブンデスバンクであり、その意思はECBにも受け継がれている。1993年に発効した「マーストリヒト条約」およびこれに基づく「欧州中央銀行法」により、当該国が中央銀行による対政府与信を禁止する規定を置くことが、単一通貨制度と欧州中央銀行への加盟条件の一つとなっている。
また、米国では連邦準備法により連邦準備銀行は国債を市場から購入する(引受は行わない)ことが定められている。また、1951年のFRBと財務省との間での合意(いわゆるアコード)により、連邦準備銀行は国債の「市中消化を助けるため」の国債買いオペは行わないことになっている。
日銀百年史では、さらに続けて次のような既述もある。
「これまでの実際の経済・金融の推移を振り返ると、もし中央銀行が国債引受を通じて機械的に、安易に対政府信用を供与する仕組みが整えられるならば、通貨価値の安定を目的とする金融政策の円滑な運営が著しく困難になる可能性が極めて高い」
こうした観点により、財政法の精神を堅持すべきであると考え、日銀は今回の政府による資金調達は、長期国債の発行によることとし、日銀の信用には依存しないとしたのである。ただし、それを引き受ける資金運用部の負担を考え、資金運用部保有金融債の日銀買入もやむを得ないとしていた。
これを受け、宇佐美日銀総裁は原則論として「市中消化が望ましく、日銀の直接引受には反対である」と記者会見で述べたそうである。
これに対し、大蔵省は市中消化が難しく一部を資金運用部り残りを日銀引き受けにという意見も残り、市中銀行は市中公募による発行に消極的で、さらに市中公募に賛成していた証券業界からも40年度分は日銀引き受けで発行すべきとの意見があったそうである。また、マスコミにも日銀引き受けで発行すべきとの意見があったと、百年史では指摘している。
そこで日銀は、「大蔵省のみならず各方面に対し、市中消化原則の考え方について理解を求める努力を開始した」。その努力の甲斐あって、大蔵省内で日銀引受論は次第に後退した。
そして、市中公募に消極的であった銀行は、IMF総会から帰国した当時の岩佐富士銀行頭取が、「国際信用という面からも市中消化にすべきである」と強調したことで、急速に市中公募方式の支持に傾いたそうである。
この際の「国際信用という面からも市中消化にすべきである」との意見は現在にも当然通じるものである。安易に日銀に国債を引き受けさせろとの主張は、日本に対する国際信用を失いかねないことを十分に認識すべきである。これは海外投資家の日本国債保有が少ないため、問題はないと片付けられるものではない。
このようにして、前後初めての日本での国債発行の際に、悪しき前例となりかねない日銀による直接引受は回避されたわけであるが、もしこの際に日銀引き受けが行われていたとしたら、日本の国債を取り巻く環境は大きく変わっていたのかもしれない。



2012.5.11「日本国債を買っていたのはどこの国か」
財務省は5月10日に3月の国際収支(速報)を発表した。これによると経常収支は1兆5894億円の黒字となった。2月に再び黒字に転じていたことで2か月連続での黒字となった。
国際収支の発表には、付表として対外・対内直接投資、対外・対内証券投資も発表されている。このうち3月の対外・対内証券投資を確認してみたい。
国際収支状況 報道発表資料(発表日別)、財務省
http://www.mof.go.jp/international_policy/reference/balance_of_payments/release_date.htm
主要国・地域ソブリン債への対外証券投資を見てみると、米国のソブリン債への国内からの投資は、ネットで3月は1兆686億円の所得増と2月の1兆1146億円とほぼ同規模の取得増となっていた。
ユーロ圏の国債については、ドイツのソブリン債への投資はネットで3月は1844億円の増加となった。2月は332億円の減少。同様にフランスはネットで2月は1747億円の増加。2月は9929億円の増加。 そしてイタリアは3月は1221億円の減少、2月も1871億円の減少。英国は3月が1025億円の減少に。2月も2783億円の減少。
日本国債に対する対内証券投資を見てみると、3月はネットで3兆727億円の減少となった。2月は8276億円の増加。3月は中長期債が1兆7721億円、短期債が1兆3007億円の流出に。この処分超の要因としては、3月の国債の大量償還等によるものと思われる。
ちなみに5月10日に発表された4月の対外及び対内証券売買契約等の状況(月次・指定報告機関ベース)によると、対内証券投資については長期債が9070億円、短期債が7443億円のそれぞれ取得超となっている。
3月の対内証券投資の地域別内訳から、中長期債と短期債の流出が多い国を探ってみると、これまで日本国債を購入していた国が浮かび上がる。
中長期債の流出が大きいのは、英国が9020億円、フランスが3563億円、中国が1961億円の流出となっていた。それに対し米国からは1477億円の流入となっていた。
そして、短期債の流出が大きいのは、ルクセンブルグ2兆2821億円、フランス1兆8205億円、国際機関9528億円、シンガポールの6526億円、米国の4207億円、UAEが3590億円、ケイマン1237億円、ベルギー1160億円、ブラジル1000億円のそれぞれの流出となっていた。
これに対して英国は5兆7465億円もの流入増となっており、2月の6兆1048億円、1月の5兆3758億円の流入と同規模の買越しとなっていた。引き続き、ヘッジファンドなどを通じての資金が大量に日本の短期債に流入しているとみられる。



2012.5.10「日銀券ルールの起源」
日銀の国債買入には、行内ルールとして日銀の保有する国債残高を銀行券発行残高の範囲内とする運営ルール、いわゆる日銀券ルールが設けられている。これはいつどのようなかたちで設定されたのかを今回、探ってみたい。
日銀券ルールが設けられたのは、2001年3月19日の日銀金融政策決定会合の際である。このとき日銀は量的緩和政策を決定したのだが、その際に国債買切りの増額も決めている。このときに新たなルールが提案されたのである。
すでにそれから10年以上経過しており、このときの議事録が公表されている。この議事録から、そのときの様子を伺ってみたい。
この議事録における「当面の金融政策運営方針の決定」にそれが記載されている。このときは発言者の順番があらかじめ決められていたことで、最初に発言した藤原副総裁(当時)が、量的緩和策の口火を切った格好であるが、この発言を読む限り、事前にかなり練り込まれていた様子もうかがえる。最初に発言したのがたまたま藤原副総裁で、日銀券ルールを含め、これは藤原副総裁の私案ではなく、事前に準備されていたものと思われるが、とにかくその内容を確認してみたい。
「第四の政策手段は長期国債の買切りの増額である。しかし、そのもたらす副作用には既に共通の理解が得られているように思う。私は国債価格支持や財政ファイナンスのためのオペ増額には絶対反対するが、先程申し上げたような形で資金供給の量を増やしていくと、どこかで札割れ防止のために長期国債の買い入れを増やしていくことが必要になってくるかと思う。いわば円滑な資金供給の手段として国債オペを増額ことではどうかと思う。その際、これまでの銀行券と長期国債保有をマッチさせるルールは守るべきだと思う。私としてはこれまでの増加額ルールをストックのルールに変え、本行の長期国債保有額の上限を銀行券発行残高とするのが良いのではないかと考える」(2001年3月19日の日銀金融政策決定会合議事録より)。
これが日銀券ルールが打ち出されたときの最初の発言となる。日銀が戦後、国債の買い入れをスタートさせたのは、1967年(昭和42年)2月で、このとき日銀の買入債券の対象に発行後1年経過の国債を追加したのである。発行後1年以内の国債を除外したのは、国債の市中消化による原則からいって適当でないという考え方が基になっていた。
その前に戦後初めて国債が発行される際に、日銀による国債直接引受が議論されていたことが、日本銀行百年史に記載されている。この際、当時の佐々木日銀総裁は国債の日銀引受と市中消化では、その後の金融調節の難易に差が生じる点を指摘していた。つまり、前者の場合、オーバーローンの状況下、売りオペが可能であるのかどうか疑問を投げかけていた。これに対し後者の場合、買いオペが問題となるが、日銀が物価・国際収支の動向等を配慮して、適当と認められる額の買入れは主導的に実行することができる、と指摘している(日本銀行百年史より)。
適当と認められる額の国債の買入れについては、長期国債オペで成長通貨を供給するという目的で、フローベースで増加額ルールを設けていたものを、ストックのルールに変えたことで日銀券ルールが生まれることになったようである。
2001年3月19日の日銀金融政策決定会合議事録によると、山口副総裁(当時)も、銀行券発行残高ルールのような一定の歯止めは、最初から明確にビルトインしておいた方がいいと思う」と発言していた。
そして最後に速水総裁(当時)が、以下のように発言している。
「長期国債買切りオペの増額は、やりようによっては大きな副作用を伴うものである。今回の措置が国債の買い支えとか財政ファイナンスを目的とするものでないことは当然であるが、そうした誤解をされないためにも明確な歯止めを用意しておくことが不可欠だと思う。具体的には長期国債オペで成長通貨を供給するとこれまで私共が言ってきた考え方を堅持する意味で、今度は銀行券のフローではなく発行残高を上限として必要に応じ国債の買切りオペを行うという考え方が適当ではないかと思う」
こうして「銀行券発行残高という明確な条件を設ける」という日銀券ルールが行内ルールとして生まれた。
植田委員(当時)は国債買入増額のよる影響として、「国債需給、あるいはリスク・プレミアムといったところに影響して、国債価格、金利に与えるルートがあるかと思う」としているが、これは「実質ゼロ金利+時間軸」で代替できるとも指摘している。そして日銀券ルールについては、「ほぼゼロ金利を達成したいことと、量についても何か目標を設けることは必ずしも矛盾しない。」とも指摘していた。
こうして生まれた日銀券ルールであるが、その後の日銀による国債買入を増額してきた状況を見ると、なかなか面白いことがわかる。国債買入増額を行ってきた日銀総裁は、このときの速水総裁、そしてより積極的に基金という別枠まで講じて行ってきた白川総裁である。そうこの間、もう一人、日銀総裁がいた。この総裁は在任中、積極的に量的緩和を行ってきたことでも知られているが、実は国債買入の増額は行ってこなかったのである。福井前日銀総裁は、日銀による国債買入増額による副作用をかなり懸念していたのではないかと思われる。



2012.5.9「日銀による国債買入再考」
昨日、金融政策による長期金利への働きかけについて見てみたが、今度は国債の需給面から見て、中央銀行による国債の買入がどのような役割を果たしているのかを見てみたい。
日銀券ルールという縛りがある日銀による国債買入は毎月1.8兆円ずつ行われ、年間で21.6兆円の買入が行われている。 これに対して別枠というか別腹で、基金による国債買入も行っている。
日銀券ルールという縛りがある日銀による国債買入(ここでは元祖買入とする)と、基金による国債の買入の大きな違いは、日銀券ルールという縛りや買い入れる年限に違いがあるが、もうひとつ大きな違いがある。元祖の方はあくまで毎月1.8兆円ずつの国債買入を行うというように購入金額が定められているのに対して、別腹の方は買い入れる金額ではなく、残高が定められている。
つまり、元祖の方は償還されればその分だけ残高は減少するため、日銀の国債残高が毎年21.6兆円積み上がるわけではない。それに対して別腹の部分は、償還される分も買い付けを行わないと目標残高には到達しないことになる。
もう少し詳しくそれぞれの国債買入のルールを確認してみる。まず元祖の方の日銀が買入れる国債は、利付国債と変動利付国債および物価連動国債(それぞれにつき、発行後1年以内のもののうち発行年限別の直近発行2銘柄を除く)となっている。
参考、日銀「国債買入オペの取引概要」
http://www.boj.or.jp/mopo/measures/mkt_ope/ope_f/opetori4.htm/
買い入れるにあたり年限別に金額が定められており、現在は残存1年以下が年間で7兆4400億円、1年超10年以下が12兆円、10年超30年以下が1兆2000億円、変動利付債が7200億円、物価連動債が2400億円となっている。
参考、日銀「長期国債買入れにおける残存期間等区分別買入金額の変更について」
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2009/mok0903a.pdf
ちなみに4月30日現在の日銀による国債保有(別腹分除く)は、約65兆円となっており、日銀券の発行残高は約82兆円となっている。基金分は12月末に24兆円の残高目標になっているため、単純に元祖と別腹分を加えると、年末には日銀券の発行残高を上回る計算となる。
参考、日銀「営業毎旬報告(平成24年4月30日現在)」
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/acmai/release/2012/ac120430.htm/
これに対して、営業毎旬報告での「資産買入等の基金」の内訳を見ると、長期国債は7.8兆円となっている。4月27日の金融政策決定会合では、2012年12月末までに長期国債の基金による残高を24兆円まで引き上げる。つまり16.2兆円分を5月から12月末までに購入することになる。ただし、ここには償還分も加味しなくてはならず、年内償還されるものの合計が約5千億円あり、毎月2.1兆円程度での国債買入となる。また、来年6月までにあらたに5兆円積み上げて29兆円としなくてはならないので、2013年1月から6月まではその間の償還分を加えると毎月約1兆円規模で買い入れが行なわれる計算となる。
参考、日銀「日本銀行が保有する国債の銘柄別残高」
http://www.boj.or.jp/statistics/boj/other/mei/release/2012/mei1204.pdf
つまり、今年一杯は毎月、日銀は元祖の1.8兆円と別腹2.1兆円の約3.9兆円を買い入れることになる。ちなみに今年度の新規国債発行額は約44兆円でこれを12か月で割り算すると、毎月約3.7兆円ペースとなる。つまり月割りで考えれば、新規国債分は日銀による国債買入で軽くカバーしてしまう計算となる。



2012.5.8「金融政策による長期金利への働きかけへの限界」
「国債などの長期金利は経済に影響を与える。しかし、FRBはほとんどもしくは直接的にはそれらに影響を与えることができない。」
「長期金利は、現在の短期金利だけでなく、市場の先行きの短期金利予想にも影響を受ける。つまりFRBが長期金利をコントロールする力は、市場の期待に働きかける能力にかかっている。」
これは2005年3月におけるバーナンキFRB議長による講演の一部である。さらにバーナンキ議長は、「市場の先行きの短期金利予想に最も直接的に働きかける手法は、トークである」とも語っている。
そして、ゼロ金利下における非伝統的な金融政策の効果波及経路について、日銀の宮尾審議委員は今年3月の講演で、次のように語っている。
「実質的なゼロ金利を将来も続ける、あるいは資産購入を増額するなどにより一段の金融緩和が実施されると、金利を通じる経路やポートフォリオ調整を通じる経路の両面から、長めの金利やリスクプレミアムの低下をもたらします。そして、それが借入コスト、株価・為替レートを含む様々な資産価格、銀行貸出などに働きかけ、企業・家計の支出に影響を及ぼして、最終的には景気・物価にプラスの効果を及ぼしていくという経路が考えられます。」
伝統的手段である政策金利の変更、そしてゼロ金利下における非伝統的手段における金融政策の波及経路については、両者ともに長期金利の低下を促すことを目的としているようである。それにより、景気・物価に働きかけようとしている。しかも、非伝統的手段においては、FRBも日銀も国債の買入を主眼に置いており、これも当然ながら国債の需給に働きかけ、長期金利の低下を促すこととなる。
しかし、現実に長期金利の低下がそのような効果を及ぼしているのであろうか。日本では1999年以降、2%以下の長期金利が続き、ここにきて1%を下回る状態が続いている。長きに渡り長期金利は低位安定していても、それにより景気や物価が回復してくるような兆しは見えない。
米国の長期金利も2%を大きく割り込み、ドイツの長期金利は1.6%割れとなっている。日本に比べてまだ長期金利に低下余地はあるとはいえど、欧米でも長期金利の低下による景気や物価への影響そのものは限定的ではなかろうか。
長期金利の低下は中央銀行の金融政策だけに影響を受けているわけではない。むしろ景気や物価の低迷が、長期金利の低下を促している面もある。また、米国債やドイツ国債、英国債などとともに日本国債は安全資産と見なされており、欧州の信用問題などが深刻化すると買われやすい側面も持っている。さらに金融機関などへの規制強化なども結果として金融機関による国債購入を促進させることも多い。このようなかたちでの長期金利の低下が、はたしてどの程度、景気や物価に影響を及ぼすと言うのであろうか。
このあたり、バーナンキ議長の言うトークの力による効果も意識する必要があるのではなかろうか。特に為替市場などにおいては、中央銀行のトップによる言動による影響も大きいとみられる。アナウンスメント効果を最大に生かそうとしているバーナンキ議長に対し、4月27日の会見内容などからみて白川総裁による発言は、せっかくの追加緩和策の心理的な波及効果を限定的なものとしていた。中央銀行による金融政策の働きかけは、形式上は長期金利の低下を促すものかもしれないが、特にゼロ金利下にあっては、いかに市場心理に働きかけるかの方が重要ではないかと思われる。


2012.5.5「日銀法改正に対するリスク」
1998年4月1日に施行された新日銀法における改定の最大の目的は、日本銀行が日本の中央銀行としての独立性を、法制度としても明確にするというものでした。
中央銀行の設立の歴史を辿ると、インフレ的な経済運営を求める圧力をかけやすい政府から独立した組織が必要に応じて作られてきたことがわかります。日銀法改正前の日本銀行も、法制度上からは政府から独立した機関とは言いがたいものとなっていました。
日本は戦後の経済成長により先進国の仲間入りをするとともに、世界経済への影響力が大きなものとなっていたにもかかわらず、金融という分野についてはやや出遅れていました。銀行が政府による護送船団方式の行政によって守られていた上に、間接金融というシステムが中心となっていたことで金利水準そのものが抑えられ、市場メカニズムによって金利が決定されるといった機能が限定的なものとなっていたのです。
しかし、1980年代に入り、預貯金の金利の自由化が進むとともに、無担保コール市場が設立され、銀行による国債のディーリングが認可されるなどしてきたことで、金利の居所も次第に市場に委ねられるようになってきました。バブル崩壊によって銀行の護送船団方式というシステムが崩れ、金融システムそのものの安定も強く求められるようになってきたのです。
金利が市場によって決定されるようになったことで、金融政策についても市場参加者との対話が重要となりました。そしてこの金利の安定には、当然ながら物価の安定といったものが必要となりました。政府の意向が強く働いてしまう中央銀行では、容易に市場からの信認を得ることはできません。政府の意向に反してでも「物価の番人」としての責任を果たすことが必要であり、そのためには法制度そのものを改定する必要もあったのです。
こうしたことを背景に、新日銀法は制定されたのです。
金融政策の独立性を維持するためには、その業務運営についても自主性が与えられていることが極めて重要な点となります。日本銀行がその金融政策運営において、独立性を重視するならば、国民の支持や市場の信認を得るために、金融政策の決定内容や決定過程の「透明性」が求められます。このため、新日銀法の大きな理念としては「独立性」とともに、それを支えるべき「透明性」の向上が求められています。
金融政策決定会合の内容についても、議事要旨を作成し速やかに公表し、さらに議事録についても10年経過後に公表していくことになっています。
また、国会から求められた場合には総裁などが出席して答弁しなければならないことが制度化され、政策委員も金融政策に関しての説明などを含めて、積極的に講演などの活動を行うようになっています。
さて、現在、この日銀法に対しての改正論議が盛んです。しかし、そもそも1998年の新日銀法が必要になったのは、先進国の中央銀行の潮流に乗り遅れまいとしての動きでした。日銀法に対しての改正要求は、この中央銀行の独立性を脅かすものであり、その動きに対して歴史とともに中央銀行制度を確立してきた欧米からは、冷ややかな目というよりも、非常にリスクのある行為と受け止められてもいたしかたがありません。


2012.5.4「金融緩和効果の波及経路、デフレ脱却への道筋」
4月27日の記者会見で、日銀の白川総裁は、金融緩和の効果がどのように及んでいくのかについて説明をしていた。
「1つは、基金の買入れによって、これは需給的な観点からですが、当該金融資産の価格が上がり、金利が下がることで、企業の資金調達コストが低下するということです。」
これについては、基金による国債買入増額と年限の長期化が事前に予測されていたことで、中期ゾーン中心に国債利回りは低下していた。さらに基金による国債買入が10兆円であったことが影響し、さらに長い期間の金利低下を促すこととなった。
「2つ目は、先程の時間軸効果です。景気が持ち直し、企業の収益率が向上していくもとでも、消費者物価について前年比1%が見通せない間は、実質的なゼロ金利政策等の強力な緩和政策を継続します。そうすると、同じゼロ金利であっても、その景気刺激効果はどんどん強くなっていくわけです。半年前、1 年前のゼロ金利と、今のゼロ金利を考えると、今のゼロ金利の方が刺激効果は強くなっています。」
すでに全国消費者物価指数(除く生鮮)は3月でプラス0.2%と二ヶ月連続でプラスに浮上しており、今後プラス幅が拡大すれば、その分、緩和効果は強まることになる。どの時点で日銀はプラス1%が見通せると宣言するかは不確かではあるが、2006年の量的緩和とゼロ金利の解除、さらに2007年の利上げについてはやや拙速ではなかったかとの見方もあり、今回はその分、ゼロ金利解除には慎重ににることも予想される。
「3つ目は、潤沢な資金供給を通じて金融市場の安定が確保されるという安心感です。企業が長期的な投資に取り組むためには、この金融市場の安定は、現在のような不確実性が高い時には、特に大きい要素です。」
これは半面、短期金融市場の機能そのものを失わせかねないことになり、金融機関のモラルハザードの問題も生じるリスクはあるが、金融システム安定に日銀の積極的な資金供給が寄与することは確かであり、不確実性をある程度、排除する役割も果たしている。これはつまり、ゼロ金利が解除されると、短期金融市場を通じて金融機関はある程度のストレスに晒されることになるということでもある。
「4つ目は、金融政策の固有の効果では必ずしもありませんが、私どもとしては、この極めて緩和的な金融環境を大いに活用してほしいと常に申し上げています。」
金利が低いうちにいろいろと手を打つべきであるとしている。これは様々な成長力強化の取組み、規制緩和、色々な投資のプロジェクトの採算性などを総裁が指摘していたように、政府の問題となる。実際に政府もデフレ脱却に向けてあらためて規制緩和策などを検討するようだが、こういったことは真っ先に手をつけるべきものではなかろうか。
「色々比喩を考えましたが――あまり適切ではないかもしれませんが――、ちょうど、オセロで一斉に黒が白に変わっていくように、これまでは強力な金融緩和を十分に活かしきっていなかったけれど、成長力強化の取組みが実を結んでいけば、その効果が顕在化して、どんどん黒が白に変わっていくということもあります。これは、いわば累積的な緩和の効果が顕在化していくということです。」
良い循環をもたらすには、まず環境を整えることが重要であり、日銀による積極的な資金供給や超低金利政策による恩恵を生かすことが重要で、そのためには規制緩和なり、技術革新に向けた取り組みなりを講じることが重要で、知恵を生かすことが必要になる。今度は、民間の企業経営者や大学などの研究者なども含めて、低金利をうまく生かした成長ビジョンを整えることも必要であろう。
「そうした形で経済が改善してくると、人々のマインドも好転していきます。こうした効果を期待しています。」
人々のマインドが好転すると、それは株価などにも影響するとともに、個人消費も上向くようになる。これには漠然とした財政への不安も取り除くことも必要となろう。そこで初めて、デフレ脱却に向けた道筋が生まれる。


2012.5.3「バブル末期にもあった日銀の金融政策に対する市場の反応度の違い」
昨日のコラムで、4月27日の日銀の金融政策に対しての債券市場と株式・為替市場での反応の違いを見てみたが、過去にも同様のことがあり、個人的に特に印象に残っていたのが、1989年の日銀の金融政策に対する市場の反応の違いであった。
1989年5月に日銀は当時の政策金利であった公定歩合を3.25%に、そして10月には3.75%に引き上げた。日銀はバブルの火消しに走ったのである。この日銀による公定歩合の度重なる引き上げを受け、債券相場は1989年にはすでに伸び悩みの状態となっていた。しかし、日経平均はこの間も上昇し続け、日経平均株価の1989年の大納会の引け値は、38915円と4万円に迫り、結局これが最高値となったことは、ご承知の通り。
この間、日本の株式市場はユーフォリアの状態にあったものとみられ、日銀の金融政策の変更は完全に無視された。しかし、債券市場は反応していたことで、私は株の上昇に対して非常に違和感を覚えていた。債券市場と株式市場の反応の違いに、疑問を感じていたのである。
1990年に入ると債券に加え、株式や円のトリプル安でスタートすることになる。年末年始の休みの間に株式市場も冷静になったと思われるが、これについてはアメリカの金融緩和期待の後退、ソ連情勢の悪化、日銀による公定歩合の再引き上げ観測などが要因とも指摘されていた。3月20日に日銀は第四次の公定歩合引き上げを実施し、これは1.0%の大幅引き上げとなり、公定歩合は年率5.25%にまで引き上げられた。
その後、株式は一時的に戻したものの、8月2日のイラク軍によるクウェート侵攻による原油価格の急騰などからインフレ懸念が一段と高まり再び下落した。物価上昇を気にしてか、日銀は8月30日に公定歩合を0.5%引き上げて年6.0%とする第五次公定歩合の引き上げを実施。これを受けて債券先物は急落し、9月27日には債券先物市場開設以来の安値87円8銭まで下落し、10年債利回りも8%台に上昇し、10月1日に日経平均は2万円を割り込んだのである。
しかし、その後はバブル崩壊による金融システム不安などの高まりなどから、日銀は金融政策を引き締めから緩和に方向転換した。この頃の日銀総裁が先日、亡くなった三重野氏である。バブル抑制のため、度重なる金融引き締めを行ったことで、三重野総裁は「平成の鬼平」ともいわれたが、これにより三重野総裁はバブル経済を崩壊させ、失われた10年を起こした張本人とされた。
失われた10年ではなく、現在は失われた20年との呼び方もされるが、この際に失われたのは日本の経済成長力や株価のみならず、金利も失われたのである。これは長期金利のグラフを見れば一目瞭然である。1990年から1998年にかけて長期金利は右肩下がりとなり、8%台から1%割れへと低下した。
ここで現代に戻りたい。今回の日銀の金融政策については、1989年当時とは金融引締と金融緩和という点で180度異なっている。今回は日銀の追加緩和に対して株式市場などは反応せず、債券市場は素直に反応していた。1990年以降に起こったようなことが、今回も起こるという可能性はないとは言えない。つまり1990年以降とは真逆の事が今後、日本で起きる可能性はなかろうか。
今回の日銀の金融緩和の目的はデフレ脱却であり、物価の上昇を促すことである。つまり、それが功を奏すれば、物価も金利も上昇することになる。今後も日銀はコアCPIの1%に向けて、追加緩和を行ってくる、もしくは行わざるを得なくなる可能性がある。その間、長期金利は低位安定しよう。しかし、コアCPIが1%に達する可能性が見えてくると、今度は日銀の出口戦略が意識され、長期金利がボトムアウトしてくる可能性がある。これがデフレからの脱却と意識されれば、株式市場は上昇圧力を強めてこよう。
今後、失われた20年の間に、失われた日本の金利も復活してくることがあるのかもしれない。今回の日銀の金融政策に対する市場の反応度の違いをきっかけに、過去を思い出し、そのような可能性もあるのかなと感じた次第である。


2012.5.2「日銀はもう少しアナウンスメント効果を意識すべきでは」
4月27日の金融政策決定会合での市場の反応を見ると、日銀の金融政策を行っている現場に近いところの市場では好感され、金融政策による直接的な影響よりはアナウンスメント効果による影響が大きいとみられる市場では踏み込み不足と捉えられたようである。
このあたりは27日の債券と為替や株の動きの違いを見ると明らかである。債券先物は決定会合の結果を受けて、まず売りで反応した。これは資産買入等の基金の増額が予想された5兆円から10兆円の下限であったことが、海外投資家などにより嫌気されたと思われる。また、日経平均先物はまず買いが反応したが、これは追加緩和にETFやJ-REITの買入があったことなどが、サプライズと認識されたためとみられる。
ところがその後、債券先物はやや乱高下するものの、現物債に国内投資家などからとみられる買いが3年債あたりに入り、5年債や10年債にも広がって10年債利回りは0.9%を割り込み、5年債利回りも0.255%まで低下した。債券先物も143円台を回復した。この動きは追加緩和の内容があらためて好感された格好であり、日銀の金融政策による直接的な影響を受けやすい債券市場は素直に追加緩和を好感した格好となった。
これは追加緩和の内容が、差し引きでは基金は5兆円増となっているが、長期国債(残存1年以上3年以下)を10兆円程度増額し、期間6か月の固定金利式・共通担保供給オペは5兆円程度減額するとなっていたことによる。つまり短期債を売るわけではないものの、米国のツイストオペに似た効果をもたらすことになる。
日銀の発表をみると、基金の70兆円程度への増額は2013年6月末を目途に完了する。今年末までの基金の規模は65兆円とする。つまり、今年末までの国債買入は5兆円程度増額するが、期間6か月の固定金利式・共通担保供給オペの残高は今年末に15兆円規模であったものを10兆円に減額する。さらに来年に入り、6月までに基金による国債の残高をあらたに5兆円積み増すことになる。
これを月当たりに直すと今年12月までの基金による国債買入は償還分を加味すると、現状の1.5兆円規模が2兆円を超える規模となり、来年1月から6月にかけては1兆円規模となる。しかも買い入れる国債の残存期間は1年以上2年以下から1年以上3年以下に延長される。残存3年の国債に買いが入ったのもこの理由による。
日銀の金融緩和策とは、長めの金利に働きかけることにより、景気や物価に影響を与えるものであるとするのであれば、今回の追加緩和はかなり効果的であったと言える。ところが、株価や円の動きを見る限り、追加緩和による効果は限定的との印象となってしまった。
もちろん日銀の金融政策だけが株や為替の材料ではなく、米国の景気動向やスペインやフランスなど欧州の動向も気掛かり材料となっていた面もあろう。しかし、それでもこの反応を見る限り、日銀の追加緩和を好材料視した印象ではない。
日銀も金融政策による直接的な影響が限られた市場に対しては、アナウンスメントによる影響をもう少し意識しても良かったのではなかろうか。たとえば今回、「1%に遠からず達する」との白川総裁コメントがあったが、そうではなくて、「少なくとも1%に達するのは2014年度以降の予想」との表現に替えるだけでも、市場の反応は違ってきたのではなかろうか。
FRBも2014年末までゼロ金利政策を保証しているわけではなく、これはあくまでFOMCメンバーの予想に過ぎない。今回の日銀による追加緩和は展望レポートの予想をきっかけにしている面もあるので、それであるのならば今回の追加緩和が必要とされるぐらいに、物価の上昇速度は鈍い面をそれとなく強調しておけば、市場の反応も違ったものになったのではなかろうか。
追加緩和の内容は、かなり細かいところまで配慮したことが伺えるが、最も注意すべき(と個人的には思っている)アナウンスメント効果については、やや配慮が足りなかったのではないかとの印象である。


2012.5.1「今年に入り米国債の保有高を増加させている中国」
米財務省が発表している米国債国別保有残高(MAJOR FOREIGN HOLDERS OF TREASURY SECURITIES、http://www.ustreas.gov/tic/mfh.txt)によると、今年2月の日本の米国債(短期債含む)保有残高は1兆959億ドルとなり、1月の1兆828億ドルから増加した。
これに対してトップの中国も1兆1789億ドルと、1月の1兆1662億円から増加した。中国による米国債保有額は昨年末にかけて減少傾向となっていたが、今年に入り再び増加基調となっている。中国は保有する外貨準備の運用の多様化を進めているとみられているが、結局は米国債主体に運用せざるを得ない状況となっているのではなかろうか。
上位10か国は次の通り(単位、10億ドル)。中国(China, Mainland)1178.9 、日本(Japan)1095.9、石油輸出国(Oil Exporters) 264.5、ブラジル(Brazil)225.5、カリブ海の金融センター(Carib Bnkng Ctrs)223.8、台湾(Taiwan)178.1、スイス(Switzerland)148.1、ロシア(Russia)142.1、香港(Hong Kong)140.5、ルクセンブルグ(Luxembourg)138.3。
米国債保有国の上位陣の動向を見る限り、1月から2月にかけては日中が残高をやや増やし、それ以外はほぼ現状維持となっていた。
1月25日のFOMCでは、事実上のゼロ金利政策を解除する時期を、これまで公表してきた来年の半ばから1年余り先延ばしし、物価に対して特定の長期的な目標(goal)としてPCEの物価指数での2%に置くことを決定した。これをきっかけに一時崩れかけていた米国債は再び買われ、1月末に米国10年債利回りは1.8%近辺に低下し、その後も比較的安定した動きをしていた。
その後の米国債の動きを見ると、3月13日のFOMCあたりまでは高値圏での推移が続くことになる。しかし、3月のFOMCでは、FRBが景気に対して明るい見通し示したことなどをきっかけに、米債は急落し10年債利回りは2.4%近くまで上昇している。この際に米国債国別保有残高に大きな変化があったのかどうか。来月発表される米国債国別保有残高に注目したい。


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