. 若き知
2020年8月11日「コロナ・ショックによる日本経済への影響」

 日銀の雨宮副総裁は、7月29日の日本記者クラブにおける「最近の金融経済情勢と金融政策運営」と題する講演のなかで、大規模な感染症の流行における経済変動などについて述べていた(日銀サイトより引用)。

 「感染症の拡大局面においては、経済を下押しする力はきわめて大きなものになる。」

 「感染症の急速な拡大に歯止めがかかった後の移行局面では経済は大きく落ち込んだ状態から回復するものの、経済への下押し圧力は残る。」

 「感染症が再び大規模に拡大すれば、感染症拡大局面での経済に対する大きなショックの二次的効果、すなわち、経済主体の支出スタンスへの影響についても注意が必要となる。」

 「支出スタンスの大きな落ち込みが回避できれば、それまで抑えられていた需要、いわゆるペントアップ需要の発現などにより、経済の足取りはよりしっかりとしたものとなる可能性がある。」

 ペントアップ需要とは買い控え需要といった意味であり、抑制されていた需要の回復を意味する。

 各国の経済指標の動きなどをみると、このペントアップ需要が中国などで顕在化しつつある。しかし、欧米や日本では新型コロナウイルスの感染者数が再拡大しており、感染症拡大局面での経済に対する大きなショックが起きる懸念も出ている。

 株式市場ではこのペントアップ需要への期待と感染症拡大局面での経済に対する影響への危惧が交錯している。

 さらに雨宮副総裁は「今回、金融システムが全体として安定性を維持していることは、リーマン・ショック時との大きな違いです」と指摘した。

 金融システムが安定していることは、民間金融機関を通じた日銀や政府の資金繰り支援策の効果を発揮させやすくする面もたしかにある。ただし、実体経済の悪化が長期化すれば、それが金融システムに影響を及ぼし、負の相乗作用が始まる可能性もあるとも副総裁は指摘した。

 さらに人々の行動の変化に関し、新たな財やサービスの需要を産み出す面もあるということも指摘している。米国株式市場での指数のうち、ナスダックがいち早く過去最高値を更新したのもこのような期待が背景にあったためであろう。

 そして、今般の感染症の経験は、キャッシュレス化・決済のデジタル化への関心をさらに高め、決済システムの面でもイノベーションを促す可能性も指摘した。果たして、どのようなイノベーションが促されるのかも興味深いところとなる。


2020年8月10日「10年債利回りのゼロ%の壁」

 ここにきて欧米の国債利回りが低下基調となっている。米国では5年債利回りが過去最低を更新、また欧州ではギリシャ10年債利回りが過去最低水準を更新した。

 米財務省は5日、過去最高となる1120億ドル相当を四半期定例入札で発行すると発表したように新型コロナウイルス感染拡大による経済への影響を軽減させるため、大規模な経済政策がとられ、その財源は国債の発行となっている。

 それでも国債利回りが低下しているのは、経済の悪化やそれの影響も手伝っての物価の下方圧力がある。それ以上に中央銀行による国債の買い入れによって、国債価格が上昇(国債利回りが低下)している。

 米国の代表的な株価指数のひとつナスダック総合株価指数は過去最高値を更新し続けている。ダウ平均も過去最高値まではまだ距離はあるものの、回復基調となっている。

 これに対して欧州の株式市場は上昇トレンドに乗り切らずにおり、東京株式市場も同様であり、両者ともトレンドは上や下というより横といった格好となっている。

 これを見る限り、米国株式市場の上昇が例外のようにもみえる。しかし、それを引っ張っているハイテク株が新型コロナウイルスの感染拡大防止のための巣ごもりやテレワークの拡大などで業績をあげている面もある。日本では任天堂などがそれによる大きな恩恵を受けていた。

 いずれにしても過剰流動性相場は続いているようにはみえるが、それはあくまで株価などを下支えている面があり、ここから上昇するには景気の回復を待つ必要があるということではなかろうか。それにはかなり時間も掛かるとの見方もあり、日欧では株式市場の上値が抑えられているのではなかろうか。

 国債については発行増と中央銀行の買入によってある種の均衡が保たれているが、どちらかといえばリスク回避の動きもあり、低下圧力が掛かりやすい。ただし、国債利回りのマイナス化については資金運用者にとってはできれば避けたいところとなり、特に日本ではベンチマークともいえる10年債利回りのゼロ%がかなり意識されている。

 すでに経済実態や物価などの影響を受けて国債利回りが形成されているような状況ではない。政府や中央銀行の政策と新型コロナウイルスというリスクの行方などが長期金利の形成などに関わってきている。株価の動向にも国債利回りが影響を受けづらくなっているのもこれが影響しているとみられる。

 経済指標などによって国債利回りが上げ下げするというより、どの水準であれば投資家もその利回りを享受できるのか、その均衡点を模索しているようにもみえる。これにより10年債利回りのゼロ%が壁と認識されているのではなかろうか。


2020年8月7日「四半期ベースで過去最高となる米国債発行」

 米財務省は5日、過去最高となる1120億ドル(約11兆8200億円)相当を四半期定例入札で発行すると発表した(6日付けブルームバーグ)。

 米財務省は今年の初め、過去最大規模の景気対策の資金を賄うため、利払いのないTビルの発行を急増させていた。  米国の市場性国債の種類には、財務省証券(Treasury Bills、Tビル)と呼ばれる1年未満の割引債と、中期国債(Treasury Notes)と呼ばれる償還期限が1年超10年以下の利付債(2年・3年・5年・7年・10年)、そして長期国債(Treasury Bonds)と呼ばれる償還期限が10年超の利付債(30年)がある。

 つまりこれまでは短期債で景気対策の資金を賄っていたが、それでは間に合わなくなり、より期間の長い国債を増発させることにしたようである。

 日本でも今年度の第二次補正予算において過去最大規模の国債増発を決定し、7月からカレンダーベースの国債発行額が急増している。

 FRBやECBさらに日銀などによる強力な金融緩和策も手伝い、日米欧の国債利回りは低位で安定している。安定どころか、5日に米5年債利回りは過去最低を更新していた。日本でも10年債利回りはゼロ%近くとなっている。

 新型コロナウイルスの世界的な感染拡大とその感染防止策によって、経済の動きにブレーキが掛かり、経済指標は過去にないような悪化を示し、物価も下方圧力を強めた。これも国債の利回りの低下圧力になる。また、リスク回避の動きによって国債が買われていた面もある。

 現状、国債利回りの急上昇の可能性は薄い。しかし、日本ばかりでなく世界的に国債発行残高がこれまで以上に膨れ上がってきている事態は認識しておく必要があろう。今が非常事態であることは確かであり、それに政府が対応せざるを得ないことも確かである。しかし、その分、政府債務も膨張し静かに債務リスクが高まっている。これは本来、国債の利回りの動きによって、そのリスクが顕在化される。しかし、現状の国債は鉱山のカナリアとしての機能を失っている点にも注意が必要となる。


2020年8月6日「中央銀行デジタル通貨構想とジョージ・オーウェルの1984」

 中央銀行デジタル通貨(CBDC)が、各国で検討されているという。

 日銀の内田理事は、これについて「日本銀行は、現時点でCBDCを発行する計画はありませんが、技術動向など環境変化は非常に速いので、将来必要になった場合に的確に対応できるよう準備しておく必要があると考えています。」とコメントしていた。

 また、雨宮副総裁も「実証実験等を通して、中銀デジタル通貨の機能特性や技術面からみた実現可能性について理解を深めていくとともに、海外中銀や内外の関係諸機関と連携をとりながら、中銀デジタル通貨に関して検討を進めていく方針です。」と発言している。

 そのための部署として、日銀内にこうした検討を専門に担当する「デジタル通貨グループ」という部署を新たに設置した。

 すでに日銀や欧州中央銀行(ECB)など6つの中央銀行は、中銀によるデジタル通貨(CBDC)の発行を視野に新しい組織をつくると発表している。ここには日銀やECB、イングランド銀行のほかに、スウェーデン中銀のリクスバンク、スイス国民銀行、カナダ銀行を含む6中銀と国際決済銀行(BIS)が参加する。中国や米国は含まれていない。

 具体的に中央銀行デジタル通貨(CBDC)とはどのようなものなのか。安全面含めて技術的な問題はクリアできるのかという疑問があるが、そもそもそれによる利点は何なのか。国際送金サービスなどが安くて容易になり、金融機関以外の業種が決済に絡むことが容易になるという利点などがあるのかもしれない。

 それでは我々利用者にはどのような利点があるのか。お札やコインを使わずに済むことで、新型コロナウイルス感染のリスクが軽減できる。もちろん送金が安く容易になる買い物もスマホで容易にでき、飲み会の割り勘が簡単にスマホでできるなどあるかもしれない。

 なぜ特に中国は中央銀行デジタル通貨の発行に積極的なのか。これはお金の流れを可視化することを意識したものではなかろうかと思われる。

 中国ではジョージ・オーウェルの「1984」などを学校の図書館から排除するよう求める指示を出したと報じられた。「1984」では、ほぼすべての行動が当局によって監視されている社会が描かれていた。

 お金の流れがコンピュータ上でつかむことが容易になれば、確定申告などもこのデータを元に集計が容易になるかもしれない。企業の資金の流れも容易につかめ、政府はしっかりと税金を取ることが容易となる。犯罪についても資金の流れをつかむことで、検挙が容易になるかもしれない。しかし、それは我々のお金の決済が第三者によって常に把握されてしまうということになる。

 もちろん中央銀行デジタル通貨だけが決済手段になるのではなく、既存の紙幣やコインも併存することが予想される。特に日本ではデジタル通貨の利便性の部分だけ享受したいため、匿名性を犠牲にして資金データを政府など第三者に与えることについては、かなり抵抗が出るはずである。そうでなければ、巨額の一万円札がどこにあるのかがわからないという状況の説明ができない。

 中央銀行デジタル通貨への全面的な移行ができれば、消えた一万円札の謎は解けるかもしれないが、しかし、それはつまり、ジョージ・オーウェルの「1984」の世界に近いものになる懸念もありうることを認識する必要がある。


2020年8月5日「マネタリーベースは過去最大を記録中、その意味とは」

 日銀は4日に7月のマネタリーベースを発表した。マネタリーベースとは、日本銀行が世の中に直接的に供給するお金のこと。具体的には、市中に出回っているお金である流通現金(「日本銀行券発行高」+「貨幣流通高」)と日本銀行当座預金(日銀当座預金)の合計値となる(日銀のサイトより)。

 日銀の金融政策において、マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続するとしている。

 消費者物価指数(除く生鮮食品)が2%に全く届いておらず、マネタリーベースは増え続けている。ただし、ここにきての増加については新型コロナウイルスで打撃を被った企業の資金繰りを支える金融機関に対し、通常より有利な条件で資金を供給するなどしていることも影響しているようである。

 7月末のマネタリーベースは前年同月比11.2%増の576兆3027億円となり、4カ月連続で過去最大を更新した。内訳として、日銀券(紙幣)は同6.0%増の113兆8987億円、貨幣は1.4%の4兆9551億円、そして金融機関が日銀の当座預金に預けている残高は12.7%増の457兆4489億円とこれが大きく伸びている。

 マネタリーベースはすでに日本のGDPを上回っている。日銀が金融政策において国債を主体に買い上げており、その結果としてマネタリーベースも増加させた。しかし、マネタリーベースをここまで増加させても物価はビクともしないところを見る限り、マネタリーベースと物価との相関はないとみなすのが普通なのではないかと思われる。

 現状は新型コロナウイルスによる経済への影響を軽減させるための措置が必要なことで、それによるマネタリーベースの増加はいたしかたない。しかし、ここまで積み上がったマネタリーベースを「物価を上げるため」にさらに積み上げる必要はない。

 マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続するとの金融政策決定会合の公表分の文面もそっと削除しても問題はないように思うのだが。すでに日銀は金融政策の政策目標をマネタリーベースという量から金利に戻している。


2020年8月4日「増えた1万円札の謎、第2次大戦前後との共通点」

 日本銀行の内田眞一理事(担当:企画局、決済機構局、金融市場局)は、決済の未来フォーラム デジタル通貨分科会における挨拶(タイトル:ポストコロナの「お金」の姿)において、下記のような指摘をしていた。

 「わが国においては、対面でのリテール決済の主役は、ずっと現金でした。実際、現金の流通残高は100兆円を超え、GDPの2割にも上ります。これは諸外国と比べても突出していますし、歴史的にも高水準です。過去100年間遡ってみても、銀行券流通残高の対GDP比率は、ほぼすべての期間でおおむね8%程度であり、例外は、第2次大戦前後と90年代中盤〜現在の2回だけです。」

ポストコロナの「お金」の姿 決済の未来フォーラム デジタル通貨分科会における挨拶 https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2020/ko200730a.htm/

 日本における現金の流通残高が100兆円を超えているのは確認していたが、GDPの2割にも達していたのは、第2次大戦前後と1990年代中盤〜現在の2回だけだったという事実は興味深い。

 第2次大戦前後というのはいうまでもなく太平洋戦争が大きく絡んでいたはずである。戦後のハイパーインフレも影響していた。そのような時期と現在の現金の流通量が同じであった。そういえば、政府債務のGDP比も同じような状況になっているのも偶然なのだろうか。

 現在の現金流通残高の大きさは何が原因しているのか。券種別では千円札、五千円札はそれほど増えておらず、一万円札だけが伸びている。内田理事はこの答えのひとつとして「低金利環境の中で、人々が手元の現金をこまめに預金しに行かないという現象」をあげている。

 「6月の銀行券流通高は前年比4.8%に上昇しました。ただ、興味深いことに、券種別では千円札、五千円札はそれほど増えておらず、一万円札だけが伸びています。また、ATMの受け入れ・払い出し件数も激減しています。おそらく、決済手段としての現金需要は減少した一方で、銀行やATMに足を運ぶ回数を減らすために、手元に多めの現金を置いた――つまり広い意味の価値保蔵手段としての現金需要が増えた――ということでしょう。コロナと低金利という2つの環境がもたらしたものですが、これは日本だけでなく、程度の差はあれ世界的にも見られる現象のようです。」

 ある程度のお金を持つ層の人たちは現金の保管リスクはありながらも、利子もつかない預金に振り向けていないということなのか。もちろん通帳に記載されては困るという資金もあるのかもしれないが。

 「現象のようです」とやや曖昧な表現となっているのは、1万円札を発行している日銀でも現金の特質である「匿名性」があるため、具体的な理由は示しにくいためのようである。現金は最も身近な決済手段でありながら、その振る舞いはいつも謎めいていると内田理事は指摘している。

 この謎を解き明かすものとして、中央銀行デジタル通貨(CBDC)があるのかもしれない。しかし、その謎がデジタル通貨の普及を妨げる障害になる可能性もあるのではなかろうか。

 とにかくも第2次大戦前後と現在の現金流通の状況が似ているという状況は注意すべきであり、どうしてそれが起きているのかの謎は調べてみる必要はあるのではなかろうか。


2020年8月3日「新型コロナウイルス感染拡大は経済危機なのか」

 7月14、15日に開催された日銀の金融政策決定会合の主な意見のなかで次のような意見があった。

 「経済危機においては、財政政策と金融政策との適切かつ緊密な連携が必要不可欠である。」

 この意見で気になったのは「経済危機」という表現である。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により、多くの国ではロックダウンなどにより経済活動を停止させたまだ感染拡大防止を優先させた。この結果、歴史的な景気の落ち込みが起きていた。

 日銀の6月の決定会合の主な意見では「きわめて厳しい状態にある」とのに表現が使われていた。6月の日銀短観では、大企業製造業の景況感を示す業況判断指数(DI)の悪化幅はリーマンショック翌年の3月に次ぐ過去2番目の大きな落ち込みとなった。

 米労働省が2日に発表した6月の雇用統計では、非農業雇用者数が前月から480万人増となり、1939年の統計開始以降で最多となった。

 これらの数字を見る限り、「経済危機」という表現が適切のように思われるかもしれない。しかし、冷静に考えて本当に経済危機と言えるものなのであろうか。

 百年に一度とされる危機、過去のリーマンショックや日本のバブル崩壊などと今回のコロナ危機は根本的に異なるところがある。今回の危機は人為的に起こされたものであるという点である。また金融危機ではないという点にも注意する必要がある。

 過去、パンデミックが起きてその結果、経済危機は起きたのか。興味深い事例が存在する。1918年から1921年あたりにかけての「スペインかぜ」と呼ばれたパンデミックである。当時の日本内地の総人口約5600万人のうち約2380万人が感染し、最終的に当時の0.8%強に当たる45万人が死亡した。

 当時の経済状況に確認すると、1918年11月にドイツ帝国の敗北により大戦が終結(これにはスペインかぜが影響していたとされる)。これにより日本の大戦景気は一時沈静化する。しかし、米国の好景気が持続すると見込まれたことや中国への輸出が好調だったことより、景気は再び加熱し、1919年後半に金融市場は再び活況を呈し、大戦を上まわるブーム(大正バブル)となった。危機どころかバブルと呼ばれるほどの好景気を迎えていたのである。

 スペイン風邪に対しては、日本では今回でいえばスウェーデンのように経済活動を止めない政策が行われ、その結果、経済に打撃はなかったとの見方もできるかしれない。しかし、ここにきての経済指標の回復度合いをみても、パンデミックによる経済の危機状況は本当に起きていたといえるのであろか。むろん大きな打撃を受けたところも多いことは確かである。しかし、経済全般でみて、危機は本当に発生していたのであろうか。


2020年8月2日「中央銀行は物価や金利をコントロールできるのか」

 中央銀行は物価や金利をコントロールできるのか。日本銀行の金融政策の目的は、物価の安定を図ることにある、それならば当然、コントロールできるとの見方は実は正しくはない。

 31日の日本経済新聞(朝刊)へのフィナンシャルタイムスからの寄稿で、次のような指摘が東京支局長のロビン・ハーディング氏から出されていた。

 「こうした批判で興味深いのは、中央銀行には金利をどんな水準にも恣意的に決める力があるとみている点だ。ごく短期間なら可能かもしれない。だが、ある程度以上の期間にわたって中央銀行が金利を固定することはできないし、まして物価をコントロールすることもできない。一般に認識されている以上に、中央銀行は経済の基調的な動向の僕(しもべ)であって、主人ではないのだ。」

 中央銀行が本来コントロールできるとされていたのが短期金利である。資金の調節には日銀が大きな影響力を持つことから、短期の金利を政策目標に置いて、それを上げ下げすることによって物価にも影響を与えようとした。

 このため、昔は「公定歩合」、その後は「無担保コール翌日物」と呼ばれる金利が日銀の金融政策における調整目標となっていた。これはFRBなど他の中央銀行も同様である。しかし、この政策金利がゼロ%相当となってしまったことで、あらたな政策が求められた。

 そのひとつが国債などを買い入れる量的緩和策、そして政策金利をマイナスとするマイナス金利政策、さらには長期金利を政策金利とするイールドカーブコントロールなどである。

 日銀の金融政策は金融市場を通じて行われる。つまり、日銀が原油などを購入して物価に直接働きかけるものではない。政策金利の短期金利の目標値を上げ下げし、その目標値に近づけるために資金調節を行う。資金量の調節によって物価に働きかけている。日銀が金融政策を変更したということそのもので、インフレを抑制する、デフレを回避する、景気の下振れを防ぐ、などの意図が伝わり、それが市場参加者を通じて拡がることで心理的な効果も狙っている。

 つまり中央銀行の金融政策は能動的に物価や景気に直接働きかけるものではない。ロビン・ハーディング氏が指摘するように、日銀が物価や金利を自由に動かせるものではない。だからこそ2%という物価目標を掲げても、それは日銀の政策だけでは達成できないことを7年以上掛けて証明している。

 いや物価はさておき、金利ならば市場を通じて中央銀行は動かせるはずである、との意見もあろう。現実に日本の国債市場で大きな存在力を示す日銀は10年国債の利回りを押さえつけて、それを維持せているように見える。しかし、日銀が押さえ込まなくても、物価そのものはゼロ%付近に止まり、結果として10年国債の利回りが低位で安定しているとの見方もできる。

 これがもし何かしらのきっかけで物価が大きく上昇したり、国債への信認が毀損したりすれば、日銀は国債利回りの上昇を抑えることは難しくなる。日銀はいくらでも国債を買えるはずと言われるかもしれないが、国債の発行額には限度があるとともに、日銀が際限なく国債を買い入れるとなれば、財政ファイナンスとの認識が高まり、市場への国債の売り圧力は余計に強まろう。国債はほとんど国内の資金で賄われていることで、海外投資家から売りが入ってもそれによる影響は限定的との見方もある。しかし、国内投資家の日本国債への売りが当然考えられる上に、海外投資家も先物などのデリバティブを使った売りも可能である。現状、日銀は指し値オペの対象を10年国債のみに限っている。

 これはあくまで日本国債への信認が毀損するという現状考えられないことが起きた際となる。それでも、日銀が長期金利をこのまま押さえ込むことは本当にできるのかと言うことに対しては疑問が残ることは確かである。


2020年8月1日「消費増税のあとには何かが起きる?」

 菅義偉官房長官は29日の記者会見で、新型コロナウイルスの影響による経済の悪化を受けた消費税減税に慎重な考えを示した(29日付日本経済新聞)。

 新型コロナウイルスの感染拡大で経済への打撃が深刻になる中、ドイツでは、7月1日から日本の消費税にあたる付加価値税の税率の引き下げを行った。日本でも消費税率の引き下げを求める声も出ているようである。

 消費税率の引き下げのかたちでの経済対策の効果については甚だ疑問であるが、実は過去に、日本の消費増税があったあと、何かしら大きな出来事があった。これは消費増税が直接絡んでいるわけではないものの、結果としてそのようなタイミングになってしまっていた。

 1988年の竹下政権時に消費税法が成立し、1989年4月からは、所得税や法人税などの大規模な減税と引き換えに3%の消費税が導入された。日経平均株価は1989年の大納会の大引けで3万8915円を付け、これが最高値となってバブルは崩壊した。そして1989年1月7日に昭和天皇が崩御され、平成元年となった。

 1997年4月に橋本政権は減税の財源として消費税の5%への引き上げを実施した。バブルの後遺症ともいえる不良債権処理の遅れがその大きな要因となった。1997年7月には企業の破綻が相次ぎ、11月に入ると金融システム不安が一気に表面化し、三洋証券が会社更生法適用を申請、北海道拓殖銀行が経営破綻し北洋銀行への営業譲渡を発表。さらに証券大手の山一證券が自主廃業を届け出、徳陽シティ銀行が分割譲渡と金融機関が相次いで破綻した。

 2014年4月に安倍政権は消費税の8%への引き上げを実施した。1989年と1997年の増税時に比べて政権は安定していた。金融市場も世界的なリスク後退局面となっており、比較的安定しており、日経平均は戻り基調となっていた。このときは何も起きなかったといえるが、むしろこれはレアケースともいえた。

 2019年10月に消費税は10%に引き上げらた。2019年5月に新天皇が即位されて令和がスタートした。年号が変わった年という意味では30年前の1989年の消費税導入の年と同様といえるか。その後の金融市場も比較的落ち着いていた。米国と中国との貿易摩擦が大きな注目材料となっていたが、それもひとまず懸念は後退。2020年には東京オリンピック・パラリンピックを控え、日本が世界から注目される年ともなりつつあるはずであった。ところが、その東京オリンピック・パラリンピックは延期となった。その要因は、言うまでもなく、新型コロナウイルスによる世界的な感染拡大であった。


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