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2026年8月6日「活気を取り戻した短期金融市場」

 主に金融機関が短い期間の資金をやり取りする短期金融市場に活気が戻ってきたと5日の日本経済新聞が報じた。

 短期市場で資金を調達する金融機関の取引残高は2025年に506兆円、過去10年間で2.1倍に膨らんだ。そのうちレポ取引が270兆円と過半を占める(5日付日本系座新聞)。

 金融市場とは、資金を調達したり運用したりする取引が行われる市場である。

 金融商品を取引所や相対で売買する市場でもあり、その金融市場は扱う金融商品の期間に応じて短期金融市場と長期金融市場の2つに区別されている。

 短期金融市場とは、期間1年以内の金融取引が行われる市場で、マネーマーケットとも呼ばれている。

 それに対して、1年超の金融取引を行っている市場が長期金融市場や資本市場と呼ばれている。

 一般に期間1年以内の金利のことを短期金利、期間1年超の金利のことを長期金利と呼ぶ。

 短期金融市場は銀行などの金融機関や一般の事業法人などが、短期の資金を調達・運用する場となる。

 日銀がオペレーションや貸出等の金融調節を通じて、市場の日々の資金過不足を調節する場でもある。金融政策決定会合で決められた政策目標の達成も、この金融調節を通じて行われる。

 短期金融市場は、金融機関や証券会社、生損保など限られた参加者の間で取引が行われるインターバンク市場と、このインターバンク市場の参加者に一般事業法人なども加わって取引が行われるオープン市場に分けられる。

 インターバンク市場は、銀行を中心とした金融機関の間で、資金の運用や調達、決済を行う市場。金融機関がお互いに短期的な資金の過不足を調整するための取引が行われている市場である。特に明治時代に自然発生的に誕生したコール市場は現在でも重要な市場となっている。

 オープン市場は市場参加者が限定されず、金融機関に加えて一般企業、官公庁、地方自治体などが参加して、短期の資金の運用や調達を行うために取引をしている市場となる。

 オープン市場には、債券現先市場、レポ市場、CP市場、そして、国庫短期証券があるが、記事にもあったようにレポ取引が取引の過半を占めている。


2026年8月5日「米財務長官が日本保有の米国債の売却を懸念した事例」

 日米両政府が約40年ぶりの円安ドル高を食い止めるため、外国為替市場で異例の協調介入に踏み切ったが、米側の意図としては、日本で保有する米国債の売却を恐れてという可能性が高いようである。

 その理由のひとつとして日本政府・日銀が弾切れを意識することなく、円買いドル売り介入をできるようにするためとの指摘がある。

 この場合の弾というのは外貨準備で保有するドル預金や米国債となる。これには限度があるため、それを投機筋に見透かされるという懸念がある。また、米国債を売却する格好となることも避けたかったのかもしれない。

 ただし、外貨準備で保有する米国債は中短期債が主体であり、この売却であれば、それほど米国債券市場に大きな影響は与えないはずである。

 それ以上に懸念されたのは、ベッセント財務長官が恐れていた日本版トラスショックが起きる可能性が意識されたようである。

 日本の財政への懸念が強まり、自国通貨と自国国債の急落となった場合には、日本の生保などが保有する米国債を合わせ切りする可能性が出てくる。

 いやそんな可能性を意識していたのかという疑問も出るかもしれないが、実はこれには過去に同様の事例が存在していた。それが1998年末に起きた資金運用部ショックと呼ばれた日本国債の急落においてであった。

 大蔵省資金運用部の引き受け比率が、今後大きく低下することが明らかになり、運用部の債券買い切りオペの中止もアナウンス。これをきっかけに1998年末の債券相場は急落し、これは運用部ショックと呼ばれた。

 宮沢蔵相(当時)は、運用部の債券買い切りオペの中止を示唆する発言を行い、日銀総裁も日銀による大量の国債保有に対して「自然な姿ではない」とのコメントを出した。運用部の買いオペが1月から中止されるとの正式アナウンスもあり、これを受けて12月22日の債券先物は1998年8月以来のストップ安となった。

 日本の金融当局者にとって、運用部ショックによる債券価格の急落は、避け得ないものとの認識が強かったのですが、日本の長期金利の上昇は、日米金利差の縮小をもたらし、米国債への日本からの投資が減少する懸念があった。

 日本の生保などは、日本国債の価格下落による損失をカバーするため、保有する大量の米国債を売却する恐れがあり、これを危惧したのが米国金融当局、特に当時のルービン財務長官であった。

 1999年2月3日に行われたダボス会議において米国サイドから、円高と日本の長期金利上昇に懸念が示され、さらなる金融緩和の必要性などを要求された。

 国金融当局の意向が日本政府に伝わったことで、政府関係者から長期金利上昇抑制のために、財政法で禁止されている日銀による国債引受の要請などが出た。日銀の速水総裁は、「国債引き受けは日銀の選択肢にないし、全く考えていない。新日銀法でも国債を引き受けない原則を守っていきたい」と述べていた。

 しかし、そうはいっても日銀も何かしら動かざるを得なかったことも確かであり、その答えが日銀のゼロ金利政策となった。加えて大手金融機関の国債買いなどもきっかけに国債市場は落ち着きを取り戻した。

 当時と現在では国債や金融政策を取り巻く環境は大きく異なる。

 今回は日銀の金融政策の正常化を急ぎ、財政の健全化を進めることで円売り要因を取り除く必要がある。日銀の国債買入を増加させたり、利上げを抑制させると逆効果どころか、円安の勢いを強め兼ねないことになる。


2026年8月4日「協調介入の目的は何なのか」

 3日の9時半ごろにかけて、東京外国為替市場でドル円は一時、155円台前半まで下落した。これは5月上旬以来の円高ドル安水準となる。

 3日の午前7時ごろ、トランプ米大統領が円買い介入を巡り「我々は常に日本を支援する」と発言。

 その後片山財務相は、「米東部時間7月31日、米国財務省と協調して円買い介入を実施した」との談話を発表。「更なる協調介入を実施することも躊躇しない」とも言及し、追加的な介入の可能性を示唆した。

 日米の協調介入は危機時や災害時などを除くと協調介入は極めて異例。今回は2011年の東日本大震災の直後以来15年ぶりとなる。

 ベッセント米財務長官もX(旧ツイッター)に「さらなる協調介入への参加をためらわない」と投稿した。追加の介入を示唆したことから、円高が進行した。

 ユーロ円も一時179円台半ばと2025年11月以来の水準に下落(円高ユーロ安)した。

 トランプ大統領は円高ドル安は米国も「経済的利益」を得るとし「世界経済にとっても良いことだ」と述べていた。

 ベッセント財務長官が介入に動いた背景にトランプ大統領の意向、もとくは同意があったとみられる。

 ベッセント氏が2025年9月に日本政府と出した共同声明が協調介入の布石だったとの指摘もあるが、どうしてこのタイミングでの介入であったのか。

 米長期金利の上昇を抑制するためとの見方はあるが、31日の米国債券市場の動きからは、それを意識したような動きとはなっていなかった。

 31日の米国債券市場では、イランの革命防衛隊が石油タンカーを攻撃し停船させたと報じられ原油先物が上昇したことで、米債は売られていた。

 米10年債利回りは一時は4.74%と2025年1月以来、約1年半ぶりの高水準を付けいてたぐらいである。

 今回の協調介入の米国側の理由とは何なのか。

 日本版トラスショックを嫌ってベッセント長官が仕掛けた可能性もないとはいえないが、それならば回りくどい方法をとらずとも高市政権に直接働きかける必要もあったのではなかろうか。

 ユーロ円においても介入が実施され、とにかくも円安にブレーキを掛けることが今回の協調介入の目的となる。

 そうであるならば、円安の要因のひとつに日銀の金融政策の正常化が慎重すぎるとの見方もあるため、早期の利上げも必要となりそうである。


2026年8月1日「トランプ米大統領が低金利を好む理由」

 トランプ大統領は米国の政策金利は世界で最も低水準にあるべきだと述べ、FRBに対し利下げを求める発言をしている。

 トランプ氏は「金利は引き下げられなければならない。米国より金利が低い国々がある。米国の金利は世界で最も低水準にあるべきだ」との持論を述べていた。

 トランプ氏がFRBに利下げを要求する主な理由は巨額の政府債務における利払い費の削減、自身が推進する減税や財政政策を支えるための財政負担の軽減、そしてさらなる景気刺激とドル安誘導を狙うためとの解説がなされる。

 それとともに低金利を好む理由のひとつとして、不動産業で培った「勘」が働いているとの見方がある。これはむしろ不動産業に携わっていた時代に金利に苦しめられた経験によるものではなかろうか。

 トランプ氏は父親の会社で不動産事業に従事し、1971年に引き継いだ。大規模な再開発で利益を上げる手法で財をなした一方、カジノ事業などでは失敗も経験した。米紙ワシントン・ポストは破産法の適用を少なくとも4回申請したと報じていた。

 米メディアによると破産を繰り返して米国の銀行から融資を受けるのが困難になっていたときに救いの手を差し伸べたのがロシア人脈だったといった指摘もあった。

 低金利を望む国のトップとして有名な人物としてトルコのエルドアン大統領がいる。

 トルコ経済は2018年の通貨危機以来、為替相場下落とそれに伴うインフレが慢性化した。これはエルドアン氏が中央銀行に金利引き下げの圧力をかけ続けてきたためである。

 経済理論によれば金利が下がれば資金需要の増加によりインフレ圧力が強まるはずだが、エルドアン氏はその逆に「金利が下がればインフレ率は下がる」と主張していたのである。

 過去には中銀総裁を相次ぎ解任して圧力をかけ、大いなるリラ安とインフレを招くことになり、深刻な物価高を受けて、政権も一時は事実上の容認・方針転換に迫られた。

 エルドアン氏の主要な支持基盤となっていたのは建設や不動産セクターであった。これらは資金調達コストが低い(低金利の)環境に大きく依存している。

 つまりトランプ氏とエルドアン氏が低金利を主張している背景に、金利の動向に敏感な業種ともいえる建設や不動産の存在があったといえる。

 1980年代後半の日本のバブル発生の要因として、当時としては低金利が続いていたことも指摘されている。

 1987年当時の日銀の政策金利は2.5%となっていた。現在の2.5%という金利はかなり高くみえるが、当時としてはかなりの低金利となっていたのである。それが1989年5月まで続くこととなり、これが不動産や株式市場のバブルの大きな要因となったとされている。


2026年8月1日「ベッセント米財務長官が暗躍か。レートチェックと為替介入」

 ドル円は米東部時間30日午前に、162円台から157円台まで急伸する場面があった。一時は157円80銭と5月中旬以来約2カ月半ぶりの水準を付けた。

 政府・日銀が円買いドル売りの為替介入に動いたほか、米通貨当局が介入の前段階である「レートチェック」を実施したようである。

 市場参加者にとってこれはかなりサプライズとなった。むろんいずれ介入が入る可能性は意識してはいたとみられる。

 しかしここにきての片山財務相の発言内容から、ややトーンダウンしているのではとの見方も出ていた。このためドル円は7月23日に164円に接近する場面もあった。

 7月の最終週はFOMC、イングランド銀行のMPC、そして日銀の金融政策決定会合が開催されるいわゆる中銀ウイークとなっていた。

 28、29日のFOMCでは金融政策の現状維持が決定された。反対者が3名いたが、市場では利上げの可能性も多少なり意識していた。しかし利上げは見送られた。仮に利上げとなればドル高が進行していた可能性があった。

 そして30、31日に日銀の金融政策決定会合が開催される。このタイミングでの為替介入を市場参加者はほとんど意識していなかった。

 今回の介入について、30日に発表された米国のGDPの発表のタイミングを意識しての介入実施との見方もあった。しかし30日の米10年債利回りはほぼ前日比変わらずとなり、あまり市場ではGDPそのものは意識していなかった。

 ではどうしてこのタイミングだったのか。そのヒントが朝日新聞の記事にあった。

 財務省の三村淳財務官は31日、円の急騰を受けて財務省内で記者団の取材に応じた。為替介入について「ノーコメント」としたうえで、「米当局からは単なる精神的支援を超える支援を得ていると認識している」と話した(31日付朝日新聞)。

 「米当局からは単なる精神的支援を超える支援」とは何か。

 米国側が「レートチェック」を実施したことに対してなのか。むろんそれを含めてだとは思うが、そもそも今回の仕掛け人はベッセント米財務長官ではないかと予想されるのである。

 ベッセント氏はソロスファンド時代、イングランド銀行を負かした男の1人であり、対政府・中央銀行に投機筋として参戦していた。さらにアベノミクスに乗っかって大きな利益を手に入れたとされる人物である。

 市場の動きとともに、政府や中央銀行の動向などについては、現在は政府側の要職にあることもあり、知り抜いている人物となる。

 この人物が仕掛けるなら今と日本政府に働きかけた可能性がある。

 介入のタイミングでは見事としか言いようはない。しかし、日米ともに政治のトップに問題を抱えており、結果としてその効果は一過性なものとなろう。

 この介入が歴史を変える転換点となることはないとみている。


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