今年に入ってから急に世界が広がった。これはひとえに幸田真音さんの「日本国債」の影響が大きい。また幸田真音さんご自身も私のことを宣伝してくださったこともあり多くの素敵な方々と出会えるチャンスをいただいた。またテレビやラジオ、新聞などマスコミ等にも出させていただいた。インターネットが個人による情報発信を容易にさせ、個人の飛躍にとっての大きなチャンスを与えてくれている。人脈が広がり、さらにちょっとしたきっかけでそれが大きくブレークする。まさに複雑系である。幸田真音さんがたまたま私を知っている方とインターネットの話しをされなければ「日本国債」のネットに関する部分はまったく違ったものになっていたかもしれない。というより久保井という人物すら登場しなかったはずである。もしかすると、その方がもっと「日本国債」が売れたかもしれないが、こればかりはわからない。歴史に「もしも」はない。一本の道が後ろにあるだけである。しかし前の道の選択肢は多様である。それは自ら選択することもあり他の方によってあらたな道に導いてもらうこともある。選択肢が同じような道ばかりでは世界は開けない。新しい道を知っている人と親しくなるとさらにあらたな道を知っている人に巡り会う。カオスではないが、いったん動き出すと瞬く間にたくさんの道が開けてくる可能性がある。選択するのは自分だが選択肢を増やすには個人の力では限度がある。偶然も左右するかもしれないが、何もしなければ偶然すら迷い込んではこない。新年度に入り新社会人もたくさん入ってくる。もし彼らが世界を広げようとしたいならば、何かしら得意なものに磨きをかけ勝負できるものを作ってほしい。それはもちろん仕事に関わっているもののほうが良い。そしてそれは課とか部、社内だけで通用するものでは道は限られる。相談をかけられる社外人脈を作りその輪を広げてほしい。切磋琢磨して自らの特殊能力を高め力とせよ。そして人の輪を大事にしているとチャンスはやってくる。私もこれからさらにいろいろな選択肢をもたらしてくれる方々に会ってみたい。そしていつか私も誰かに選択肢を与えられるような人間になりたい。
2001年3月23日午後3時半、東京タワーの足下にあるスタジオに行く。入り口に出演者控え室の案内がありなんと自分の名前があった。違うスタジオには松本伸助、松本大といった名前も。私もついに芸能界デビューか、と勝手に思いこむ。恥ずかしながら警備員さんに控え室を教えてもらった。前日、40度近くの高熱を出したが点滴等でなんとか熱は押さえ込んだ。しかしぼーとしている。でもいよいよテレビに出る。控え室には見たことのある方がいらしていた。今井潔先生であった。ヘッジファンドに関する著書を読んだことがある。さっそく名刺交換。そしてメインキャスターのテレビ東京解説委員長の内山さんが登場。あっ、テレビで見た人だと。ここは冷静に名刺交換。実はBSJAPANさんの番組出演にあたっては幸田真音さんが私のことを紹介していただいたこともありスタッフの方から話しがあったのだが、内山氏も私のことを知っていただいていたことにびっくり。たいへん気さくな方であったことでさらにびっくり。本番中もいきなり内山さんが私に質問。なんとか答えられたのだが、そのあとひそひそと「うまいもんじゃないか」と声をかけてくださった。たいへん心強いお言葉であった。声がうわずって出ない・・・というか風邪で出ない恐れもあったが、なんとか与えられた時間をこなした。とにかくテレビ初出演は無事完了。スタッフの皆様にはたいへんご心配をおかけしてすみませんでした。その後昨日28日には電話にても出演させていただく。しかし、まさかテレビに出ることになるとは。今後も可能な限りしっかり情報をインプットして多くの方々に国債市場についての認識を広めたい。我々や子孫が背負う膨大な借金。そのリスクはまだ顕在化していない。しかし日銀の量的緩和以降その顕在化の可能性が徐々に高まりつつある。幸田真音さんもテレビや雑誌などで警告を発していただいているが、及ばずながら私も今後債券相場に縁もゆかりもない方にアピールしていきたい。実は誰もが債券市場には縁もゆかりもあるからである。内山さん、また是非呼んでください。
兜卒天に君臨する「梵天」を守護しているのが「帝釈天」である。その「帝釈天」と無限とも思える戦いを繰り返しているのが「阿修羅」。「梵天」は「シータッタ」に「弥勒」に会えと進める。56億7千万年後に地上界に降臨し人々を救うとされる弥勒菩薩とは。戦乱をくい止めるべく「阿修羅」に会いに行った「シッタッータ」は供に弥勒のところへ行く。そこで見たものは・・・。これだけでいったい何のことをコメントしているかわかった方は少ないかもしれない。「シータータ」とはもちろんブッダのことである。しかしこれは仏教に関する本ではない。なんとSF小説である。光瀬龍の代表作「百億の昼と千億の夜」の一部である。これを漫画化したのが「11人いる!」の萩尾望都。この萩尾望都が描いた「阿修羅」、「帝釈天」、「弥勒」こそ日本を代表する仏像がもとになっている。奈良興福寺の「阿修羅立像」、京都東寺の「帝釈天像」、そして国宝一号となった広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしゆいぞう)。ブッダの教えについては詳しくはないが、その描く世界はバラモンの世界観がもとになっていると言われる。それを想像だけでこれだけの仏像を作り上げてしまう仏師というのもすごいが、それをSF小説にしてなおかつ漫画にしてしまう発想もすごい。それを読んで「阿修羅像」に会いたいと学生時代に奈良に行った私もすごいか・・・。 とにかくこの小説は仏教とキリスト教となんとギリシアのプラトンまで出てくる。子供の頃宇宙ってもしかすると原子みたいなものでさらに高いところから誰かが顕微鏡で見ているなんてこと想像したことありませんか。そんな世界を描いているのがこの「百億の昼と千億の夜」。気になる方は原作よりも萩尾望都の漫画をぜひ読んでいただきたい。まもなく久しぶりに「阿修羅」に会いに行くつもりである。そして始めて京都東寺の「帝釈天像」も見る予定。娘達は飽きるだろうなあ・・・。
日銀は19日の金融政策決定会合においてこれまでの金融政策方針を180度変えて金融調節目標を「金利水準」から「資金量」に変更した。これは昨年8月のゼロ金利解除後もさらに株価は下落し、米国のITバブルの崩壊が予想以上に深刻であったことがその要因である。ゼロ金利解除は拙速であったと日銀は認めざるを得なかったのであろう。しかし「ゼロ金利政策」自体が物価や景気浮揚目的で取らせられたわけではないことは金融関係者ならばご存じのとおり。結局ゼロ金利にはほとんど効果がなかったにもかかわらず(麻酔薬としての目に見えない効果は副作用とともにあったかもしれないが)続けざるをえなかった。それは総裁自ら解除の条件を「デフレ懸念の払拭」に置き換えたことで視点がすり替わってしまったことも要因である。日銀の金融政策にとって異常事態の回避は「利上げ」というかたちを取らざるをえず、これは政府の反発を扇いだ。そして今回「ゼロ金利」に戻すことは明言しなかったものの実質ゼロ金利回帰を縛りをつけて実施せざるをえなかった。金融機関が日銀に預けている現在平均4兆円ある当座預金残高を5兆円になるように促す。これだけでは前回のゼロ金利時の「ブタ積み」状態となんら変わりはなく効果も限定されるため日銀は長めに使える資金の供給を実施する。国債買い切りの額を現在の4千億円(月々2千億円ずつ2回実施している)から増額する。しかしこれは歯止めがなければ擬似的な日銀による国債引き受けともなりうるために「日銀券の発行残高」を上限とした。2月末時点の日銀券発行残高は57兆円で日銀の長国保有額46兆円、このため余力は11兆円程度とみられる。ここまでは私自身、これまでの経緯からある程度飲まざるをえないとは考えていたが、予想外だったのはこの政策を「消費者物価上昇率が安定的にゼロ%以上となるまで続ける」という条件設定であった。これはいわゆるインフレターゲッティングの採用とも取れる。時間軸を物価とおくことで日銀は退路を断ってしまった。これが意味することをしっかりと考えなければいけない。「物価の番人」とも言われる中央銀行であるが今回のようなデフレの状態を解消するには日銀だけの政策には限度がある。しかしそれでも「安定的にゼロ%以上」に物価が上昇するまで日銀は「単独」でも手を打たざるを得ない。特に債券関係者にとってはこのことはたいへんな重大な事態が想定されることを訴えたい。まずCPIという日銀自身もその算定方法について懸念を持っていた数値を使うという事に対する懸念がある。物価下落には良い物価下落と悪い物価下落がある。はっきりと区別がむずかしいが良い物価下落がまったくないわけではないことはユニクロやパソコンの例を出すまでもなく理解していただけると思う。つまりCPIが安定的にゼロ%になった場合には実質的に物価上昇が引き起こされているということになる。そしてそれ以前に今回の量的緩和でもし効果が出なかった場合には、今後の金融政策においてなし崩し的に国債買い切り増などが実施される可能性が強い。なんといっても構造改革の進展が見られないにも関わらず先に日銀が動いてしまったことはたいへん危険な賭である。このまま過剰な資金供給を実施すれば構造改革を進めずともいつかは景気浮揚に繋がることも想定される。戦前にそれは一度経験済みである。しかしそれはあくまで一時的でありしかもメガコンペクションからは完全に取り残される。また国債買い切りに歯止めがかからず世界的には「日本国債」はジャンク債の扱いとなるであろう。それでなくても借換債の増加で国債発行残高は膨れあがる。その結末は戦後において実証済みである。そして今度は今回の量的緩和策が功を奏した場合である。ある程度の構造改革もおざなりに実施して米国の景気回復といった神風も加わり、実は日銀が動かずとも自立回復する可能性もある。これは予見するのはむずかしいが皆が皆売りと思ったときこそ相場は底であったケースも多く今回の日本の景気がそうでないと言い切れない。その場合には日銀は安定的にCPIがゼロ、つまり実質インフレ懸念が生じても「安定的」といった曖昧な定義により引き締めが遅れることは十分に想定される。これまで世界各国で実施されたインフレターゲットはあくまでインフレを抑えることでそれは痛みをともなう。しかしデフレを押さえるには痛みは感じられないことからその政策変更には前回の「ゼロ金利解除」時以上の反発も想定される。これが何を意味するか。繰り返しになるが国債の発行額は新規財源債が仮に増加せずとも借換債の増加によって減ることはない。それは低金利とデフレに支えられた国内機関投資家の買いによって安定的に消化されている。しかし仮に景気が回復し貸し出しが増加傾向となれば無理に低金利の国債を購入する必要はなくなる。金利は下げている間はいくら低金利でも投資家は買わざるを得ない。これはインデックス運用などをしている年金などを見れば明らか。ところがいったん金利が上昇した場合にはこの反作用が起きる。金利が上昇すれば投資家は買うという発想はそのうちまた金利は下がると言った期待感があるためである。しかし大きなトレンドが今回の量的緩和をきっかけにして日銀が期待したように反転した場合にはこれだけの発行量の国債を市中で消化しきれるかといった問題が発生するのである。このように今後の債券市場はどう転んでも予断を許さない状況に陥る可能性が強い。日銀は少なくとも構造改革の進展が約束される条件で金融政策を変更すべきであった。前回あたりから決定会合は審議委員の多数決で決定されるということがあらためて効果を現したとも言える。個々の審議委員に対して批評は極力避けたいが、彼らの責任は重い。
ISコム社から4月中旬に発売されます「金利史観」の著者、東京海上アセットマネジメント投信の平山賢一さんからいただいた書評です(「金融史観のご予約・お問い合わせはISコムまで)
歴史の節目というのは、得てして、その渦中にあってはなかなか気が付くものではない。かつて、17世紀初頭1619年、イタリアにおいて、欧州の最低金利水準を記録したルオギ債の割引金利1.125%。一種の金利バブルにも似た様相を呈していたものの、当時の人々にとっては、至極当然の水準として認識されていたのであった。しかし、最低金利を記録したイタリアではあったが、強大な後見国であったスペインの衰退により、イタリアは急速に金融覇権を失うと同時に、金利急上昇の憂き目に遭う。最低金利を記録してから2年間程度横這い、3年目の1622年に一気に2.625%の金利上昇を記録する。大概の崩落相場の前には凪にも似た時期があると言うことかもしれない。わが国でも、10年国債指標銘柄が98年9月に0.64%まで低下することを経験したが、その後財政悪化に対する懸念が生じて金利上昇に至るという点で17世紀のイタリアと共通していることは興味深い。その意味では、1998年以降の数年間はやはり歴史の節目であるということができるのではないか?しかし、歴史の節目の渦中にあって、その動態を分析し、かつ歴史の趨勢の中から判断することは非常に困難性を極める労作業であろう。しかし、その労作業に敢えて挑戦し、21世紀のわが国金融界における原点になるであろう金融政策と、日本経済を軽快なタッチで描いたのが「牛さん熊さんの金融講座」である。その後の欧州金融界にとって、イタリア資金調達失敗の事例は、歴史を学ぼうとする賢明なオランダ、英国の政策当局者によって、資金調達方法の高度化という成果を生むことになる。今、ここに、超低金利といわれているわが国の金利環境を、経験するとともに分析していく同書は、まさに、「経験しながら学ぶ」姿勢を、われわれ読者に教えてくれているのではないだろうか?同書において、運用部ショック、ダボス会議、そごう問題、不退転の決意など、市場参加者ならではの視点で臨場感あふれた叙事詩が展開されていく様は圧巻である。われわれは、これらの事実から何を学び、何に活用していくのか。今後は、われわれの姿勢が問われる番である。
来週19日の金融政策決定会合において日銀がゼロ金利に戻すことはほぼ確実視されている。景気物価に対して日銀総裁も懸念を示し政府も月例経済を下方修正しており日銀にも対応を求めている。また20日のFOMCでの利下げの可能性も強く、日米協調利下げのとなりそうである。昨年の8月11日の金融政策決定会合において何故日銀はゼロ金利を解除したのか、その理由については「牛さん熊さんの金融講座 ゼロ金利解除」を参考にしていただきたい。それ以降も株の下落は続いた。米国のITバブルの崩壊にいっこうに進まない日本の構造改革。ダムの水位は残念ながら増えるどころか減っていってしまった。3月の月例経済報告において戦後始めて「デフレ」を認定。日本経済が危機的な状況にあり、それが世界経済に影響を与える懸念も強まった。しかし、政府が不良債権処理を中心に構造改革を進める上で、速水日銀総裁はゼロ金利に戻し潤沢な資金供給を実施することでの側面支援を実施しようとしている。これは実質量的緩和策であり、それは日銀の当座預金の量の増加を意図するものになるであろう。ただしこれは前回のゼロ金利時と同じやり方。これでは効果がないといった見方も強い。今だインフレターゲッティングの導入を自民党の一部から求められているのもこれが理由であろう。前回の決定会合で小幅の利下げを決めた決定会合の様相が変化している。これは大勢がタカ派からハト派に変化してきたためであろう。19日の決定会合ではゼロ金利プラスαの部分が議論されるはずである。市場関係者のなかで議論を重ねても答えは見いだせない。今日はついに実質マイナス金利もついたようである。UFJの不良債権処理は好感されたがその処理方法も具体化してない。また追随する銀行があるのか。今朝の福井前日銀副総裁のコメントは現在、日本が置かれている状況を的確に見通しされているようにも感じる。閉塞感は強い。しかし、今動かないと大変な事態を招く。まだ国民が他人事のように感じている間に処理をすすめないと危機感がいずれパニックに繋がらないとは言い切れない。
「春一番」「春なのに」「春風のいたずら」「春うらら」、季節を感じる曲は古いものが多い。すでに死語ともなった「懐メロ」とも言うべきか。春といえば何故か大和路を思い浮かべてしまう。法隆寺とレンゲ畑。若草山。靄にかすむ大仏殿。今年の春は奈良に行きたい。行けるかなあ。
米国株式がさらに下げピッチを速めたことで、日本政府も対応に迫られたようである。このため朝方から宮沢財務相、柳沢金融担当相、そして速水日銀総裁の発言が相次いだ。不良債権処理に本腰を入れそれを支援するために日銀は19日の決定会合でゼロ金利に戻すことがほぼ確実視されている。タイミング良くUFJグループが1兆円あまりの不良債権を処理し赤字決算となることを発表した。これで世界的な株安の連鎖が断ち切れるかどうか。形だけの不良債権処理は見透かされる。今、本気にならなければいけない。決算を前にして時間も少ない。日銀の金融政策はあくまで側面支援となるだけである。デフレを断つのも元を断たなければダメである。
3月末で任期が切れる篠塚審議委員の後任が内定したようである。後任は須田美矢子学習院大学教授である。須田氏は為替の教科書とも言える「現代国際金融論・理論・歴史・政策」を小宮隆太郎教授とともに書かれている。専門は国際金融。同じ大学の岩田教授とは違いインフレターゲッティングには反対されているようである。ハト派なのかタカ派なのか論議されているが、とりあえずは中立派となりそうである。篠塚審議委員はご存じのようにタカ派の先鋒。須田氏はさすがにインフレファイターといった側面はあまりなさそうにも見える。審議委員の勢力分布は前回の会合においてもかなり変化しており、須田審議委員の加入でさらに勢力図に変化が出そうである。19日の金融政策決定会合が篠塚委員にとって最後の会合になると思われるが(噂されている臨時の会合がないとして)、果たしてゼロ金利に回帰してしまうのかどうか。またそれだけでは不足でさらに何かしてくるのか。またゼロ金利解除の理由付けはどうするのかといった思惑も先行している。実際に中短期の利回りは史上最低を更新しつつある。日銀の動向が注目されているが、結局日銀いじめしかできないのであろうか。
為替相場の牛熊版を試験的に作ってみた。「牛さん熊さんの本日の為替」では間違いやすい。ということで「ユアーズ君とマインさん」というコーナー名にして朝と夕方に更新する予定。ドル円ではドル売りのことを「ユアーズ」、ドル買いのことを「マイン」と言う。某著名作家のお名前の由来もここにあるとお聞きした。牛と熊は関西弁と江戸弁で区分けをしているが、今度はマインさんが出てくるので女性と男性の対話形式とすることにした。もちろん為替は本業ではないため情報量は不足するかもしれないが、為替市場関係者向けというより一般向けに為替市場の動向を伝えることができればと考えている。このコーナーについてのご意見、ご感想をいただければ幸いです。
東京から喫茶店が消えつつある。というより新興のコーヒーショップが急に増加している。コンビニよりも数が多いような気がする。スターバックスは高級感を醸しだし、ドトールなどはそれなりの価格でコーヒーが売られている。席も堅い椅子で長居ができない。回転率で勝負しているようである。しかし、これもそろそろピークではなかろうか。最近は流行廃りの速度がさらに増してきている。次の次に流行るものを予測して乱立してきたら撤退するなんて芸当もなかなかむずかしいかもしれない。しかし、臨機応変というのも必要か。円安が進行しているが、はたしてあの「ユニクロ」にライバルは出現するのか。それとも円安による輸入価格の上昇で自沈してしまうのか。別にユニクロを責めるわけでも嫌いなわけでもない。しかし、新興企業の今後を見る上でもユニクロの今後の動きにはとても関心がある。
今回の世界的な株安はどうやらまだまだ収まりそうもない。ITバブルの崩壊はベンチャー企業のみならずシスコやインテル、マイクロソフトといった基幹企業群の収益も悪化させているようである。「インターネット」はすでにあたらしい媒体ではなくなりつつあり、テレビやラジオのようにどこにもある存在となりつつある。開発途上の際にはいろいろな試みが行われそれが取捨選択され一部の企業のみが生き残った。自動車産業も米国の隆盛期には100を越す企業が車を作っていたようだがご存じのように今はピック3に集約されつつある。インターネットも新興企業の多くは消えていった。結局、株の含み益だけで勝負していたような企業も多い。結局、既存企業でも優良企業と言われるところが補完的な媒体としてインターネットを利用してコストとの軽減や情報通信網の整備を行って事務の効率化を図っていった。一般家庭でもパソコンが普及したが、使っているのは若手が中心であり彼らだけでは購買力も限られる。最近の子供達はテレビゲームで遊ぶ時間が減ったとか。我が家の娘達もポケモンのゲームをするより、ポケモンの人形で遊んでいたり絵を描いたりする時間が多くなった。これはこれで良いことではあると思う。トフラーの言う「第3の波」は終演を迎えつつある。次に来る社会がどのような社会なのか。再生するためには一時的な崩壊も必要である。日本が脱皮したとき、何かが始まるのかもしれない。
NTTドコモのGFORTは原型となっているカシオのE−700といくつかの点で違いがある。まずは外見。防水タイプとなっており多少のショックにも耐えられる。ただしその分厚みずある。そしてGFORTはSDカードではなくコンパクトフラッシュカードスロット(Type II)を装備している。つまりドコモのデータ通信専用カード型PHSのP-in Comp@ctをスロットインすれば手軽に64のデータ通信が可能になるのである。ただ、またPHSを契約しなければならないしP-in Comp@ctも高そうだしと思っていた。たまたまパソコンショップにP-in Comp@ctがあったのでみたら3千円ちょっと。おいおいと買ってしまった。さっそくPCで使っているプロバイダーでアクセスしようとしたら自宅はエリア外。会社で密かに設定しようとしてもエラー。キャリアーがどうたらこうたらのエラーメッセージ。そりゃ、キャリアなんてそんなにないけど何で???。結局、既存のプロバイダーにアクセスするにはちょっと設定が必要になることがインターネットで調べてわかった。ただしドコモのモペラならばすぐ繋がるとのこと。確かにすぐ繋がった。うーむ、NTTさんの陰謀か???。それはともかく、これでどこでもインターネットを確認できる。チャットなどはiモードでも見ることができるが、なにせ画面が小さい。これからはチェックも入れやすくなる。PDAはいまのところザウルスが一歩リード。そのあとを世界シェアNO1のパームが続いている。しかし、パームもソフトは豊富な割に音楽や動画まではある程度出費しなくてはならない。新型ザウルスは動画やMP3の機能もついているがメモリーが16Mで表計算機能はとりあえずない。それより安価でワード、エクセルが使え32Mのメモリーで新型ザウルスとほぼ同値。カナキー入力の私にはローマ字入力のキーボードは不要。ということでGFORTは私にとって使い勝手が良い。「牛さん熊さんの金融講座」の原稿程度の量ならば20冊以上は入る。日本語入力は確かに不便ではあるが、チェック程度ならば使用可。OSはウインドウズCEのためPCとの相性も抜群。最近はハイテク機器を買ってもすぐ飽きることも多かったが、これは当分仕え層である。たぶんであるが。
速水日銀総裁は思い切った策としてマイナスの影響も考える必要があるが大幅円安誘導もありえることを示唆した。政治家を中心に国債の買い切り増といった量的緩和策への圧力に対して円安によるインフレ創出についてコメントした。為替介入というのは「日銀による介入」との表現が使われるが実際に指示しているのは財務省の国際局。もちろん介入には財務相の許可も必要。政治家からのインフレ創出圧力を財務省にも分散させるというのはある意味危険な賭けでもある。しかし、日銀をスケープゴードにしようとしている政治家の矛先を変えて少しでも政治家にリスクも理解させる必要性はあると思われる。円高論者と言われた速水総裁の円安誘導発言はかなりインパクトがある。それでなくても日本に対する海外からの不信は強まっている。その上インフレ誘導をするならば円は大きく売られかねない。そこに円売り介入などしたらまさにガスが貯まっているところでマッチをするようなもの。一気に円安が進行してしまう可能性がある。今後の為替の動きからも目が離せなくなってきた。
目覚まし時計について・・・
普通の目覚まし時計を複数使用。30人、27.8%
普通の目覚まし時計を1つ使用。22人、20.4%
携帯電話を使って目覚まし代わりにしている。22人、20.4%
ステレオやラジカセでの音楽を目覚まし代わりに使用。13人、12.0%
家族が目覚まし代わり???9人、8.3%
テレビやラジオを目覚まし代わりにしている。8人、7.4%
使ってない。4人、3.7%
ドラクエZもまだ途中だというのに我が家の娘達はなぜか最近するゲームは「ぼくの夏休み」。以前に紹介したかと思うが、昭和30年代後半あたりの田舎での夏休みをゲームで体験するというものである。特に謎解きがあるわけでなく、昆虫採集をしたり釣りをしたり探検したりできる。ただ昆虫相撲に勝ち続けるとこれまで行けなかったところにも行けるようになる。なにやら大騒ぎしていると思ったら255回勝って山に登れたと三人で喜び合っていた。そんなに虫相撲を続けていたとは・・・。その山ではオオクワガタを見つけたようである。別にゲームをしなくても我が家の近くでもカブトムシやクワガタは捕れるはずなのだが。実際、去年捕まえたクワガタは冬を越そうとしている。とはいってもこのゲームは本当に良くできている。まさに和み系というか。こういったゲームがもっとあればいいのだが。参考までにゲームボーイアドバンスは一台だけ予約した・・・。喧嘩になりそう。
目覚まし時計が壊れた。そこでふと思った。目覚まし時計にMP3を組み込めないものであろうか。一時寝るときにポータブルCDを枕元においてヘッドフォンでMP3を聞きながら寝ていた。何度もヘッドフォンをつけたまま寝てしまったので辞めた。しかし、寝る時には軽い音楽を聴きたくはないだろうか。そして起きる時も音楽で起きる。ただ、起きる時はむしろ耳障りな携帯電話の着メロなどの方が良いかもしれない。目覚まし時計はデジタル全盛の時代であってもなぜかアナログが多い。ただ目覚まし音は電子化している。安くなったとはいえメモリーはそこそこするため音楽機能付き目覚ましは値段が高くなりそう。しかし、MP3ならば現在の小さな目覚まし時計にも組み込みは可能。好きな音楽で目覚めるというのも良いのではないか。
いよいよ来週から都内大手書店でも発売される予定です。通信販売で申込みいただいた方にはたいへんご迷惑をおかけいたしております。随時発送を行っているようですが、まだ届いていらっしゃらない方もいらっしゃると思います。もうしばらくお待ちいただければと思います。テスト販売していただいている千代田書店さんでは今週のベストテンの10位にランクインさせていただきました。ここにきて日銀の動向が再び注目されています。日銀の動きを見るためにはある程度予備知識は必要になると思います。そのためにもぜひこの本を活用していただければと思います。牛と熊の会話形式で読みやすく、そして用語解説を含めて日銀の金融政策を見るために必要な知識をちりばめています。来週からあらためて送料振り込み手数料無料の通信販売を実施します。また5冊以上まとまってのお申し込みには別途割引させていただけるそうです。3月5日(月)より専用ページにて申込みを受付させていただきます。よろしくお願いいたします。
牛熊インデックス
28日の金融政策決定会合は
現状維持・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・90人、73.2%
無担保コールの誘導目標値を0.15%引き下げる・・・・・17人、13.8%
ゼロ金利に戻す・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8人、 6.5%
ゼロ金利に戻し国債買い切り増といった量的緩和も実施する。・8人、 6.5%
2月28日、日銀は無担保コール誘導目標値と公定歩合をそれぞれ0.1%引き下げた。前日、速水日銀総裁はこれまで通りの主張を繰り返していたことから、アカウンタビリティ(説明責任)問題も出ていた。しかし、会合前日はブラックアウト期間中(金融政策に関する発言はできない)でもあったはず。それはともかく、今回の利下げについて再検討してみたい。2000年8月11日に日銀は政府の反対を押してゼロ金利を解除した。その後、米国のITバブルの崩壊もあり日米ともに株価が下落。景気指標も景気回復期待を徐々に薄れさせてくるものが多くなった。日銀はこの景気回復には構造改革が必要との認識を強く持っていた。その筆頭にいるのが速水総裁。ゼロ金利解除の本当の理由は、ゼロ金利は構造改革の動きを阻害するためというものであった。またゼロ金利は金融本来の働きを阻害していたためでもある。しかし、景気回復はままならず株価も下落。日本経済を蘇生するためには金融政策や財政政策は決して有効な策とはならなかった。根本的な治療を必要としている。それが不良債権処理であった。柳沢金融相が率先してすすめようとしている不良債権の直接処理に対して、日銀側窓口となっている増淵理事を中心とした執行部はこれに呼応しようとしていたのではないかと考えられる。構造改革を進めるというのは速水総裁にとっても当然、率先すべきものであった。そのためにゼロ金利に戻すことは決してこれまでの政策とは矛盾していない。「補完貸付制度」と命名された新型貸し出し制度も公定歩合をロンバート化するという裏技も用いたものの、これも不良債権処理に伴う混乱を避けるためのセーフティーネットとなる。しかし、今回の0.1%という中途半端な利下げの意味はなんであったのだろうか。即座にゼロ金利に戻さず時間稼ぎをするため?。決定会合における妥協点となったから?。しかし、会合以前から小幅引き下げの噂は出ていた。そうなるとこれは執行部による戦術であった可能性も捨てきれない。それは金融緩和姿勢を少しでも見せることで内外の圧力を緩和させる。また構造改革を促すためとも思える。残りのカードは一枚。いや、国債買い切り増額といった危険なカードも残されてはいる。この利下げは何かしらを意図したものであろうか。どうやら、効果も限られることがわかっていることをむやみに実施したわけでもなさそうである。
平成13年2月分 平成13年1月分 平成12年12月分 平成12年11月分 平成12年10月分 平成12年9月分 平成12年8月分 平成12年7月分 平成12年6月分 平成12年5月分 平成12年4月分 平成12年3月分 平成12年2月分 平成12年1月分 平成11年12月分 平成11年11月分 平成11年10月分 平成11年09月分 平成11年08月分 平成11年07月分 平成11年06月分 平成11年05月分 平成11年04月分 平成11年03月分 平成11年02月分 平成11年01月分 平成10年12月分 平成10年11月分 平成10年10月分 平成10年9月分 平成10年8月分 平成10年7月分 平成10年6月分 平成10年5月分 平成10年4月分 平成10年3月分 平成10年2月分(その2) 平成10年2月分(その1) 平成10年1月分(その2) 平成10年1月分(その1) 平成9年12月分 平成9年11月分 平成9年10月分 平成9年9月分 平成9年8月分