30日、日本銀行は金融政策決定会合において、政府の総合デフレ対策に呼応して追加緩和策を決定した。国債の買い切りの額を月1兆円から1兆2千億円に増額。また、日銀の当座預金残高目標値を15〜20兆円に引き上げた。また、手形買い入れ期間を従来の6か月以内から1年以内に延長した。政府の総合デフレ対策は、当初の竹中案からはやや後退したものとなったことに加え、日銀が追加緩和を実施することで、短期金利が低下し、長期金利も低下。31日、10年国債の利回りは1%を割り込んだ。
昨日入札の行われた3年割引国債の発行はこれが最終となり発行が停止される。これに変わって来年3月より、個人向け国債が発行されることとなる。以前の割引国債は5年ものであったが、5年利付国債の発行にともない5年割引国債の発行は停止され、変わって3年割引国債が発行された。この割引国債はその課税方式により個人向けの国債であったといえる。3年割引国債についても、それなりのニーズもあり、今後もまた割引形式の国債発行が望まれている。ただし、その際には個人向け国債の種類のひとつとして、変動利付きに加えて割引形式のものが発行されると予想される。米国の個人向け国債である貯蓄国債などがそのような形式になっている。このため、現在発行停止となっている5年割引国債と、発行が停止される3年割引国債は、再発行される可能性はかなり薄くなると思われる。ちなみに、一度発行が停止され再発行された例として15年変動利付国債がある。
先日、田原総一郎氏の「日本の政治−田中角栄・角栄以後」を読んだ。当然ながら、現在の日本ま政治経済に大きく影響があった人物の一人として田中角栄が上げられるであろう。小泉改革とはこの田中角栄の影を払拭することこそが目的であろう。しかし、田中角栄氏の影響力は各所に及び、また長い間、それこそが日本経済をある意味支えていたこともあり、それを打破するのはたぶん小泉氏では無理があるのかもしれない。今回の不良債権処理問題こそ、その縮図ともいえる。高度成長から低成長時代への移行期に、日本全土を土建重視のシステムに作り変え、土地神話を生み出した。福祉国家を目指すためという目的も加わり、国債を乱発。物価の高騰はのちの石油ショックに繋がっていく。また、第二の財源として財政投融資を活用。いや、郵便局制度自体まで集票として活用。現在の自民党の基盤ともいえる機構はまさにこの時に生まれたといっても過言ではないかもしれない。土地や株は上がるべきものであったが、その田中角栄の作った神話は崩れ去った。土地によって金融までが支えられていたことで不良債権が生じた。それを処理するには、田中角栄の築いた既得権を打ち破らなければならないが、それは不可能に近い。既得権者の勢力があまりに強いためであり、またそれを変えるには日本の経済システム全体をも変革しなければならない。結局、明日の対策も「先送り」や「妥協点の模索」といった結論にはなると思う。しかし、銀行首脳と竹中氏との対決を見ても、国民は何が悪いのかを理解しはじめている。それが世論となり、いずれ日本は変わっていくと期待はしたい。
日銀は2001年3月19日の金融政策決定会合において、従来の金融政策を180度転換し、「量的緩和策」を導入した。これはそれまでの「金利」をターゲットとした政策から、日銀の当座預金残高を目標にし、同時に国債買い切りの額を引き上げた。ただし、限度なく買い切りを増額させると、マネタイゼーションの懸念を招きかねないため、限度額を設定した。日銀の国債保有の上限を日銀券の発行残高までとしたのである。日興ソロモン・スミスバーニーのチーフストラテジスト佐野一彦氏の試算によると、9月末現在の日銀券発行残高と日銀保有の国債との差額は13兆8,863億円。これに対し来年9月末までに償還される日銀保有の長国は4兆2,156億円となるため、それを余裕額にプラスする。日銀券の伸びは過去1年間平均12%、過去2年間平均9.2%となり、今後1年間の券の伸びを仮に12%とすれば(ただし、ペイオフ全面解禁の延期は現金需要の鈍化につながる可能性あり)、8兆0,576億円増加することでこれも余裕額に上積みすると1年後の余裕額上積み分合計が12兆2,732億円となる。買い入れ額が毎月1.5兆円になれば年間18兆円となり1年間で余裕額は5兆7,268億円減少する。このままいくと単純計算では2年5カ月で上限に達する(2002年10月25日付、BOND MARKET DAIRYより一部引用させていただきました。)。このために、もし30日の日銀金融政策決定会合にて、10月24日付日経新聞に報じられたように、国債買い切りの額を4〜5千億円と大幅に増額した場合には、日銀券の発行残高までという限度枠を解除する可能性がある。その場合には財政規律が問われるところではあるが、とりあえず小泉首相や塩川財務大臣は今年度新規財源債30兆円枠を解除する可能性がありながらも、「財政規律は守る」との認識により、債券は買われているが、これもひとつのマヒといったものなのであろうか。
2002年9月20日は、私にとっては将来忘れえぬ日になりそうである。もちろんそれは、拙著「日本国債は危なくない」の発売日当日に、史上初めての10年国債入札における札割れが発生したためである。札割れについての要因等については前回のレポートにおいても解説したので省略するが、この未達ショックを完全に払拭するには、10月22日の10年国債の入札が無難に行われる必要があった。しかし、債券相場はこの入札を待たずに10月15日に先物中心限月で史上最高値を更新するなど、日銀ショックや国債未達ショックの前の水準にまで値を戻していた。未達ショック後に、塩川財務大臣が「二度と札割れは起こさない」とのコメントをしていたこともあり、財務省としても札割れ以降の入札はヒアリングなどを含めかなり慎重に実施していったものと思われる。注目された10月22日の10年国債入札も、応札倍率が3.34倍と好調なものとなったことで、未達ショックはとりあえず収まったものと思われる。
それでは、未達ショック払拭後の債券相場について考察してみたい。いくつか懸念される材料がある。そのひとつが、日銀によるインフレターゲットの導入リスクである。竹中金融担当大臣や竹中氏を支持している米国のハバートCEA委員長などが日銀に対して、インフレターゲット導入を求めているといわれる。日銀はすでに、不良債権処理促進を計るために銀行からの株の買い取りを決定している。ここまで日銀が踏み込んだのならば、日銀はインフレターゲットを導入してETFなどの買い付けを実施するのは時間の問題といった見方も一部に強まった。しかし、日銀は銀行からの株の買い取りについては、完全に金融政策と切り離していた。あくまで「金融システムの安定化策」としてのものであり、禁じ手であった株の保有といえども、日銀はさらに踏み込んで金融政策による株の買い取りといった政策を取ってくるとは思えない。
インフレターゲットというものは、日銀がその金融政策において積極的なインフレ政策を取り、物価上昇を狙う政策である。そのためには、国債の買い切り増額だけではなく、EFTなど投資信託を含めた株の買い取りや、不動産などの買い取りも含むものとなる。竹中大臣の日銀との「アコード」というものが、こういった政策を示しているとすれば、これはこれでたいへんに危険な発想と言わざるを得ない。経済実態とかけ離れ、物価だけを上昇させ資産インフレを起こすという発想は、そもそもそれでインフレを創出できるという保証はない。反面、日銀の保有資産の劣化により、それを裏づけとして発行されている通貨、つまり円の下落が起きる。円急落となれば、さらにインフレが加速化し、これは輸出企業にとってもプラス材料との見方もあるかもしれない。しかし、この悪い円安が引き起こすものは、通貨同様に「信用」によって、価格が維持されている国債の暴落である。そうなればいくら日銀が株を買い株価を人為的に吊り上げられたとしても、金融機関が大量に保有している国債に多額の損失が発生する危険性がある。そればかりではない。国債は日銀自体も保有し、生命保険、郵便貯金、簡易保険、公的年金などが大量に保有しており、その国債に多額の損失が発生すれば日本の金融システム全体に対してパニックが引き起こされかねない。また、これら機関投資家は、今後さらに新規に発行される国債など買う余裕はなくなる。国債の未達が頻発に発生することによって、国の財政が成り立たなくなる恐れも出てくる。そうなると、今度は日銀は国債を直接引き受けさせられるものと思われる。そこまでくれば、経済実態とは関係なくハイパーインフレが生じるリスクが高まり、日本には安全に投資できる金融資産はなくなる。日本人が国内金融資産を見放したときには、キャピタルフライトが発生する。円資産をドル資産など海外資産に変える動きが加速して、さらに円が売り込まれ、インフレをさらにさらに加速させる。
このシナリオは決して現実味がない話ではない。現在の日本の金融システムの中に、国債はすでにかなり繰り込まれている。もちろん通貨も同様であり、この通貨と国債への信用が保たれる限りは多少の政府債務も貯蓄好きの国民性と過去の遺産でなんとか維持することは可能である。維持が可能なうちに構造改革を進め、いずれ景気浮揚にむすびつけ債務圧縮に努めるべきであるということは明白であると思うのだが、いかがなものであろうか。
週刊エコノミストさんのご好意により、週刊エコノミスト10月29日号の榊原英資氏による「通説を疑え」の掲載を許可いただきましたので、ここでご紹介させていただきたいと思います。榊原英資氏は、ご存知ミスター円とも呼ばれた元大蔵省財務官。現在は、私の母校でもあります慶應義塾大学の教授をされています。
幸田真音の『日本国債(上下)』(2000年、講談社、各1800円)は、よくできた小説だった。ただ、多くの人々に国債が今にでも暴落するような印象を与えたことも、また、事実であった。ムーディーズやS&Pの格下げも重なって、国債の投資家へのイメージは著しく悪化した。しかし、その間、国債価格は上昇を続け、若干の乱高下はあったものの、金利は10月はじめで1.15%(10年債)のレベルにある。
この9月に刊行された『日本国債は危なくない』(文春新書、660円)の著者である久保田博幸は、幸田の小説『日本国債』のモデルになった人物。本書は国債の一種の解説書にもなっているが、ていねいに、小説や格付け機関が与えた誤解を解いている。著者も言うように、「すぐに現金化できるなど流動性も高く、比較的金利の高い国債は、国内で最も安全な資産」なのだ。これは若干、金融を知り、市場を知っている人には自明のことなのだが、この常識が通じなくなっているところが、日本のメディアのおかしなところなのである。
たしかに、日本の財政赤字は危機的なレベルに達しているが、このことは、国債が危ないということに、少なくとも1、2年、2、3年のスパンで考えるならば、直結しない。むしろ、デフレの継続、国内投資収益の減少は、相対的に国債の価値を高めており、個人の資金が直接、国債に向かわないのが不思議なくらいなのである。
筆者は、インフレ・ターゲット論、円安期待論にも批判的である。資産インフレやバブルを期待するような、あるいは政策によって無理矢理つくりだそうとするようなことが望ましくないこと、また、現実には、実行できないだろうことは、評者も日頃から強調している。奇をてらうようなパフォーマンスや思いつきの政策で一挙に経済状況を変えることなど、できるはずもないのである。
重要なのは、着実な構造改革、競争の「社会主義的」日本のシステムへの導入であり、有害無益なデフレ対策等ではないのである。まともに考えれば、「日本国債は」少なくともまだ「危なくない」し、着実な努力でその安全性を保ち続けなくてはならないのだ。(慶應義塾大学教授)
全世界に13箇所しかないインターネットの基幹サーバーのうち9箇所がハッカー攻撃で一時麻痺状態に陥っていたことが明らかになった。もし、世界中のインターネットが一時的に使用できなくなった場合には、いったいどうなってしまうのであろうか。現在、インターネットはどこまで利用が進んでいるのか。ライフラインまで関わる事態は発生しないのか。メールを含めての機能停止となれば、通常のビジネスはかなり支障が出ることは間違いない。しかし、どの程度まで影響が出るのか定かではない。電話やFAXによって代替できるものならば、とりあえず問題はないであろうが。今回のハッキングが、通常言われるハッカーではなく、テロの一環として実施されたとすれば、かなり問題となる。地政学が問題視されているが、電脳空間における地政学という観点でものを見ることも必要かもしれない。ネットが日常化しているだけに、たいへんショッキングなニュースであった。
「プロジェクトチーム」は大辞林によると「企業活動などで、特別な目的のために編成されたチーム。タスク-フォース」だそうである。竹中平蔵氏の率いるプロジェクトチーム(金融分野緊急対応戦略プロジェクトチーム)の「特別な目的」はもちろん銀行の不良債権処理。 プロジェクトチーム、通称PTだそうであるが、そのPTメンバーに30社リスト(正確には29社リスト)の木村剛氏も入ったこともあり、竹中氏の金融担当相兼任と合わせ、株式市場はハードランディングを意識してか大幅に下落した。しかし、このハードランディング構想(税効果会計の米国並基準採用、ディスカウント・キャッシュ・フロー採用など)による不良債権処理促進策に対して、自民党や金融庁、そして当事者である銀行による反対の声によって、予定されていた中間報告も出せない状態に陥った。「あまりにも学者で、実態を知らなすぎる」といった声も強いとか。それはそうかもしれないが、反面それに対しては「あまりにも自民党」「あまりにも官僚」「あまりにも銀行」ということもいえまいか。すべての自民党議員、官僚、銀行トップがそうだと言っているわけではないが、利権が見え隠れする拡大財政政策、日銀への過度の政策押し付けなど、自らが傷つかないような「先送り」を繰り返してきたことで、このような日本経済に陥ってしまったとはいえまいか。今後は、小泉首相を含め、得意の妥協点を見出しにいくと思われるが、「構造改革」の難しさが、これによって再び浮き彫りになったようだ。
本日発売のエコノミスト(10月29日号)において、拙著「日本国債は危なくない」の書評があったのでびっくり。しかも、書いていただいたのが、榊原英資慶應義塾大学教授であったので、さらにびっくり。その上かなり好意的に書いていただいていたので驚いた。題名のインパクトもあって、多少の批判は覚悟の上であった。しかも、最終章の「国債の安全性」に関しては、意見を異にされる方も多いかなとも考えていた。しかし、榊原氏は「個人の資金が、直接、国債に向かわないのが不思議なくらいなのである」「奇をてらうようなパフォーマンスや思いつきの政策で一挙に経済状況を変えることなど、できるはずもないのである」「重要なのは、着実な構造改革、競争の『社会主義的』日本のシステムへの導入であり、有害無益なデフレ対策ではないのである」。これこそ、まさに本のなかで強調したかった部分なのであり、榊原氏がこの点を評価していただいたことはたいへんにうれしい。「日本国債は危なくない」は、個人に向けた国債の入門書であり、国債の解説に半分近くをさいている。しかし、私自身が一番強調したかったのは、実はこの最終章の「国債の安全性」であった。もちろん、これは個人の方が持っている国債へのイメージを少しでも変えていただきたいとの願いと、それを煽動するようなコメントが多いメディアへの反発といった意味合いをもっている。まさに「通説を疑え」である。著名な方に、このように好意的な書評をいただき、本当にありがとうございました。
先週、那須の南が丘牧場でのうさぎの散歩が影響してか、ついにまた我が家でもうさぎを飼うこととなった。那須に行った翌日14日に、ジョイフル本田荒川沖店のペットショップに行ったのだが、あまりこれといったうさぎがいなかった。そこで、急遽、筑波山に向かったのである。筑波山のとあるところに、動物小屋があり、そこにうさぎがたくさんいるのである。以前、そこをおとづれたときに、管理しているおじいさんが、うさぎをくれると言っていたのを思い出したからである。その場所に行ってみると、入り口は開いていたがおじさんはいなかった。ただ、えさをやりに来ることがわかっていたこともあり、そこで待つこと1時間あまり。おじさんはやってきた。我が家の娘たちを見ると突然、コースを変えて畑に入る。まもなく出てくると手には柿をいくつか持っていた。それを娘たちにくれたのである。さっそく交渉にと思ったが、見物人が多い。ここで切り出すのはまずいと様子を見ていた。なんといっても子供づれの親子ばかり。うさぎをくれるとなれば、みな騒ぎ出す。親が飼ってもよいといってくれるならばともかく、そうなると子供達がかわいそうである。やっと我が家の家族だけとなったのを見計らって、おじさんに交渉。ちょっと、考えていたが「いいよ」と言ってくれたのである。前もって、目をつけていたピーターラビット似のうさぎをもらうことにした。ものの本、ではなく今はインターネットによると、顔がまるく、耳は短いほうがよいとのこと。しかも、かなりおとなしそうなこともあり、そのうさぎが我が家にやってきたのである。たしかに、とてもおとなしいうさぎではあったが、食欲がものすごかった。何でも食べてしまい、きりがないほど。そこそこ大きなうさぎ小屋に入っていたとはいえ、数十羽もいたため、十分にえさを食べられなかったのかもしれない。ただ、いきなりたくさん食べさせてはいけないので、過去しずつ食事を与えた。こうして我が家の住人がまた一匹増えたのである。
昨日のジャマイカ戦がジーコジャパンの緒戦となったが、残念ながら引き分け。新黄金のカルテットは、まだまだ機能してはいないようだが、さすがに見ごたえがあった。このように日本にも何かしらブランドが必要だろう。さすがにジーコ監督はそのへんのツボもわきまえているようだ。課題も多く残ったかに思えるが、それが今後の試合に役立っていくのではなかろうか。次回のワールドカップに向けて、じっくりと体制作りを行っていけばよいかと思う。しかし、監督としてのジーコはさすがに存在感がある。今後の日本の対戦相手は、相手監督の存在感も大きなプレッシャーとなろう。来月はアルゼンチン戦。昨日の教訓を生かして望めば、勝利も夢ではない。今後の日本代表の試合が楽しみになってきた。
7日の経済財政諮問会議議事要旨によると、本間議員(阪大教授)が名目成長率と実質成長率が合致するような非デフレ・ターゲット・ポリシーを打ち出し、金融当局・政府一体となって取り組むべきだと提案している。ロイター社のインタビューでは、その具体的な方法について本間教授がコメントしている。言い方を変えても非デフレ・ターゲット・ポリシーはインフレターゲットである。日銀が株式を購入するという禁じ手まで使い金融システムの安定化を計ったが、これは決して金融政策ではない。不良債権処理を躊躇している政府に対する後押しとも言えるが、何を勘違いしたのか竹中大臣や本間議員は、これをインフレターゲットへの布石と読んだのであろうか。ロイターとのインタビューにて本間教授は「日銀が相対で株を買うということまで決断したからには、投資信託やマーケットバスケットを購入する」といったことを提案している。投資信託というのはETFといったものを想定していると思われるが、そもそも株を日銀が購入して「デフレ対策」になるのか。日銀の資産劣化はいったんここでは置いとくとして、株式市場が本来の価格に乖離して下げているのなら、政府が関与することで株価を上昇させることが可能かもしれない。また、日本の株式だけが下落しているならばともかく、世界的な株安にも影響されるなかにあって、日銀は日本のデフレを阻止するために、NY株式市場やフランクフルトなどでも現地株の買い上げをしなければならないのか。日銀が「株価上昇」を目的として株を買うとなれば、絶好の売りチャンスとみてスペキュレーションの「売り」を誘いかねないということは考えられないのか。「日銀が株を買う」そのことだけで、市場マインドを変化させると本気で思っているのか。日銀が株を買うことが、デフレ処理に積極的と単純に市場参加者が認識すると思うのか。「投げやり」の政策と読まれ、むしろ「日本売り」を誘うことは考えられないのか。また、資産劣化という点を加味すれば、なにがなんでものインフレターゲットにより、国債への信用が傷がつき、国債暴落を招く恐れはないのか。どのようなかたちにせよ、日銀が国債を直接購入するようなことになれば、財政規律が失われるということも当然あるが、歯止めが利かなくなり、国債の残高がコントロール不可能なところまで膨れ上がり、国民を間接的に買い支えている国民の反発を招く恐れはないのか。現在の債券市場に対してオーバーシュートといった表現も見えるが、デフレだからこそここまで長期金利が低下しているのである。国債が買われているからデフレが起きているわけではない。また、財政規律が守られるという暗黙の了解があればこその長期金利の低下でもある。そしてこの長短金利は景気回復にとっては必要ではないのか。日銀が積極的なインフレ策をとるとなれば、期待インフレ率というのが高まるかもしれない。ただ、それでデフレが解消されるのか。長期金利が期待インフレ率の高まりで急騰したら「デフレ」が解消されるどころか、日本の景気回復の足かせにはないないのか。政府機関の先生方に楯突いても、いたし方ないかもしれないが、私にとってこの政策については理解に苦しむ。
13日に日帰りで那須に行ってきた。13日はちょうど結婚記念日でもありその記念も兼ねてのものであった。季節も天気も良い三連休の真ん中ということで、気合を入れて朝4時出発した。3時間もかからず南が丘牧場に到着。さすがに駐車場のクルマはまだ数台。店も開いていなかったが、牧場でぶらぶらと散歩などして時間をつぶす。8時ぐらいから各所で営業開始。小動物にえさをやったり、乗馬をしたり、うさぎを散歩させたり。魚を釣ったりと娘たちは大喜び。早めに昼食を食べて、今度は湯元に向かう。インターネットで調べた、日帰りでも入れる温泉に向かったのである。そこは「雲海閣」というところで、建物は戦前からのものを移してきたとかで、まさに「鄙びた」温泉である。入浴料は大人わずかに400円ポッキリ。玄関から風呂へは防空壕のような剥き出しコンクリートの地下道と古い木造の階段を降りなければならない。これがなんともいい趣。風呂はふたつあり、それぞれ源泉が異なる。ひとつは鹿の湯からの引き湯でもうひとつが見晴らしの湯。両方とも白く濁っているが微妙に色が異なる。入るとまさに温泉。当たり前といえば当たり前かもしれないが、本当に温泉なのである。実際、温泉の匂いは翌日まで肌に残っていたぐらいである。風呂場には洗い場もシャワーもない。だから400円なのかもしれない。しかし、どこかおかしい。確かに、綺麗な更衣室も洗い場もシャワーもないし、休憩場もない。でも、温泉というのはやはり「温泉」が重要なはずである。こんな温泉らしい温泉が400円というのはある意味安すぎる。那須には、一応温泉と表示した風呂がいくつもある。しかし、源泉を引いているところはほんのわずかしかないとか。ほとんどはタンクローリーなどで源泉から運び、それをお湯で薄めているだけのようである。ただし温泉の表示は、薄める前の源泉のものであるとか。つまり、効果は源泉に比べ極端に落ちるはずである。なかにはほとんどお湯の状態で、しかも消毒用に塩素がたっぷりのところもあるとか。そういうところに限って、1000円以上の入浴料を取ったりする。つまり、こういうところには我々は温泉ではなく建物にお金を払っている。それに対して本当の温泉が400円というのはどういうことなのであろう。高度成長後、日本人は豊かさを求めるようになったが、それは豊かな気分になれるものを求めているのかもしれない。いや、それが商売になったのかもしれない。しかし、肝心なものがそこには抜け落ちているような気がする。食品もそうかもしれない。見た目が良いものが優先される。でも本当に美味しいものは目ではわからない。本当に良いものはさほどお金はかからなかったりするのかもしれない。私の好きな日本酒などもそうである。高ければよいというものではない。と、話を那須に戻そう。温泉に入ったあと、ティディーベア美術館に行き、最後はいつもの銀河高原ビールのレストランへ。7時に那須を出て、家に着いたのは11時。さすがに帰りは渋滞に巻き込まれたものの、ほかはほとんどスムーズであった。
本日、小泉首相は「国債発行30兆円枠、税収を見ないとわからない」とコメント。税収が見込みよりも大幅に減少する可能性が高いため、これは実質30兆円枠突破を容認するコメントともいえる。これを公約違反とみるべきかどうかは微妙なところ。大型補正については否定したことで、債券市場参加者はたとえ今年度の新規財源債枠の30兆円枠を突破しても「財政規律」は維持されるとの認識が広まった。このため、小泉首相のコメントが出てもほとんど売りらしい売りは出なかった。それどころか、日銀が金融政策を現状維持としたことで、先物は一気に史上最高値近くまで上昇し、242回債は1.1%を割り込んだ。なぜ追加緩和をしないのに、債券が買われたのか。それは、本日も塩川財務大臣が、 「日銀は当座預金残高を毎月定額で増額を考えてくれないかと思う」とのコメントなどしているのを見てもわかるように、日銀に対してのプレシャーは強い。それに負けて追加緩和策を打ち出せば、きりがなくなり、いずれはインフレターゲット導入といったことにまで追い込まれかねない。そのため、追加緩和を実施するよりも現状維持のほうが債券、なかでも国債が買いやすくなるためである。まさに、国債を買うにあたって最も注意すべきは、財政の規律、そして、国や通貨に対しての信用である。それが維持される限りに置いては、国債の暴落はありえない。もし、財政の規律が守られなくなり、国や円に対する信認が失墜した際には、景気回復どころではなくなる。軽軽しく景気対策と口にするのはいいが、それによって国債の暴落と円の急落が引き起こされた際には、景気が立ち直る前に、あらたな金融危機が引き起こされてしまうのである。
王立スウェーデン科学アカデミーは8日、2002年のノーベル物理学賞を東京大名誉教授の小柴昌俊博士など3人に授与すると発表した。また、9日、同アカデミーは 今年のノーベル化学賞を、京都市の島津製作所ライフサイエンス研究所主任、田中耕一氏ら3人に授与すると発表した。 同じ年に2人の日本人受賞は初めてながら、田中氏は大学出の会社員という異例中の異例の受賞となる。もちろん、お2人ともすごい業績を残していることは間違いないが、それ以上にこのお2人の人間性にも魅力を感じた。小柴博士は有名なカミオカンデを作った方である。これにより大マゼラン星雲から到来したニュートリノを検出することに成功し、それがニュートリノ天文学に結びついた。当初、カミオカンデを作ったのは陽子崩壊という現象を確認するためだったがそれはかなわず、幸運にも大マゼラン星雲から到来したニュートリノをとらえることができたのである。田中氏も、混ぜるつもりがなかった溶液を物質に落としてしまったことが、研究成果に結びついたとか。「常識では思いつかないもの」を作ることができたのは、そもそも田口氏は研究分野自体が大学の研究とは全く異なったためという。田口氏はノーベル化学賞にも例のない博士ではなく学士であり、しかも会社員であった。これは同世代たる我々にとってもたいへんな励みになる。作業服姿の会見は技術大国日本の姿を象徴しているようにすら思えた。研究開発の世界もある意味旧態依然とした世界なのであろう。しかし、ノーベル賞はそういったシステムを一切無視して業績を重視した。日本も今後、こういった人たちを評価し、また経済的に成功者となれる仕組みも必要ではなかろうか。何兆円もかけて道路を作るなら、その資金をこういった技術開発支援に充当したほうが、よほど未来への希望を持たせる。もちろんその資金の配分は、学者のピラミッドに沿ったものではなく、成果を上げた人たちへの報酬といったものにも使われるようになれば、競争原理も働くものと思われる。王立スウェーデン科学アカデミーが、どのような選考によってノーベル賞を選んでいるのかといったことなども参考にすべきである。これもまたひとつの構造改革になるのであろうか。
欧州の銀行に注目が集まっている。日本の銀行も一昔前は超優良であったものの、今は株が叩き売られてしまっている状態にまでなっているが、これまでやはり優良と言われていた欧州の銀行は、欧州株価の下落などによってかなり資産が痛んできたのではといった見方が市場参加者の間にも出ている。本日、日本の30年国債が大きく売られた要因も、そういった欧州勢によるものではといった観測すら流れている。もし欧州系の銀行すら信用リスクが高まることになると、日米欧と世界経済を支えていた三本柱がすべて不安定となる危機を迎えてしまう。まさに、あらたなスパイラル現象と言ってよいかもしれない。国内では日本のデフレ対策の方につい目が向かいがちではあるが、今後は欧州の方にも注目せざるを得ない状況になりつつあるようである。
昨夜、小泉首相は「首相は補正予算に前向きだとの報道、偽装報道ではないか」といった発言をして、政策変更報道に対して否定した。これにより、臨時国会における補正予算編成の可能性はなくなったといえる。その後、福田官房長官も国債増発の可能性を否定している。しかし、来年1月に召集される通常国会において、補正予算が編成される可能性は残ると思われる。特に不良債権処理にからむ、失業者対策のためのセーフティーネットなどが必要になるためである。ただし、これは数兆円単位のものではないため、これだけでは国債増発には繋がらない。また、今年度の税収見積りの下方修正による歳入欠陥の可能性も強い。しかし、これは国債整理基金から借り入れるといった方法もあるため、これにともなっての国債増発を避けることは不可能ではない。結局、デフレ対策という名目で公共事業など旧来型の経済対策をとるかどうか。それによって国債が増発されるかどうかが今後の焦点になろう。
米国からの不良債権処理要請により、小泉首相が動くと読んだ日銀が先制。金融システム安定化策としての日銀による金融機関からの株の買い取りを決定。しかし、政府は柳沢金融担当相が公的資金の導入を拒んでいたことが足かせとなって、日銀と呼応しての政策がとれず、日銀は孤立無援に陥るかと思われた。しかし、小泉首相は内閣改造で実質柳沢金融担当相を更迭。公的資金注入に前向きな竹中経済財政担当相が金融担当相も兼務することとなった。竹中氏は民間の木村剛などでプロジェクトチームを結成。積極的な不良債権処理を尾しか進めるとの期待が広がった、しかし、不良債権処理を加速させると、デフレがさらに深刻化との見方に加えて、米国株式の下落がとまらないこともあり、日経平均は9000円を大きく割り込んでしまった。これにより、政府は今度はデフレ対策を検討せざるをえなくなった。「不良債権処理」に関しては歩調をあわせていた日銀と竹中氏だが、デフレの対応策として竹中氏の自論であるインフレターゲット採用を日銀に求めたことで、再び不協和音が広がる。またペイオフの2年延期も決まる。政府に対しては経済対策のための補正予算が求められ、ついに小泉首相も、その可能性を示唆し、小泉首相の公約であった30兆円枠が守られない懸念も出てきた。インフレターゲットに国債増発。結局は歴史は繰り返すのか。国債市場にとってはマイナスとなる要因がふつふつと出てきている。はたして今後、小泉首相、そして塩川財務大臣はどのような政策をとってくるのか。目先の処理を先行するあまり、国債を暴落させてはもとも子もない。「日本国債は危なくない」でも書いたが、あくまで危なくないというのは「財政規律」が守られることを前提にしている。その前提に対して多少でも危惧が広がればどうなるのか。あまり想像したくはない。
竹中金融担当相就任にともない、不良債権処理に対して積極姿勢に転換したのはいいが、株式市場はその反動を危惧するあまり下落基調となっている。景気回復に向けてその足かせともなっている不良債権処理は当然ながら必要であろうが、残念ながらすでに大きな外科手術には耐えられないほど体力が衰弱してしまっているということであろうか。不良債権処理そのものは、デフレの解消に結びつくどころかそれを加速してしまうリスクがあることは当然誰もが承知していよう。そして、不良債権処理が進めば、そこから銀行も企業も再スタートとなる。企業収益をいかに揚げていくかは、今後は政府頼みではなく自助努力になる。不良債権の処理までは国が参与してもそこから先はひとり立ちしなければならない。今後政府が資金を出して経済を成長促進させることは難しい。すでに抱えている借金の返済を今後は考えていかにければならず、いつまでも政府が景気の先導役にはなりえない。過去のような高度成長に期待することはできない。低成長もしくはマイナス成長が続くこと前提にして考えていかなければならない。そもそもデフレの解消は物価上げることではない。結果として物価上昇に結びつける施策をすることである。もし物価だけ上げたいのならば、公共料金を初めなんでも値上げすれば良い。インフレターゲットが騒がれているが、それが物価上昇を引き起こすための手段なら有無を言わさず採用するとなれば何が起きるかは必然。少なくても、景気を本格的に回復させることになるとは考えられず、大きな弊害が起きうる。まずは景気ありきのはずである。インフレターゲットは竹中氏の自論ではあろうが、今回株式購入ということで大幅に譲歩したとも言える日銀に対してさらに、リスクのともなうインフレターゲットを押し付けるべきではなく、むしろその自論を引っ込めて、日銀との協調を計る必要があったはず。デフレ対策としての補正予算論議も出ている。補正予算を使ってどのようにデフレが解決できるのか。それがいずれ国の財政再建に寄与できるのか。ただ、金を使えばよいとの政治家の発想を止められるのは、現時点では小泉首相もしくは塩川財務大臣ぐらいしかいないというのも情けない。
竹中金融担当相就任にともない、不良債権処理に対して積極姿勢に転換したのはいいが、株式市場はその反動を危惧するあまり下落基調となっている。景気回復に向けてその足かせともなっている不良債権処理は当然ながら必要であろうが、残念ながらすでに大きな外科手術には耐えられないほど体力が衰弱してしまっているということであろうか。不良債権処理そのものは、デフレの解消に結びつくどころかそれを加速してしまうリスクがあることは当然誰もが承知していよう。そして、不良債権処理が進めば、そこから銀行も企業も再スタートとなる。企業収益をいかに揚げていくかは、今後は政府頼みではなく自助努力になる。不良債権の処理までは国が参与してもそこから先はひとり立ちしなければならない。今後政府が資金を出して経済を成長促進させることは難しい。すでに抱えている借金の返済を今後は考えていかにければならず、いつまでも政府が景気の先導役にはなりえない。過去のような高度成長に期待することはできない。低成長もしくはマイナス成長が続くこと前提にして考えていかなければならない。そもそもデフレの解消は物価上げることではない。結果として物価上昇に結びつける施策をすることである。もし物価だけ上げたいのならば、公共料金を初めなんでも値上げすれば良い。インフレターゲットが騒がれているが、それが物価上昇を引き起こすための手段なら有無を言わさず採用するとなれば何が起きるかは必然。少なくても、景気を本格的に回復させることになるとは考えられず、大きな弊害が起きうる。まずは景気ありきのはずである。インフレターゲットは竹中氏の自論ではあろうが、今回株式購入ということで大幅に譲歩したとも言える日銀に対してさらに、リスクのともなうインフレターゲットを押し付けるべきではなく、むしろその自論を引っ込めて、日銀との協調を計る必要があったはず。デフレ対策としての補正予算論議も出ている。補正予算を使ってどのようにデフレが解決できるのか。それがいずれ国の財政再建に寄与できるのか。ただ、金を使えばよいとの政治家の発想を止められるのは、現時点では小泉首相もしくは塩川財務大臣ぐらいしかいないというのも情けない。
9月末の外貨準備高は4607.25億ドルと全月末比+16.56億ドル。財務省発表。
平成14年10月5日(土)に茨城県土浦市で全国花火競技大会が開催される。なぜこのような時期に開催される花火大会が全国三大花火大会のひとつにも数え上げられるかといえば、大正14年から続けられている全国から集まる花火師たちによる「競技会」であるためである。ホームページには、「日本の代表的な花火師が各地で1年の花火大会を終わり,それまでに得た研究妙技で日本一を目指すと共に,花火師達の技術修練の場として最も権威ある大会と格付けされています。」となっているが、この大会で評価されると翌年の花火の売上にも影響すると言われる。そのために、普通の花火大会では見られなかったような、あたらしい花火なども見ることができる。ただ。毎年この時期の夜はかなり寒く見ているのもたいへんだが、今年は暖かくなりそうで、かなり人手も出るものと思われる。詳しくは、http://tutiura.727.net/hanabi.htm にて。
以前、テレビ東京の槇さんに牛熊屋形船に来ていただいたことは以前にこちらでご紹介した。番組に出演されている佐野一彦氏が槇さんにお話ししていただき実現できたのである。その佐野氏のセミナーに槇さんがいらっしゃっていたのでご挨拶し、今度本を出版する旨お伝えした。そしてなんと、槇さんから番組への出演依頼が届いたのである。これまで、BSジャパンの番組には出させていただいたが、地上波の番組は初めてであった。そしてついに今日、槇さんのモーニングサテライトに出演させていただいたのである。最初に「日本国債は危なくない」をご紹介いただき、その後、20日の札割れについてお話をさせていただいた。槇さんは、テレビでご覧の方はご存知のようにたいへん綺麗な方であるとともにとても気さくな方である。番組終了後、槇さんと少し雑談をさせていだいた。ディレクターの方とか名刺交換をさせていただき、また、とてもチャーミングな女性にも名刺交換をさせていただいた。その方の名刺を見てびっくり。八塩アナウンサーであった。そして、短時間ながら槇さん矢塩さんと三人で雑談。これってやっぱりかなり贅沢。オフィースに戻り自宅に電話をすると、娘たちもしっかりテレビを見ていたようである。いったいどのような印象をもったか帰ったら聞いてみたい。槇さん、また呼んでくださいね。
9月20日の10年国債の入札において、10年国債としては初めて「札割れ」が発生した。10年国債の発行額は現在、一回当たり1兆8000億円。その75%の1兆3500億円が競争入札となっているが、入札予定額1兆3500億円に対して、今回業者の応札額は1兆1852億円しかなく、入札における「未達」が発生した。ただし、10年国債には国債引受シンジケート団が存在し、入札予定額に満たない分は、シ団のシェアによって割り振りされるため、1兆8000億円の発行は可能となり、実質発行額が予定発行額に満たない「未達」ではなく「札割れ」との表現になる。
この札割れはなぜ生じてしまったのか。その大きな原因は3つの要因にまとめることができる。第一の要因は「日銀ショック」である。18日、日銀の速水総裁は金融システム安定化策として日銀が直接に金融機関から株を買い取ることを発表した。これを受けて債券は急落し先物はストップ安をつけた。もし日銀が株式のようにリスクのあるものを買い込んで、日銀券の信用力の裏づけとなる日銀の資産を劣化させれば、通貨、つまり円が大きく売られる懸念がある。日本の通貨に対する信用がなくなれば、国債に対する信用にも影響を及ぼす。ただし、この債券急落の背景には10年国債の利回りが1%まで低下していたことによることが大きかった。デフレ継続による時間軸の拡大、小泉政権の財政構造改革推進による国債への信認、そして金余りといったものを背景に国債主体に債券が買われていた。長期金利がかなり低金利となっていたところに、日銀ショックが発生したため、パニック的な債券への売りに繋がり20日の国債入札に対しても影響を及ぼした。
第二の要因は「国債増発懸念」。日銀の株の買い取りは不良債権処理を加速させて金融システムの安定化を図るものであった。このため、政府も入札当日である20日の夕刻にデフレ対策として何らかの具体的な政策を打ち出すのではとの思惑が強まっていた。公的資金導入など国債増発に対する懸念が多少でもあったことで、投資家やディーラーも買いを手控えてしまったことが、20日の国債札割れのもうひとつの要因である。実際には具体策は小泉首相からは出されなかったが。
そして第三の要因は「カレンダー」。今回の10年国債の入札は休日前に実施するという異例の事態であった。10年国債の入札は、慣行上、三連続営業日の真ん中に実施される。しかし、今回は三連休が続いたことなどからスケジュールから三連続営業日の真ん中の日の入札が行えなかった。債券市場参加者は連休を控えてポジションを増やすことはためらった。しかも連休明けは期末ともなり特に債券市場のビックプレーヤーである都銀を中心とした銀行が動けなかったということも、札割れの大きな要因である。 札割れが発生したことで、先物は再び前日比1円以上も下落したが、それほどパニック的な売りとはならなかった。しかも、その後は徐々に相場も回復している。これは今回の札割れはこのような特殊要因が重なったためとの市場参加者が認識したためである。しかし、市場参加者が今回の札割れショックを完全に払拭するには、10月22日の10年国債入札を見てからになるかとも思われる。
9月29日付けの日経新聞によると、個人向け国債の一部概要が明らかとなった。初回発行は2003年3月10日。2月上旬から金融機関窓口などで購入予約を受け付ける。2003年度からは、4月から三か月おきに年4回発行する。初回の利子は9月。金融機関に支払う手数料は50銭程度。来年度の発行は1兆2千億円程度。
平成14年9月分 平成14年8月分 平成14年7月分 平成14年6月分 平成14年5月分 平成14年4月分 平成14年3月分 平成14年2月分 平成14年1月分 平成13年12月分 平成13年11月分 平成13年10月分 平成13年9月分 平成13年8月分 平成13年7月分 平成13年6月分 平成13年5月分 平成13年4月分 平成13年3月分 平成13年2月分 平成13年1月分 平成12年12月分 平成12年11月分 平成12年10月分 平成12年9月分 平成12年8月分 平成12年7月分 平成12年6月分 平成12年5月分 平成12年4月分 平成12年3月分 平成12年2月分 平成12年1月分 平成11年12月分 平成11年11月分 平成11年10月分 平成11年09月分 平成11年08月分 平成11年07月分 平成11年06月分 平成11年05月分 平成11年04月分 平成11年03月分 平成11年02月分 平成11年01月分 平成10年12月分 平成10年11月分 平成10年10月分 平成10年9月分 平成10年8月分 平成10年7月分 平成10年6月分 平成10年5月分 平成10年4月分 平成10年3月分 平成10年2月分(その2) 平成10年2月分(その1) 平成10年1月分(その2) 平成10年1月分(その1) 平成9年12月分 平成9年11月分 平成9年10月分 平成9年9月分 平成9年8月分