総務省が27日発表した3月の全国の消費者物価指数(生鮮食品を除く)で99.6と、前年同月比-0.3%となった。マイナスは2か月連続となる。予想は-0.2%となっていたがそれよりも下落幅は大きかった。2006年度の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は100.1と、前年度比+0.1%。エネルギーの除くコアコアCPIも前年比-0.4%と下げ幅を拡大させた。
この下落については、交通・通信、教養娯楽などの下落寄与が大きかった。交通・通信においては自動車関係費の下げも影響している。原油価格低下の影響もあるが、自動車国内販売の不振な土も影響し、自動車関連サービスや付属品等の価格の下げといった影響もあったようである。移動体通信料の割引プランなども影響したようである。また、教養娯楽用耐久財として、薄型テレビやDVDレコーダー、デスクトップPCなどの価格下落の影響もあった。
4月の東京都区部の消費者物価指数(生鮮食品を除く)で100.0と、前年同月と同水準となり、こちらはほぼ予想通りとなった。
2007年度の簡保の債券運用計画が発表された。国債運用額は月平均6600億円と前年比微増、40年国債については流動性向上と適正な価格形成が前提、国債投資は月平均2.6兆円の平準買い(ロイターより)
日銀は明日27日に「経済・物価情勢の展望」、いわゆる展望リポートを発表する。市場では早期の追加利上げ観測なども出ていることもあり、今回の展望レポートへの注目度は高いようである。この展望リポートは、日銀が半年に一度、4月と10月に1年から2年先までの中長期的な物価と経済情勢の見通しを示すものである。
今回発表される見通しの中で、全国消費者物価指数(生鮮食品除く)の前年比上昇率については、2007年度0.3%前後、2008年度は0.6%前後を示す方向とみられる(26日朝日新聞)。このように物価については、ゆるやかながら上昇基調を続ける見通しを示すとみられる。
昨年10月に発表された展望リポートにおいては、この全国コアCPIは2006年度0.3%、2007年度0.5%の上昇率を予想していたが、今回この見通しは下方修正される見通しとなっている。27日に発表される全国消費者物価指数(生鮮食品除く)の前年比上昇率もマイナス0.2%が予想されるなど、原油価格の影響などで目先もマイナスが続く可能性も予想されているためである。しかし、雇用状況の改善などを背景に賃金が上昇し、プラス幅をゆるやかに拡大していくとのシナリオは維持する模様(朝日新聞より)。
日経新聞によると、2003年度から2005年度にかけての特殊法人を独立行政法人に再編した際、政府はその累積損失を出資金で相殺し、その結果38兆円あった政府出資金が26兆円に減少したと伝えている。
この政府出資金は「建設国債」の発行などで補っていることでこの損失は結果としては国民負担で穴埋めしたとも言える。さらにこの減資の額やその理由といったものはこれまで一切公表されていなかったという。移行に伴っての会計手続きは設置法で定めただけで、減資額の公表の義務はなかった。
しかし、12兆円もの損失穴埋めを国民の監視が届かないところで行っていたことに対しては、やはり問題が残る。このようなかたちでマスコミで報じられなかったとなれば、2007年度の消費税の税収見通しと同様の金額が、見えないところで使われていたこととなる。
増税論議の前には、このような政府資金の使われ方などをしっかりと確認する必要がある。財投改革などで透明性は確かに向上したとはいえ、このような不透明性の高いものがいまだに行われているとなれば、まだまだ改革の余地は大きい。国民の関心も膨大な政府債務のための増税の必要性といった以前に、税金や国債発行によって使われているお金の流れをもっと関心をもって見ていく必要もありそうである。
まもなくゴールデンウイークも迫り、ORICON STYLEが「車で旅行するときに聴きたい曲」を調査した結果が発表された。その一位はそのものズバリ、ケツメイシの「ドライブ」・・・知らん。そして2位は、爽快感溢れる、L'Arc〜en〜Cielの「Driver's high」・・・もっと知らん。見事3位にランクインしたのが、松任谷由実の「中央フリーウェイ」・・・ふるーい、だから知っている。と言うベスト3。
4位はJUDY AND MARYの「Over Drive」、5位がポルノグラフィティの「ハネウマライダー」、6位がORANGE RANGEの「上海ハニー」、7位ポルノグラフィティの「ミュージックアワー」、8位が絢香×コブクロの「WINDING ROAD」、9位がサザンオールスターズの「希望の轍」、同じく9位にゆずの「夏色」。
ポルノグラフィティの曲は娘たちのお気に入りということもあって知っているが、「Over Drive」や「上海ハニー」は題名だけでは曲が浮かばない。絢香×コブクロの「WINDING ROAD」、サザンの「希望の轍」、ゆずの「夏色」あたりは携帯プレーヤーに入れて、たまに聞いているが、たぶんカラオケで歌うには無理がありそうな状況。
ということで、時代についていっている気でいた自分が、しっかり取り残されている現実を目の当たりにした気分。歳相応と言うことも必要と思うが、時代の流れを追うことも大切。自分のドライブでは自然にブレーキがかかっていたようで、少しアクセルを踏む必要もありそう。今度のコールデンウイークではこれらの曲を聴きながら、緑の草原を走り抜けて、温泉にでも行きたい。
22日の日経新聞によると、財務省は個人向け国債の販売促進の一環として、国債の販売額が多い順にランキングを発表するそうである。夏にもインターネットで公開するとか。個人向け国債の積極的な販売先を明確にすることで、購入希望者が金融機関を選択しやすくするといった狙いもあるとか。販売額は、大手銀行、地域金融機関、証券会社など業態ごとにランク付けし、中位以上を公表の対象にするとか。
販売する金融機関にとっては、個人向け国債はあくまで販売対象商品のひとつにすぎない。個人からの資金導入とともに手数料狙いという意味合いからも、内在するリスクを考えれば本来競合するはずのものではない投資信託などとともに、販売する比重などを考慮しているものと思われる。
しかし、個人が商品を選択するにあたって、その個人の資金運用の目的とか、リスクに見合った選択が可能であるように配慮させるのが必要なものではなかろうか。そのためには金融機関に販売競争をさせるよりは、「貯蓄から投資へ」の流れにあって、そのコアの商品と位置される個人向け国債についての認識を、個人に対してより深めてもらうことが大事なことではなかろうか。
確かにここにきて個人向け国債の売れ行きも鈍ってきているのも事実である。それならば個人向け国債の認知度を高めるために、某生命保険会社のアヒルや某エアコンのピチョン君のようなキャラクターを作って、より親しみ易いものにするといったことはどうであろうか。金融商品というと難解、危険なものといった認識もまだまだ強く残っているが、より安全な投資商品としての個人向け国債への理解度を高める工夫といったものも求められるのではなかろうか。
米格付け会社のS&Pは23日、日本の長期ソブリン格付けと長期優先債券格付けを「ダブルAマイナス」から「ダブルA」へ1ノッチ(段階)引き上げた。長期ソブリン格付けに対するアウトルックは「安定的」。短期格付けは「A-1+」に据え置き。
S&Pによると、今回の格上げは、「財政再建、金融政策の正常化、構造改革に進展が見られることに基づく」ものだそうである。「政府の着実な財政再建への取り組み」や「一般政府のプライマリー・バランス(基礎的財政収支)の赤字額の対GDP比が、2003年度末の4.2%から2007年度末には0.2%へ改善するとみられる。」ことなども理由にあげてはいる。しかし、これはあまり説得力はないように思う。2002年4月15日に日本の構造改革の遅延を理由に、長期ソブリン格付けを自国通貨建て、外貨建てともに、AAからAA-に引き下げていたが、それ以降、日本の財政構造改革は徐々にではあるが進んでいた。安倍政権になって突然政策が変更されたわけでもない。今回の格上げについてもだが、これまでの格下げについても何を持って行なったのか、どうも明確ではなかった気がする。たとえば、政府債務はまだ増え続けていることについては、S&Pはどのような説明をするのか。
ムーディーズやS&Pによるこれまでの日本国債の「格下げ」は、大きくニュースに取り上げられるなどしていたことで、日本国債への信認に対して、一般的な認識と国債市場関係者の間では常にそれなりのギャップが生じていた。日本の巨額となっている政府債務は確かに危惧されるべきものであるが、その金額の大きさだけで日本国債への信認を揺るがすような自体は少なくとも債券市場では生じていなかった。結果を見ても、海外格付け会社は何ゆえ日本国債を格下げしていたのか。ある意味、まさに「勝手格付け」であったと言わざるを得ないのではなかろうか。
日本の金融政策は当然ながら日銀が行なっている。その金融政策は景気や物価の動向を見ながら運営されている。しかし、景気などにはどうしても地域間格差が生じる。特にこの格差はさらに広がりを見せている。金融政策に関しては、当然ながら平均的なレベルに標準をあわせるほかはない。景気の回復度合いや、地価の動向といったものの地域間格差は今後も広がりを見せてくるであろう。
人々の生活行動も賃金格差などの影響とともに、経済環境の大きな変化といったものも意識する必要がある。百貨店の売り上げが伸びていなくとも、ネットを通じたショッピングといったものが急速に拡大している。現在は年配者のインターネット利用も拡大している。アマゾンの売り上げといったものは販売統計としてはどこに含まれているのであろうか。
地方の駅前のシャッター街に対して、郊外には大型のショッピングセンターも立ち並んでいる。つくばエクスプレスの沿線など駅ごとに大型ショッピングセンターができている。この反面、平行して走っている常磐線沿線にはシャッター街も多く見かけるが、これは景気うんぬんの話ではなく生活経済圏の変化が主因とみられる。
企業業績の好調さも持続し、それが徐々に賃金に波及しつつあるものの、まだまだ低めに抑えられている。しかし、母体の企業がしっかりしていることでリストラへの不安といったものも後退しつつある。バブル崩壊による不況とともに年功序列・終身雇用といった日本経済を支えていたシステムも崩壊した。これにより企業に全面的に依存していたサラリーマンは会社型人間から、スキル型人間に変化する必要が出るなどした上に、リストラなどにも備えなければならず、極度の不安に陥ったとみられる。しかし、そういった不安も徐々にではあるが後退している。
景気や物価も視点によっては、悪く見えたり良く見えたりする。しかもその格差が拡大していることで、平均値を見出すこともなかなか難しい。統計を使えばよいというものでもなく、統計は統計でそれぞれの癖を持っており、本当に標準的な数値を示しているのかどうかも、算出根拠などを通じて見出す必要がある。
結局は、雲の流れや風向き波の動きなどを見ながら経験を通じて海の天気を知る漁師のように、数字だけではなく感覚的に物価や景気の平均的な動向を、肌で感じるような職人芸、もしくは感性といったものも金融当局にも求められているのかもしれない。
ここにきて5月における日銀の追加利上げ観測が特に海外などから出ている。今週は海外における著名な金融関係者が一同に集う定例の会合が日本で行なわれているとも聞いているが、金融に絡んで日本関係の情報が発信されやすいといった状況も影響しているのかもしれない。
それはさておき、5月の追加利上げに関しては以前からもそれを指摘する声は確かにあった。特に1-3月のGDPなどを確認した上で、7月の選挙前にも関わらず実施してくるのではとの見方であった。加えて、日銀も気になっていたとみられるグローバル・リスク・リダクションによる株価調整について、ここにきてダウが市場最高値を更新するなどしており、株安への懸念といったものも収まりつつある。さらに6月にはECBによる追加利上げといったものも予想されている。
たしかに7月の参院選に関しては、日銀の金融政策に関してとあまり関連付けて意識する必要はないかと思われる。日銀はあくまで経済・物価の情勢を踏まえて、「2つの柱による点検を行なった結果」(4月4日の武藤副総裁講演より)として、次の利上げも実施してくるとみられ、選挙日程は無視はできないものの、選挙があるから利上げは難しいということは言えないと思う。
そうは言うものの、5月の日銀による追加利上げに関してはやや難しいのではないかと個人的には思っている。日銀は今後の金融政策に関してスケジュール感は持っていないとしているが、量的緩和政策解除後の金融政策の変更を見る限り、2006年3月、2006年7月、2007年2月とほぼ年間2回程度のスタンスでの変更を行なっている。今後もきっちり半年毎ということはないにしろ、少なくとも目安として2007年2月からの半年以内といった感覚での利上げが実施されてくるのではないかとも予想している。
その意味で5月はやや早い。さらに水面下にあるCPIが再び上昇傾向になってくることも確認したいところである。27日に日銀が発表する展望レポートで2008年度のCPI予想も出てくるが、その予想通りにCPIが動いてくるかどうかも含めてチェックする必要もありそう。
また、日銀にとっても気になっているであろう円キャリートレードの問題も多少絡んできそうである。円キャリートレードは株高を支える面もあって、ある意味諸刃の剣ともなっているが、今後の大きなリスク要因であることは間違いはない。5月にはG8財務相会議、さらに6月のサミットなども予定されており、その中で円安問題があらためて話し合われる可能性もある。そのため、これらの日程前に日銀が利上げを実施するとの見方もできるかもしれないが、一連の国際会議の動向を見極めた上で、動きを示しても遅くはないのではなかろうか。
追加利上げを実施してから半年は置かないのではないかとの勝手な個人的な観測のもと、それでも5月はやや時期尚早とみており、早くても6月か7月だが、実際にはあまりあわてることなく、それよりも8月か9月の可能性のほうが高いのではないかと現時点では予想している。
1998年6月1日、欧州共同体設立条約(マーストリヒト条約)及び欧州中央銀行制度(ESCB、後述)および欧州中央銀行(ECB)に関する定款に基づき、欧州中央銀行(ECB)と欧州中央銀行制度(ESDB)が設立されました。
欧州中央銀行(ECB)は2007年4月現在、ユーロ参加13か国で構成されるユーロ圏の金融政策を担っています。発足当時は11か国でしたが、2002年1月にギリシア、2007年1月にスロベニアが加わりました。本部はフランクフルトに置かれています。
欧州中央銀行制度(ESDB)はこの欧州中央銀行(ECB)と、統一通貨ユーロの導入の有無に関わらず欧州連合(EU)に加盟している27か国の中央銀行で構成されています。この中で、欧州中央銀行(ECB)と、ユーロを通貨として採用している加盟国13か国の中央銀行によってユーロシステムが構成されており、これはESBCと区別されています。
米国は連邦制度となっていたことから、連邦準備制度という形式での中央銀行を作りました。しかし、ユーロ圏の経済統合の結果、ユーロシステムを構成しているそれぞれの国の中央銀行は、その役割を欧州中央銀行というひとつの銀行に委ねました。
欧州の通貨統合により単一通貨であるユーロが導入され、ユーロ圏の金融政策は、欧州中央銀行が行うこととなったのです。これにより、米国のFRBと並んで世界のお金の流れに大きな影響を与えてきたドイツのブンデスバンクをはじめ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギーなどの中央銀行は欧州中央銀行に対しての調査や銀行監督などの支援業務が中心となったのです。
欧州中央銀行の設立の前に、当初参加の11か国の金利水準を収斂する必要がありました。このため1998年12月のドイツ連銀の利下げをきっかけに、他の参加国も一斉に利下げを実施するなどしたことで、次第に収斂していったのです。
しかし、発足したばかりの欧州中央銀行はある意味、国を跨いでの中央銀行という過去に前例のない壮大な実験場ともいえました。主権国家である13か国に共通した金融政策を行なうということはたいへんな困難も伴うものであったとみられます。
欧州中央銀行の政策決定については理事6名とユーロ圏の央銀行総裁13名の計19名から構成されています。米国の連邦準備制度では理事会メンバーが数の上では、地区連銀の代表者よりも多くなっていましたが、欧州中央銀行では専属の理事よりも各国中銀メンバーの方が数の上で多くなっており、各国中銀総裁の影響力が大きいこととなります。このことからも、共通した金融政策を決定する難しさといったものも感じられます。
これもあってか、欧州中央銀行の政策決定にあたって、議事録や議事要旨、さらに票決の結果といったものは公表されていません。金融政策変更後の記者会見では、コンセンサスで決めたとしか答えないこととなっているとも言われています。このあたりは、米国のFOMCや日銀の金融政策決定会合とは異なっている点ともいえます。
しかし、ECBも次第に信認を強めつつあるとみられます。現在のトリシェ総裁による就任後初めての金融政策は2005年12月の利上げであり、その後も利上げを継続しています。これについては市場や政府からは大きな批判といったものも聞こえず、着々と金利の正常化を進めています。
ECBについては加盟諸国それぞれの国の事情といった要因などから、なかなか意見の取りまとめも難しいようにも思えますが、トリシェ総裁はなかなか上手な手綱裁きを行なっているようです。
4月16日の日経新聞は一面で、日本の取引所に抜本的な再編を促し、「総合取引所」の創設を目指す方針であることを伝えている。世界の取引所も再編の渦中にあり、その勢力争いといったものも激化している。このままでは日本の取引所が立ち遅れる可能性もあり、特に金融派生商品などを含めて、証券や金融先物、農産物などのタテワリとなっている現在の取引所をまとめて総合取引所を設立しようとの意向とみられる。
具体的には、持ち株会社である「総合取引所」を設立し、その参加に証券や商品などの取引所を設立するかたちを目指している。東証は今秋にも持ち株会社に移行することで、そこに東京工業品取引所、東京穀物商品取引所、東京金融先物取引などを東証の持ち株会社の傘下に統合するように促すそうである。
実現性はどこまであるのか、わからないものの、こういった動きは競争力強化には避けては通れない。監督官庁の壁など多種多様の障害といったものもあろうが、官邸主導なりで、こういった構想も実現していってほしいものである。
意外にも米国に中央銀行制度が設立されたのは、日銀の設立よりもあとの1913年になってからである。1913年に連邦準備法が成立し、民間銀行の預金準備や紙幣の発券などを行う12地区の連邦準備銀行と、これを監督する連邦準備委員会がワシントンに設立された。
それまで米国では2度にわたって中央銀行を設立しようとしたのだが、2度とも失敗に終わっていた。最初に1791年に紙幣の発行や通商規制などの権限を有した「第一合衆国銀行」が設立された。しかし、すでに州立銀行を有していた州政府の反発などよって解散。1816年には「第二合衆国銀行」が20%の政府出資によって設立し、特に政府の銀行として設立したが、これも州政府の反対などによって解散してしまったのである。
米国は連邦制度を採用し、さらに東部と西部、北部と南部といった地域的な対立などがあったことで、中央銀行の設立には大きな抵抗があった。しかし、19世紀から20世紀にかけて幾度も恐慌が発生し、銀行の倒産や企業の倒産などにより深刻な不況が生じた。このため金融システムの安定化が求められ、中央銀行の設立の機運が高まったのである。
連銀の中で最も規模が大きいニューヨーク連銀が中央銀行としての役割を果たすべきとの考え方もあった。しかし、地方を主体に中央銀行の設立にはまだ反対意見も多かったことから、全米の12地区に地区連邦準備銀行を設立し、それぞれの地区で銀行券である連邦準備券が発行され、各行ごとに公定歩合が設定されることとなったのである。
恐慌による不況を回避すべき設立された米国の中央銀行だが、設立後に大恐慌を迎えてしまうこととなる。これを受けて地方分権型ではなく中央集権的な金融政策の運営が求められた。
1933年に連邦準備の機構は改革され、理事会の権限が強化された。金融政策を決定するために連邦公開市場委員会(FOMC)が設けられ、ここでは理事会メンバー7名と地区連銀総裁6名が投票権を持つこととなった。つまりワシントンの理事会メンバーだけで過半数の票が取れることで、理事会の意向が反映されやすくなったのである。1935年の銀行法制定の際に連邦準備委員会は、現在の連邦準備制度理事会と名称が改められた。
第二次世界大戦後には、国債の利払いコストを抑えさらに利上げによる国債価格の下落を回避しようとした財務省と、インフレ抑制のために金融引き締めを主張するFRBとの対立が激化した。このため1951年に財務省と連邦準備の間でアコードが成立。これによって低金利政策は廃止され、FRBの政府からの独立性が回復されたのである
今朝の日経新聞にも記事があったが、現在のビデオカメラの売れ筋はハイビジョン対応のものである。私も子供たちの卒業と入学、さらにグアム旅行を控えて、久し振りにビデオカメラを買い換えたが、この際購入したのはキャノンの新型ハイビジョンデジタルビデオカメラであった。昨年末は新型ゲーム機とともにハイビジョンテレビがかなり売れた。ここにきての価格下落や地上波デジタル放送の普及にともない、アナログテレビからデジタルテレビへの移行は急速に早まることが考えられる。2008年の北京オリンピックといったものも普及の加速要因となろう。
茶の間の主役がハイビジョンテレビとなるとともにデスクの主役のパソコンもハイビジョン化が進む可能性が高い。ビスタの普及は思いのほか進んでいないものの、今後パソコンを買い変える際にはハイビジョン映像を意識しておく必要がある。インターネット動画も普及が一気に進んだが、YouTubeなどの映像そのものはあまり良くない。今後はより綺麗な動画の普及がパソコン機能の向上とともに進むはずである。またハイビジョンビデオでの編集はかなりのスペックが要求されるが、これもビスタをらくらく使える程度のスペックを持ったパソコンならば可能となる。
そしてパソコンのディスプレーもハイビジョン対応の普及が一気に進むとみている。大手の家電量販店で売れているハイビジョンテレビには20型のものが含まれている。これはパソコン接続機能とともに、HDMI端子などを介してDVDレコーダーや新型ゲーム機、さらにハイビジョンビデオを接続して楽しむことができるためである。私もパソコンの買い替えとともにディスプレーも買い変えたいと思っている。
こういったIT家電関連は価格低下も激しいが、それとともに購入層も広がりを見せ、個人消費にも多少なりとも貢献してくるとみられる。個人もほしいものにはお金を使うことは厭わない程度に生活にも余裕ができつつある。これもひとつの正常化といえるのかもしれない。そのほしいものとしてハイビジョン関連商品が今後はさらにクローズアップされていくものと考えている。
グアムは海外ながらも日本語が通じる場所であることはご存知のとおり。いや正確に言えば日本語が通じるところが多いといった感じではある。空港の入国審査も「目的は」と聞かれた。税関でも「食べ物ありますか」と日本語で聞かれた。旅行会社の用意したバスのスタッフも現地の人ながら日本語がぺらぺら。しかし、ホテルではそうはいかない。アウトリガーでもフロントに日本語ができる女性がいる。というか日本名のスタッフがいた。しかし、常時いるわけではないため、両替とか何かの用事の際にはある程度英語も必要になる。まあ、TC持ってエクスチェンジといえば事足りる。ちなみにアウトリガーで一日あたりTCが代えられるのは500ドルが上限であった。一人ではなく一部屋での上限か。そして、一番緊張したのが電話である。オプショナルツアーは2つとも日本でインターネットで申し込んでいた。このため予約の確認や、台風の影響での開催の有無を電話を使って問い合わせなければならなかった。ただし、緊張して電話をかけたところ、両方ともいきなり「はい」と日本語が返ってきた。
買い物もホテル近くのDFSなどは日本語が標準語だが、水族館とかになると、あまり日本語は通じない。レストランでも日本語メニューは助かるものの、基本は英語。ただし相手も日本人の癖や失敗など心得ているので、フォローもすばやい。とはいえバーガーキングとかでは日本語はほとんど通じなかった。ショッピングモールなども英語が主体。しかし、それほど困るようなことはないはず。しかし、私は本屋で買い物をした際に「えっ、80ドルもするの」とびっくりして言ったら、高校生の長女がすかさず「18ドルって言っているけど」といったことはあったが。
タモン近辺はいたるところ日本人ばかりが目立ち、ここは日本かと見間違うばかり。海外に来たという実感も薄いかもしれないが、最初の海外旅行となった子供たちにはむしろ良い予行演習になったかと思う。もちろんグアムで日本語が通じるのは例外中の例外であることは念を押しておいた。ニューヨークなどでは日本語はほとんど通じないことを3か月の滞在経験をもとに言い聞かせた。とはいえ、当時、そんなに英語を使ったという記憶もなく、当時は身振り手振りと想像力で乗り切っていた気もしなくもなかったが。試験は一発でパスしたけど。
今月16日に発行される春の個人向け国債の販売額は、固定利付債3479億円、変動利付債が8326億円、合計で1兆1805億円(うち郵便局1953億円)となった。前回の1月発行分は10年変動タイプと5年固定タイプの合計で1兆5064億円であったことから、これに比べて3259億円の減少となった。
10年国債の利回りが依然として低位安定しているため、10年変動タイプの発行額が3479億円と前回よりもさらに減少している。5年固定もこれまで発行された中で、最も発行額が少ない。日銀の利上げによって多少なり定期預金金利などが引き上げられているものの、長期金利はむしろ低下するなどしていたことで、目先のニーズも薄れてきたものとみられる。しかし、それでもまだ預貯金金利に比較すれば、利子もかなり有利ともなっている。また今後、中途換金調整額の見直しなども計られる見込みでもあり、このまま伸び悩むとも考えづらい。
これまで発行された個人向け国債の回号別販売額と税引き前の初期利子(固定は利率)は下記の通り
第1回変動10年(2003年3月)3,835億円(うち郵便局499億円)、0.09%
第2回変動10年(2003年4月)3,486億円(うち郵便局746億円)、0.05%
第3回変動10年(2003年7月)2,802億円(うち郵便局588億円)、0.05%
第4回変動10年(2003年10月)9,432億円(うち郵便局1,659億円)、0.77%
第5回変動10年(2004年1月)1兆3,951億円(うち郵便局995億円)、0.62%
第6回変動10年(2004年4月)1兆4,185億円(うち郵便局1,244億円)、0.55%
第7回変動10年(2004年7月)1兆7,726億円(うち郵便局1,990億円)、0.74%
第8回変動10年(2004年10月)1兆8,652億円(うち郵便局2,484億円)、0.74%
第9回変動10年(2005年1月)1兆7,647億円(うち郵便局2,436億円)、0.67%
第10回変動10年(2005年4月)2兆3,374億円(うち郵便局1,990億円)、0.73%
第11回変動10年(2005年7月)1兆6,423億円(うち郵便局2,484億円)、0.45%
第12回変動10年(2005年10月)1兆3,629億円(うち郵便局2,483億円)、0.55%
第13回変動10年(2006年1月)8,001億円(うち郵便局1,488億円)、0.68%
第14回変動10年(2006年4月)8,285億円(うち郵便局1,491億円)、0.85%
第15回変動10年(2006年7月)9,813億円(うち郵便局995億円)、1.10%
第16回変動10年(2006年10月)7,323億円(うち郵便局997億円)、0.92%
第17回変動10年(2007年1月)4,334億円(うち郵便局938億円)、0.84%
第18回変動10年(2007年4月)3,479億円(うち郵便局642億円)、0.87%
第1回固定5年(2006年1月)1兆1,285億円(うち郵便局497億円)、0.80%
第2回固定5年(2006年4月)9,883億円(うち郵便局1,490億円)、1.01%
第3回固定5年(2006年7月)1兆2,430億円(うち郵便局996億円)、1.30%
第4回固定5年(2006年10月)8,584億円(うち郵便局998億円)、1.13%
第5回固定5年(2007年1月)10,730億円(うち郵便局998億円)、1.20%
第6回固定5年(2007年4月)8,326億円(うち郵便局1,311億円)、1.13%
現在では主要国のほとんどに中央銀行と呼ばれる銀行が存在しています。世界最初の中央銀行は、1968年に設立されたスウェーデンの国立銀行で、通称リクスバンクと呼ばれているところです。リクスバンクに継いで歴史が古いのが、英国のイングランド銀行、そしてフランス銀行と続きます。これらの銀行は当初は商業銀行として設立され、のちに中央銀行へと転身してきたのです。
この中央銀行と呼ばれるものは歴史とともに必要に迫られて形作られてきました。リクスバンクの前に、スウェーデンにおける最初の銀行であるバルムストルック銀行がありました。このバルムストルック銀行は1661年に欧州で最初の紙幣を発行したものの、十分な担保を確保しないまま過剰な紙幣を発行し、結局その活動を停止してしまったのです。
バルムストルック銀行の破綻後に、国王ではなく、議会の監督下におかれた銀行が設立されました。これがリクスバンクです。当初、リクスバンクは銀行券の発行は禁止されていたのですが、スウェーデンの通貨不足などにより、1701年に信用紙幣の発行が議会によって認可されました。
さらに1897年のリスクバンク法により、リスクバンクには独占的に通貨の発行権が付与されました。これにより銀行券の発行ができなくなった民間銀行は、リクスバンクから優遇金利で資金を借り入れることができるようになりました。これを通じてリクスバンクは銀行の銀行としての機能を果たすこととなったのです。
このリクスバンクに継いで歴史のあるのが、イギリスの中央銀行のイングランド銀行です。イングランド銀行は1694年に法律によって発足しましたが、設立の目的は軍事費の調達に苦慮する政府への財政支援でした。資本金と同額まで銀行券を発行することによって、銀行業務を開始しました。当初の業務では、その設立目的が政府支援であったこともあり、政府の貸付けがかなりの割合を占めていました。これにともなって国庫金の出納や国債業務など政府の銀行としての役割が強化されたのです。また、イングランド銀行は組織的に手形割引を始めた最初の大型銀行であったとも言われています。
9日の日経新聞に、カナダのフレアティ財務相とのインタビュー記事が掲載されていた。カナダといえば財政健全化策が功を奏し、単年度の黒字化を果たした国である。
1990年代のクレティエン政権下、政府主導によって強力な財政再建策が進められていった。当時、財務相として財政再建に大きな役割を果たしていたマーティン氏はクレティエン首相の後任として、さらに改革を促進するなど、継続的な財政再建の取り組みが進められた。ここには国民の理解といったものも後押ししていた。財政の悪化を国民が危惧し、その懸念を共有することによって、財政再建の必要性が理解され、それが政権維持にも繋がるとともに、痛みを伴っての改革を国民が支持することとなった。
小泉政権下の日本でも同様のことが見受けられた。痛みを伴う財政構造改革に国民が理解を示したことで、改革に向けて強いリーダーシップを維持することができた。とはいえ、まだ改革は始まったばかりとも言える。小泉政権で改革を担っていたひとりである安倍氏が次の首相となるなど、カナダと同様に日本でも財政構造改革路線は継続している。
フレアティ財務相は会見において「支払いを先送りしても将来は税収で埋めるしかない。つまり自分の子供を抵当に入れて借金をするのと同じだ」との発言があった。日本ではさすがにここまで比喩した発言はあまりみられなかったものの、国民に財政再建の理解を求めるにはこのぐらいインパクトのある発言があってもしかるべきか。
フレアティ財務相はカナダにおける「政府債務の利子が年十億円カナダドル以上節約できたら、同等の額を個人の所得減税に振り向ける制度」についても言及している。これをそのまま日本に当てはめることは難しいかもしれないが、たいへん面白い制度である。なんといっても日本では巨額の政府債務減らしには最後には増税しかないというのが専門家と言われる方々の声なのであり、カナダはまさにこれとは正反対の「減税こそ最善策」としている。
安易な増税論は参院選などを控えて封印されているとも言われる。参院選でもし自民党が勝利すればまたもや増税論が強まるのだろうか。債務が巨額だから増税しかないという安易な考え方こそ国民は注意すべきものである。
もうこれ以上削減されたら、自分たちの立場が危ないという人たちもまだまだ多いのであろう。しかし、他の国の様子を見れば、違った風景も見えてくる。財政再建に必要なのはまず最大の努力と知恵であり、安易な増税ではないことはそろそろ国民も理解し始めていることは安倍首相も認識しておいたほうが良さそうである。
4月5日に開催された「国の債務管理の在り方に関する懇談会」の資料の中に「個人向け国債の中途換金調整額の見直し」というものがあった。
「個人向け国債の中途換金については、税引き前の利払い額の2回分(10年変動タイプ)又は4回分(5年固定タイプ)を調整額として顧客から調整しており、中途換金禁止期間直後の中途換金の場合には手取り収入が投資元本を下回ることがある(これは利息税金分を含めて調整されるため)。そのため、国債の特徴である「安全性」について現場で説明がしづらく、個人投資家に十分浸透していない状況(国債の特徴は確かに安全性だが、元本保証イコール安全性ということでもないと思うが)。取扱金融機関からも、調整額を税引後の額に変更してほしいとの要望が出されていることを踏まえ、その方向で見直すことを検討」
念の為()内は筆者注意書き
これについて6日付けの日経新聞では、「財務省は個人向け国債を中途換金した場合にかかる違約金を安くする方針を決めた」と伝えている。日経は中途換金調整額を違約金と表現していた。拙著「投資信託と個人向け国債がよーくわかる」ではこれを手数料相当分と記述していたが、これは手数料ではないため、その表現は適当ではないとの指摘も受けた。私が出演したNHKでの放映でも同様の指摘があったが、これをどうやら違約金と呼んでいるようである。
念の為、財務省の関係者の方に聞いてみたところ「違約金」との表現は使っていないようである。あくまで「中途換金調整額」という表現を使っているそうだが、何か適切でわかりやすい言葉がないものかどうか探っていることも確かなようである。預貯金に変っての個人のお金の投資先になりつつある以上は、こういった用語もよりわかりやすいものにしていただきたいと思う。
用語の使い方はさておき、個人向け国債含めた国債の非課税制度を使える人はかなり限られており、ほとんどの投資家は利子は課税される。このため、わずかな期間ではあるが、個人向け国債でも差し引き投資金額よりも手取り金額が少ない、いわば元本割れが生ずる可能性がある。この説明はなかなか難しいものがあり、確かに「違約金」を「税引き後」の利息にすれば、そういった一時的な元本割れも生じることはなく、正真正銘の元本保証の「投資商品」となる。これはできれば当初からそのようにしてほしかった気もする。なんといっても本を書く際にもそれを説明するのがなかなか大変だったので。
家族で初めて海外旅行に出かけた。私にとっても転職して以来、入院時を除いて初めての長期休暇となった。子供たちは海外旅行どころか飛行機も今回初めてとなる。このため、なるべく便が良く、天候悪化の際にもそれなりに時間をつぶせることから、ホテルはタモンの中心部にあるアウトリガーにした。出発は4月2日の16時、飛行機はALウェイズのJO941であった。
成田空港までは自宅から車で1時間ほど。旅行会社に予約してもらった駐車場に車を止めて、空港ロビーに到着したのが7時半頃となった。早速手続きを完了させて、時間を潰していると、なにやら大型液晶画面にニュースが流れた。「南太平洋のソロモン諸島沖で2日午前7時40分(日本時間同5時40分)ごろ、マグニチュード8.0の強い地震が発生した」と。そういえばグアムもソロモン諸島の一部であったような。なにやら前途多難の様子。さらに天気予報によるとグアムは雨だとか。この季節に雨って。
飛行機は何事もなく定刻どおりに離陸。窓際を陣取った子供たちは大ハシャギ。おいおいもう中学生と高校生だろうが。とはいえ初めての飛行機なのでいたしかたないか。フライトは3時間と少し。離陸時も雲に覆われていたが、グアム着陸時も一面の雲、どうやら台風一号が発生したそうである。そういえば台風の生まれ故郷はグアムのすぐ傍の海域だった。さらに20年以上前、初めて私がグアムに来た際も台風が居ついてしまい、滞在中、雨が止んで晴れ間が出たのはわずか30分であったということも。
ということで、無事グアム国際空港に着陸し、入国手続きも済み、旅行会社の用意していたパスでアウトリガーに向かう。到着して外を見ると、まさに暴風雨であった。このため予定していたショッピングも中止し、ホテルから建物が繋がっているレストランで食事し、その建物にあった水族館で時間を潰す。もしも天候が悪かったらというリスクをヘッジしていたものの、早速それを使うことになろうとは。
グアム2日目。台風は少しずつ遠ざかっているいるようで、雨は止んでいた。このため部屋で簡単な朝食をとってホテルのプールに。海にも入ったが曇り空で本来の蒼さがない。ただし、その分紫外線をさほど気にする必要はなかったが。昼前にプールからあがり、マイクロネシアモールにショッピングに出かける。昼はここに入っているバーガーキングで済ませた。久し振りのバーガーキングはなかなか美味しかった。この日の夜はアウトバック。どうしてもロブスターを食べたいとの要望に答え、二尾のロブスターとステーキのセットを注文。係りの女性の愛嬌の良さには子供たちも大喜び。子供にはクレヨンと塗り絵のセットをくれるのだが、三女もちゃっかりもらっていた。ちなみに先日、三女は小学校を卒業したのだが。担当の女性の名前はメリッサさんだとか。
グアム3日目。2日目に予定していたファイファイビーチは当日はクローズドとなり、この日に延期。天気は台風一過の快晴。この日も部屋で簡単に朝食を取って、8時40分にロビーで向かえを待つ。アウトリガーからは我々家族のみ。このファイファイビーチは頼んだ旅行会社は契約しておらず、自分でネットで予約を入れたもの。評判は悪くなかったものの、やや一抹の不安もあったが、着いたとたんにそんなものは解消。まさにここはプライベートビーチであった。
最初に日本語ができるスタッフからいろいろと注意を聞く。その後、まずカヤックを借りて漕ぎ出すが、まだ台風の影響でやや波も荒く、子供たちはすぐにシュノーケルに変更。使い方を教えようとする前に、すでに子供たちは潜っていた。確かに子供たちの方が泳ぎはうまい。海の中には熱帯魚が泳いでいた。かなり大きめの魚やヒラメなどもいたようである。私もかなりの種類の魚を見たが、シュノーケルを使って学生時代に一度おぼれかけたことがあり、恐々泳いでいた。
11時になると、ジャングル探検の始まり。我々の年代でグアムのジャングルと言えば横井庄一さんを思い浮かべる方も多いかもしれない。横井さんが隠れていたジャングルはここからはかなり距離はあるものの、ここもタモン湾にありながら列記としたジャングルである。真水の洞窟があったり、グアムの先住民族チャモロの遺跡も残っている。ここは米国の自然文化遺産にも指定されている場所でもある。途中、なかなか見られないといわれるヤシガニも見た。ジャングルを抜けるとファイファイビーチのやや先の海辺に出る。ここでは星の砂もみつけることができた。
昼食は肉が主体のものであったが、これがなかなか美味しかった。海遊びや1時間に及ぶジャングル探検でお腹が空いていたこともあるかもしれないが、子供たちも肉をおかわりしていた。その後、ダンスのショーや椰子の実落としと、それを割ってのココナッツジュースやココナッツミルクの試食などイベントがあり、飽きさせない工夫もされていた。結局、16時の最終時間までファイファイビーチで楽しんだ。
グアム4日目。この日の朝はのんびりできたので、ホテル一階にあるPalm Cafeのバイキングで朝食を取る。その後、お決まりのプールとビーチコースに。そして昼食がてら、プレミアムアウトレットモールまで出かけた。少し足を伸ばしてチョモロ文化村にも行ったのだが、あまりの暑さに三女がダウン。すぐに冷房が効いているプレミアムアウトレットモールに引き返して、昼食を取った。この日の夜は、サンドキャッスルのショーを楽しむ。ラスベガス並みのショーだそうであるが、ラスベガスのショー自体を見たことがないので比較ができないが、なかなか迫力はあった。子供たちも堪能したようであったが、個人的にはいまひとつ物足りなさも感じた。値段も高いし。
ということであっと言う間にグアム5日目、最終日。朝は前日同様にホテルのバイキングからプールのコース。その後は荷物をまとめてチェックアウト。DFSなど足早にショッピングしているうちに向かえのバスの時間となる。帰りの飛行機もほぼ定刻通り。しかし、グアムからの飛行時間の約半分程度の時間を成田で過ごす。入国審査の長蛇の列はなんとかならないものか。ジャンボでこれだけ並ぶとなると500人乗りのエアバスが就航したら、もっと時間がかかってしまうような。それはさておき、とにかく無事に帰国。長女と三女の入学式は意識してスケジュールを組んだものの、次女の始業式が想定外となり、結果、その日は休ませてしまうことになってしまったが、とにかく初めての海外旅行となった子供たちも十分楽しんだようであった。しかし、余ったドルを子供たちはどうするつもりなのか。
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