「若き知」
「過去データは一番下に移行しました」


2008.9.30「米下院で金融安定化法案が否決」

29日の米下院本会議において、最大7000億ドル(約75兆円)の公的資金で不良資産を買い取ることを柱とした金融安定化法案は、採決において賛成205、反対228と反対多数で否決された。共和党で133票の反対があったとも伝えられ、民主党からは100票近い反対票が出たこととなる。巨額の公的資金投入に国民の理解が得られないと世論を気にする議員が多かったとみられ、必死に法案可決を訴えたブッシュ政権に対し共和党から大量の造反が相次いだ格好となった。

マーケットにとっては、これはまさかの否決となり、株式市場ではダウが前日比777.68ドル安と過去最大の下げ幅となり、米債は質への逃避の動きから2年債利回りが一前日比-0.44%の1.66%に、10年債利回りは前日比-0.28%の3.57%と大幅に低下した。外為市場では106円台にいたドル円は、円買いドル売りの動きを強め104円を割り込み、NY原油先物は、景気減速観測の強まりによりWTI11月物が前日比10.52ドル安と大幅に下落した。

今回の「まさかの否決」と言うのは、事前の報道で政府と議会が大筋で合意と伝えられていたことによる。蓋を開けて見ると米有力マスコミですら票読みができないくらいに11月の選挙を前にした両党幹部の統制がきかない事態が発生していたようである。

日本でも1996年に政府は住宅金融専門会社(住専)の破綻処理に6850億円の公的資金を投入した際に、世論や野党から強い批判を浴びていた。この際には、住専の乱脈経営の穴埋めに国民の血税を使うのかといったモラルハザードの問題が指摘された。これによりその後の金融システム不安の強まりへの対応が遅れる結果ともなった。また1998年の金融国会におけるドタバタとの類似点などもある。

米国でも住宅価格の下落はまだ道半ばとの見方も強く、日本のバブル崩壊後のバランスシート不況と同様の状況が発生しうる可能性がある中での、選挙などを意識しての今回の金融安定化法案の否決という事態により、米国発の金融不安への解消にはさらに時間を要する可能性が出てきた。

日米欧の金融当局は、さらなる金融封じ込め策を強化策を発表した。日欧など中銀はFRBからのドル資金調達額を6200億ドルに倍増することとし、日銀は29日夜に緊急の金融政策決定会合を開催し、国内市場へのドル供給額をこれまでの倍の1200億ドルとし、期間も来年の1月末から4月末に延長することとなった。さらにFRBは3か月物の資金供給制度(TAF)を一回あたり供給額を250億ドルから750億ドルに拡大した。

FRBは今回の金融関連化法案において、準備預金への金利付与の前倒しも盛り込んだが、これは結局否決された。今回の金融封じ込め策の強化は、金融安定化法案が可決されると見ての相乗効果を狙った可能性もある。


2008.9.29「失われた10年を振り返る(前編)」

現在、米国の金融危機は過去の日本の失われた10年を早送りで見ているようだとの指摘がある。今後の米国の動向を占う上でも、あらためて当時の様子を整理してみたい。

まず、少し遡って日本のバブル崩壊時の様子から見てみたい。振り返ると1991年が、バブル崩壊の実態が本格的に表面化し始めた年といえた。1月に典型的なバブル企業の倒産と言われたナナトミの倒産があり、イトマンの河村社長が解任された。8月には女相場師で有名であった大阪ミナミの料亭の女将が逮捕された。大手証券の損失補てんが発覚。投資家の株式離れが本格化した。日銀は6月に短期金利の低め誘導を行い、7月に公定歩合を2年ぶりに引き下げ、11月、12月と続けて公定歩合を4.5%に引き下げたが、これによる効果は限られた。

1992年1月に地価税が導入され、これにより土地神話は完全に打ち砕かれた。3月末に公共事業の施行推進など、緊急経済対策が決定。公定歩合も3.75%に引き下げられ、7月にも0.5%の追加引き下げが実施された。8月には総合経済対策が策定され、公共事業投資の拡大などを主体とした事業規模は10.7兆円に達した。

この年の秋、前FRB議長のポール・ボルカーは日本での講演において「米国と同じように日本でもバランスシート不況が必ず起こる。対策は早ければ早いほどよい」と警鐘を鳴らしていた。バランスシート不況とは、貸借対照表の資産価格が土地や株価の下落で下落しても負債はそのまま残り、自己資本比率が低下することである。簡単に言えば資産の価格が下げても、借金は減らずにそのまま残ってしまっていることである。実際にこのバランスシート不況が不良債権問題を生み出すことになる。

1993年6月に国会での政治的混乱から宮沢内閣に対して不信任が決議され、総選挙が実施された。選挙の結果、8月に38年ぶりの非自民政権である細川内閣が誕生した。 しかし、細川内閣の経済運営にも失望感が広がり、株価の下落は続いた。9月に6.2兆円の「緊急経済対策」が実施され、日銀は公定歩合の第7次引き下げを実施し、1.75%まで引き下げられた。また、補正予算が組まれ、約15兆円の「総合経済対策」が、1994年2月に実施された。これには所得税減税など5.8兆円も盛り込まれた。このあと、1994年度から1996年度までの3年間で、毎年6兆円近くの減税が実施された。

1993年8月に大蔵省(当時)と東京都の合同検査により東京協和信用組合と安全信用組合が多額の不良債権を抱えていることが明らかになり、1994年に東京協和・安全信用組合が破綻した。

この信用組合の経営危機に対し、東京都だけでは対応できず、大蔵省は日銀とともに受け皿となる新銀行を設立し、破綻処理を行うスキームを策定した。これが東京共同銀行であり、破綻した東京協和信用組合と安全信用組合の整理を目的として預金保険機構と東京都の出資により1995年1月に設立された。1996年に2信組の整理から金融機関一般の整理業務へ業務を拡大し、整理回収銀行と名称が変更された。

1995年に入り、阪神淡路大震災が発生。その後、金融システム不安も再燃し、2月にはベアリングズ社の経営破綻、そして3月には地下鉄サリン事件などもあり、日経平均は4月に15381円まで下落した。このため、日銀は公定歩合を1.75%%から一気に1%に引き下げた。4月19日には東京外為市場で1ドル79円75銭という円の最高値を記録している。8月に入って日米欧の協調介入により円は急落し、9月8日に公定歩合が年率0.5%にまで引き下げられたが、債券相場の上値は重かった、これにはジャパン・プレミアム問題が関係していた。

1995年7月末にコスモ信用組合が経営破綻し、兵庫銀行、木津信組が次々と経営破たん。これ以降いわゆる「ジャパン・プレミアム」が拡大した。海外で融資を行っている日本の大手銀行が現地でドルを調達する際に、欧米の主要行より金利を上乗せされる現象が広まったのである。この上乗せ幅のことを、ジャパン・プレミアムと呼んだ。9月に大和銀行がニューヨーク支店で米国債投資に失敗して、約1100億円の損失を出したと発表し、ジャパン・プレミアムがさらに拡大した。

大蔵省、日銀は金融システムを安定化すべく預金保険機構による支援に加え、1995年8月にはコスモ信用組合の経営破綻対しては30年ぶりとなる日銀特融も発動された。しかし、破綻規模が大きく大蔵省や日銀による対策だけでは処理しきれない状況となってきた。当時の政府も今回の米国と同様に、公的資金の投入には及び腰だったものの、結局は公的資金を投入せざるを得なくなったのである。

その結果、1996年に政府は住宅金融専門会社(住専)の破綻処理に6850億円の公的資金を投入した。しかし、これに対し世論や野党から強い批判を浴びた。住専の乱脈経営の穴埋めに国民の血税を使うのかといったモラルハザードの問題が指摘されたのである。

1997年4月に減税の財源として消費税の引き上げが実施された。財政構造改革と、この消費税の導入がその後の景気後退の要因とも指摘されていたが、実際にはバブルの後遺症ともいえる不良債権処理の遅れがその大きな要因であった。

1997年11月に入り、金融システム不安が一気に表面化した。3日に三洋証券が会社更正法適用を申請、17日には北海道拓殖銀行が経営破綻し北洋銀行への営業譲渡を発表した。24日には証券大手の山一證券が自主廃業を届け出、26日には徳陽シティ銀行が分割譲渡と4つの金融機関が相次いで破綻した。

三洋証券の破綻の際に、コール市場での小規模なデフォルトが発生した。金融機関同士で取引しているコール市場という信用の上で成立している金融市場の中で、戦後初のデフォルトが起きた。これが他の金融機関破綻の引き金となり、信用リスクと流動性リスクの増大により金融システム不安が一気に高まったのである。

12月に入り政府は金融システム安定化策として30兆円の財政資金を用意した。17兆円は預金者保護、残りの13兆円は銀行の自己資本強化に用いられることになった。財源として新型国債といわれた交付国債10兆円と政府保証枠20兆円の計30兆円で賄われることも決まった。

1998年2月に30兆円の公的資金枠を設けた金融安定化法が成立。10月に日本長期信用銀行、日本債券信用銀行と、経営破たんが相次いたが、これらに対しては一時国有化により公的資金が活用された。

不良債権処理問題を先送りしてきた結果、破綻処理による国民負担は10兆円規模に達した。巨額の不良債権処理で資本不足に陥った銀行による貸し渋りが深刻化し、さらに破綻処理だけでなく大手銀行への公的資金による資本注入にも踏み切ることになった。資本注入額は実質国有化されたりそな銀行を含め、最終的に総額12.4兆円にのぼった。

1998年6月に政府は大蔵省から民間金融機関等の検査・監督を分離し金融監督庁を設置して金融機関の経営監視を強化すること等で金融システムの安定化を図った。また、10月には金融再生法が成立し、公的資金を投入して金融機関の破たん処理をする仕組みが整ったのである。


2008.9.26「短期金融市場の二極化現象」

日銀は26日にも即日での資金供給オペを実施した。これで8営業日連続での資金供給となる。これはリーマン破綻などにともなって米金融不安の強まりにより、外国銀行に対して国内銀行などが資金を出すことを手控えていることが要因。今回の米国発の金融不安は欧米の大手銀行主体に大きな傷跡を残していたが、ここにきて国内金融機関などによる米金融機関への大型の出資が報じられるなどしており、不良債権処理などに追われていたこともあるが、米国型金融システムに乗り遅れた感もあった邦銀への影響は軽微であった。このため、日銀の大量の資金供給により邦銀の調達金利は、日銀の誘導目標値を下回って推移している。国内金融機関はすでに積み立て期間がスタートして10日あまりですでに必要額の半分程度の積み立てが終了しており、今後も資金供給が続くとさらなる無担保コール翌日物金利の低下を招くこととなる。

ところが外銀の調達金利は一時的に補完貸付制度の0.75%をも上回る状況ともなっている。補完貸付制度を使えば0.75%で日銀から資金を借りることができるが手続き上の煩雑さなどもあり市場から資金を調達した結果、ロンバート金利をも上回る状況となったとみられる。日銀は25日に初のドル資金供給オペを実施したが、金融機関の事務処理などの準備が整わなかったこともあり、応札額は供給予定額に届かない札割れともなっていた。外銀に直接ドル資金を手当てすれば、短期金融市場での資金繰りも緩和されるはずであったが、それもなかなか難しい。

このように短期金融市場における極端な二極化現象により、日銀も資金調節には今後もかなり苦慮しそうである。この二極化の解消のためには米金融不安の後退が不可欠だが、その行方についても今だに不透明感も強い状況である。


2008.9.25「債券先物建て玉が6月以来の低位に」

債券先物の建て玉がここにきて大きく落ち込み、速報ベースで24日の中心限月12月限の建て玉は6兆5372億円と、中心限月の移行日前後を除けば、今年6月以来の水準にまで低下した。6月に7兆円を割り込んだ先物中心限月の建て玉は、8月に入り一時10兆円台を回復していた。

米サブプライム問題を発端とした米金融市場の混乱は、米住宅市場を直撃し、さらに原油など商品価格の上昇が個人消費にも影響を与えた。このため米経済が減速し、原油需要の落ち込み観測などからニューヨーク原油先物価格が7月11日につけた147.27ドルをピークに下落基調となった。欧州や日本の景気後退も鮮明となり、それまで円やドルで資金を調達し、原油などの商品や資源国の株式などに振り向けていた投資家の資金が一斉に引き上げられ、ポジションの撒き戻しの影響で外為市場でのドルや円の上昇し、新興国の通貨下落も引き起こした。

このような世界的な資金の流れが一変したことで、債券先物も投機的な動きが再び強まったことで、いったん建て玉が増加傾向となり、その後の米金融危機の強まりを受けてさらに投機的な動きを強め、その結果が9月限から12月限への限月間スプレッド取引を利用した無理やりとも思われる買いポジションの移行となって現れた。

10日に中心限月が12月限に移行し、16日には米国証券大手のリーマン・ブラザーズの破綻を受けて債券先物は一時140円台をつけるなど、結果としては無理やりの買いロールは成功したかに見えたが、この日の先物12月限の建て玉はむしろ8兆円台に増加していた。その後、先物12月限は19日に136円台まで下落したが、17日以降の債券先物は減少傾向を強め、22日に7兆円を割り込み、さらにそれまでの乱高下といった値動きもやや影を潜めたことで、どうやら投機的な買いポジションはだいぶ解消された可能性がある。

今後の債券先物はまた以前のように次第に静かな動きとなる可能性がある。日計り主体に仕掛け的な動きが入る可能性はあるが、今回の大きな仕掛けはあまりうまく言ったとは見えず、これにより参加者がまた減った可能性がある。先物の割高感が解消されれば先物のヘッジ機能が回復してこようが、流動性がなくなってしまうと、ヘッジ売りにも使いづらくなることとなる。8月下旬以降の先物の乱高下は仕掛け的な動きが主要因ながら、値動きの激しさの背景には今年から導入された債券先物の新システムの影響の声も聞かれた。落ち着いたところであらためて債券先物システムの修正なども考慮しても良いのではないかと思われる。


2008.9.24「日本の金融不安拡大の歴史」

1995年7月末にコスモ信用組合が経営破綻した。これ以降いわゆる「ジャパン・プレミアム」が拡大した。海外で融資を行っている日本の大手銀行が現地でドルを調達する際に、欧米の主要行より金利を上乗せされる現象が広まったのである。この上乗せ幅のことを、ジャパン・プレミアムと呼んだ。9月26日に大和銀行がニューヨーク支店で米国債投資に失敗して、約1100億円の損失を出したと発表し、ジャパン・プレミアムがさらに拡大した。当時の大和銀行の経営陣や大蔵省が事件を知りながら、米当局に通報するのが遅れ、適切に対応しなかったとして「日本の金融システムは信用できない」との見方から邦銀への信用が低下したのである。

1997年4月に減税の財源として消費税の引き上げが実施された。財政構造改革と、この消費税の導入がその後の景気後退の要因とも指摘されていたが、実際にはバブルの後遺症ともいえる不良債権処理の遅れがその大きな要因であった。

7月4日に東海興業、7月30日に多田建設、8月19日大都工業、9月18日ヤオハンが会社更正法の適用申請を行った。

そして11月に入り、金融システム不安が一気に表面化した。3日に三洋証券が会社更正法適用を申請、17日には北海道拓殖銀行が経営破綻し北洋銀行への営業譲渡を発表した。24日には証券大手の山一證券が自主廃業を届け出、26日には徳陽シティ銀行が分割譲渡と4つの金融機関が相次いで破綻したのである。

三洋証券の破綻の際に、コール市場での小規模なデフォルトが発生した。金融機関同士で取引しているコール市場という信用の上で成立している金融市場の中で、戦後初のデフォルトが起きた。これが他の金融機関破綻の引き金となり、信用リスクと流動性リスクの増大により金融システム不安が一気に高まったのである。

12月に入り政府は金融システム安定化策として30兆円の財政資金を用意した。17兆円は預金者保護、残りの13兆円は銀行の自己資本強化に用いられることになった。財源として新型国債といわれた交付国債10兆円と政府保証枠20兆円の計30兆円で賄われることも決まった。


2008.9.24「2008年6月末現在の国債保有者別残高」

日銀が発表された2008年4〜6月資金循環勘定速報によると、日本における家計の金融資産は、1503兆7716億円と再び1500兆円台を回復した。家計のうち国債は、35兆2682億円(3月末36兆2843億円)と引き続き減少傾向となり、国債全体に占めシェアは5.2%と3月と変わらず。株式82兆1271億円(3月末75兆5281億)と3月は12月比大幅に減少していたが6月はやや回復していた。投資信託も66兆1168億円(3月末63兆0575億円) とこちらもやや回復。これは2008年3月末の日経平均が12525円54銭に対して2008年6月末は13481円38銭と、株式市場がやや回復していたことによるものとみられる。長期金利は3月末1.275%に対し、6月末は1.610%と大幅に利回りが上昇していた。

この資金循環勘定速報をもとに 2008年6月末現在日本における国債所有別内訳を算出してみた。 国債の残高そのものは2008年3月末比11兆7787億円の減少の683兆5103億円となった。海外投資家のシェアは7.0%と小幅低下し、家計の全体に占めるシェアは5.2%と変わらずとなり、海外と個人を合わせたものの全体に占めるシェアは12.2%となった。

個別で見ると3月の速報値に比べ残高を大きく減少させたのが、 ディーラー・ブローカー部門で7兆1149億円の減少となった。続いて日銀が3兆6855億円の減少、反対に増加が目立ったのは国内銀行の4兆1574億円の増加、公的年金の1兆6654億円の増加などとなった。4月から6月にかけての債券相場は先物に海外投資家などの買いポジションの解消売りなどが入り、その影響もあってディーラーなどが現物も大幅な売り越しとなった反面、国内銀行などは押し目買いを入れてきたものとみられる。7月から9月にかけても、債券相場は米国の金融不安も手伝って先物主導で大荒れの展開となったが、投資家は比較的慎重となっていたことで、現物国債については一部、外銀などの動向が気になるものの、シェアを含めてそれほど大きな変動はなかったものとみられる。

全体に占めるシェアとしては、民間預金取扱機関が248兆0072億円で36.3%、民間の保険年金が156兆4106億円で22.9%、公的年金が78兆9439億円で11.5%、日本銀行が59兆9665億円で8.8%、海外が48兆0916億円で7.0%、家計が35兆2682億円で5.2%、投信など金融仲介機関が28兆3761億円で4.2%、財政融資資金が8兆5938億円で1.3%、その他が19兆8524億円で2.9%となった。


2008.9.22「米政府、不良資産買い取りに公的資金75兆円を投入」

米政府は20日に、米金融機関から最大7千億ドル、日本円で約75兆円の不良資産を買い取ることを柱にした金融危機対策の政府案を発表し、議会に提案した。これは米政府による金融危機対応では大恐慌時の対策以来の規模となる。

不良債権の買取りは入札方式で、対象は住宅ローンのほか、商業不動産ローン、住宅ローン担保証券などで、9月17日以前に組成されたものに限定、期間2年間の時限措置。買い取った不良債権の売却には期限を設けず、市場動向をにらみながら、時間をかけて売却していく方針。さらに即効性を重視して、今回は新機関は設立せず、財務省内に専門組織をつくり、民間から処理専門家をスカウトする見通しとも報じられた。

入札に参加できるのは米国に本店を置き、米国内でそれなりの規模の事業を展開している金融機関となる。政府案では、今回の制度に関係する財務長官の決定は、訴訟や行政機関の命令でも覆されない、との強力な保護規定も盛り込んでおり、金融機関に対して非常に大きな権限が財務省が持つこととなる。

これに伴い、連邦政府の債務上限も現行の10兆6150億ドルから11兆3150億ドルに引き上げられる。

茂木金融相は21日、米政府の金融危機対策について、根本解決へ動き出した、と述べたがとりあえず、米政府もやっと重い腰を上げてきたことで、混乱は収縮に向かう可能性が出てきた。しかし、本格的な金融危機の解消には日本の不良債権処理の際ほどではないにしろ、ある程度の時間はかかるものとみられる。


2008.9.19「日銀は米FRBと600億ドルのスワップ協定」

18日の夕方に、日銀は米FRBと600億ドルのスワップ協定、臨時決定会合で決定とのニュースが流れた。これは日米欧の主要6か国中銀が協調して1800億ドルのドル資金を自国市場に供給する緊急対策を受けてのものであった。日銀が国内市場でドルといった外貨を供給するというのは初めての試みとなり、日本国債などを担保にして、金融機関にドルを貸し出すことになり日本でも外資系金融機関がドルを調達しやすくさせる。

ドルLIBOR3か月物と米TB3か月物金利との利回り格差(TEDスプレッド)が、ここにきて急拡大し、これはつまり金融機関同士での資金を貸し借りする際の金利が大きく上昇し、より安全資産となる米国債に資金が流れていた。短期金融市場では資金の貸し手が慎重となり、資金の流れが滞り、それに対して各国中央銀行は大量の資金供給を実施し、日銀も連日のように資金供給を実施しているが、日本でも外資系金融機関を中心に調達づらい状況となっていた。これに対してはドルを直接、日銀が貸し出した方が効果があることで、日銀による「米ドル資金供給オペレーション」が実施されることとなったのである。

日銀「米ドル資金供給オペレーション基本要領」趣旨

最近における米ドル市場の流動性の状況が円市場の流動性に及ぼし得る影響に鑑み、金融調節の一層の円滑化を図るとともに、金融市場の円滑な機能の維持および安定性の確保に資する趣旨から、米ドル資金供給オペレーション(適格担保を根担保として、貸付利率を入札に付して行う公開市場操作としての米ドル建て貸付けをいう。)を行うために必要な基本的事項を定めるものとする

「米ドル資金供給オペレーション基本要領」の制定等について http://www.boj.or.jp/type/release/adhoc/mok0809a.pdf

短期金融市場における調達圧力の高まりへの協調対応策 http://www.boj.or.jp/type/release/adhoc/un0809c.pdf


2008.9.19「22日の国債の決済(一部修正)」

破綻したリーマンの日本法人に対し、金融庁は15日から26日までの12日間の業務停止命令を出すとともに、国内資産の保有命令を発動し、16日には東京地裁が資産を保全する命令を出した。これは日本からの資産流出を防ぐため米国の裁判所が動く前に先手を打つ必要があったとも報じられた。

保全命令自体は今回の米国発の金融危機に対応するために、国内資産の流出を防ぐためには必要な措置であったと思われるが、それが別な問題も生じさせた。

8月28日に入札された2年国債の発行日は9月16日。つまり、28日に2年国債を入札した業者はこの日までに必要な金額を日銀に払い込まなければならない。リーマンはこの2年国債を約817億円入札していたが、保全命令が出されていたことから16日までにその分の払い込みができず、16日に発行されるFBのリーマン入札分、約470億円とともに、2年国債とFBの一部が未発行となる事態が発生した。

さらに9月22日に、今月入札された5年国債と10年国債の発行日、つまり払い込み期日を迎える。リーマンは5年で1187億円程度、10年1436億円程度(市場推計)落札したとみられ、もしその前までに何らかの措置が取られなければ、2年国債と同様に、5年と10年の国債の未発行(キャンセル)となるという事態が発生する。

リーマンは国債入札などにおいてもその存在感を示していており、これまでの応札額はたいへん大きい。今回のリーマンに対する保全命令によって国債の取引決済がいったん止まってしまうと、該当する国債をリーマン売買をしていた相手方もその対応を迫られる。

タイミングが悪いことに通常は国債は入札分を含めて4日目渡しで取引されているが、国債の利払い月である今月9月は5年と10年の入札分だけでなく今月利払いを迎える国債は22日での決済に集中することとなり影響が出てくることとなる。

フェールという事態に対してはレポ取引で対応することで、それによりレポレートが跳ね上がるという副次的な影響も出ている。しかしレポ取引など通常はあまり利用しない投資家にとっては、今回の事態に対する対応は難しくなる。しかも、今月は金融機関の多くは中間期末なども絡んでくる。

ここにきての債券相場の変動には、リーマンとの取引の玉に対しての処理も影響していると見られている。金利スワップ取引などを含めた処理が前場引けから大引にかけて行なわれていることで、相場が大きく変動した可能性がある。


2008.9.17「16日の債券先物3円ストップ高は史上初、ただし3円ストップ安は過去にあった」

16日の債券先物はリーマン・ショックによる影響で、前日基準値比較2円を超えてサーキット・ブレーカー制度の発動後、さらに上昇し、一時前日基準値比3円高のストップ高をつけた。これは過去の記録(http://www.tse.or.jp/rules/jgbf/history/a2.pdf)をみると、初の3円ストップ高となる。ところが上下3円値幅としてみると、前日基準値から3円動いた例は過去にあった。この東証の記録にもあるように、1985年10月28日と11月1日に前日比3円安をつけた記録がある。

1985年10月19日に日本で初めての金融先物取引である債券先物取引が東証に上場された。この際のストップ高安は前日基準値から上下1円に設定されていた。ところが上場後まもなく債券先物は急落することとなった。その背景には1985年9月のプラザ合意がある。日銀はプラザ合意を受けて、なぜか10月24日に短期金利の低め誘導を実施し、それをきっかけに債券が急落したのである。10月25日から26日にかけて債券先物はそれぞれ前日比1円安のストップ安売り気配のまま2日間値がつかないという異常な事態となった。

これを受けて東証は臨時措置として、10月28日から先物のストップ高安を上下3円とし、10月28日に26日の基準値99円63銭から3円安の96円63銭で値がついたのである。また、11月1日も前日比3円安をつけており、過去2回前日比3円安というストップ安をつけた記録が残っている。ただし、この臨時措置は12月9日までとなり、その後は再び1円幅となり、1987年5月18日の後場から2円幅となったのである。ちなみにサーキットブレーカー制度導入前のストップ高安の記録は2002年9月18日の日銀による銀行保有株の直接買い取りの発表の際に前日比2円安となりストップ安を記録した。そしてその2日後、拙著「日本国債は危なくない」発売日でもある2002年9月20日に10年国債入札で初の「未達」、いや「札割れ」が発生したのである。

それはさておき、その後、今年1月からサーキットブレーカー制度が導入され、その発動基準と制限値幅が見直されたたことでストップ高安は上下3円となり、2008年9月16日に史上初めての前日比3円ストップ高を記録することとなったのである。


2008.9.17「FRBはAIGに対し850億ドルを融資し、米政府が株式の約80%を取得か」

FRBは16日のFOMCにおいて、全員一致で政策金利を2%に据え置く事を決定した。リーマン破綻による金融市場の混乱などから、利下げを期待する声もあったが、今回の金融市場の混乱に対しては大規模な資金供給で対処した。16日のFF金利は3%誘導目標の2%を大きく上回り、FRBはニューヨーク連銀を通じ700億ドルの資金供給を前日に続き実施した。FOMC後に発表された声明文によると、金融市場の緊張は著しく高まり労働市場は一段と弱まった、経済成長の下振れリスクとインフレの上振れリスクの両方を、引き続き懸念しているとのコメントがあった。

インフレに関しては、16日に発表された米8月の消費者物価指数は前月比-0.1%、前年比+5.4%とほぼ市場予想に近いものとなっており、また昨日のニューヨーク原油先物価格は世界的な景気後退観測などから、WTI10月限は前日比4.56ドル安の91.15ドルと大幅に下落するなど、ここにきて物価上昇圧力は弱まりつつあるが、FOMC後の声明文ではインフレ見通しの不透明感は引き続き強いとの表現もあった。原油先物のチャートを見ると、100ドルをあっさり割り込んでから下げピッチを速めているようにも見えるが、次の節は80ドルあたりか。

16日のFOMCには、ガイトナー米ニューヨーク連銀総裁が出席していなかったそうだが、リーマン破綻に続き、今度は米生保最大手のアメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)の資金繰りの悪化により、金融当局者や金融機関などが対策を検討。そちらへの対応に、ガイトナー総裁は追われていた可能性がある。実際に東京時間の17日の朝方に、AIGのつなぎ融資協議には、バーナンキFRB議長やポールソン財務長官も参加しており、両者は議会関係者に対し米FRBはAIGに対して850億ドルを融資し、米政府は株式の約80%を取得することを説明したとも伝えられた。

ポールソン米財務長官は、リーマンブラザーズの公的救済は一度も考えなかったと発言していたが、AIGに対しては資産規模は1兆ドルを超えており、仮に破綻となればその影響はリーマン以上のものとなる懸念があり、また信用保証業務などを行なっていることに加え、一般の家計に対しての影響も大きく、政府による救済策が進められたものとみられる。


2008.9.16「リーマン破綻を受け、債券先物一時ストップ高」

米大手証券リーマンブラザーズは、15日に連邦破産法11条(日本での民事再生法)の適用を申請した。財務省やFRBなどリーマンの大手金融機関への身売りを模索してきたものの、バンク・オブ・アメリカやバークレイズが、リーマンを買収する交渉から撤退し、結局、1990年にドレクセル・バーナム・ランベールが破産法11条を申請して以来の米大手金融機関の破産法申請という異常な事態となった。ポールソン米財務長官は、リーマンブラザーズの公的救済は一度も考えなかったと発言。さらに、バンク・オブ・アメリカは、リーマンではなくメリルリンチの買収で合意したと発表した。

15日の米国市場では、このリーマン・ショックを受けて株式市場は大幅に下落し、債券は利回りが大きく低下した。破産法の適用を申請したリーマンブラザーズや、ゴールドマン・サックス、モルガン・スタンレーなどの株が下落し、メリルリンチの買収合意を発表したバンク・オブ・アメリカも急落。また、保険最大手のAIGも資金調達が難航しているとの報道などを受けて急落した。AIGへの対応に、ニューヨーク連銀が財務省や大手銀行幹部を招集して会合を開催しているとの報道も。15日のダウは504.48ドル安の10917.51ドルと2001年9月17日の684ドル安以来の下げ幅となった。

FRBは14日に、資金供給時に金融機関から受け取る担保拡大などの流動性供給制度の拡充を発表していたが、16日に開催されるFOMCでの利下げもあるのではないかとの思惑も加わり、質への逃避の動きも手伝って15日の米国債券市場では中短期債主体に大幅に利回りが低下し、2年債利回りは1.71%、10年債利回りは3.38%に低下して引けた。

16日の東京市場では、日経平均先物の寄り付きが先週末比600円安の11570円となるなど大幅に下落してのスタートとなった。債券先物は買い気配スタートとなり、気配値を切り上げ先週末比1円72銭高の139円07銭で寄り付いた。寄り付き後も買い戻し圧力強まり、先週末2円高の139円35銭つけ、サーキットブレーカーが発動され139円36銭で売買停止となった。15分後の午前9時36分から売買が再開され買い気配となり、139円76銭で出合い後、一時先週末比3円高の140円35銭とサーキットブレーカー導入後、初めてのストップ高をつけたのである。16日の引けは前日比2円10銭高の139円45銭となったが、これは1987年10月19日に前日比2円10銭高の105円80銭をつけて以来の上昇幅となった。

現物10年296回も1.375%まで買われあっさりと1.4%割を割り込み、中期はさらに買われ5年75回一時0.895%と0.9%を割れに。2年272回利回りも先週末比-0.125%の0.615%にまで低下した。


2008.9.12「債券先物とは」

債券先物に投機的な大口売買が入り、相場のかく乱要因ともなっているが、今回はこの債券先物取引とはどのようなものであるのか、振り返ってみたい。

1970年代あたりから国債の発行残高が増加してきたことで、銀行などの金融機関は保有国債を市場に売却する必要が出てきた。債券市場が徐々に整備されはじめ、1985年6月からは本格的な銀行による国債のフルディーリングが認められ、国債を市場で自由に売買することが可能になった。しかし、当時はまだレポ取引といった貸借取引も整備されておらず、保有している国債の価格変動に対してヘッジする手段がなかった。

江戸時代の堂島の米市場で行われていた先物取引を金融商品に応用した先物取引が米国のシカゴを中心にすでに開始されており、日本でも国債の価格変動リスクをヘッジする手段として、1982年ごろから債券先物取引の導入機運が高まり、1985年10月から戦後初の金融先物市場として、長期国債先物取引が東京証券取引所で開始された。

先物取引の特徴は売買単位や受渡期日などの取引条件が定型化され、一定の証拠金を差し入れるだけで売買ができ、反対売買(転売もしくは買い戻し)による差金決済によって期日以前に決済することができる。

債券先物に関しては特定された現物での受け渡しが可能となっている。この特定された現物とは残存7年以上といった条件のつけられた国債。このため債券先物はこの受け渡し可能な国債の一番割安なものに価格が連動する仕組みとなっている。

売買単位は額面1億円、呼び値の単位は額面100円につき1銭。

債券先物の受け渡し期日は、3月、6月、9月、12月の3か月毎の各20日(休業日の場合は繰下げ)となっている。最終売買日はこの受渡決済期日の7日前(休業日を除外)。

先物における証拠金とは、取引所にその取引を保証するために預け入れる資金となる。先物取引を行う際にはこの証拠金を預託すれば売買することが可能となる。これにより、たとえ現物を持っていなくても売りから入ることができる。これを「空売り」とか「ショート」と呼んでいる。反対に買いから入る際には「ロング」といった呼び方をしている。本来、先物とは現物取引で売りから入ることが容易ではなかったことで、この空売りを可能にして、価格の下落リスクを抑えることが、創設された際の目的のひとつとなっていた 。

ヘッジ以外に、相場の上げ下げを利用して売買益を上げるためのディーリングとしても多く利用されている。日本で最初の本格的な金融デリバティブ取引となった債券先物取引は現在。たいへん流動性が高いものとなっており、債券相場の指標のひとつともなっているのである。

東京証券取引所 債券先物取引制度の概要 http://www.tse.or.jp/rules/jgbf/jgbf7.html


2008.9.11「国庫短期証券」

現在発行している政府短期証券(FB)及び割引短期国庫債券(TB)について、2009年2月の最初の入札より「国庫短期証券(Treasury Discount Bills)」として統合発行すると財務省が発表した。財務省はこれまで別々に発行していた2つを統合することで、必要な短期資金を柔軟に調達できるようになるとみられている。

現在発行されている政府短期証券及び割引短期国庫債券については、統合発行時までに発行される銘柄も含め、名称等変更は行なわれない。また、発行条件及び入札方法等については、従前の政府短期証券及び割引短期国庫債券からの変更もない。

国庫短期証券は、2009年2月に第1回から開始され、以後、償還期間(か月、3か月、6か月及び1年)にかかわらず連番を付与される。 http://www.mof.go.jp/jouhou/kokusai/fb/200910-2.pdf

ちなみに、米国の期間1年以内の財務省短期証券(Treasury Bills)と性質が似ているためTBと呼ばれているのが、割引短期国債。国債の償還・借換えに対応する目的で発行されている最も期間の短い国債といえる。TBは発行根拠法による国債の種類分けの中では借換債となる。

政府が国庫や特別会計などの一時的な資金不足を補うために発行されているのが、FB(Financing Bills)と呼ばれる政府短期証券。発行根拠法により大蔵省証券、食糧証券及び外国為替資金証券に分かれていたが、現在は政府短期証券として統一されて発行されている。大蔵省証券は財政法(昭和22年法律第34号)第7条1項、食糧証券は食糧管理特別会計法(大正10年法律第37号)第3条、外国為替資金証券は外国為替資金特別会計法(昭26法第56号)第4条1項に基づいて発行されます。それぞれの発行限度額は予算をもって国会の議決を経なければならない。

償還期間は、TBについては3か月と6か月及び1年だが、3か月物は2000年4月以降発行されていない。FBは原則として13週間となっているが、2か月程度の発行も行っている。さらに財務省は2006年度から6か月物のTBから振り替えるかたちで、期間6か月のFBを発行している。(一部、拙著「最新短期金融市場の基本とカラクリがよくわかる本」より抜粋)


2008.9.10「ねこやんさん」

ねこやんさんと初めてお会いしたのはいつのことであったろう。2000年頃に作ったチャットに参加していただいており、それ以前に「ねこやんのホームページ」にリンクさせていただいたことをきっかけに、交友が始まったとのではないかと思う。ねこやんさんは仕事上もたいへん広い人脈を有しており、さらに「ねこやんのホームページ」を通じての人脈も加わって、その忘年会などたいへんな盛り上がりとなっていた。私も何度か参加させていただいたことがあった。また、私が開催させていただいた飲み会にも数多く参加していただいた。

また、私が本を出す毎に10冊ずつ購入していただき、それを知り合いの方に配っていただくなどしていただいた。私にとって本当にお世話になりっぱなしとなってしまった。飲み会の中でも、一番記憶に残っているのが、日帰りでの熱海温泉ツアーか。突然、新幹線のグリーン車の切符を手渡されての行く先不明の男だけの温泉旅行。新幹線の中、温泉、そして東京に帰っての二次会と、大騒ぎしながらの楽しい弾丸ツアーであった。

とにかく、ねこやんさんがいるとその場が一気に盛り上がり、華やかになる。仕事の話など野暮な話はさておいて、海外生活や美味しい食べ物のこと、そしてレースのことなど、ねこやんさんから出てくる話題は尽きることはなかった。もちろん仕事も手は抜かない。日本で担当が替わった際にCDSを一から勉強して、あっと言う間に日本のCDS市場を大きく活性化させたのが、ねこやんである。

そして、趣味の世界からいつの間にかこっちが本業かと思わされたのが、レースの世界である。金融市場では複数のモニターで、一変に動向をチェックするというのは、ある意味、普通のことであるが、それをレースの分析に生かした。そして、いつの間にか監督にまで登りつめて優勝したのである。

そんなねこやんがガンになった。皆びっくりしたが、本人は決して悲観したりするようなそぶりは一切見せなかった。とにかく前を向いて、絶対に治してやると、私たちにもにこやかに話されていた。手術から5年経過して、これで再発の危険性はなくなったと皆で喜んでいた矢先に、ガンがまた見つかってしまった。それでもねこやんは病気に立ち向かった。ねこやんなら奇跡を起こしてくれると、皆、願っていた。しかし、訃報は突然にやってきた。

ねこやん、長く飼っていた猫のねこやんと一緒に、私たちを見守っていてくれていると思う。生きている私たちも、ねこやんの元気をもらって、ねこやんの分までがんばりたい。


2008.9.9「債券先物限月間スプレッド取引にも異常な動きが」

すでに8日の引けの段階で、債券先物の価格は12月限が9月限を上回っるなどの動きが出ていたむが、この要因としては、12月限の現物受渡しの最割安銘柄が踏み上げられやすいといった指摘もあった。しかし、今日の動きは、それも理由にならないほど、限月間スプレッドが異常な動きを見せていた。

債券先物の限月間スプレッド取引とは、これが導入される以前では、たとえば現物を抱えている業者さんなどが、債券先物でヘッジ売りをしていて、期近の債券先物、つまり今日で言えば9月限の債券先物を売っていたが明日、9月10日に期近物の9月は最終売買日となってしまうため、9月のヘッジ売りのポジションを12月に乗り換える必要がある。このため、9月限の先物の買い戻しと、12月限の先物の売りを行なう必要があったが、それぞれの板を見ながら行なう必要があったことで、乗り換え、つまりロールオーバーがやりにくい上に、現物のチーペスト銘柄の発行量が少ないといった際には、その限月だけ踏み上げ圧力が高まってしまうこともあって、9月限の買いと12月限の売りなどが同時にできるように東証で導入されたのが、限月間スプレッド取引である。

この場合、限月間スプレッド取引は今回で言えば9月限と12月限の価格差を売買することになる。その価格差は本日の朝方の寄り付きは、マイナス1銭となっていたものが、じりじりとそのマイナス幅が拡大し、後場に入ってなんとマイナスが1円07銭にまで拡大するなど異常な動きとなった。こうなると現物から算出した理論値とか以前に、強引な売買が入ったと見ざるを得ない。強引な売買は別に今、始まったわけではなく、先週も9月限の売買でみられたが、こういった9月限の強引な売買で残った買いのポジションを、何かしらの理由で強引に12月限に移行させたとしか考えられず、これもまた一部のCTAなどによる動きではないかと思われる。


2008.9.9「秋の個人向け国債」

9月4日から2008年秋の個人向け国債の募集が開始された。

募集期間は9月4日から9月30日までとなる。個人向け国債の募集期間は10年債入札日(今回は9月2日)の翌々営業日から月末最終営業日までとなる。10年国債入札の結果により10年変動タイプの初期利子が決定され、5年固定の条件も10年国債入札日の5年債利回りに応じて決定され、その結果は10年入札日の翌朝8時50分に発表される。条件決定から募集開始日まで1日開くのは販売業者の準備のためである。

個人向け国債(固定5年)の条件を決めるための「基準金利」は、募集期間開始日の2営業日前(10年固定利付国債入札日)において、市場実勢利回りを基に計算した期間5年の固定利付国債の「想定利回り」となる。

10年変動タイプの初期利子を決める基準金利は10年国債の入札の結果、1.49%(前回は1.80%)となり、変動タイプの初期利子はここから0.8%差し引かれた税引き前での0.69%(前回は1.0%)となる。

5年固定タイプの利率の発表は、年率税引き前で0.99%(前回1.22%)」となった。

7月に発行された前回債は、第23回変動10年の初期利子が1.0%(税引き前)、第11回固定5年の利率が1.22%(税引き前)となっていたが、この条件が決まったころの債券相場は世界的に物価上昇が意識され長期金利が上昇基調となっていた。欧米の金融当局者からはインフレを懸念する発言も相次ぎ、米国にとってインフレ要因としてドル安も懸念され、財務長官はドル買い介入も示唆していた。FRBやECBなどからはインフレへの対応として利上げを示唆するような発言も出るなど、原油をはじめ穀物など含めて商品市況の高騰を阻止し、ドル安も阻止しようとの意気込みも見え隠れしていた。

これにより夏の個人向け国は変動の初期利子、固定の利率ともに大きく引き上げられており、10年変動タイプと5年固定タイプの合計で9952億円と前回の春の分の販売額の約3倍に増加した。

しかし、その後原油価格は下落基調となり、物価の上昇よりも日欧米ともに、景気の減速から後退が意識され始めた。また米住宅公社の経営不安から、再び金融システム不安も台頭し、債券には質への逃避による買いも入ってきた。これを受けて長期金利は8月29日に一時1.4%まで利回りが低下した。9月2日の10年国債の入札時も長期金利は1.4%台となり。6月の10年国債入札の頃の1.7%台に較べて0.3%あまりの低下となった。

個人向け国債の販売額は、これまでの販売状況を見ても質への逃避といった流れといった影響と言うよりも、決定された利子の高さに影響を受けやすい。特に前回の利子(10年は初期利子)が高かっただけに、今回の秋の個人向け国債の販売額はやや苦戦となることが予想される。


2008.9.9「貯蓄から投資への難しさ」

個人の資金は、米サブプライム問題に端を発する世界的な金融市場の混乱とともに、米サブプライム問題が生じた背景となっている米住宅市場のバブル崩壊なども手伝い米国の景気後退、その影響を受けての日欧も景気後退を余儀なくされた。先進国の景気後退をきっかけに、先行きの原油に対する需要減など意識され、原油先物価格は急落し、他の商品相場もピークアウトした。外為市場では、ドルや円を調達して他の国の資産に資金を振り向けるような動きとなっていたが、原油先物価格の下落など背景に、ドルや円が他通貨に対して買戻されるなど、ここにきての世界市場はかなりの波乱含みの展開となってきている。

日本では貯蓄から投資への流れを受けて、リスクがある投資商品に対しても個人の資金は積極的に資金が向かっていた。しかし、そういった流れは昨年夏あたりから変化が生じてきている。9月9日の日経新聞が伝えているように、個人はリスク資産からより安全な資産への資金シフトを強めており、その資金は銀行の預金などに向かっている。ただし、景気後退もあり、銀行の貸し出しが伸びず、民間銀行の預金の貸出金に対する超過額は150兆円弱にも及ぶ。米金融不安は住宅公社への救済策などにより、今後は解消に向かう可能性はあるものの、邦銀も当面はリスク資産での運用は手控えられるとみられ、この資金は国内で最も安全資産となる国債への投資などに回っているとみられる。

資金運用のプロ中のプロとみられていた欧米の大手銀行といえども、米国のサブプライムローンに絡んでの保有する証券化商品の巨額損失が発生するなど、プロとはいえ相場の先行きを読み誤ることは多々ある。日本でもバブル崩壊によって大手銀行が多大な不良債権を抱えてしまったこともひとつの事例となろう。

このため投資というリスクに対しては個人も当然のことながら。自己責任で望まなければならない。しかし、投資の未経験者にいきなりリスクの大きな投資をしろということにも無理がある。今回のサブプライム問題のように、燻っていた問題が突然表面化し、それがグローバル経済化にともなって瞬く間に世界の市場に影響を与える。しかし、今回のように複雑な商品が絡むとなれば、何が起こっているのかを知るにはそれなりの専門知識も必要になる。

個人の資金を投資に向かわせるためには、政府もある程度の投資家保護に努めるとともに、個人に対しての金融経済知識の普及といったものも必要になってこよう。金融リスクに備えるためには、知識が重要な武器となるためである。もちろんチャートの読みといったような投資の経験に裏付けられた相場の知識も得ておくことが必要になる。このような金融知識の普及なしには、なかなか政府が思うような貯蓄から投資への流れを作ることも難しいのではないかと思われる。


2008.9.8「ファニーメイとフレディマックを政府の管理下に」

ポールソン米財務長官は7日の記者会見で、経営難に陥っているファニーメイとフレディマックを政府の管理下に置くと発表した。このGSE2社合計で2000億ドルの優先株購入枠を設定し、経営状況に応じて段階的に公的資金を注入する。また米財務省は、暫定プログラムにより月内にGSE2社のMBSの購入を開始。GSE2社の現在のCEOは辞任し新CEOが就任する。また、両社の普通株と優先株の配当は廃止される。バーナンキFRB議長は、GSE2社を政府管理下に置く決定に対し強く支持すると表明した。

この報道を受けて8日の東京市場では日経平均は先週末比300円を超す上昇となり12500円台を回復。債券市場では先物の買いポジションの解消売りが入り、寄り付きから大幅な下落となり、先週末比80銭安の137円88銭で寄り付いた。

これにより、米金融システム不安が完全に解消されるわけではないが、原油先物価格の下落により、世界的な株安や、外為市場ではドルや円が買戻されるなどしていたが、いったんそういったポジションの撒き戻しが入ってきたとみられる。しかし、米金融システム不安が解消に向かったとしても、米経済が急に回復するとは思われず、世界的な景気減速への動きもいくぶん緩和されることはあっても、当面は方向性は変わりないとみられる。このためポジションの撒き戻し解消後は、株の上値が再び重くなり、債券は押し目買いが入るとみられる。


2008.9.8「悲しいお知らせ」

一生懸命にガンと戦ってきた、ねこやんこと根谷昌宏さんが9月7日午前0時08分永眠致しました。「ねこやんのホームページ」と「債券ディーリングルーム」で、合同で10周年記念パーティーを開催しようとねこやんさんと話していたのですが、結局、かなう事ができませんでした。本当に残念でなりません。

私のホームページやブログをご覧いただいている方で、ねこやんさんのお知り合いの方も多いかと思います。お通夜と告別式は下記の通りとなっております。ねこやんさんのご冥福をお祈りいたします。そして、根谷さん、本当にお世話になりました。

通夜:9月8日(月) 午後6時〜7時   葬儀告別式:9月9日 午前11時〜正午 場所:羅漢会館 目黒区下目黒3−19−103−3792−6758 喪主:根谷久代(妻) 


2008.9.5「ECBが発表した受け入れ担保のルール変更」

4日の欧州市場では、トリシェECB総裁はユーロ圏経済の弱さについて発言したことで、ユーロがドルに対して大幅に下落し、ロンドンやフランクフルト市場など欧州の主要市場で株が大きく下落したとみられたが、相場下落の背景のひとつに、ECBが発表した受け入れ担保のルール変更もあったのではないかとも指摘されている。ECBは昨日、流動性供給オペの受け入れ担保で、資産担保証券に対して12%のヘアカット適用を決定、このルールは2009年2月に適用と発表したが、まだまだ欧州の短期金融市場も不安定な最中に、先の話とは言えこのタイミングでのECBの発表に対して、市場参加者の中からはECBは市場の空気が読めていないのではないかとの批判的な見方も出ていた。とはいえ、ECBとしてはこれ以上バランスシートを劣化させたくないとの認識であることも確かであろう。


2008.9.5「世界的な資金の流れの変化」

ニューヨーク原油先物価格が7月11日につけた147.27ドルをピークに下落基調となった。世界的な景気減速が動きの背景にある。米サブプライム問題を発端とした米金融市場の混乱は、米住宅市場を直撃し、原油など商品価格の上昇が個人消費にも影響を与えた。このため米経済が減速し、欧州や日本の景気後退も鮮明となってきた。 日欧米の景気後退により、原油などに対する需要が後退するとの観測から、原油先物価格が下落傾向となり、それまで円やドルで資金を調達し、原油などの商品や資源国の株式などに振り向けていた投資家の資金が一斉に引き上げられ、ポジションの撒き戻しの影響で外為市場でのドルや円の上昇し、新興国の通貨下落も引き起こした。ヘッジファンドなど損失を蒙った投資家も多かったとみられるが、その影響なのか8月の債券先物市場では数千億円ものポジションで短期的な売買を行い市場を混乱させるような投資家の動きも見られた。債券は短期的な上げ下げはあったものの、質への逃避などの動きから総じて堅調地合となっている。ただし日本の景気後退観測も債券にとってフォローの材料となっているが、日銀の利下げまでは意識されておらず、高値警戒感もある中での動きともなっている。


2008.9.4「引き続き債券先物に仕掛け的な動き」

債券先物は2日、137円53銭で寄り付いたあと137円42銭まで売られたが、そのあと板薄の中、じりじりと買戻しの動きを強めた。朝9時10分過ぎあたりからまとまった買いが入り急上昇となり、9時半ぐらいにかけて1.4兆円程度の出来高をともなって、一気に138円台を回復し、前日比70銭高の138円32銭まで上昇した。1日には債券先物の建て玉が大きく減少したことで、いったん投機筋の動きは収まるのかと思われたが、チャートを見ながらの動きなのか、また新たな買い仕掛けが入っていた。ただし、仕掛けた時間帯が、これまでの10時とか14時とかではなく、寄り付き直後という違いもがあった。そして2日の債券先物の建て玉は前日比1兆604億円ほど増加していた。

3日の債券先物は比較的静かな動きとなり当日の建て玉は1632億円の減少に止まった。しかし、4日に動きが出た。4日の債券先物は前日比5銭安の138円30銭の寄付きとなったが、一時138円38銭まで戻し日比プラスとなったが、その後積極的な買い手も限られじりじりと戻り売りに押されじり安となった。そして、9時40分あたりから、突然まとまった売りが入り、債券先物の板など無視して大口売りをぶつけるような展開となった。時間帯からは2日と同様に中途半端なタイミングでもあったが、、今回は仕掛けたというより、仕掛けられたというか、売りのトリガーが引かれてしまった可能性がある。その要因のひとつに、来週の5年国債入札が意識されたのか、5年スワップの払いが入ったとの観測もあったが、2日に形成した大口その反対売買をしなければならない水準にまで先物が下がってきたことで、ストップロスといった機械的な売りの動きとなり、売り気配も挟んで、わずか5分間で3000億円程度の売り注文が入り、一時前日比93銭安の137円42銭に下落した。債券先物の5分毎の出来高を見ると、9時40分に3636億円、45分に3935億円、50に2118億円、55に2591億円、10時に2786億円と約20分程度の間で1.5兆円ほど出来ていた。

8月25日から9月1日、そして2日、4日と一部のヘッジファンドが大きなポジションを債券先物で振り回しているようだが、今日の売り方を見る限りは結果としてはあまり儲かっているようには思われない。なにかしらの事情で大きな利益を短期的に享受しようとしたようだが、そうそううまく行くものではない。特にいったん目立つ動きをすると叩かれてしまうのも相場の常でもある。これに懲りて、相場をかく乱するような売買は控えてほしい気もするが、反面、債券先物ディーラー経験者としては、なかなか興味深い相場ではあった。


2008.9.3「Google Chrome」

2日にアップロードがスタートしたグーグルのブラウザ「Google Chrome」を早速インストールして使ってみた。これまで通常はfirefoxを使っていたのだが、タブ機能など便利なもののパソコンへの負担が大きいのが気になっていた。しかし、Google Chromeはタブ機能などこれまでのブラウザに備わっている機能をほぼ有している上、非常に軽くて速い。さすがに全世界のブラウザソフトの7割を占めるとされるインターネットエクスプローラーに対抗すべく、満を持してグーグルが発表したブラウザだけのことはある。個人ユースとしては今後はGoogle Chromeをメーンに使いそうであるが、仕事ではブラウザは「インターネットエクスプローラー」でなければ機能しないものも多い。業務ユースにどれだけもぐりこめるかかが、今後、Google Chromeのシェアアップへの動向を左右する要因となりそうである。


2008.9.3「原油安と世界的な金融緩和」

2日の米国市場で原油先物相場はWTI10月限で一時、前日比10ドルもの下落となり1バレル105.46ドルに下落した。ハリケーン、グフタフによる米石油施設への大きな被害は出ない、との見方から売られたとされているが、それは、あくまできっかけのひとつに過ぎない。2日の東京原油スポット市場では、すでに中東産ドバイ原油が過去最大の下げを記録していた。この背景には米国のハリケーンの動向というよりも、原油そのものの需要後退観測が大きいとみられる。米原油先物にはかなり投機的な売買が入っており、2日WTIは109.71ドルとやや下げ幅を縮小しているが、いずれWTIは心理的な節目でもある100ドル近辺に下落してくるとみられ、チャート上の節目でもある100ドル近辺ではいったん買い戻しも入りそうだが、いずれ大きく100ドルを割り込む可能性も高そうである。このように、原油バブルは崩壊しつつある。これは物価上昇圧力を緩和させる要因ともなる。

2日にオーストラリア準備銀行は6年9か月ぶりの利下げを実施したが、これは景気減速への懸念の強まりとともに、ここにきての原油価格の下落によるインフレ圧力の緩和なども影響していよう。英イングランド銀行の利下げ観測もあるようだが、ECBもいずれ利下げを行なってくる可能性がある。ただし、日銀は当面はさすがに利下げを行なうとも考えにくく、日本経済が外的ショックなどで余程の打撃を受けたような際はともかく、当面は現状維持の姿勢を貫くものとみられる。

景気減速などによる世界的な金融緩和の動きの広がりは、円債にとってはフォローとなるとみられる。しかし、気になるのは今後の政治の動向か。福田首相の辞任を受けての自民党の総裁選も、どうやら積極財政路線派と財政構造改革推進派との戦いとなりそうで、市場では今後の国債需給についても、ある程度材料視せざるを得なくなる。

そんな中にあって、投機筋というか短期筋の売買が相場を大きく変動させている。昨日の日経平均先物にもあきらから投機筋とみられる動きが入ったが、昨日の朝方には債券先物にまとまった買い仕掛けも入り、債券先物の9月限建て玉は1日に1.4兆円程度減少していたが、前日は再び1兆円近く膨らんでいる。相場の先行き不透明感も強いだけに投資家も動きづらいだけに、こういった仕掛けで債券相場は素直に反応してしまっているような状況となっている。


2008.9.2「福田首相辞任と今後の債券相場」

9月1日の夜9時半からの臨時記者会見で、福田康夫首相は退陣する意向を明らかにした。ねじれ国会に加えて、連立与党の公明党とのねじれ関係も指摘され、政権運営を維持することは難しいと判断したものとみられる。

福田首相は8月末に打ち出された総合経済対策においても、赤字国債の発行を避けるなど財政再建への姿勢を貫いていた(ただし、建設国債は発行する模様)。しかし、公明党などに押し切られる格好で年度内の定額減税実施を盛り込むなど、景気後退観測の強まりもあり財政再建路線を貫くことが難しくなってきた。

ポスト福田の最有力候補は麻生自民党幹事長とみられているが、麻生氏は幹事長就任時に2011年度にプライマリーバランスを黒字化するとの目標の先送りに言及するなど、仮に首相となった際に財政再建路線からは一線を画する可能性が強い。

今回の福田首相の辞任で、年内の衆院解散総選挙の可能性も強まり、その際には歳出増圧力が強まりかねない。選挙の結果次第では民主党が政権を握る可能性もあるが、マニフェストの公約をそのまま実施するとなれば、やはり歳出圧力は強まろう。

いずれにしても、選挙に加え景気後退もあり今後は小泉政権意向の政権が貫いてきた財政再建路線に対して転機を迎える可能性が出てきている。消費税の引き上げも選挙を意識すれば棚上げせざるを得なくなろう。

景気対策としても今回の総合経済対策だけでなく、第二次経済対策などが新政権のもと打ち出される可能性もあり、いずれにせよ国債への増発圧力は今後さらに強まるものとみられる。さらに景気後退による税収不足も加わり、前倒し発行分のバッファーはあるものの、来年度以降の国債発行計画における国債の増発は避けられないとみられる。

国債管理政策の進展に加え、景気回復も伴ってここ数年は翌年度の国債発行計画は債券市場にとってはほとんど影響を与えていなかった。しかし、景気後退に加えて、財政構造改革路線の変更は中長期的な国債需給の圧迫要因ともなりかねず、債券市場にとり懸念材料のひとつとなってくるものとみられる。

景気後退の期間の長さとその深さ次第では、日銀による利下げなどが意識される可能性もあるが、いずれにしても、債券市場参加者にとり、景気の行方とともに今後の政権の行方は、国債需給の行方を見定める上でも重要視されるものとみられる。


2008.9.1「ROADSHOW、休刊に」

中学生の頃、「ロードショー」か「スクリーン」のどちらかを発売日に買うのが楽しみだった。当時の映画スターは自分にとってまさにスターだった。スティーブ・マックィーン、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、キャサリン・ロスなどがお気に入りであった。映画館に頻繁にいけるほどの小遣いはなく、主にテレビでの映画鑑賞が多かった。当時は水曜ロードショーや金曜ロードショーなど、ほぼ毎日のように映画がテレビで放映されており、もちろんビデオなどない時代であっただけに、食い入るように画面を見つめていた。

そして「ロードショー」か「スクリーン」に好きな映画スターが載ると、切り抜いて大事にしまっておいた。最新映画の情報も、この2誌から得ることが多かった。当時はインターネットなどはなく、情報を得るには本に頼るしかなかったこともある。

しかし、いつ頃からだろうか、「ロードショー」も「スクリーン」も買わなくなってしまった。映画を嫌いになったわけではない。映画館にもそこそこ足を運んでいた。ただテレビで映画を見る機会も次第に減っていたことも確かである。映画スターについても関心はなくなり、アカデミー賞の受賞シーンを見ても、名前を知らない映画スターが多くなっていた。しかし、それでも映画は好きであるし、その原点には「ロードショー」があった。ここにきていろいろな雑誌の休刊のニュースが出ているが、「ロードショー」の休刊は自分の中の大切な部分が消えてしまうような感覚であった。


2008.9.1「月曜日10時の債券先物への仕掛け」

8月25日(月)の前場10時ごろから、債券先物にまとまった買いが入り、当日の安値から1円以上切り返すなど大幅な上昇となっていた。特に材料もない中、現物債にはむしろ高値警戒感なども強まっている中にあっての先物への買いだっただけに、不可解な動きとなった。これは一部のヘッジファンドが数千億円単位で、新規で買いポジションを作ったのではないかとも噂されていた。実際に5月25日の債券先物の建て玉は9千億円程度増加した。その後26日の建て玉は1千億円の増加となったが、27日に3千億円程度減少しており、利食い売りが入ったとみられる。

そして、9月1日(月)の前場10時ごろから10時20分あたりにかけ、今度は数千億円単位のまとまった売りが入り(10時ちょうどから20分までの先物出来高は1.3兆円)、債券先物は当日高値から74銭の下落となった。売りと買いの違いはあるが、時間帯や規模、値動きなど5月25日の仕掛け的な動きとの類似点も多く、同じ手口の可能性が高いとみられる。9月1日の建て玉を確認しなければわからないものの、買いポジションを解消し、あらためてショートポジションを形成した可能性もある。

2日の10年国債入札も控えてのヘッジ売りなども加わっての大幅な下落となったとみられるが、債券先物の大口売り一巡後は債券先物はやや買戻されるなどしており、今回の相場が大きく変動した主要因は先物への投機的な売買ではないかと考えれる。


2008.9.1「50にして天命を知る、のか」

孔子は「15にして学に志し、30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る」とおっしゃったそうだが、本日50歳と半世紀目の誕生日を向かえ、「天命」が何であるのか、良くわからない。とりあえず50年間も何をしてきたのか、しっかり反省したい。

私が生まれたのは昭和33年9月1日。今年50年を迎える東京タワーと同い年である。記憶にはないものの、両親はあの「三丁目の夕日」のような時代に生活を送っていたのであろう。東京タワーには1歳になったころに上ったそうだが記憶にあるわけない。ただ、子供のころから東京タワーには妙に愛着はあったことは確かである。また、チキンラーメンが生まれたのもこの年であり、物心ついたときにはインスタントラーメンはあった。

昭和33年生まれの有名人には、岩崎宏美や桜田淳子、久保田早紀などがいる。岩崎宏美や久保田早紀など、すぐには女性歌手浮かばないような。海外ではマドンナやマイケル・ジャクソンが同年。スポーツ界からは青島健太や原辰徳監督も。ほかにご本人から一度同い年じゃないと言われたこともある神津カンナ。そして開設当初の頃からJ-WAVEで声を聴いていたジョン・カビラなど。

さらにネットで調べたところ假屋崎省吾、小室哲哉、そしてしんちゃんの臼井儀人や脚本家の君塚良一もそうだとか。こちらの方々はてっきり先輩だと勝手に思い込んでいた。


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