2011.5.31「日銀総裁の講演から見た通貨や国債への信認の重要性」

 日本銀行の白川方明総裁は5月28日開催された日本金融学会2011年度春季大会において、「通貨、国債、中央銀行 ―信認の相互依存性―」と題する講演を行った。ここでは、政府と中央銀行の関係、あるいは金融政策と財政政策との関係が論点となった。

 この中でまず、日本の現在の中央銀行通貨残高が122兆円であり、さらに中央銀行通貨に容易に引き換え可能な銀行預金の残高は1024兆円あることを指摘し、一方、国債でについては発行残高は865兆円に上っているとしている。

 ちなみにこの865兆円とは、財務省が発表した2010年度末の「国債及び借入金残高」のうち、普通国債(636兆円)と財投債(118兆円)に政府短期証券(111兆円)を加えた数字を示しているのではないかと思われる。

 総裁は中央銀行通貨、銀行預金、国債の債務者に関して以下のような説明をしている。  「債務者は、中央銀行通貨は中央銀行、銀行預金は民間銀行、国債は政府です。いずれも素材として価値を有している訳ではないにもかかわらず、価値あるものとして認められ、その機能を発揮しうるのは、究極的には、通貨や国債の保有者がその発行主体を信認しているからです。」

 さらにそれぞれの主体に対する信認について、「自らの努力だけでなく、他の主体に対する信認が確保されていることや、社会の構成員が信認の重要性をお互いに理解することによっても支えられているということ」の重要性を指摘している。

 何故、このような「当たり前のこと」を「金融の専門家」の前、しかも「学会」の場で、「日銀総裁」が話をしなければいけなかったのか。そこに大きな問題がありそうな気がする。

 民間金融機関の預金、あるいはより一般的に金融機関債務、への信認は、政府の信認にも大きく依存する。その、政府の信認は最終的には国民の意思によって支えられている。このため、政府の信認が低下すれば、保有国債の価値の下落、担保価値の下落に伴う資金調達能力の低下をはじめ、様々なルートを通じて、民間金融機関の信認にも影響すると、総裁は指摘する。

 そして、非常時における政府の各種の積極的施策が成功するかどうかは、中長期的な財政バランスの維持に関して政府への信認が維持されているかどうにかかっており、そうした国民の意思と無関係に、政府が「打ち出の小槌」のように財政政策を無限に展開できる訳ではない、と指摘している。

 これは今回の大震災という非常時に行う政府の財政政策について、日銀による国債引受を主張した与野党議員、さらにそれを助長したと思われるマスコミなどに向けた発言であるように思われる。今回の講演において、この総裁発言に小首をかしげた参加者がいたとは考えづらい(もちろん全くいなかったわけではなさそうでだか)。

 さらに総裁は、「国債は円滑に消化され、長期国債の金利も低位で安定的に推移しているため、財政悪化に伴う危険に警鐘を鳴らす議論は、時として狼少年のような扱いを受けることもあります」と指摘している。

 ちなみに、この狼少年という言葉は、日本の債務危機を煽る人たちばかりでなく、それによる国債暴落を決め込んで債券先物などで空売りを仕掛けた海外のヘッジファンドなどに向けられて使われることが多い。

 「どの国も無限に財政赤字を続けることが出来る訳ではありません。政府の支払い能力に対する信認は非連続的に変化しうるものです。ギリシャに始まった欧州のソブリン・リスク問題はこのことを端的に示しています。」

 ギリシャは突然に債務が悪化したわけではない。政府が債務の悪化を隠したことが発覚したことで信用を失い、それによりギリシャ国債の金利が跳ね上がり、さらにギリシャの資金調達を困難にさせたことが問題を深刻化させている。

 そして日本の長期国債金利は何故、低位で安定しているのかについては、低成長と低インフレに求められ、過去10年間の経済成長率と物価上昇率の合計、すなわち名目成長率と10年国債金利を比較すると、若干の乖離はあるが、大きな流れとしては、同様の動きとなっていることを総裁は指摘している。

 ただし、低成長と低インフレを指摘するだけでは、答えは完結しないとして、長期金利は予想経済成長率と予想物価上昇率だけで決まるのではなく、それらにかかる不確実性を補償するリスク・プレミアムが上乗せされる点を指摘している。

 それではなぜ日本の国債はリスク・プレミアムが上乗せされていないのか。その理由の第一に「わが国の財政状況は深刻ですが、最終的に財政バランスの改善に向けて取り組む意思と能力を有している筈であるとみられていることです。」としている。

 「有している筈」、「みられている」とのやや曖昧な表現がやや気になるが、まあそうであろう。

「第2は、金融政策が物価安定のもとでの持続的な成長の実現という目的に合わせて運営されていることについて、信認が維持されている」

 こちらは「運営されている」、「維持されている」との表現であり、ある意味、自画自賛みたいな面もあるが、まあこれも確かであろう。

 その上で、「この2つの点について信認が揺らぐと、リスク・プレミアムは上昇し、その結果、国債金利が上昇することも意味している」としている。

 「通貨や国債に対する信認は、その重要性を意識した国民の意思によって担保されています。そうした国民の意思は、政策当局による十分な説明と、それに基づく状況の正しい理解があって初めて成り立ちうるものです。」

 これについては、その重要性は国民は理解していると思うが、果たして状況の正しい理解が本当にあるのかは、やや疑わしい面もある。書店に行ってみても、その正しい理解を妨げるような本が売れているのは何故なのか(拙著が何故、売れていないのかを主張したいわけではないので、念の為)。

 そして、総裁は次のような傾向に関しても述べている。

「日本の現実に即して言うと、長期国債金利は長期間低位で安定的に推移してきたので、今後もこうした状態が続くだろうと考える傾向です。もうひとつは、一旦、何らかのきっかけで変化が起き始めた時に、過去に生じた大きな出来事の連想から急激な変化が起きてしまうだろうと考える傾向です。」

 この傾向は国民向けというよりも、金融市場関係者向けであるように思われる。信認が維持されないとみるや、我先に国債を売却することになるのは市場参加者となる。

 「財政赤字の拡大や日本銀行の独立性が尊重されていないと感じられる出来事が起こると、最終的に激しいインフレが生じるだろうと考える傾向が生まれます。」

 これもまたリフレ派と呼ばれる人たちに向けたメッセージのようにも伺える。デフレ脱却を最優先として、日銀の独立性をむしろ弱めるようなことが起きれば、「予想は非連続的に変化する」ことから、通貨や国債への信認が失われるリスクは大きくなる。

 さらに総裁は、「高橋財政期の日銀による国債引受け」などについても言及しているが、長くなってしまうため、それについては後日見てみたい。


2011.5.30「プラスに浮上したCPIの今後の動向」

 総務省が27日に発表した4月の全国消費者物価指数(生鮮食品を除く総合、コアCPI)は前年比プラス0.6%となり、2008年12月以来2年4か月ぶりにプラス転換した。ただし、市場予想もプラス0.6%であり、これは想定されたとおりのものであった。

 3月のコアCPIは同年同月比でマイナス0.1%であったのが、何故プラスに転じたのかといえば、4月分からは公立高校授業料無料化の影響が剥落したためである。実際に授業料無償化の影響を除けば、上昇幅はゼロ程度となっていた。

 今後のCPIの動向について注意しなければいけないのが、消費者物価指数の基準年の変更による影響である。2005年から2010年への基準年の変更は、今年の夏に行われ、8月に発表される7月分からは2010年基準が公表される。

 一般に消費者物価指数の前年比は、基準年から先に進むほど実勢よりも強めに算出されやすく、こうした統計上の歪みは、基準改定の際に修正される傾向があると言われる。つまり、夏の基準改定で、消費者物価指数の前年比が下方に改定される可能性が高い。

 2006年8月の消費者物価指数の基準年の変更に結果的には0.4%から0.5%の下方修正が行われた。今回も同様の下方修正が予想され、その結果、他の大きな変動要因がなければ、ゼロに近いものの若干のプラスとなることが予想される。さらに10月からタバコの増税によるプラス寄与が剥落してさらに0.2%下方シフトするため、再びマイナスに陥ることも想定される。

 今後については日銀の展望レポートで次のような記述もある。

 「先行きの物価を巡る環境を展望すると、個別の財やサービス市場では、震災の影響による供給制約が、ボトルネック状況などにつながり、これが物価上昇圧力となる可能性はあるものの、マクロ的な需給バランスは、震災の影響により供給面での制約が厳しくなると同時に、需要も減退するとみられるため、その変動については、短期的には不確実性が高い」

 やや長い目でみれば、景気が緩やかな回復経路に復していくに従って、マクロ的な需給バランスは徐々に改善していくと考えられ、その結果、中長期的な予想物価上昇率は、安定的に推移すると想定しているようである。ただし、原油価格の動向など国際商品市況の動きには注意しておく必要もある。

 その結果、政策委員の大勢見通しは2011年度でプラス0.7%、2012年度でもプラス0.7%となっている。この見通しについては公立高校授業料無料化の影響は除いており、さらに現行の 2005年基準の指数をベースにしている点に注意したい。つまり、2010年基準で見れば、若干のプラスとの予想とみられる。

 このように消費者物価指数については、震災の影響、商品市況の影響などにより若干の変動はあるとみられるが、総じてゼロ近傍での推移となることが予想される。日銀による「中長期的な物価安定の理解」においては「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、中心は1%程度である。」としており、1%に届くにはかなりの時間を要することも予想され、現在の実質ゼロ金利政策は今年から来年にかけても継続されることが、これからも予想される。


2011.5.28「深刻化するギリシャの債務問題」

 ユーロ圏財務相会合(ユーログループ)のユンケル議長は26日に、ルクセンブルクでの会議で、IMFがギリシャ向け支援供与を保留する可能性があると指摘した。IMFには向こう12か月間の借り換え保証が付与されない限り行動を起こせないとの規定があり、6月に予定されているEUとIMFによるギリシャ向けの総額120億ユーロの融資の前提条件が満たされていないとの認識を示した。

 ギリシャの国債価格の下落により、ギリシャが市場で独自で資金を調達できる可能性が低下している。もし、市場からの資金調達が難しくなればドイツなどからの追加支援を仰ぐことが予想されるが、そのドイツなどでは、ギリシャへの支援などに対して国民からの反発も大きくなっており、ギリシャが新たな緊縮財政策や民営化を進めない限りは、追加支援策には消極的な姿勢を示している。

 もしギリシャの資金調達が難しくなれば、IMFからの支援も受けられなくなり、その結果、ギリシャはデフォルトを回避できない可能性も強まることになる。

 EU、IMF、そしてECBの当局者は、ギリシャの赤字削減努力の進捗状況について来週評価をまとめることになっているが、それぞれの立場に微妙な違いも出始めている。

 5月17日にユーログループのユンケル議長は、ギリシャが債務を持続可能な水準に抑制できなければ、「リプロファイリング(債務の再構成)」が必要になるかもしれないと述べた。また、27日にはフランスのサルコジ大統領が、ギリシャの財政問題の解決に向け、債券保有者も責任を分担しなければならないとの考えを示し、ギリシャ債務再編の可能性を示唆した。

 これに対してECBのシュタルク理事は18日に、債務務再編であれ、ヘアカットであれ、債務を再編すればギリシャの直面している問題を解決できると考えるのは幻想だと述べている。また20日にはバイトマン・ドイツ連邦銀行総裁が、ギリシャが債務の償還期限を延長した場合、ギリシャの国債はECBのリファイナンスオペの担保として、不適格になる可能性があると発言した。

 さらにIMFは現在、ストロスカーン専務理事の逮捕とその後の辞任によりトップが不在である。これはIMFの意思決定にも影響を与える可能性がある。ストロスカーン専務理事が、昨年5月にほぼ独断に近い形でEU・IMF合同の救済スキームをまとめあげたとされており、加盟各国への根回しをしないまま欧州の救済策をまとめたことに対する批判もあった。

 EU、IMF、そしてECBはすでに一枚岩とも言えず、それぞれの事情を抱えたまま、ギリシャの債務問題に対処しなければならず、ギリシャの債務問題は深刻化せざるを得ない状況にある。

 ギリシャ当局者が25日に、追加の緊縮財政措置の唯一の代替手段はユーロ圏を離脱しドラクマを復活させることとの見方を示すなど、ギリシャのユーロ離脱の可能性もないとは言えないような状況にもある。ただし、これについてはギリシャにとってもあまりに失うものも大きいことで、実現の可能性は薄いとみている。

 このギリシャの債務問題に関するEU、IMF、そしてECBの三竦みの状態を見ても、いったん信用を失った国の債務問題の解決が非常に難しいことが明らかなった。しかも、それによりギリシャの国債金利が上昇することにより、より問題解決を難しくさせるという負のスパイラルに陥っている。

 国債への信用問題、そしてそれに大きく関わる国債金利の動向、このあたりのことは日本でも十分に注意すべきものである。一旦、日本国債の信用が喪失し、その結果、長期金利の急騰を招けば、巨額債務を抱えた日本では対処のしようはなくなる。


2011.5.27「長期金利1.1%の壁の背景」

 日本の長期金利は5月2日に1.2%を割り込み、16日に1.105%まで低下した。しかし、その後は1.1%が目先の壁として立ち塞がり、その手前でもみ合うような状況が続いている。この1.1%という水準が壁となるような理由は見当たらないものの、ここからは積極的には買いにくい理由が存在しているためとみられる。

 今回の日本の長期金利低下の背景のひとつが、欧米での長期金利の低下である。4月あたりから欧米の長期金利は低下し、米10年債利回りは23日には一時3.1%割れとなる場面もあった。また、ドイツやイギリス、フランスなどの長期金利も同じように4月あたりから低下している。

 この日米欧の長期金利の背景のひとつは、日本の震災を受けて世界経済への影響がある。米国を見ると企業業績の回復などから景気に対する強気の見方が、日本の震災後は景気減速も懸念され、むしろ悪化した経済指標などの影響を受けやすくなった。

 もうひとつ、ギリシャの債務問題が再燃したことも、安全資産として米国債やドイツ連邦債が買われる要因となった。また、ギリシャなどの債務問題による欧州経済への影響なども危惧された面もある。

 しかし、日本の震災による景気への影響については一時の悲観的な見方が後退しつつある。予想以上のピッチでサプライチェーンが回復しており、自粛ムードで懸念された個人消費についても全般に落ち込みを見せる中、たとえば節電目的などによる白物家電の出荷額が大きく増加するなど意外にしっかりしている面もある。

 経済指標に目を向けても、4月28日に発表された3月の鉱工業生産指数は前月比15.3%のマイナスと調査開始以来、過去最大の下げ幅となったものの、生産予測指数では4月が前月比3.9%のプラス、5月も2.7%のプラスと大きく改善する見通しも示された。

 また、5月12日に発表された4月の景気ウォッチャー調査では景気の現状判断Diが28.3と前月比0.6ポイントの改善となり、2〜3カ月先を見る先行き判断DIは38.4と、前月比11.8ポイントと大きく上昇となっていた。

 このように今後は景気に対してあまり悲観的に見ることにもリスクが出てきていることも確かであろう。すでに長期金利は1.1%近くまで低下していたことで、このあたりで少し様子を見てみたいとの投資家も多いのではないかと思われる。

 さらに中期債についても5年債利回りの0.4%がやはり心理的な壁となりつつある。4月に大量に売り越していた都銀であるが、例年のパターンからは翌月、つまりは5月には大量に購入するとの観測もある。しかし、4月の都銀による売りは期初の益出しを先行させたことだけではなく、震災の影響で貸し出しが改善されてきたことに加え、3月における東電への2兆円の緊急融資なども影響していたのではないかともみられている。このためこれまでのパターンのように5月に都銀が大きく買い越してくるのかどうか、いまのところ不透明である。ただし、量は増やさずとも保有する債券の残存期間を延ばしてくるような可能性はある。

 東電に絡んでみれば、枝野官房長官発言をきっかけとしての東電債への影響もあり、これも債券市場には微妙に影響を与える懸念がある。また、震災復興のための二次補正が先送りされたといえども、いずれ国債が増発されることは確かである。さらに今年度の特例公債法案は政争の具にされ、成立の目処すら立たず、これが相場の撹乱要因になる懸念もある。

 このようにいくつかの懸念材料もあり、また、景気の先行きについてもあまり悲観的な見方も後退するなど、長期金利が1%を割り込んで低下するようなシナリオが描きにくくなっていることも確かであろう。もしかすると長期金利で1%程度までの低下はあるかもしれないが、そこからさらなる低下が見込めないとなれば、あまりリスクを犯したくはないところではなかろうか。それが日本の長期金利での1.1%が壁となっている理由ではないかと思われる。

 もしこの1.1%を抜けてさらに低下するのならば、それは国内要因よりも、米国の長期金利低下を促すような材料が出たときではないかと予想される。


2011.5.26「西村副総裁が独自議案を出した4月28日の決定会合議事要旨より」

 5月25日に日銀は、4月28日に開催された金融政策決定会合の議事要旨を発表した。この会合では、西村副総裁が独自議案を出していたが、執行部の一人である副総裁が独自に議案を提出するのは極めて異例でもあった。このため議事要旨から、まずその理由を探ってみたい。これに関しては「先行きの金融政策運営に関する」議論の箇所に次のようにあった。

 「一人の委員が、資資産買入等の基金の増額を行うことが適当であるとの意見を述べた。この委員は、原子力発電所の事故が長期化し、津波の被害や電力供給能力の不足とともに複合的な問題となっていることから、企業や家計のマインドが更に悪化し、実体経済への悪影響が強まるリスクが高まっているため、資産買入等の基金を5兆円程度増額することが適当との意見を述べた。」

 この委員が西村副総裁であることは確かであろう。西村副総裁は福島原発事故の影響を重くみており、これに震災そのものの影響と電力不足の影響が合わさって今後のリスクの高まりから、追加緩和策を提案したものとみられる。続いて議事要旨には次のような記述があった。

 「別のある委員は、経済物価の見通しを踏まえると追加緩和の必要性は高まっているとの認識を示したうえで、現在は、以下の点を更に点検しながら、具体的な措置やタイミングを見極めていくことが重要であると述べた。すなわち、この委員は、検討の視点として、市場規模の制約等を踏まえたリスク性資産の買入余地、全体として効果を発揮している包括緩和における各措置の効果とその波及経路、非伝統的手段の持つ副作用、効果発現ラグを踏まえた効果的な政策実施時期などを指摘した。」

 西村副総裁とともに追加緩和の必要性を問う委員がもう一人いたのである。4月28日の会合後に西村副総裁の議案には賛成する委員が何人か出ていてもおかしくなかったとの話がマーケットでは伝わっていた。実際にこの議事要旨から少なくとも一人はいたことがわかる。ただし、実際の採決において、この委員は西村委員の議案には反対していたのである。

 この別のある委員の発言内容からは、タイミングの見極めが重要との認識が示されており、追加緩和の必要性は高まっているもののこの時点ではそのタイミングではないとの判断が働いたのであろう。

 また、経済情勢に関する議論において、次のようなやり取りも交わされていたことがわかった。

 「ある委員は、ヒアリング情報などを踏まえると、企業と家計のマインドが相乗的に悪化し、それに伴って需要が減退するリスクを感じると述べた。これに対し、何人かの委員は、生産や支出の落ち込みは、前回決定会合でも想定していたものであると指摘した。」

 このある委員が西村副総裁であるのか、それとも追加緩和の必要性を認識していた別のある委員であったのかは定かではないが、景気認識について委員の間で見方が分かれていたことが伺える。

 しかし、このあと5月20日の金融政策決定会合では、西村副総裁は追加緩和に関する議案は提出していない。「企業による生産再開に関するミクロ情報が増えている」との指摘が4月28日の議事要旨にあったが、サプライチェーンについても予想以上に回復しつつあり、「自粛ムードは修正されつつある」などマインドの悪化が加速している様子もないことが、それ以降に明らかになったことで、西村副総裁は5月20日の議案提出は行わなったのではないかと思われる。

 また、4月28日の会合では「中長期的な物価安定の理解」の点検も行われていたが、これについては次のような状況にあった。

 「何人かの委員は1%程度を中心として概ね上下1%の範囲内であるとの見解を示した。別の何人かの委員は1%程度を中心に概ね上下0. 5%の範囲内との認識を示し、このうち複数の委員は、中心は1%より幾分高めであると述べた。一人の委員は、0. 5%〜2%で、中心は1%より幾分上の値との見方を示した。」

 昨年4月30日の決定会合の議事要旨を見ると、次のようになっていた。

 「多くの委員は1%程度を中心値として上下0 . 5 %ないし1%の範囲内であるとの見解を示した。一人の委員は、0 .5%〜2%で、中心は1%より幾分上の値との見方を示した。一人の委員は、1%よりゼロ%に近いプラスを中心に考えているとした上で、中心値である1%を過度に強調するのは望ましくないのではないかと述べた。」

 昨年と比較すれば、タカ派が一人減り、ハト派が一人から複数に増加していたことがわかる。昨年のタカ派的なコメントは須田委員であったとみられ、その抜けた分の影響は事前に指摘されていたが、中心は1%より幾分上との認識を示すハト派的な委員が増加していた。

 その結果として「中長期的な物価安定の理解」は、昨年の「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、委員の大勢は1%程度を中心と考えている。」から、「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、中心は1%程度である。」 と微妙に(「委員の大勢」の削除)変化していたのである。


2011.5.25「燻り続ける欧州の債務問題と日本への影響」

 5月20日にバイトマン・ドイツ連邦銀行総裁は、ギリシャが債務の償還期限を延長した場合、ギリシャの国債はECBのリファイナンスオペの担保として、不適格になる可能性があると発言した。ちなみに4月末で退任したウェーバー総裁のあとを継いだバイトマン氏は42歳、史上最年少のドイツ連銀総裁となった。

 そして20日に格付会社フィッチはギリシャの格付けをB+に三段階引き下げた。フィッチは欧州連合が検討している自主的な債務再編でも、デフォルトと見なすと表明した。これらを受けて20日のギリシャ10年債の利回りは、16.59%となり過去最高水準に上昇した。

 さらに21日に格付会社S&Pは、イタリアの格付け見通しを、安定的からネガティブに引き下げた。これは政治的な行き詰まりの可能性が財政計画の遅れに繋がり、政府債務削減の可能性が低下との見方によるものである。

 また、22日に行われたスペインの地方選挙では、事前に予想されていたように野党第一党である民衆党が歴史的な勝利を収め、与党社会党は大敗した。これは、政府の財政緊縮策に対する国民の不満などが要因とみられ、今後のスペイン政府による緊縮財政措置の実施に懐疑的な見方も広まった。この選挙を前にスペインでは大規模なデモも発生していた。高い失業率、緊縮財政措置による公務員削減等により国民の不満が鬱積しており、一時のギリシャのデモを思い起こす。

 そしてフィッチは23日に、ベルギーの格付けの見通しをネガティブとし、予算均衡に関して政治的合意が得られず、赤字削減目標が達成できなかった場合には格付けを引き下げると警告した。

 ギリシャの債務問題が、アイルランド、ポルトガルに飛び火し、それがスペインやイタリア、ベルギーまで懸念が広がりつつある。いまのところイタリアやベルギーの財政については、それほど懸念する必要はないと思われるが、今後のユーロ圏での財政問題を見る上で最も影響が大きいとみられるのが、スペインの動向である。経済規模が大きいスペインの債務に対する不安が強まると、欧州諸国に対する信用不安がバージョンアップされる懸念があり注意が必要である。

 今回の欧州債務危機の再燃は、欧州連合がギリシャ問題などに対して抜本的な解決策が見いだせなかった上に、ECBとの意見の相違などが生じたことも挙げられる。さらに、ストロスカーン氏がIMF専務理事を辞任したことで、今後の欧州の債務問題解決に向けて不透明感が強まったことも間接的な要因として挙げられよう。

 ギリシャやスペインなどは債務問題を解決するために、財政再建を積極的に行なっているものの、それに対して国民の理解が得られているとは思えない。今回のスペインの選挙結果を見ても、国民からの不満の声の方が強まっている。

 この欧州の債務問題は対岸の火事ではない。規模としてはこれら欧州諸国をはるかに超える規模の債務を抱えた日本も、いずれ同様の問題が発生する恐れがある。そのための対策として、消費税の引き上げ等も議論はされているが、財政再建に向けた本格的な動きは今のところない。

 日本でも財政再建に向けては、社会保障費の削減などとともに増税などにより、国民にある程度の犠牲を強いることが必要となる。もし半ば強制的に財政再建が進められれば、ギリシャやスペインのようにそれに対する反対運動が活発化する可能性もありうる。

 一部には日本の財政はまったく問題はなく、積極的にもっと国債を発行しデフレ脱却を優先し税収を増加させれば日本経済は回復するという、根拠なき楽観論を唱える人もいる。これまで日本国債が安泰であったのは、それに対する需要が存在していたためであり、その元になっている家計の金融資産は残念ながら無限には存在していない。言うまでもなく、日銀による国債引受などは論外である。

 また、国債を増発させて財政政策を行えば税収増が本当に望めるのか。もちろん一時的な税収増では意味がなく、財政再建を進められるほどの景気の改善とそれによる恒久的な税収増を望める手段があるというのか。

 このような楽観論に惑わされることなく、日本の財政問題に対して真摯に受け止め、半強制的で反感を招くような財政再建ではなく、国民の声に答える格好での財政再建を進めなければ、ギリシャやスペインで起きていることが、いずれ日本でも起きる可能性がありうる。


2011.5.24「西村副総裁、議案を提出せず」

 5月20日の日銀金融政策決定会合では、「次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を前回と同様に、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0〜0.1%程度で推移するよう促すことを全員一致で決定した。

 前回4月28日の金融政策決定会合では、西村副総裁より、資産買入等の基金を5兆円程度増額し、45兆円程度とする議案が提出され、反対多数(1対8)で否決されたが、今回、西村副総裁からは同様の議案は出されなかった。

 28日の会合で西村副総裁が議案を提出した理由について白川総裁は次のように述べていた。「震災等の影響が長期化し、企業や消費者マインドの悪化を通じて実体経済への悪影響が強まることを防ぐ観点から資産買入等の基金を5兆円程度増額する議案が提出されました。」

 議案を出した理由は、総裁などよりもやや悲観的に震災への実体経済の影響を見ていたためとみられるが、4月28日から今回の会合までの間に特に情勢が大きく変わったとは思えない。

 その間発表された経済指標をみると、例えば、5月12日に発表された4月の景気ウォッチャー調査では景気の現状判断Diが28.3と前月比0.6ポイントの改善となり、2〜3カ月先を見る先行き判断DIは38.4と、前月比11.8ポイントと大きく上昇となっていた。また、16日に発表された3月機械受注統計では、船舶・電力を除いた民需の受注額は前月比プラスの2.9%と予想外のプラスとなった。

 しかし、19日に発表された1〜3月期実質GDPは前期比マイナス0.9%、年率でマイナス3.7%と事前予想も大きく下回った。4-6月期についても大きく落ち込む可能性があるなど、福島原発の問題も絡んで震災等の影響が長期化し、企業や消費者マインドの悪化を通じて実体経済への悪影響が強まる懸念が、この短い間に後退したとは思えない。

 前回、西村副総裁は議案は出したものの、金融政策を現状維持とする議長案には反対していなかった。すでに利下げ余地がないところに反対する必要はない、との見方もあろうが、資産買入れ基金の増額を求めるならば議長案に反対してもおかしくはなかったはずである。

 何故、4月28日の決定会合で西村副総裁は議案を出したのか。そして、5月20日の決定会合では何故、それを引っ込めたのか。その本当の意味を知るには本人に聞くか10年後の議事録を確認する他ないのかもしれないが、5月25日に発表される金融政策決定会合(4月28日開催分)議事要旨である程度のことがわかるかもしれない。

 震災や原発事故の影響について日銀の政策委員がすべて共通した意見を持っていることは信じがたい。この状況下、楽観的なシナリオを描いて利上げを主張する委員はさすがにいないと思うが、ある程度景気に対してリスクシナリオを描いている政策委員が存在していてもおかしくはないはずである。

 市場では西村副総裁が議案を出さなかったこと対して、ほとんど反応はしなかった。また、これにより日銀の追加緩和観測が後退との見方も出ていない。しかし、西村副総裁にはもう少し粘りも見せて欲しかったように思う。そうであれば市場参加者も4月28日の西村副総裁の行動に対し、透明性を高めるためにも反対意見は重要であるとして理解を示していたはずである。


2011.5.23「専務理事人事で揺れるIMFとは何か」

 性的暴行容疑で逮捕・訴追されている国際通貨基金(IMF)のストロスカーン専務理事が5月19日に辞任した。これにより次の専務理事が誰が就任するのか注目されている。

 候補者としては、フランスのクリスティーヌ・ラガルド経済・財政・産業相(法的問題が浮上?)、ECB総裁の有力候補でもあったアクセル・ウェーバー前ドイツ連銀総裁(キャメロン首相が難色?)、そして新興国からはトルコのケマル・デルビシュ元経済財務担当相、グリアOECD事務総長(メキシコ)などの名前が上がっている。

 これまでIMFのトップである専務理事は慣例的に欧州から選出されてきたが、今回、中国から専務理事は透明・公平に選出すべきとの意見が出るなど、ここにきて存在感の増している新興国からは全ての加盟国から候補者を選ぶべきとの意見も出ている。

 それでは何故、IMFの専務理事の人事が重要なのか。あらためてIMFとは何であるのかを確認してみたい。

 世界恐慌の苦い経験を繰り返さないために、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズとアメリカ財務次官補のハリー・ホワイトがそれぞれ草案を出した。ケインズ案は、世界の中央銀行的性格を持つ機関を設立し、加盟国が勘定を開き各国間の決済はその相互振替によって行ない、不足の場合は当座貸越で処理するという形を考えていた。これに対しホワイトは各国からの資金の拠出により基金が必要資金を貸し付けるという案を出したのである。

 この両案についての討議がくり返されたが、すでに世界経済はアメリカに大きく依存するようになっており、いずれの国も戦後の復興についてはアメリカの協力にあおがざるを得なかったことなどからアメリカ案に近いところで妥協された。

 こうしてホワイト案を骨子として修正を受けて出来上ったのが、国際通貨基金協定と国際復興開発銀行協定で、総称としてブレトン・ウッズ協定またはIMF協定と呼ばれた。

 1947年にIMF協定が発効され、ワシントンに為替相場と通貨の安定を目的とした国際通貨基金(IMF)が国際連合の専門機関として設立された。

 IMFと同様にブレトン・ウッズ協定によって、ワシントンに本拠を置く国際復興開発銀行(世界銀行)も設立された。1946年に業務が開始され、1947年からは国連の専門機関となった。

 IMFの執行機関は理事会であり、24名の理事により構成されている。理事会の議長と国際通貨基金の代表を務めるのが専務理事(managing director)である。そしてIMFの専務理事には欧州出身者、世界銀行の総裁には米国出身者が選出されるのが暗黙の了解になっている。現在の世銀総裁は元アメリカ合衆国国務副長官であったロバート・ゼーリック氏である。

 IMFの目的は協定第1条に規定されているが、加盟国が通貨に関して協力し、為替相場の安定を促進することにより国際金融秩序を維持し、また為替制限を撤廃することによって世界貿易の拡大をはかり、もって経済成長を促進させるということである。

 IMFは、国際収支危機を未然に防ぐための加盟国のマクロ・為替政策に関するサーベイランス(監視)、加盟国の国際収支調整及び経済構造調整のための融資、財政金融制度の整備や統計作成のための技術支援等を行なっている。

 これまでのIMFの活動としては1997年のアジア危機において、韓国政府がIMFに200億ドルの緊急支援を要請し、これにより韓国はIMFの管理下に入った。IMFはこの際に史上最大規模となる210億ドルの融資の実施を決定した。

 また、最近では欧州での信用不安に対してIMFは欧州連合とともにギリシャやアイルランド、ポルトガルの救済に取り組んでおり、今回の専務理事人事については、かなり神経質にならざるを得ない面もある。欧州諸国としてはこれまでの慣習通りに、欧州から専務理事を出したいところであろう。


2011.5.22「4月の公社債投資家別売買高より」

 日本証券業界は20日に4月の公社債投資家別売買高を発表した。これによると4月は都市銀行が3兆6749億円の売り越しとなった半面、外国人投資家が1兆7009億円の買い越し、地方銀行が1兆6752億円の買い越し、生損保が1兆1592億円の買い越しとなっていたことが明らかになった。

 4月の債券相場を振り返ると4月上旬に10年債利回りが1.3%台をつけるなどやや売られていた。しかし、米国債券相場が8日あたりから上昇基調となり、加えて現物債は超長期主体に買いが入りはじめたことで、日本でも債券相場は次第にじり高基調となった。4月末の10年債利回りは1.2%近辺まで低下した。

 20年債利回りも4月上旬に2.1%台をつけていたものの、4月22日に2%を割込む場面もあった。4月20日あたりからは引け際に超長期債などが買い進まれるような状況が続いていたが、これは引け値を意識した投資家の買いが入ったのではないかとみられた。

 4月の国債の投資家別売買高を見てみると、都市銀行は3兆704億円が中期債の売り越しとなっていた。また、長期債も3587億円の売り越し、超長期債も3416億円の売り越しとなっていた。震災の影響で貸し出しが改善されてきたことに加え、期初の益出しを先行させたものとみられる。

 それに対して外国人投資家は中期債を2兆1362億円買い越しとなり、国庫短期証券を11兆8892億円買い越していた。4月7日にECBは利上げし、FRBについても出口が意識されるなどしているのに対し、日銀は追加緩和の可能性も指摘されるなど日本と欧米の金融政策のスタンスの違いによるものに加え、欧州の信用不安による逃避的な資金が日本に入っていた可能性がある。

 地方銀行は長期債を8148億円、中期債5356億円のそれぞれ買い越しとなっていた。また、生損保は超長期債を1兆3053億円を買い越している。これを見る限り、引け際の超長期債への買いは生保による可能性が高そうである。

 都銀による中期債主体の売りに対して、外国人投資家や地銀が買い向かい、超長期については生保を主体とした買いが入ったことで、債券の相場全体を持ち上げた構図となっていた。


2011.5.20「FRBによる出口に向けた工程表」

 5月18日に4月26日から27日にかけて開催されたFOMCの議事要旨(Minutes)が発表された。メディアによっては議事録としているところも多いが、会合の約3週間後に発表されるものは日銀が会合の約1か月後に発表する議事要旨に内容が近い。日銀は10年後に精細な内容が記された議事録を発表するが、米国も議事中のジョークまでも含めた議事録(Transcript)を5年後に公表しているため、ここでは5月18日に発表されたものは議事要旨としたい。

 今回のFOMCの議事要旨で特に注目されたのは、いわゆる正常化に向けた出口政策に関するものであった。FRBは2011年6月末まで国債買入れを行うが、それは予定通りに6月末で終了する。その後についても、MBSなどの償還金の再投資を継続し、6月終了時の金融緩和的な規模は維持されることをバーナンキFRB議長は会見で明らかにしている。

 今回の議事要旨にも何人かのメンバーからはインフレリスクの高まりを懸念する声もあったように、いずれ正常化に向けた行動を取ることも想定しておく必要もあるとみられ、それに向けた意見交換があったようである。

 その順序としては、最初に住宅ローン担保証券(MBS)の償還金再投資を停止する。そして、利上げを実施して現在の実質的なゼロ金利政策を解除し、その後買い入れた証券を売却するほうが良いとの意見である。

 これらはあくまでそのような環境が整った場合の話であり、すぐに行動に移るというわけではない。しかし、その手順を話し合いすることができるような状況に米国の経済状況がなりつつあることも確かであろう。

 今回、FOMCで示された手順は、市場への影響を考えれば妥当なものであろう。償還金再投資の停止により、膨らんだFRBの資産規模を少しずつ落とす方向を示す。さらに、経済や物価動向を見ながら、実質的なゼロ金利政策を解除する。これについては日銀のように明確な時間軸は設定させていないことにも注意したい。

 そして、問題となるのはFRBが保有する国債やMBSの売却になるのではないかと思われる。日銀は量的緩和政策などにより国債の買入れ規模を膨らませてきたが、その規模の縮小すら行ったことはない。これは日銀の資金供給に国債買入れがこの規模で必要だからというためというよりも、債券市場に対する影響の大きさが背景にあると考えられる。

 米国での国債需給にFRBの買入れが大きく組み込まれている中にあり、果たしてFRBは買い入れた国債などの売却は本当に可能であるのか。市場需給に大きな影響を与えることなく売却ができるとなれば、これは日銀にとっても大きな参考事例になると思われる。


2011.5.19「二期連続のGDPマイナス成長と政府の対応」

 5月19日に1〜3月期GDP一次速報が発表された。実質GDPは前期比マイナス0.9%、年率でマイナス3.7%と事前予想も大きく下回った。

 東日本大震災による影響が大きく、生産設備が被災しサプライチェーンが寸断されたことにより生産に大きな影響を与えた。原発事故もあり、その後の自粛ムードの影響による個人消費の低迷なども影響した。個人消費はマイナス0.6%、設備投資はマイナス0.9%となった。

 昨年10〜12月期GDPがマイナスとなっていたことから、これにより2四半期連続でのマイナスとなり、定義上はリセッション(景気後退)入りとなる。連続のマイナス成長となれば、世界的な金融経済危機が影響した2008年4月から2009年3月までの4四半期連続以来となる。

 今回のGDPのマイナス成長は原因がはっきりしていることもあり、また政府もそのための対策を講じている。4兆円規模の第一次補正予算はすでに成立しており、今後は復興に向けた第二次補正予算編成も控えている。

 ただし、ねじれ国会の影響がこの第二次補正予算編成に向けた動きにも影響し、菅総理は第二次補正予算案の編成を8月以降に先送りする方針を示した。これに対し野党は反発しており、小規模の二次補正を今国会に提出する方向で検討をはじめ、さらに6月22日までの会期を小幅延長する可能性も出てきたと伝えられた。

 復興に向けてはかなり先を見通したビジョンも必要となり、ある程度の時間を傾けることも必要であろう。しかしその間、日本経済が大きく落ち込むリスクもある。4〜6月期のGDPはさらに大きく落ち込む可能性も指摘されている。

 今年後半あたりからの、景気回復に向けての政府の後押しは必要となろう。そのためには、政治的な理由での停滞などは控えるべきである。現在は平時ではなく非常時である。震災そのものとともに原発事故による影響もあるなど、待ったなしの状況にもある。

 このような中での与野党の攻防を見せつけられると、政治とは何なのかをあらためて考えさせられる。被災地や原発の現場では必死の作業が続けられており、また被害を被った生産設備の復旧も進められている。しかし、今後の復旧・復興のビジョンを描くべき司令塔がこのように不安定となってしまっては、日本経済そのものの本格的な復興にも影響が出るのではなかろうか。


2011.5.18「復興増税ではない消費税増税の議論が必要」

 NHKの世論調査によると、東日本大震災からの復旧・復興の財源を確保するために増税を行うべきだという考え方について賛否を聞いたところ、賛成が26%、反対が31%で、反対が賛成を上回った。賛成が先月より6ポイント低下し、反対が5ポイント上昇した。

 復興増税については、野党側と民主党内非主流派が増税反対で足並みをそろえており、菅政権に対して揺さぶりをかけている。政府・民主党内では岡田幹事長らが今年度第2次補正予算編成では復興財源を増税でまかなう方針を明言しているが、世論の動きからみても増税そのものが難しくなる可能性がある。ちなみに、毎日新聞によると今国会会期内に小規模な2次補正が検討されているようである。この財源は国債発行によるとしている。

 すでに1次補正の財源として、当初予算において基礎年金に繰り入れるはずであった基礎年金の国庫負担割合(2分の1)を維持するための2兆4897億円を流用した。これについて政府は2012年度以降に増税し、年金財政にあく穴を埋める意向と伝えられている。しかし、このように震災直後の増税論議には慎重論も根強いことから、今回の転用分が確実に埋められるかどうかは不透明である。これが返済されるまでは、年金給付に足りない分は年金積立金を取り崩して賄う可能性も指摘されている。

 2012年度以降分を増税で賄うとの方針は、2011年度末までに消費税増税を法律で決め、その後に実施するとの順番が大前提となっていた。準備期間の関係により実際の増税は2014年度以降になる見通しだが、その間、年金積立金の取り崩しが続いても、将来の増税が法律で担保され返済の見通しがついていた格好となる。しかし、2011年度分も将来の増税でまかなうという前倒し方針は、法改正による増税の裏付けがなく、返済の保証もない状態にある。

 さらに震災による被害額は政府試算で16〜25兆円とあり、2次補正では国債の増発は避けられない見通しとなっており、その財源としても消費税増税が念頭にあるようだが、それもままならないように状態にある。

 これらの動きは、実は過去何度が繰り返されてきたことでもある。将来の消費税増税を担保に社会保障費の伸びを容認してきたが、一向に消費税の引き上げは行われず、その結果、歳出は伸び続け、景気低迷もあって税収そのものは落ち込み、いわゆるワニの口が形成されている。

 震災を機に消費税増税に向けて今度こそ政府も重い腰を上げるかに見えたが、この状態では今回も増税が先送りされる可能性がありうる。確かに現時点での増税には景気への影響を加味すれば、反対意見が多いことも理解できる。しかし、これまでのつけのことも考えれば、そろそろ政府も決断しないことには、日本の財政そのものが持たなくなる危険性がある。

 そして震災後の日本復活のためには、日本における最大の懸念である政府債務の問題をある程度抑制させておく必要もあろう。重い荷物を引きずったままでは、身動きが取れない。少しでもその荷を軽くさせるための努力が必要となる。

 日本の政府債務についてはまだまだ安心、それよりデフレを解消するのが先決との意見も一部にある。確かにあと数百兆円程度の新規国債の発行余力がないとなれば、すでに国債への信認は失墜し国債価格は急落しているであろう。それだけの余力は現時点ではあると考えられるが、それでも毎年50兆円規模の新規国債を国内資金で消化できるには、その余裕の年数はそれほど多くないことも事実であろう。さらにまだ余裕があるからといって巨額の財政支出を行えば、当然ながら残りの期間が短縮されるだけである。

 日本の債務リスクが顕在化する前に手を打たなければ、取り返しがつかなくなる。そのためには、国民が震災のためということではなく、日本の先行きの展望を開かせるために増税はやむを得ないものであることを理解してもらうよう、政府も働きかける必要があるのではなかろうか。


2011.5.17「日米のねじれ国会による国債発行問題」

 オバマ米大統領はテレビのインタビューで「米国の十分な信頼と信用が裏付けられず、米国が債務返済の約束を守らない恐れがあると考えるなら、金融システム全体が破綻する可能性がある」と指摘した。

 米財務省は16日、ガイトナー財務長官が議会に宛てた書簡を公開し、債務の総額が、議会の定めた上限である14兆2940億ドルに達したと発表した。債務上限到達の影響を回避するため、政府年金基金への支出を取り止める特別措置を講ずることにより、議会に提示した債務上限引き上げの期限の8月2日までは債務不履行といった最悪の事態を回避できる見通しである。

 米国での債務上限引き上げについては、5月中の合意の可能性はかなり低くなっており、7月が濃厚な合意の時期として浮上しているとの見方も出ている。

 これに対して、日本では菅総理と岡田幹事長が15日夜に総理大臣公邸で会談し、今年度の公債特例法案について、今の国会で成立させるため今月中には衆議院を通過させる必要があるという認識で一致したと報じられた。

 菅総理と岡田幹事長は成立のめどが立っていない公債特例法案について、6月22日までの今の国会の会期内に成立させなければ夏以降の予算の執行に支障が出るほか、震災復興にも影響しかねないなどとして、今月中には衆議院を通過させる必要があるという認識で一致したそうである(NHKより)。

 現時点では民主党が頼りにしているとみられる公明党は、菅政権の延命に手を貸すような対応を安易に取るべきではないとして、反対の方針を崩さずにいる。6月22日までに特例公債法案が成立する目処はまったく立っていない。

 日本の財務省も特例公債法案が成立しないまま今年度入りしたことで、予算のやり繰り等を行なっているが、それにも限界があり、夏に入る前には成立の目処をつけないと不測の事態が発生する可能性がある。

 日米政府ともに政府債務を巡っては同じような状況に追い込まれている。市場ではそれでもさすがに政府封鎖やデフォルトは回避されるであろうとの認識ではある。ただし、米連邦債務上限引き上げについては米国民の47%が反対しているとの調査結果もあり、予断は許さない。日本でも野党の協力を得る必要があるとみられ、そうなれば今年度予算そのものが大きく見直される可能性があるなど、難しい問題を抱えている。

 しかし、時間は待ってはくれない。特に日本では震災復興という重要な問題も抱え、政府の財政が行き詰まるようなことは避けなければならないはずである。日米の政府と議会がどのような折り合いを見せるのか。今後の動きに注目する必要がある。


2011.5.16「第一次補正予算の財源問題と財政再建へのリンク」

 総額4兆0153億円の2011年度第1次補正予算案は、4月30日に衆議院本会議で可決の後、5月2日に参議院本会議でも可決・成立した。この財源は、子ども手当や高速道路無料化・料金割引といった民主党のマニフェスト施策を含む歳出見直しとともに、当初予算において基礎年金に繰り入れるはずであった基礎年金の国庫負担割合(2分の1)を維持するための2兆4897億円を流用する。

 政府は2012年度以降に増税し、年金財政にあく穴を埋める意向と伝えられている。しかし、震災直後の増税論議には慎重論も根強い。このため、今回の転用分が確実に埋められるかどうかは不透明である。これが返済されるまでは、年金給付に足りない分は年金積立金を取り崩して賄うとみられるとも伝えられた。

 震災前の段階で政府は基礎年金の国庫負担維持に必要な2.5兆円について、2011年度は独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構の利益剰余金などの「埋蔵金」を使う。2012年度以降は税制の抜本改革による増税分を充てる方針だった。しかし、震災後はそれを復旧費に回し、税制の抜本改革との方針を2011年度に1年前倒しすることで決着したと伝えられた(5月1日毎日新聞ネット版より)。

 元々、2012年度以降分を増税で賄うとの方針は、2011年度末までに消費税増税を法律で決め、その後に実施するとの順番が大前提となっていた。準備期間の関係により実際の増税は2014年度以降になる見通しだが、その間年金積立金の取り崩しが続いても、将来の増税が法律で担保され返済の見通しがついていた格好となる。しかし、2011年度分も将来の増税でまかなうという今回の前倒し方針は、法改正による増税の裏付けがなく、返済の保証もないという(毎日新聞)。

 第一次補正予算については当初、財政支出2兆円規模を軸に調整するとされていた。この財源については2011年度予算の予備費1兆1600億円の活用と、主要政策の削減によるものとされていた。しかし、いつの間にか規模が4兆円となり、その財源に基礎年金の国庫負担維持に必要な2.5兆円が含まれていた。

 第一次補正予算については財源として国債増発は回避させることが念頭に置かれていたとみられ、国債増発に頼らず、基礎年金の国庫負担割合を維持させるため2.5兆円を活用することにより、将来の消費税引き上げを担保させた格好ともなったのである。

 これはある意味、財政再建を見据えた動きとも言える。ここにきての日本の財政悪化の大きな要因は社会保障関係費の伸びであり、財政再建のためにはここに切り込む必要があるが、それをある程度維持させるためには消費税の引き上げは避けられない。

 しかし、政府は消費税引き上げに言及しても選挙の結果を恐れるあまりに、実現性には乏しい状況が続いている。第1次補正予算の財源に基礎年金の国庫負担割合を維持させるため2.5兆円を活用したことによって、政府は増税に向けて動かざるを得なくなったとも言える。


2011.5.14「来週の日銀の決定会合を占う」

 来週の5月19日から20日にかけて日銀の金融政策決定会合が開催される。前回の会合が4月28日であり、それからの期間も短く、また特に経済情勢に大きな変化はいまのところなかったことで、金融政策の変更はないと予想される。

 このため注目すべきは、前回4月28日の会合で資産買入等の基金を5兆円程度増額し45兆円程度とする独自の議案を提出していた西村副総裁の動向になるかと思う。この独自案の理由として「震災等の影響が長期化し、企業や消費者マインドの悪化を通じて実体経済への悪影響が強まることを防ぐ観点から」であることが、白川総裁の会見で明らかにされた。

 消費者マインドを見る上では、昨日発表されたの景気ウォッチャー調査も参考となりそうである。4月のDIは現状判断が2000年1月の調査開始以来最大の落ち込みとなった先月の27.7から0.6ポイント改善し28.3となった。また、先行き判断については3月の26.6から11.8ポイントと大きく改善し38.4となり、先行き指数の改善幅としては過去最大となった。

 一時の自粛ムードの広がりはやや緩和され、サプライチェーンに関しても3月のように先行きがまったく見えない状況から、やや改善に向けた動きも出てきている。

 もちろん先行きに対して楽観視ほどの状況ではないことも確かである。福島第一原発の1号機でメルトダウンが起き原子炉に小さな穴が開いたことが発覚するなどしており、まだまだ予断を許さない状況にある。電力供給についてもかなり悲観的な見方は後退しているものの、夏場に向けては節電努力が求められるなど、景気に与える影響も小さくはない。

 経済を取り巻く環境が前回会合に比べ、それほど変化がなかった以上、西村副総裁が来週の決定会合でも独自議案を提出するであろうことが予想される。また、前回の会合では西村副総裁の独自議案は、1対8で否決されたが、今回も提出された場合には賛成者が増える可能性もありうる。前回の会合でも西村案に賛同してもおかしくない委員がいたとの観測もある。

 ただし、ここで仮に西村案に賛成者が増えたとしても、それにより日銀の追加緩和の可能性が強まったとするのは時期尚早と思われる。4月6日と7日に開催された日銀金融政策決定会合議事要旨を見ても、景気の先行きに悲観的な発言をした委員に対して、真っ向から反対意見を述べている委員がいた。白川総裁が追加緩和となる議長案を提出するためには、もう少し条件が揃う必要があるとみられる。

 それには政府による第二次補正予算の編成も大きな要素となりうる。20兆円規模とも言われる二次補正は震災復興に向けた取り組みともなり、それを日銀が追加緩和で後押しする可能性もある。それまでは余程のことがない限り、手元のカードを切ることはないのではなかろうか。

 いずれにしても来週の決定会合にむけて市場の関心はあまり高くはなさそうだが、西村副総裁の動向については注目されるものと思われる。


2011.5.13「トリシェECB総裁の後任はドラギ氏」

 これまで態度を保留していたドイツのメルケル首相がドラギ氏を支持と明言したことにより、トリシェECB総裁の後任に、イタリア中央銀行のマリオ・ドラギ氏の就任がほぼ決まった。

 5月12日付の日経新聞によると16日のユーロ圏財務省会合で総裁候補に指名され、6月下旬の欧州連合首脳会議で就任が正式に決定されて11月に就任する見通しとなっている。任期は8年となる。

 マリオ・ドラギ氏は世銀のエクゼクティブ・ディレクター、イタリア経済財政大臣、ゴールドマン・サックス副会長を経て、2006年1月にイタリア中央銀行総裁に就任している。

 マーストリヒト条約では、総裁を含むECB役員会メンバーは、ユーロ圏の国籍を持ち、金融に精通した専門家の中から選ばれる。ECB総裁の人事についてはドイツとフランスの駆け引きが行われており、初代のECB総裁はどちらにも属さないオランダ出身のドイセンベルグ氏が就任した。しかし、ドイセンベルグ氏は任期半ばで予定通り(?)に辞任し、そのあと現在のフランス出身のトリシェ氏に引き継がれた。

 3代目の総裁としてはドイツ出身者が就任するであろうことが暗黙の了解のようになっていた。しかし、トリシェECB総裁の後任として本命視されていたドイツ連邦銀行のウェーバー総裁が「個人的な理由」で4月末に辞任し、ドイツのメルケル首相の目論見が狂った。ドイツ内ではほかに有力候補はいなかったこともあり、メルケル首相もドラギ氏支持に回らざるを得なかったものとみられる。

 ドラギ氏は信用不安を抱える南欧の出身でもあり、今回のギリシャなどのユーロ圏諸国の信用不安に対してどのようなスタンスで望むのかも注目されよう。民間金融機関で働いた経験なども生かせるのではないかと思う。また、スタイルは物価重視の姿勢を取るなど、ブンデスバンクを中心とした欧州の中銀の伝統に近いものがあり、その意味でもトリシェ総裁のスタイルから大きな変化はないと予想される。

 ここで少し欧州中央銀行(ECB)の歴史を振り返ってみたい。1998年6月1日、欧州共同体設立条約(マーストリヒト条約)及び欧州中央銀行制度(ESCB、後述)および欧州中央銀行(ECB)に関する定款に基づき、欧州中央銀行(ECB)と欧州中央銀行制度(ESDB)が設立された。

 欧州中央銀行(ECB)はユーロ参加国で構成されるユーロ圏の金融政策を担っている。米国は連邦制度となっていたことから、連邦準備制度という形式での中央銀行を作ったが、ユーロ圏の経済統合の結果、ユーロシステムを構成しているそれぞれの国の中央銀行は、その役割を欧州中央銀行というひとつの銀行に委ねた。欧州の通貨統合により単一通貨であるユーロが導入され、ユーロ圏の金融政策は欧州中央銀行が行うこととなった。

 これにより、米国のFRBと並んで大きな影響を与えてきたドイツのブンデスバンクをはじめ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギーなどの中央銀行は、欧州中央銀行に対しての調査や銀行監督などの支援業務が中心となったのである。

 欧州中央銀行の政策決定については理事6名とユーロ圏の央銀行総裁13名の計19名から構成されている。米国の連邦準備制度では理事会メンバーが数の上では、地区連銀の代表者よりも多くなっていたが、欧州中央銀行では専属の理事よりも各国中銀メンバーの方が数の上で多くなっており、各国中銀総裁の影響力が大きい。このことからも、共通した金融政策を決定する難しさといったものも感じられる。これもあってか欧州中央銀行の政策決定にあたって、議事録や議事要旨、さらに票決の結果といったものは公表されていない。


2011.5.12「2010年度末の国の借金は924兆円」

 国の資金調達活動の全体像を見るための集計のひとつが「国債及び借入金残高」である。財政法28条に、国会に提出する予算には、参考のために左の書類を添附しなければならないとあり、この中に「国債及び借入金の状況に関する前前年度末における実績並びに前年度末及び当該年度末における現在高の見込及びその償還年次表に関する調書」がある。

 この財政法第28条に基づき、国債及び借入金の状況に関する残高を算出したものが、「国債及び借入金残高」である。

 この集計は国による債務、つまり国債と借入金(交付税特会借入金を含む)残高となる。2010年度末では普通国債(636兆円)と借入金等(55兆円)に、財投債(118兆円)、その他国債(4兆円)に政府短期証券(111兆円)が加わり、合計924兆円となる。ここには地方債務(地方債及び交付税特会借入金以外の借入金等)は含まれていない。

 5月11日付の日経新聞によると2011年度第一次補正予算後の財務省見通しでは、2011年度末の「国債及び借入金残高」は1002兆円になるそうである。

 参考までに日銀の資金循環統計(速報)によると、2010年12月末の家計の金融資産は1489兆円、また金融資産・負債の差額は1129兆円となっている。

 国の借金の残高は増加し続け、5年間で100兆円増加となっており、ここにきてその増加のペースが早まりつつある。第二次補正予算では国債の増発も予想されており、2011年度末の残高は1002兆円よりもさらに増加する可能性がある。さらに、その債務を支えている家計の金融資産の増加はすでに頭打ちとなっている。

 今回の震災に伴う復興のための財源としての国債増発は致し方ないところではあるが、リーマン・ショックによる金融経済ショックに続いて、震災により債務増加のピッチが早まってしまっていることには注意しなければならない。

 少なくとも来年度以降は債務残高の増加ペースを落としておかないと、日本国債を国内資金で賄えられるという状況が危ぶまれる日が徐々に前倒しされる懸念がある。一度、この臨界点が意識されてしまうと、現在のギリシャ国債のように市場から見放され、金利の急騰を招き、取り返しのつかない事態となることが想定されるためである。


2011.5.11「政策委員による国債日銀引受に対する見解」

 4月6日、7日に開催された日銀金融政策決定会合議事要旨には、日銀による国債引受に対する政策委員の意見もあった。

 「ある委員は、最近、復興財源を捻出するため、日本銀行が国債を引受けるべきとの主張が一部に聞かれるが、そうした取り扱いは、初めはうまくいったようにみえても、早晩、激しいインフレを招き 、国民生活に大きな打撃を与えたというのが歴史の教訓であり、この点について、広く理解を得る努力を続ける必要があるとの認識を示した。」

 4月7日の会見で白川日銀総裁は次のように発言している。

 「いったん中央銀行による国債引受けを始めると初めは問題はなくても、やがて通貨の増発に歯止めが効かなくなり、激しいインフレを招き、国民生活や経済活動に大きな打撃を与える」

 このある委員とは発言内容からみて、白川総裁によるものと考えられる。この意見についてはまったく同意である。日銀はすでに国債引受を行なっているので問題ないとの一部意見もみられるが、日銀乗換にしろ、国債の買入れにせよ、結果的に日銀が国債を保有することになるものの、目的はマネタイゼーションではない点に注意すべきである。

 「これに関し、複数の委員は、中央銀行による国債引受けが行われ、通貨への信認が毀損すると、長期金利の上昇や金融市場の不安定化を招き、現在、円滑に行われている国債発行が困難になる惧れもあるとの認識を示した。」

 円に対する信認と国債に対する信認はどちらも政府に対する信認となる。日銀によるマネタイゼーションとしての国債引受を行うことにより、政府の放漫財政に歯止めが効かないと意識され、それは国債と通貨である円そのものの信用を毀損する。

 「このうち一人の委員は、通貨への信認は、わが国の金融・経済にとっての重要なインフラの一角をなすものであり、国民生活の安定のためにも、そうしたインフラをしっかりと維持することがきわめて重要であると付け加えた。」

 円の信認を守るため国債の信認を低下させることをすべきでないというよりも、国債の信認そのものを維持することこそが重要である。ただし、それは政府の仕事である。通貨の番人たる日銀は円の信認維持が重要であるとの認識であろうが、この発言者は日銀出身者で、総裁以外の委員の発言ではないかとも想像される。そうとなれば山口副総裁による発言である可能性がある。

 そして、政府関係者として出席していた櫻井充財務副大臣からも次のような発言があった。

 「復興財源を日本銀行の国債引受けにより調達するとの報道等があるが、政府としてそのような検討は全く行っていない。財政法第5条において、歴史的な反省から、公債の市中消化の原則を定めていること等を踏まえれば、国債の直接引受けについては慎重に考えるべきであると考えている。」

 野田財務大臣からも同様の発言があったと思う。それにもかかわらず政府が復興財源を日本銀行の国債引受けにより調達することを検討という報道がなされたのはどういうことであったのであろうか。また、櫻井副大臣は「国債の直接引受けについては慎重に考えるべきである」としているが、財政法で禁じられている以上、国債の直接引受けについては行うことはないと言い切るべきものではなかろうか。言い切れないのは党内でそれを主張する人たちが存在しているためなのであろうか。


2011.5.10「日銀の西村副総裁にライバルがいた?」

 5月9日に4月6日と7日に開催された日銀金融政策決定会合議事要旨が発表された。4月28日の会合では西村副総裁が資産買入等の基金を5兆円程度増額し45兆円程度とする独自の議案を提出していたが、この理由は「震災等の影響が長期化し、企業や消費者マインドの悪化を通じて実体経済への悪影響が強まることを防ぐ観点から」であることが、白川総裁の会見で明らかにされていた。

 それではこの西村総裁が独自議案を提出する前の会合でどのような発言をしたのかを、この議事要旨から探ってみたところ興味深いことが出てきた。

 4月6日、7日の議事要旨の「金融経済情勢に関する委員会の検討の概要」での経済の先行きについて見てみると、何人かの委員から、先行きの設備投資や個人消費については、供給制約の解消時期や原発問題の帰趨に影響される面もあるとの指摘があった際に2人の委員がそれぞれ次のように述べていた。

 「ある委員は 、こうした問題が長引けば、マインド面への影響や、企業収益や家計所得への持続的な下押し圧力を通じて、景気は全体として、震災前に想定していた回復経路よりも下方にシフトした経路を辿る可能性が相応にあると指摘した。」

 「一方、ある委員は、やや長い目でみると、今回の震災を契機に、企業が様々なリスクを意識して生産・物流拠点の移管や複線化などを行うようになれば、サプライチェーンの復旧や毀損ストックの復元といったレベルを超えて、新たな需要が生まる可能性もあると指摘した。」

 この発言内容から見て、最初のある委員が西村副総裁であろうと想像される。それに対してもう一人の委員がその意見に対抗するような意見を述べていたのである。実はこれだけではなく、物価面に関する意見においても、ある2人の委員が異なる認識を持っていたことが次の記述でわかる。

 「ある委員は、供給面での制約が厳しくなるとともに、企業収益や家計所得への持続的な下押し圧力などを通じて、それ以上に需要が減退する可能性もあると述べた。」

 「ある委員は、需給バランスと物価に関する議論は、経済を中長期的に分析する場合には重要であるが、今回のように、サプライチェーンの寸断や電力不足が生じている状況にまで、そうした議論を当てはめることは必ずしも適当ではないとの意見を述べた。」

 これも最初のある委員が、西村副総裁である可能性が高い。その意見に対して、今度は真っ向から反対意見を述べている委員がいる。このようにそれぞれの見方の違いを出すことは重要ではあるが、どうもオブラートに包みがちな議事要旨ですら、かなり火花が散っていたような印象を受ける内容となっている。

 この意見の対立が西村副総裁の独自案に繋がったのかどうかは定かではないが、もしもこれらの発言が予想通りに西村副総裁からのものであったのならば、間接的に影響した可能性はありそうである。しかも、副総裁であろう人物にこのような反対意見を述べている委員は、やはり副総裁クラス以上の人物か、それなりに政策委員としての経験が長い委員であるのではなかろうかとも想像されるのである。


2011.5.8「復興国債を発行する意味はあるのか」

 東日本大震災の復旧費を盛り込んだ総額4兆153億円の2011年度第一次補正予算が5月2日の参院本会議で成立し、これから国債増発が不可避とされる第二次補正予算編成に向けた動きが強まるものと見られる。10兆円規模ともみられる二次補正は復興国債の発行も有力視されている。復興国債は通常の国債との別に、償還財源を将来の増税で賄い早期の償還を目指すというものである。

 しかし、巨額な政府債務を抱えている中にあり、あらたに財源を消費税を含む増税を別枠に設定して国債発行をする意味があるのであろうか。財源確保は重要であるが、それは復興国債に限ったものではなく、これまで発行されたもの、そしてこれからも発行されるであろう国債についても同様に重要である。新規国債は来年度以降も50兆円規模が発行されることが想定されているにもかかわらず、もし10兆円程度の国債増発が警戒されるような国債需給環境であるのならば、それはそれで危機的状況であると言える。しかし、現在の債券市場にはまだ消化余力は存在しているはずである。

 本来であれば今後の消費税増税などは財政健全化に向けた政府債務全体の削減のために活用すべきものである。今回の復興国債は通常の国債と同様の発行を行った上で、政府の抱える全体の債務に対する償還財源問題を検討すべきものではなかろうか。

 補正予算に伴う国債増発により、その分、日本国債が国内資金で賄えなくなるまでのタイムリミットが短縮されることは確かである。もし日本国債が国内資金で賄えなくなった場合の影響は、今回の震災による日本経済への影響を遥かに凌ぐことが予想される。一部で論じられた日銀による日本国債の引き受けは一時的な時間稼ぎとなろうが、それはその後の危機をさらに増幅させることになる。このため、今そこにある危機への対象も重要ながら、将来の危機を防ぐことも重要である。

 今回の震災を受けての日本経済を立て直し、税収を回復させることにより政府債務の危機を回避することも重要になる。震災復興と景気回復、そして政府債務の改善を同時に図ることはなかなか困難であることは理解できるが、それを今やる必要がある。これまで先送りされ続けてきた政府債務の改善についても、これまで大丈夫だから将来も大丈夫という認識は危険である。すでに債務残高が膨れ上がっている中にあり、国内金融資産そのものの伸びが止まる中、いまは国債消化に問題はなくても、年間50兆円規模もの新規国債を消化する国内の余力が、それほど何年も先まで残されているとは考えられない。

 特例公債法案を巡る攻防、さらに二次補正の財源問題について与野党でやりあうのならば、日本の現在と将来の危機を回避すべく建設的な議論が求められる。ここでもし失敗するようなことがあれば、近いうちにそれは長期金利の急騰といったかたちで市場の反乱を招くことが予想される。


2011.5.7「特例公債法案の成立の目処立たず」

 東日本大震災の復旧費を盛り込んだ総額4兆153億円の2011年度第一次補正予算が5月2日の参院本会議で成立した。

 今国会の会期末は6月22日となっており、岡田幹事長ら民主党執行部は今年度当初予算を執行するために必要な特例公債法案を成立させて国会を終えて、8月下旬以降に臨時国会を開いて二次補正を処理する案を検討と3日の日経新聞は伝えている。

 しかし、一次補正予算は賛成に回った野党各党は「菅政権への協力は一次補正まで」との立場を明確にするなど、特例公債法案が成立する目処は立っていない。もし、6月あたりまでに特例公債法が成立しなければ、その後、必要経費が賄えなくなる事態が発生しもその際には政府機関の一時封鎖(シャットダウン)の可能性すら出てくる。

 米国でも財政再建を巡って与野党が対立している結果、2011年度の暫定予算を巡っての攻防が続いている。いまのところ米国では政府機関のシャットダウンという事態は回避されているが、日本でも与野党の攻防はぎりぎりの線で進められる可能性があり、危ない賭けに出ているとも言える。

 それでなくても、震災があり通常以上に政府の役割は重要なものとなっている。震災復興に向けて与野党一丸となり対応しなければならない時に、党利党略を重視すべき時ではない。だからこそ一次補正は通したのかもしれないが、それは今年度予算そのものの財源についても同様に考えるべきであろう。

 連休明けからは、野党は特例公債法をカードに菅直人首相の退陣を迫る構えと伝えられている。しかし、今はそれを急ぐべき時なのであろうか。震災により解散・総選挙の機運はむしろ後退している。震災復興にある程度の目処が立ってから、あらためて与野党それぞれの主張を元に対決姿勢を見せて国民に問うことをすれば良いのではなかろうか。

 このまま今年度予算の財源が確保できない事態が想定されるようなことになれば、それは与野党ともに責任が生じる。特例公債法案が年度内に成立しなかった場合、6月末あたりまでは資金のやり繰りは可能と思われるが、その先はかなり厳しい状況になる。国民生活への影響も大きいであろう。さらに国債への信認にも影響が及ぶ可能性も考慮しておくべきである。


2011.5.6「牛熊ウイークリー、配信のお知らせ」

多くの方にご登録いただいておりますメルマガ「牛さん熊さんの本日の債券」に続きまして、5月6日より「牛熊ウイークリー」を毎週末にメルマガで配信します。こちらは今週の債券市況と来週の予定や債券相場の予想、さらに債券や国債、日銀などに関するコラム等を毎週末にお届けします。

これにより債券ディーリングルームの「牛熊週刊債券相場 (毎週末営業日更新)」は今後は日程だけとさせていただきます。

登録申込当月分の1か月は無料でお読み頂けます。価格は税込で月額525円です。ご登録はこちらからお願いいたします

http://www.mag2.com/m/0001275994.html

よろしくお願いいたします。


2011.5.3「西村副総裁の独自案の謎」

 4月28日に開催された日銀の金融政策決定会合では、西村副総裁が、資産買入等の基金を5兆円程度増額し、45兆円程度とする議案を提出したが、これは反対多数で否決された(賛成:西村委員、反対:白川委員、山口委員、野田委員、中村委員、亀崎委員、宮尾委員、森本委員、白井委員)。

 金融政策そのもの(無担保コールレートを、0〜0.1%程度で推移するよう促す)は全員一致で現状維持となったが、副総裁が独自提案を出したのは1998年の新日銀法施行後初めてのことである。

 これについて白川総裁は28日の会見で次のように発言している。

 「なお、会合では、西村委員より、震災等の影響が長期化し、企業や消費者マインドの悪化を通じて実体経済への悪影響が強まることを防ぐ観点から、資産買入等の基金を5兆円程度増額する議案が提出されました。これに対し、その他の委員は、現在は、3月に思い切った金融緩和を行っており、増額した基金による買入れを着実に進め、その効果を点検していくことが適当との考え方から反対しました。」

 2007年2月の会合で0.5%への追加利上げが決定された際に、岩田副総裁(当時)が反対票を投じたことがある。執行部の意見が割れたのはこの時が初めてであった。しかし、今回は議長案に反対するのではなく、独自案を出している点に注意したい。つまり、執行部の意見割れという見方を回避しながら、若干の意見の違いを示した格好となる。

 何故に西村総裁はこのタイミングで独自案を出したのか。その謎解きのひとつは4月21日の西村副総裁の講演・会見にあるかと思う。たとえば西村副総裁は会見でサプライチェーンの問題について、「特に自動車のように複雑で、3〜3.5万点という部品があり、その部品の一つ一つが様々なカスタマイゼーション・エレクトロニクスを土台としているような場合には、自動車産業がどうだという明快なお答えはできないだろうと思います。」との発言があった。細かい数字を出すなど危惧感が伺える発言である。

 そして、「概していえることは、1つは、不確実性は依然として高く先行きの見通しは難しいということ」(西村副総裁)として、6月か7月くらいにはサプライチェーンの制約は解消していくだろうと期待している、とした白川総裁(4月7日の会見より)との意見との微妙な違いを示している。

 独自案を出した理由は、このように総裁などよりもやや悲観的に震災への実体経済の影響を見ていたためもあろう。ただし、これまでもこのような微妙な意見の食い違いはあったはずである。何故、このタイミングで副総裁が独自案を出し、議長案には反対はしなかったのか、その理由はまた別にありそうである。

 ここからの見方はあくまで個人的な憶測であるが、これには3月末で須田委員が退任したことによる影響と、日銀人事、特に企画局長が5月2日付けで変わることなども微妙に影響していた可能性がありそうである。

 日銀の金融政策決定会合には透明性を高めるためにも反対意見は必要である。委員会制度上、常に議長案に賛成するというのであれば、そもそも委員会制度をとっている金融政策決定会合の意味を無くするものでもある。それぞれ専門分野を持ち、それに基づいて自らの意見を出すことも重要である。10年間の任期の中で、政策が大きく変わるタイミングで何度も反対票を投じた須田委員の行動は、決定会合がスリーピングボードではないことを示すものでもあった。少数意見が存在することにより、金融政策決定会合における討議のプロセスがより明確化され、それは金融政策の透明性も高めることにもなる(3月31日の牛熊コラムより)。

 つまり須田委員の退任により、このような反対意見が出にくくなることも予想されていた。そこで、その役割を西村副総裁が担ったのではないかとも憶測されるのである。これには決定会合がスリーピングボードとなることを危惧する日銀内部の懸念などが反映されていた可能性も否定できない。今回、議長案には反対しなかったことを見ても、総裁・副総裁間の意見割れを意識させるようなことをせずに、金融政策の透明性向上を意識した動きのようにも見えるためである。

 また、今回の西村副総裁の独自案により、日銀は今後の景気動向次第では追加緩和に踏み切る姿勢を示したことにもなる。日銀は今回、「中長期的な物価安定の理解」について、「消費者物価指数の前年比で2%以下のプラスの領域にあり、中心は1%程度である。」とし、 昨年4月の「委員の大勢は1%程度を中心と考えている」から大勢との表現を削っている。これには須田委員の退任による影響もあろう。また、震災による影響もあり、日銀がより緩和的なスタンスを強めてきていることも確かなように思われる。


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