2011.9.30「牛熊ゼミナール金融の歴史第4回 日本におけるお金の起源」
日本におけるお金と金利の起源について、歴史を探りながら見て行くことにしましょう。最近の中学生の社会の教科書などを読んでみると、昔の教科書とは、特に古代の記述が大きく変っていることに驚きます。たとえば青森県で発掘された三内丸山遺跡によって縄文時代の認識が大きく変わっています。縄文人は裸同然の格好をして主として狩猟で生計を立てていたと私たちは習った記憶がありますが、実際にはすでに縄文時代から貨幣を媒介とした財物の交換が広く行われていたことが明らかとなっているのです。
当時は、矢じり、稲や布帛など交換価値が高いと認められた財物が物品貨幣として機能していました。ただし貨幣の役割のひとつ、価値の保蔵という観点からみると、稲や布などは耐久性の面で難点があり、貯蔵に際しては倉を建てる必要があるなど余分な費用負担も問題となります。富の蓄積が進むにつれて、日本の古代でも金銀といった貴金属のほか、瑠璃玉や紫水晶など耐久性に優れた奢侈品が富の蓄蔵手段として次第に使われていきました。
金銀などの貴金属を貨幣として利用するに際には、地金などよりも一定の重量に鋳られた固まりのほうが便利です。飛鳥板蓋宮伝承地など7世紀後半の飛鳥時代を代表する遺跡のなかから「無文銀銭」と称される、小孔が穿たれただけの銀製の小円板が出土しています。この無文銀銭も和同開珎銀銭1枚と同等の価値を有する「貨幣」ではないかとする考え方が強まってきています。
708年の和銅元年にわが国最初の「公鋳貨幣」として「和同開珎」が律令制府により鋳造されました。701年に「大宝律令」が完成し、平城京への遷都の準備中でもあった矢先に、現在の関東地方の武蔵国秩父郡で和銅が発見されました。遷都などで大量の資金が必要としていた政府は、中国などに習って貨幣発行の準備していたところでもあり、政府は年号まで「和銅」と改元して、わが国最初の公鋳貨幣を発行したのです。和同開珎は唐の時代に発行された「開元通宝」がモデルとされていますが、始皇帝が銭貨を統一する際から中国で用いられた円形方孔貨となっています。この和同銅銭には1個1文の価値が付され、江戸時代末までの約1200年間にわたってわが国貨幣制度のなかで重要な役割を果たした銭貨の基礎がこれによって構築されました。
和同開珎以前に存在した貨幣として上記の「無文銀銭」と「富本銭」が知られていますが、「和同開珎」が広範囲に貨幣として流通した日本最古の貨幣として認識されています。結局この「和同開珎」は畿内とその周辺では貨幣として使われたようですが、地方では富と権力を象徴する宝物としてしか使われなかったようです。
和同開珎が作られた後、奈良時代から平安中期にかけて12種類の銅銭が公式に鋳造されました。これが皇朝十二銭と呼ばれているものです。いずれも形は円形で中央に正方形の穴が開いている円形方孔貨です。また、銅銭以外に銀貨として和同開珎銀銭や金貨として開基勝宝も作られましたが、広く流通することはなく、通貨としての機能は発揮されませんでした。
皇朝十二銭を発行順に並べると、和同開珎(708年)、万年通宝(760年)、神功開宝(765年)、隆平永宝(796年)、富寿神宝(818年)、承和昌宝(835年)、長年大宝(848年)、饒益神宝(859年)、貞観永宝(870年)、寛平大宝(890年)、延喜通宝(907年)、乾元大宝(958年)となります。
皇朝十二銭が発行された目的は、唐の開元通宝を手本に、日本における貨幣制度を整えることでしたが、もうひとつ平城京遷都などに伴う公共事業費のための財源作りも大きな目的となっていました。貨幣1文は平城京造営などの使役に対する1日分の労賃に相当し、原料の銅素材に対して3〜5倍に相当する高い価値が与えられたそうです。
しかし、私鋳銭と呼ばれる偽金を造る者が多く現れたことや、飢饉による米価の高騰に加え、材料となる銅の不足などから銭貨が小型化し、粗悪な品質の銭が次々に発行されたことで、銭の価値はしだいに下落していきました。
平安時代に編纂された歴史書「日本紀略」に、987年に15の寺院で80人の僧が7日間にわたり銭貨の流通を祈願したとの記述があるように、粗悪となった銭は次第に使われなくなり、また政府による大規模な公共事業もなくなってきたことで、次第に銭を発行する意義が薄れ、乾元大宝を最後に皇朝十二銭の鋳造が取りやめとなりました。
これ以後、豊臣秀吉が貨幣をつくるまでの約600年の間、日本では統一した貨幣は造られませんでした。
2011.9.30「IMFによる日本への警告」
IMFが9月20日に発表した「財政モニター(要旨)」をもとに、日本に関する指摘を確認してみたい。
「ユーロ圏では、多数の国が、多額の赤字の削減と中期的計画の明確化において順調に前進し、財政機関の強化にコミットしている。それにもかかわらず、イタリアやスペインなど比較的大規模な国で、国債のスプレッドが大幅に上昇した。これは、市場心理が急変する可能性を示している。日本と米国は、財政調整計画の提示および実施においてさほど前進していないが、金利は歴史的な低水準にとどまっている。」
「日本と米国は、金融市場の圧力がユーロ圏に拡大した速さやその影響力を戒めとすべきである。日本と米国の低金利は、国内および機関投資家の大規模な基盤など、急激には変化する可能性が低い構造的要因が一因である。さらに、赤字、債務比率、予測される年齢に関連した支出の伸び(米国)といった標準的な財政指標の多くが、大きな市場圧力下にある多くの欧州諸国と同水準となってはいるものの、両国政府が投資家から得た多大な信用を反映している。しかし、両国の信頼性は、十分に詳細かつ意欲的な、赤字および債務の削減計画が導入されなければ、突如弱まる可能性がある。」
どうやらIMFは日本と米国について、非常に似たような状況にあるとみなしているようである。ここでは財政調整計画と約されているが、財政健全化策や財政再建が日本では一向に進められていないことは明らかである。もちろん、今回の東日本大震災の影響もあるが、それ以前に日本が財政健全化を進めようとするたびに、バブル崩壊とその後の不良債権問題、リーマン・ショック等々によりそれが頓挫してしまい、健全化の先送りが続いている状況にあることは確かであろう。
「日本と米国は、金融市場の圧力がユーロ圏に拡大した速さやその影響力を戒めとすべきである」とのIMFの警告は、真摯に受け止める必要がある。日本では国内資金で政府債務のほとんどが賄われており、巨額の国内資金を運用する国内機関投資家の存在が日本国債の大きな受け皿となっている。この構図が急激に変化する可能性は当然ながら低い。
さらに日本と米国の国債については、両国政府に対する投資家からの多大な信用(credibility)が反映されていることも、日米の長期金利が歴史的な低水準にとどまっている大きな要因となっている。
しかし、IMFが警告しているように、両国の信頼性は、意欲的な財政再建をすすめることがなければ、突如弱まる可能性がある。信用や信頼性は築き上げるにはかなりの時間を要するが、それが崩れ去るのは、ギリシャの事例を見てもあきらかなように、瞬時である。
「日本については、災害救援および復興が当面の主要優先課題だが、国が直面する課題を反映した目標を伴った、より詳細な中期的計画も必要である。当局は、10年後を目処に債務比率の引き下げを行うとした、重要な措置の実施を掲げている。しかし、税制改革をさらに進めるなど調整を早め、10年後ではなくその半ばを目処に、債務比率の引き下げを開始することが適切である。」
日本政府は2015年度までに基礎的財政収支(プライマリー・バランス)の赤字幅を半減し、20年度までに黒字化するとの目標を掲げているが、たとえ消費税が10%に引き上げられたとしても、この目標を達成することはすでに困難な状況にある。
現在、日本の長期金利の水準や国債の消化状況を見る限りにおいて、日本国債に対する信用は揺ぎ無いものとなっている。しかし、何かしらのきっかけでその信用が崩れ去る可能性が存在する。日本に対する信用を今後も強固なものにさせ続けるためには、何をすべきであるのかを、特に日本の政治を担う者は常に認識しておく必要があろう。
2011.9.29「牛熊ゼミナール金融の歴史第3回 金利の起源」
世界史の中での金利の起源は、古代文明発祥の地の1つとされているメソポタミアにあったと言われています。この時代、すでに寺院や土地所有者による利子付きの貸し出しが行われていました。そもそもの利子の起源は、農業が始まった頃の「種籾(たねもみ)」の貸し借りによるものとされています。農民に対し神殿などが蓄えた種籾を貸し出し、それを借りた農民は借りた籾の量に3割程度上乗せして神殿に納めていました。これが利子の始まりとされているのです。
メソポタミアのバビロンの商人は遠方との交易を活発に行なっており、バビロンの金持ちは妻子や財産を担保にとって、商売の資金を貸しつけていました。たとえばバビロンのエジビ家では他人から預金を受け入れて、それを使うのではなく、自己の資金から貸付を行っていたとの記録もあります。さらにメソポタミア文明の象徴とされるハムラビ法典では、銀の貸付利率の上限を20%と定め、借り手に銀のないときは銀対穀物の交換レートにしたがって、穀物で支払うことが出来ると記されています。さらに、古代バビロンでは、すでに複利による利子の計算が行われていました。
ギリシア期にはアリストテレスが「憎んで最も当然なのは高利貸しである」と言ったように、商品を媒介せずに利子をとる貨幣の貸し付けを批判していました。すでにギリシアでは安全な保管を目的に、貨幣と地金の預託を受け入れ、契約により決まった一定の利息を支払うという個人商人が生まれていたのです。
アリストテレスのように哲学者の多くが利子に対して批判的な見方をしていたのに対し、ソクラテスの弟子であるクセノフォンは、すべてのアテネ市民が利息収入を共有できる安全保管機関を設立しようとするなど利子に関しては好意的に見ていたものと思われます。
ちなみに「economy」という英語の語源であるギリシヤ語「オイコノミア」は、このクセノフォンが用いたものです。「オイコノミア」とは、「家」を意味するギリシア語の「oikos」と、「法律・法則」を意味する「nomos」が合成されたものです。
旧約聖書では、「貧者」と「同胞」への利子は禁じていますが、お金を貸すことや利子を取ること自体は禁じられてはいません。しかし、利子を取ることは、ギリシアの哲学者たちと同様に、あまり好意的には取られていませんでした。新約聖書の中では、イルサレムの神殿には、そこを訪れる商人のために貨幣を両替し、預けられたいかなる貨幣にも利息を支払う両替商人がいたとの記述があります。
イスラム教では利子を取ることそのものが禁じられており、このためイスラム金融では利子ではなく、商品取引などから生じる利益や投資を行った結果の配当といった形態が採られています。
共和制および帝政ローマ時代にはすでに両替商がおり、国家や貴族のための税金の処理や、債権者との貸借勘定の決済などを行っていました。貨幣を扱う商人は、預けられた貨幣に対して利子を支払い、両替にも従事していました。
2011.9.29「ねじれの問題」
9月21日のFOMCで、残存期間6〜30年の財務省証券4000億ドルを買い入れ、残存期間3年以下の財務省証券を同額売却するというプログラムを決定した。これは1961年のケネディ政権下で、ドル防衛のため短期資本を流入させることを目的として短期金利の上昇を促すとともに、設備投資促進などによる景気対策としての長期金利低下の両方の効果を促すため行なわれたことがあるツイスト・オペもしくは、オペレーション・ツイストと同様の手段である。
ただし、ニューヨーク連銀はステートメントでこのオペレーションを「Operation Twist」ではなく、「Maturity Extension Program」と呼称した。つまりFEDの保有する財務省証券の残存期間を延長させるプログラムということである。
これは1961年のプログラムとは、目的等がやや異なることもあろうが、そもそも「ツイスト」という言葉がすでに死語に近いものであるため、使うことを避けたのではないかと想像される。
1961年のケネディ政権下で実施されたツイスト・オペのツイストとは、当時流行していた上半身と下半身を逆にねじるツイスト・ダンスが名前の由来といわれている。我々世代には、ツイスター・ゲームなどでツイストと言う言葉に馴染みはあったが、現在はほとんど使われていない。現在、ツイストと同様の意味で使われている日本語は「ねじれ」であろうか。
「ねじれ」という言葉でまず連想されるのは「ねじれ国会」であろう。現在、衆議院で与党が過半数の議席を持つ一方で、参議院では野党が過半数の議席を維持するという状態となり、ねじれが生じている。これにより、政権運営が滞るといった弊害も生じている。2011年度の公債特例法案が8月26日になってやっと可決成立するなどしたことも、ねじれ国会の弊害といえよう。
「ねじれ国会」は米国も同様であり、下院では共和党が過半数を握り、上院は民主党が過半数を上回っていることで、日本と同様のねじれ状態となっている。これにより債務上限引き上げ問題が生じることになった。
そして、現在、最大の関心をもたれている「ねじれ」は欧州であろう。債務問題を抱えたギリシャなどの南欧諸国と、それを救済する立場にあるドイツやフランスとの間に溝が発生し、ユーロそのもののシステムがねじれ状態となっている。
ツイスト・ダンスがどれだけ健康に良いのかはわからない。また、FEDのツイスト・オペがどれだけ有効な政策であるのかは定かではないが、多少なりとも効果はあると判断した結果ではあろう。ただし、ツイストした状態にある国会や欧州などは、あまり良い状況にあるとは思えない。
特に欧州のねじれ問題は、世界の金融経済に大きな影響を与えかねない。すでにリーマン・ショック以上の影響が出る可能性も指摘されている。そのキーとなっているのがドイツであろうか、ドイツ国内でも政府と国民の意識の間で、ねじれが生じつつあり、なかなか動きが取りづらい状況にある。
ねじれを解消するのはかなりやっかいではあるが、ねじれが強まればそのままプツンと切れてしまう可能性もある。そうなれば、非常に大きなショックが生じる可能性があるため、ねじれ状態を少しでも解消すべく、特に欧州では地道な努力が求められよう。
2011.9.28「牛熊ゼミナール金融の歴史 古代のギリシャ・ローマ・中国の貨幣制度」
紀元前6世紀頃のギリシア期において、貨幣使用を中心とした貨幣経済化が進みました。世界で始めて鋳造貨幣を造ったリディア人によりギリシアに貨幣がもたらされ、各ポリス、地域ごとに貨幣が発行されました。貨幣制度の普及により、商業が盛んになり商業に従事する富裕な平民もあらわれたのです。
さらに紀元前4世紀に行なわれたアレキサンダー大王の遠征により、東西交易が活発化し、遠征によりペルシアの金銀が大量に持ち込まれたことで貨幣が増加するとともに、ギリシアの貨幣が中央アジアやインドにも伝わったのです。
ローマでは、ローマ最古の成文法と言われる十二表法(BC450年)に罰金などが銅の重量単位で表されていましたが、鋳造貨幣が作られたのは紀元前3世紀頃と言われています。紀元前46年頃にカエサルのもとで行なわれた鋳造策などによって、貨幣体制は整ってきました。
ローマの初代皇帝となったアウグストゥスは、紀元前23年にマエケナスに命じて通貨制度改革を実施し、ローマでの貨幣体系が確立しました。1アウレリウス金貨と25デナリウス銀貨、そして100セスティルティウス銅貨マエケナスの価値を同じものに固定しました。アウグストゥスは金貨、銀貨の発行権は独占しリヨンで発行されたものの、銅貨については元老院に発行権を残しローマで鋳造されてきました。
これ以降、デナリウス銀貨は次第に地中海世界に広く流通いるようになりました。ローマの金貨がインドに流出するようになり、またシルクロードを使った東西交易が行われたことで、ローマの貨幣は現在の中東からアジアでも発見されています。
ローマ帝国の収入は主に属州からの税でしたが、それだけでは巨大な軍事費や貿易に関わる費用などは補いきれず、不足分はスペインの銀山から産出される銀に頼っていました。3世紀ころから、皇帝たちの争いで国が乱れ、軍事費の増大などの支出が拡大し、さらにスペインの銀山の産出量が減少しインフレが進行しました。しかし、3世紀後半になるとむしろ金利の低下現象が起きており、インフレというより当時の主力産業である農業への年意欲の減速でデフレが進行していたのではないかと塩野七生氏は「ローマ人の物語」で指摘しています。
カラカラ帝はデナリウス銀貨2枚に相当する新しい銀貨を発行しましたが、これがカラカラの本名にちなんでのアントニニアヌス銀貨と呼ばれているものです。この銀貨の銀の割合はすでに50%程度に低下していましたが、それからさらに半世紀以上経過した際には5%以下になっていました。四分割統治で名高いディオクレティアヌス帝は、通貨の改革を行い、通貨の安定を図る目的で301年に1000品目以上の物品やサービスについて最高価格令を発布しました。
4世紀にはローマにおいてソリドス金貨、シリカ銀貨、フォリス銅貨などが発行されましたが、銅貨は次第に小さくなり、1グラムを切るものまで出てきました。312年にコンスタンティヌス大帝が発行したソリドス金貨は長い期間に渡り高い純度を維持し、その後11世紀末まで東地中海世界の標準貨幣として使われました。ノミスマとも称されたソリドス金貨は中世のドルとも呼ばれているように当時の基軸通貨となっていました。また、中世フランスや南米などで使われた通貨ソル(Sol)、中世イタリアで使われたソルド(soldo)、中世スペインで使われたスエルド(sueldo)などはこのソリドス由来するとされ、ドルのマークが$であるのも、ソリドス(Solidu)にあやかろうとしたものとも言われています。
395年、ローマ帝国は東西に分裂、これ以降再び統一されることがなく、476年には西ローマ帝国が滅亡しました。11世紀になると東ローマ帝国は異民族との争いに加え内乱が続発し、封建化の進行などによって皇帝領が減少し国庫が困窮化しました。このため、金貨の品質を低下せざるをえなくなり、90%以上の純度のあったソリドス金貨は、1080年あたりになると30%程度に純度が低下し、1092年についに発行されなくなったのです。
中国の最初の鋳造貨幣は、春秋戦国時代に作られた貝貨のような形をした蟻鼻銭(ぎびせん)と言われています。その後、中国では現在日本で使われている五円硬貨や五十円硬貨のように円の中央に丸い穴があいている円形円孔貨や、中央に四角い穴があいている円形方孔貨などが使われました。
これらの貨幣は中国各地でバラバラに使われていましたが、紀元前221年に中国を統一した秦の始皇帝は、秦で用いられていた環銭の形に銭貨を統一し、すでに発行されていた「半両銭(はんりょうせん)」という円形方孔貨に統一されることになりました。この秦の半両銭には半両という漢字が刻まれていますが、ちなみに半両の両とは重さの単位です。
ただし、実際に中国で「半両銭」による貨幣統一が実現したのは、秦王朝の滅亡後の漢王朝になってからでした。つまり楚の項羽との覇権争いに勝利した高祖・劉邦に引き継がれたのです。漢王朝は貨幣の鋳造を民間に委ね、「半両銭」への貨幣統一を実現しました。これには民間の銅製武器を銭に変えるという効果もあったようです。
118年に前漢の武帝は、半両銭に変る「五銖銭」を発行しました。この「五銖銭」はその後、唐で641年に「開元通宝」が登場するまで、約700年余りにわたり通用し、中国史上最も長期にわたり流通した貨幣と言われています。
そして618年に建国された唐の時代に鋳造・発行されたのが「開元通宝」です。10銭が24銖、1両と同じ価値とされ、これ以降、貨幣の名称は重さではないものが刻まれてゆきました。「開元通宝」も唐の時代を通じて約300年間鋳造されました。「開元通宝」は日本の「和同開珎」のモデルとも言われ、日本を含めた東アジアに影響を与えました。
このように。古代において「ソリドス金貨」や「五銖銭」、「開元通宝」などの通貨が数百年にわたり使われていたことはたいへん興味深い事実です。何故、これらの通貨は数百年にわたって信用を得ていたのでしょうか。2007年以降の世界の金融危機を見ても、信用が崩れさるのはあっと言う間であり、その信用を長きにわたり維持させることは並大抵のことではありません。信用維持のための対策としては、もっと昔に目を向けてみると、あらたな発見があるかもしれません
2011.9.28「投資家の公社債売買高が急増」
9月27日の日経新聞に、「公社債売買高 初の100兆円超」との記事があった。この内容をあらためて検証してみたい。
この記事によると国債を中心とする公社債の売買高が、8月に初めて100兆円を超えたとある。この数値は日本証券業界が発表している公社債投資家別売買高が元になっており、このうち債券ディーラー・短期証券を除いたものである。
つまり、毎月20日に発表されている月間の公社債投資家別売買高から、短期証券の売買と、債券ディーラーの分も除いた、いわゆる投資家による国債を中心とした公社債の売買高が100兆円を超えたということになる。
この公社債投資家別売買高のデータは1998年1月からの数字がアップされており、過去の数値を検証してみると、確かにこれまで投資家だけで公社債売買高が100兆円を超えた月はなかった。
1998年から毎年の月間平均の投資家の公社債売買高を算出してみたところ、1998年1月から12月の平均は36兆円程度であったものが、徐々に増加し2002年に55兆円程度、2006年に63兆円程度、そして2010年に71兆円程度に増加した。
そして2011年に入り、4月あたりから売買高が急増し1月が56兆円規模であったものが、4月に83兆円程度、そして6月に94兆円程度まで膨らみ、7月は80兆円程度に落ちたが、8月に101兆9034億円と統計上、過去最高を記録したのである。
投資家別にみると2011年8月に月間売買高が1998年の統計開始以来最高となっていたのが、都市銀行、地方銀行の売買高であった。特に都市銀行は8月に40兆円を超す売買高となり、全体の売買高の増加に大きく寄与している。
海外投資家については8月は14兆円程度と2007年8月に記録した過去最高の26兆円規模に比べてむしろ見劣りしており、海外投資家が積極的に売買を行なっていたわけではなさそうである。
8月は債券相場のレンジそのものは大きくはなかったものの、日々の変動幅はそれなりにあったことで、都市銀行を中心に入れ替え等の売買を積極的に行なっていた可能性がある。
9月は中間決算期末要因もあり、多少、売買高は減少する可能性はある。しかし、今後も欧州の債務不安は燻り続けており、また、世界的な景気減速懸念などもあり、日本の債券市場は当面高値圏でのもみ合いが予想される。このため、ふき値売りと押し目買いが繰り返されることで投資家の売買高は高水準を維持すると予想される。
2011.9.27「牛熊ゼミナール金融の歴史 物品貨幣から鋳造貨幣へ」
原始時代を描いたマンガなどに出てきたお金といえば石でした。古代においては、石も実際に使われていました。また、古代中国やインドではお金として「貝」が使われていたことが知られています。ほかの国では「骨」や、「家畜」、「毛皮」、「穀物」、「塩」などが貨幣として使われていました。
古代にお金として使われていたものは、共同生活において利用価値が高いことや、貴重なもの、さらに保存がきくといったものが選ばれていました。これらは「物品貨幣」とも呼ばれています。
文献などに残っている世界最古の貨幣は、古代中国の殷王朝(紀元前1600〜1046年)で貨幣として使われた「子安貝」と言われています。「子安貝(タカラガイ)」は、当時たいへん貴重な貝の種類でした。貝という漢字も、タカラガイのなかの「キイロダカラガイ」という種類の形から生まれた象形文字です。このキイロダカラガイやハラビラダカラガイが古代中国の殷王朝で「貝貨」として使われていたのです。貨幣とか経済に関しての漢字には、「買」「財」「貴」「賓」といったように貝のつくものが多いのも、古代中国で貨幣として使われていたことに由来すると思われます。
貝殻のように保存がきくということが、「お金」の重要な機能のひとつとなっています。保存が効くということは、価値を貯蔵することが可能となります。その後、お金の役割をしていた貝は、やがて自然のものから貝を真似て作られた銅製品に変化しました。銅や銀は貝などに比べて耐久性が優れている上に、運搬性にも優れているため、次第に金属が貨幣素材に利用されるようになったのです。
その後、商工業などの発達に加え、銅や銀の産出や加工といった技術の向上により、金属貨幣が幅広く使われ始めました。メソポタミアでは銀を貨幣の代わりとしたとの記録が残っています。
金や銀、銅などの貴金属金属は腐ったりすることがなく耐久性があり、他の金属を加えることで硬くなり、また分割したり足し合わせたりすることが比較的簡単にできます。さらに少量でも交換価値が高いことで持ち運びにも便利です。
しかし、「お金」という言葉に含まれている価値の高い「金(きん)」の場合は、王家など支配者の政治的権威を示す装飾品として利用される傾向が強く、昔は貨幣素材に使われることは案外と少なかったそうです。
当初使われた金属貨幣は貴金属の固まりや砂金といった計量を計って用いられたことで、「秤量貨幣」と呼ばれました。ただし秤量貨幣は、その品質を調べ、重さを量る必要があるなど不便な面がありました。そのため大きさや重さ、さらに混合物の量がきちんと決められたお金である「鋳造貨幣」が造られるようになったのです。
鋳造貨幣は秤量貨幣と異なり、重さによって価値が決められるのでなく、個数によって価値が決められる貨幣です。それゆえに個数貨幣、又は計数貨幣とも呼ばれています。鋳造とは鋳型に融かした金属を流し込んで製造ことで、量産がしやすく複雑な形状のものでも作る事が可能となります。こうして現在、使われているコインの原型が生まれたのです。
世界における最初の鋳造貨幣は、紀元前7世紀ごろに現在のトルコ西部に位置するリディアで発行されたエレクトロン貨とされています。
この素材となったのはエレクトラムと呼ばれた金銀の天然合金です。自然の中で採掘される金にはいくらかの銀などが混ざっていますが、その中でも銀の含有量が20%を越えるものをエレクトラムと呼んでいます。これは普通の金と明確に区別されて「琥珀金」とも呼ばれていますが、その色彩や輝きといったものが琥珀に似ていたためです。
琥珀を意味するギリシア語の「エレクトロン」は半透明で黄金色のコハクが太陽(エレクトル)を連想させることから命名されました。こうしてこのエレクトロン貨は、金塊に人物や動物の絵を打刻してつくられ、この様式がギリシアやローマ以降の西洋式貨幣の基礎となりました。
琥珀といえば、古代の琥珀の中の蚊から恐竜のDNAを抽出して恐竜を復活させるという映画「ジュラシック・パーク」を思い浮かべる方もいるかもしれません。琥珀は古代の樹脂が地中で化石化したものです。琥珀は布などでこすると静電気が発生することで、16世紀イギリスの科学者で電気を発見したギルバートは、この琥珀の性質にちなんで電気をエレクトロニクスと名づけました。
お金の歴史から少し話題が逸れてしまったかに見えますが、実は現在のお金はその交換機能や保管機能がこのエレクトロニクスによってさらに発展し、現金通貨から電子マネーへと姿を変えつつあるのが、現在の「お金」の姿でもあるのです。
2011.9.27「復興債発行にかかわる国債増発の行方」
24日付けの日経新聞によると、政府は東日本大震災からの復興資金を調達するために発行される復興債(国債)について、原則として2022年度末までに償還を迎える仕組みにする方向で検討に入ったそうである。
この復興債はこれまでに発行された国債との発行根拠法が異なるものとなる。つまり60年償還ルールが適用される建設国債や赤字国債とは異なり、11年程度で調達資金を完済する枠組みとなるようである。
現在の国債発行の方式では、特に建設国債や赤字国債、そして借換債、財投債は別々に発行されているのではなく、毎月の入札に絡んでそれぞれ各年限に振り分けられている。
たとえば9月に発行された10年国債は、財政法(昭和22年法律第34号)第4条第1項及び平成23年度における公債の発行の特例に関する法律(平成23年法律第106号)第2条第1項並びに特別会計に関する法律(平成19年法律第23号)第62条第1項が発行根拠法として記載されている(財務省のサイトより)。
つまり、これは財政法により発行される建設国債、特例により発行される赤字国債、そして特別会計に関する法律によって発行される財投債となる。それぞれの発行金額は財務内で管理され、トータルとして発行根拠法別に年度の発行額に合うようになっている。
つまり、復興債という国債についても、11年満期の国債が新たに発行されるわけではなく、最終的に11年程度で償還されるように振り分けられる。これは裏を返せばその分は11年以上の期間の国債、つまり20年債や30年債といった超長期債では発行されないということになろう。
復興債の発行額については、今後本格的な審議が行なわれる第3次補正予算の規模などによるが、10.5兆円規模ではないかとの観測が出ている。
復興債の発行ではあらかじめ設けている約8兆円の国債の追加発行枠の一部を使う方針と伝えており、今年度分としてすでに発行されている前倒し債の調整分として計上している8兆3893億円の一部を充てることになる。この前倒し債には、出納整理期間中に発行を予定していた2兆円の発行を税収の上振れ等によりとりやめたことで、さらに2兆円分含まれることもあり、その分もバッファーとなる。この分、国債の市中消化額の規模を抑えることが可能になる。
ただし、上記の部分は来年度以降の国債発行のためのバッファーとして生かす必要もあり、全額を今回使い切ることはできない。しかし、これとは別に第2非価格競争入札の年度計画に対する上振れ分などもあることで、市中消化についてはかなり抑えられる見込みである。市場が今年度の中で、どの程度の増発が許容できるのかも探りながら、復興債の発行に係わる増発額が今後、決められていくものと予想される。
この増発額については、それほど大きなものにならないと予想され(数兆円規模か)、さらにそれによる増発は中短期債主体になるのではないかとの観測も出ている。日銀による包括緩和政策は当分続けられることが予想されることもあり、中短期ゾーンには発行余力は十分にあるとみられ、ある程度の国債増発があってもその消化には問題はないと思われる。
当面は復興債に係わる増発観測で中期債の上値が抑えられる可能性はあるものの、今後の国債需給に対しての影響はそれほど大きくはないと予想される。
2011.9.23「ツイスト・オペの効果は一時的か」
9月21日のFOMCでは、残存期間6〜30年の財務省証券4000億ドルを買い入れ、残存期間3年以下の財務省証券を同額売却するというプログラムを決定した。これは1961年のケネディ政権下で、ドル防衛のため短期資本を流入させることを目的として短期金利の上昇を促すとともに、設備投資促進などによる景気対策としての長期金利低下の両方の効果を促すため行なわれたことがあるツイスト・オペもしくは、オペレーション・ツイストと同様の手段である。
ただし、今回のFRBによるツイスト・オペの主たる目的は、ドル防衛はさておき、より長期の金利に下向きの圧力を加えることにある。今回、住宅ローン市場の状況を支援するため、エージェンシー債(政府機関債)とエージェンシー発行モーゲージ債(MBS)の元本償還資金をエージェンシー発行MBSに再投資することも決定したが、これは住宅市場への梃入れでもあり、ツイスト・オペも同様の効果を期待してのものであろう。
この決定が発表されたあと米債は長い残存期間のものが買い進まれ、米10年債利回りは1.86%近辺に低下し、30年債はさらに買われて3%割れとなった。市場では4000億ドルという予想を上回る金額にも反応した面がある。
しかし、すでに米国の長期金利は過去最低水準近くにあり、ここからさらに低下したとしても金利の下げ余地は限られている。ただし、FRBは今回のFOMCでも、現在の経済環境が続けば、少なくとも2013年半ばまで、FF金利を異例の低水準とすることが正当化される可能性が高いとの予想を声明文に出しており、米国の金利環境は当面維持されることが見込まれる。
果たして今回のツイスト・オペはどの程度の効果があるのか。1999年2月に日銀の決定会合で、ツイスト・オペの効果について「ツイスト・オペは効かないというのが過去のいろいろなデータから平均的に出ている結果のような気がする」(植田審議委員、当時)、「長期金利にはやはり様々なエクスペクテーションが全て流れ込んでくる訳であるし、それを金融政策にとって都合の良い方向に誘導していくことは極く短期にはともなく、サスティナブルなベースでは出来ないのではないか」(山口泰副総裁、当時)との発言もあった。
当然、FRBも過去のツイスト・オペについては検証済みであろう。それでも今回、ツイスト・オペの実施を決めたのはほかに有効な手立てがなかったためというのが本音ではなかろうか。アナウンスメント効果も意識したと思われるが、21日、22日の株式市場はむしろ急落しており、これを見る限り裏目に出た可能性がある。
前回に引き続き今回もダラス連銀のフィッシャー総裁、フィラデルフィア連銀のプロッサー総裁、ミネアポリス連銀のコチャラコタ総裁の3人が反対票を投じている。フィッシャー総裁は9月12日の講演後に、米経済が直面する問題があまりにも大きいため、その対応をめぐる当局者の意見は今後も分かれ、反対票が増えるとの見方を示したが、今回、反対票が増えることはなかった。
中央銀行による国債買入などの非伝統的政策による望ましくない可能性として、「金融緩和が過度のリスクテイクや過剰な設備投資を促すことで、中長期的に景気の振幅を拡大したり、無規律な金融緩和が予期せぬタイミングで通貨に対する信認を喪失させたり金利高騰を招くという懸念」もある(宮尾日銀審議委員)。
そのあたりのリスクにも配慮すれば、非伝統的政策への踏み込みも慎重さが求められる。そんな悠長なことを言っていられる経済環境ではないとの声もあろうが、中央銀行の金融政策はあくまで側面支援であることを認識しておく必要もあろう。
2011.9.22「歴史で振り返る中央銀行と国債との関係」
世界史の中において、国債と中央銀行の誕生には大きな関係がある。16世紀に現在のオランダで国債の発行制度が形成された。オランダのハプスブルグ家のカール五世はフランスとの戦争のために巨額の資金が必要となり、領地であったネーデルランド連邦ホラント州の議会に元利金の返済のための税収を与え、その議会への信用を元にして国債の発行制度を確立したのである。
1688年、カトリック国教化をはかるジェームズ二世の専制に対し、イギリス議会はオランダからオレンジ公ウィリアム三世を招請した。オランダ軍を率いてイギリスに上陸したウィリアム三世はジェームズ二世をフランスに追放し、妻メアリ二世とともに王位についた。いわゆる名誉革命である。これにより、権利章典が定められ、立憲君主制の基礎が確立された。
ウィリアム三世はイギリスに渡る際にオランダの最先端の金融知識を有する金融業者を連れてきたことにより、英国で金融改革が進むこととなった。名誉革命により予算に関する議会の干渉と統制が強化された。そして、課税や法制定には議会の承認が必要であると決めた。フランスとの戦争の費用調達に苦慮していた当時の政府は特定の税を担保とする借入、つまり国債発行を承認することとなり、1692年に国債発行に関する法律が議会を通過した。これにより法律に基づいて議会の保証が付与された国民の債務であるところの国債が発行されたのである。これにより、現在の国債制度が誕生したと言える。
そして、1694年にフランスとの戦争の費用調達に苦慮していた当時の政権を財政的に支援するため、民間から出資を募りその全額を国庫に貸し上げる代償として、出資者たちが設立したのがイングランド銀行である。
当初、イギリスの国債の保有者はごく一握りの特権会社に限られていた。イングランド銀行は、特権会社である東インド会社や南海会社がイギリスにおける国債の保有者となり、政府を支援した。しかし、その後の南海バブルの崩壊によって、この図式が崩れ、幅広い投資家を対象とした体制への変化が求められた。このため本格的な国の予算管理なども整えられ、さらなる国債の流動性の確保などが進められていった。
このように欧州での中央銀行制度と国債制度の成立は大きな関わりがあった。しかし、その後の歴史を経て、中央銀行による国債の直接引受けは禁止されることになる。これは第一次世界大戦後のドイツ、太平洋戦争後の日本などがその教訓を生かして、法律で中央銀行による国債の直接引受けを禁止するようになったのである。
しかし、日本のバブル崩壊、そして2008年のリーマン・ショック、さらに2010年のギリシャ・ショックを経て、日米欧の中央銀行は再び国債の買取機関のような状態となってきている。
日銀は現在毎月1.8兆円の国債買入と包括緩和策による国債買入を行い、イングランド銀行は2009年3月5日の金融政策委員会において量的緩和策として英国債の買い入れを行なった。ECBも2010年5月に国債の流通市場に介入することを発表し国債買入を実施した。一時、中断されていたが今年8月からイタリアなどの国債の買い入れを再開している。そして、FRBは2010年11月に2011年6月末まで米国債を6000億ドル追加購入するという、いわゆるQE2を行なった。そして、21日に6〜30年国債を買い入れ、償還期限が3年以下の国債を同額売却するというツイスト・オペの実施を決定した。
ただし、中央銀行による国債買入に対してはECB内ではドイツ出身者などから反対の声が上がり、また米国FOMCメンバーもQE3導入については賛同者は小数派とみられている。イングランド銀行でも量的緩和拡大を主張しているのは現在のところポーゼン委員だけとみられている。
中央銀行と国債の関係は、その設立過程から関わりを持っていたが、中央銀行が国債との関わりを強めれば強めるほど、過去の歴史を振り返っても、その弊害が生じる恐れがある。
ここにきて中銀関係者がさらなる国債買入に躊躇し始めているのも、その教訓が頭にあるためであろう。しかし、それに対して日米欧ともに財政が逼迫して動けないという事情も抱えるため、中央銀行頼りの姿勢が強まっていることも確かである。
現在の日米欧の中央銀行と国債の関わりが、今後の歴史にどのような影響を与えてくるのかは定かではない。しかし、歴史を振り返る限り、このまま中央銀行への国債の依存度が高まるようなことになれば、悲劇が繰り返される可能性はないとは言えまい。
2011.9.21「2011年6月末現在の日本国債の保有者」
日銀は20日に4〜6月期資金循環統計速報値を発表した。これを元に2011年6月末現在の日本国債の保有者をチェックしてみた。
その前に日本の家計の金融資産の総額を確認してみると、2011年6月末現在、1490兆8593億円となっている。2011年3月末の1476兆4036億円(速報値)に比べてやや増加している。金融資産と負債差額では6月末現在、1138兆3508億円となっている。
資金循環統計上の国債残高は6月末現在、738兆2782億円である。このうち銀行や郵貯など民間預金取扱機関が283兆7722億円保有している。全体に占めるシェアは38.4%となり、参考までに3月末(速報値)に比べ2兆5558億円の減少。
民間の保険・年金が180兆3975億円の保有でシェアは24.4%、3月末(速報値)に比べ5兆770億円の増加。
以下同様に、公的年金が71兆3559億円、9.7%、3月末比2兆5295億円減。日本銀行が62兆2951億円、8.4%、2兆256億円増と続く。
そして、海外は42兆1162億円保有しており、3月末比5兆6056億円の増加となり、そのシェアも3月末の5.0%から6月末は5.7%に増加している。欧州の債務不安により、日本国債に海外投資家からの逃避的な資金が流入していたことがこれからも確認される。
投信など金融仲介機関は40兆6430億円の保有、シェアは5.5%、3月末比でこちらも4兆6948億円ほど増加している。
家計は30兆3839億円、シェアは4.1%、3月末比で7370億円の減少。ただし、家計の主な保有国債と思われる個人向け国債については、7月発行分から10年変動タイプの適用利率の算式がこれまでの「基準金利-0.80%」から、「基準金利×0.66」に変更されたことで、この10年物を主体に販売額を増加させてきており、今後は家計のシェアも少し回復すると予想される。
2011年6月末の10年債利回りは1.130%、5年債利回りは0.425%、20年債利回りは1.885%となっていた。3月末時点ではそれぞれ1.250%、0.490%、2.035%となっており、総じて利回りは低下(価格は上昇)している。銀行などは期初の益出し売りなどでやや残高を落とした可能性があるが、それに対し生保や海外投資家、投資信託などは保有額を大きく増加させた格好となっている。
このデータを見る限り、日本国債については引き続き国内の投資家を主体に安定的に消化されていることがわかる。また、海外からも逃避的な資金ながらも日本国債に流れ込んできている。日本国債の需給面ではまだまだ安泰といえるが、国債への資金の大元となっている家計の金融資産の総額が頭打ちになっていることは、今後も注意しておく必要があろう。
2011.9.17「日米欧によるドル資金供給、再び」
2008年9月18日、FRB、ECB、日銀、イングランド銀行、カナダ銀行、スイス国立銀行の日米欧の中央銀行6行は、金融市場に総額18兆円規模に上るドル資金を供給する協調策をまとめ、発表した。この際、日銀が国内市場でドルといった外貨を供給するというのは初めての試みとなった。
それから約3年後の2011年9月15日、FRB、ECB、日銀、イングランド銀行、スイス国立銀行の日米欧の中央銀行5行は、10月から年末を越す期間約3か月のドル資金を無制限に供給する枠組みを設けることで合意した。
3年前のドル資金供給は、同月15日に米大手証券リーマンブラザーズが連邦破産法11条の適用を申請したことを受けての金融市場の混乱、いわゆるリーマン・ショックを受けてのものである。欧米の金融機関の間では、互いの経営内容についての不信感が高まったことで、ドル資金の貸し借りがしにくくなっていた。 このため日銀も含めた主要な中央銀行がそろって、「最後の貸し手」として金融機関にドルを貸し出すことにしたのである。
そして、今回の日米欧によるドル資金供給は、ギリシャを発端とする欧州の債務危機を受けて、米国の金融機関が欧州からのドル資金を引き揚げていたことなどから、欧州銀行の一部では、ドル資金の借り換えが難しくなっていたことに対応したものと思われる。
格付会社のムーディーズは、14日に仏ソシエテ・ジェネラルの債務・預金格付けを、Aa2からAa3に引き下げ、仏クレディ・アグリコルの長期債務・預金格付けを、Aa1からAa2に引き下げた。ドルの資金繰り悪化が噂されていたBNPパリバの格付けは据え置いたものの、この格下げにより、欧州の金融機関がさらにドル資金の調達が困難となり、金融システム不安が拡大する恐れもあったことで、主要な中央銀行が早めに行動を起こしたともいえる。
今回の市場の動揺を沈静化させるための日米欧によるドル資金供給であるが、一時的にはリスク回避の動きがやや収まると思われる。しかし、今回の欧州の債務危機が、3年前のリーマン・ショックと同様のショックなのかということを再認識させてしまうことにもなりかねない。
リーマン・ショックを受けての各国中銀によるドル資金供給は、多少金融システム不安沈静化に有効であったと思われるが、しかし、その後の世界の金融経済の混乱に歯止めをかけることはできなかった。蜂の一刺し程度と思われていた日本への影響についても、金融と実体経済間の負の相乗作用が強まり、株価の下落とともに景気も大きく落ち込むことになった。
日米欧によるドル資金供給による影響はあくまで欧州の金融機関の資金繰りを助けるものであり、その資金繰り悪化の根本的な原因である欧州の債務不安を解消するためのものではない。欧州の債務危機を回避するには、すでにドイツやフランスが積極的に行動を起こせるかどうかに掛かっている。
ギリシャについてはデフォルトの懸念も出てきているが、それを回避できるのか、イタリアやスペインへの波及は抑えられるのか。これはユーロ圏各国の大きな政治問題となり、ユーロそのもののあり方も問われている。
3年前の日米欧によるドル資金供給後のような世界的な金融経済の危機が今回も引き起こされるのか、それともリーマン・ショックをむしろ教訓に、その危機は回避されるのか。その危機が回避されるような見込みは、たっていないのが現状のように思われる。
2011.9.16「やや物足りなさも感じる宮尾日銀審議委員の講演より」
9月14日の函館市における宮尾日銀審議委員の講演内容が日銀サイトにアップされている。現在の中央銀行の金融政策をまとめるかたちとなっており、頭の整理にちょうど良いものとなっている。
最近の欧米の中央銀行の動きとして、ECBは8月4日の金融政策理事会において、6か月の固定金利・無制限供給オペを復活させるとともに、「証券市場プログラム(SMP:Securities Markets Program)」による債券買取りを再開したとある。
そして、8月9日のFOMCにおいてFEDは、現在の経済情勢を前提とすれば、少なくとも2013年半ばまでFFレートを「0-0.25%」というゼロ金利水準に維持することが正当化される可能性が高いとのガイダンスを示したとある。
上記の政策は日銀の包括緩和政策などとともに非伝統的金融政策と呼ばれるものである。金利を操作する伝統的金融政策に対し、非伝統的金融政策は「ゼロ金利政策を将来にわたって続けることを約束したり、中央銀行の資産規模を拡大する、あるいは資産の構成を変更するといったことにより、さらに強力な金融緩和効果を発揮しようという政策」としている。
「非伝統的金融政策により、長めの市場金利の低下や各種リスクプレミアムの縮小を促すことなどを通じて、企業・家計の支出行動や投資家の資産選択行動に働きかけ、最終的な景気や物価に影響を及ぼすことが期待される。」
まさに金融の教科書的な表現であるが、興味深いことに宮尾委員は「時間軸」と言う表現を使っていない。日銀の時間軸政策とFRBが8月4日に打ち出したものは違いがあり、時間軸と言う用語をあえて避けたのかもしれない。
そして、宮尾委員は非伝統的政策について、その効果や副作用については実際の経験が乏しく、またそれが実施されるような経済状況は、企業や家計が過剰な債務を抱えるなど、金融危機後の深刻かつ長期の景気停滞の渦中である場合が多く、それだけ通常の波及経路が機能しにくい経済環境にあることも予想されるとして、「経験が乏しい領域であることに加え、そのような経済状況であることを考慮すると、過去の政策の経験を参考にしつつも、予期せぬ副作用についても十分な目配りを必要とする、総合的かつ慎重な判断が重要だと考えられる」と注意を促している。
そもそも非伝統的政策にまで踏み込むということは、その効果が発揮されれば、より長めの金利は低下するのではなく上昇することになり、それによる財政の金利負担が増すことも指摘している。一方で成長が高まることで税収増も期待できると補足している。
非伝統的政策による望ましくない可能性としては、「金融緩和が過度のリスクテイクや過剰な設備投資を促すことで、中長期的に景気の振幅を拡大したり、無規律な金融緩和が予期せぬタイミングで通貨に対する信認を喪失させたり金利高騰を招くという懸念」を指摘している。
予期せぬタイミングで通貨に対する信認を喪失させるリスクについては、今後も特に注意する必要があると思われる。この場合の「通貨」に対する信任は、「日本国債」に対する信任と置き換えても良いと思われる。
そして宮尾委員は最後に「実際の金融政策運営に際しては、さまざまな条件や可能性を丁寧に考慮し、全体として効果が最大限に発揮され、副作用が最小限に抑制されるようタイミングや手段を見極めながら、慎重かつ果断な対応が求められます。」としている。
あえて追加緩和の具体的な手段は述べていないが、非伝統的手段として述べていた「中央銀行の資産規模を拡大する、あるいは資産の構成を変更する」政策を採るであろうことを示しているようにも思われる。
今回の宮尾審議委員の講演内容を見る限り、日銀の現在の金融政策の正当性を理論付けるような内容となっており、非伝統的政策による効果もしくはリスクについて、どちらかに比重を置いたような発言にはなっていない。このあたり個人的にはやや物足りなさを感じる部分ではあるのだが。
2011.9.15「追加緩和を決めた8月4日の日銀決定会合議事要旨より」
9月12日に8月4日に開催された日銀の金融政策決定会合の議事要旨が発表された。この会合は当初、4日から5日の2日間の日程であったのだが、急遽、1日に短縮され、追加の緩和策を決定した。
日本時間で8月3日の夕方、スイスの中央銀行であるスイス国立銀行は突然、声明を出して金融緩和策を発表した。そして政府・日銀は4日に、東日本大震災直後の3月18日以来となる円売りドル買いの為替介入を実施、さらに日銀は、4日の午後から予定していた金融政策決定会合を午前11時15から前倒しで開催し、会合そのものも1日だけに短縮したのである。
これについて議事要旨では、議長である白川総裁が「為替市場における一方向に偏った円高の動きが、経済・金融の安定に悪影響を及ぼしかねないことから、財務省が朝方から市場への介入を実施している」とし、「金融政策運営方針を速やかに決定・公表していくことが、為替・金融資本市場の安定を確保し、企業のマインドの下振れを防ぐ観点から重要であると」述べ、当初2日間を予定していた会合の日程を変更し、本日中に会合を終了するよう議事を進めることを提案し、全員一致で承認された。
日程短縮という極めて異例な措置はあっさりと全員一致で承認されたのは、財務省の行動に歩調を合わせる必要があると、ある程度メンバー間で共有されていたためと思われる。この会合では追加緩和策が議論されるわけであるが、その理由付けとしては、以下の表現があったが、特に「為替」や「円高」との表現をあえて使ったあたりがポイントのように思われる。
「委員は、米国の財政問題と景気下振れ、欧州のソブリン・リスク問題、新興国・資源国の物価安定と成長の両立といった海外の経済・財政を巡る情勢や、それらに端を発する為替・金融資本市場の変動が、わが国の企業マインドひいては経済活動にマイナスの影響を与える可能性があるとの見方で一致した。」
「多くの委員は、やや長い目でみて、電力供給を巡る不確実性や、円高の進行などを背景に、企業の海外シフトが加速する可能性にも注意する必要があると指摘した。」
「複数の委員は、特に、震災に伴う供給面の制約を克服しつつあるこの時期に円高が進むことは、企業マインドを大きく悪化させる可能性があると述べ、別の委員は、日本経済の成長期待の低下に繋がる可能性もあると述べた。」
このように円高懸念オンパレードという状態であったようだが、金融政策運営に関する委員会の検討においては以下のようにある。
「委員は、足もとおよび先行きの景気・物価情勢を踏まえ、震災からの立ち直り局面から物価安定のもとでの持続的成長経路への移行をより確かなものとする観点から、長めの金利低下やリスクプレミアムの縮小を更に促すべく、基金を増額し、金融緩和を一段と強化する必要があるとの認識で一致した。」
面白いことに、追加緩和を決定する理由の説明にあたり、「為替」「円高」の文字はまったく使われていない。長めの金利低下やリスクプレミアムの縮小を促す政策をとるのは、あくまで「持続的成長経路への移行をより確かなものとする観点から」としている。
8月4日の14時過ぎに発表された追加の緩和策の内容は、資産の買入れを10兆円から15兆円に、固定金利オペを5兆円から10兆円に拡大するというものであった。
この決定に際して、議長、つまり白川総裁は、委員の意見を踏まえて基金を増額するとした場合、具体的にどのような案が考えられるか、執行部に説明を求めている。その前に、多くの委員から過去の増額幅である5兆円を上回る10兆円とすることが適当との考えを示したとあるが、その後、執行部からの説明がすぐに行なわれていたことをみても明らかなように、まさに結果は事前につめられていたことは明らかである。
今回のようにある意味、臨時の対応、しかも結論を早く出す必要があることで、このような決め方は致し方ない部分はあるものの、委員会制度を採っている決定会合の金融政策の決め方として、これが適切であるといえるものであろうか。
そして、こうした執行部の説明を受けて、「多くの委員」は、対象資産ごとの内訳について、当該資産の市場規模や日本銀行の財務の健全性を考慮に入れつつ、固定金利オペの拡大や幅広い資産の買入を行うことが適当との見方を示したとある。
委員は・・・一致したとの表現ではなく、多くの委員は、ということはどうやら違う見方をした委員がいたことをうかがわせる。
さらに、「複数の委員は、今回、金融緩和を一段と強化する場合には、海外経済を含めて、先行きの様々なリスク要因を前もって相当意識したうえで、十分と考えられる措置を講じるのだという点を、改めて確認しておきたいと述べた」とある。
表現はかなりやんわりであるが、今回の追加緩和政策の決定にあたり、批判的な発言とも取れる内容である。しかも複数の委員からその意見が出されていた。
今回のように政府の動きに呼応しての政策の場合、スピードを重視することや、日銀が一丸となって対応する姿勢を見せるため、全員一致での決定が重要との見方もあったと思う。しかし、この追加緩和は円高対応であったことも確かである。過去には円高対応のための金融緩和を進めたことが、バブルを誘発させた要因となった経緯もあるだけに、先行きの様々なリスク要因も意識する必要はあろう。そのあたり複数の委員が多少なり懸念を抱いていたようにも伺える。
2011.9.14「次回FOMCでの追加緩和策決定は綱渡りか」
ダラス連銀のフィッシャー総裁は12日の講演後に、米経済が直面する問題があまりにも大きいため、その対応をめぐる当局者の意見は今後も分かれ、反対票が増えるとの見方を示したそうである。
フィッシャー総裁は8月9日のFOMCにおいて、ミネアポリス連銀のコチャラコタ総裁、ダラス連銀のプロッサー総裁とともに、FRBが2013年半ばまで超低金利を維持する可能性が高いと表明したことに反対票を投じた。
ただし、一度決められたことについては、あらためて反対はしないとの方針は委員会制度のあり方として適切であると思う、とのコチャラコタ総裁の発言があったように、時間軸の問題に関しては今後、フィッシャー総裁、プロッサー総裁も反対はしないとみられる。
フィッシャー総裁の言うところの、「反対票が増える」というのは、次回9月20、21日のFOMCで追加緩和策が提案された際のことではないかと思われる。
8月9日に開催されたFOMCの議事要旨によると、「Some participants」が追加の資産購入は長期金利の低下を促し、緩和効果を高めるであろうと発言した。そして、「Others」からの意見として、FRBのポートフォリオにおける資産の平均残存期間の長期化により、長期金利に同様な影響を与えるだろうとした。さらに「A few participants」から超過準備の付利引き下げが示唆されている。これらに対して「some participants」からは、追加緩和について否定的な発言がなされていた。
ここで気になるのが、今回のメンバー10名がどのように区分けできるのかという点である。はっきりしているのは最後の「some participants」がたぶんフィッシャー、コチャラコタ、プロッサーの3人であろうということである。となれば残りは7人である。
ここであらためて、FOMCに参加し投票権のあるメンバーを確認してみると、理事会からバーナンキ議長、イエレン副議長、デューク理事、ラスキン理事、タルーロ理事。そして地区連銀からはニューヨーク連銀のダドリー総裁とともに、シカゴ連銀のエバンス総裁、フィラデルフィア連銀のプロッサー総裁、ダラス連銀のフィッシャー総裁、ミネアポリス連銀のコチャラコタ総裁となる。
FRBは理事会と地区連銀総裁が対立していると言われているが、実際のところはあくまでフィッシャー、コチャラコタ、プロッサーの3氏が反対しているためで、ニューヨーク連銀のダドリー総裁やシカゴ連銀のエバンス総裁は、バーナンキ議長を支持してくるとみられている。また、ダドリー総裁は8月のFOMCでの低金利維持明言は景気回復を支援と発言しており、エバンス総裁も8月末に現時点では金融緩和の余地あり、強力な量的緩和が必要との発言があった。
ダラス連銀のフィッシャー総裁による反対票が増えるとの見方の発言は、特定個人を意識したものなのかどうかは定かではないが、そのような気配を感じ取っての発言とみなすならば、反対者が理事会から出る可能性も否定できない。ここで注意すべき人物にデューク理事がいる。昨年8月のFOMCでは、保有する住宅ローン担保証券の元本償還金を長期国債に再投資する決定に異議を唱えたとされている。
9月20、21日のFOMCではツイストオペなどによるFRBのポートフォリオにおける資産の平均残存期間の長期化などが有力視されているが、それについてバーナンキ議長は講演等で具体的な発言は避けている。これにはまだ追加緩和策についてまだ具体策が固まっていないためとの見方もある。
FOMCまであと1週間に迫ったが、そこでどのような決定が下され、それはどのような票数で決定されるのかも注意しておく必要がある。反対票がさらに増えるとなれば、今後のFOMCでの政策決定は綱渡りの様相となる可能性もありうる。
2011.9.13「大きなリスクをはらむECB内部でのドイツの反対」
欧州中央銀行の金融政策を決定する理事会は、専務理事6名とユーロ圏の17か国の中央銀行総裁で構成されている。このうち専務理事6名はフランス出身のジャン・クロード・トリシェ総裁、ポルトガル出身のヴィトル・コンスタンシオ副総裁、そして専務理事にイタリア出身のビーニ・スマギ氏、スペイン出身のゴンザレス・パラモ氏、ドイツ出身のユルゲン・シュタルク氏、ベルギー出身のピーター・プラート氏で構成されている。
このうち、ユルゲン・シュタルク専任理事が「個人的な事情」を理由に辞意を表明した。しかし、実際の辞意の理由についてはユーロ圏諸国の国債買い入れに反対したものではないかとの観測が流れている。
シュタルク氏はドイツの財務次官やドイツ連銀副総裁を経て、2006年6月からECB理事に就任したが、ECBが8月に国債買い入れを再開した際に、ワイトマン独連銀総裁やシュタルク専務理事ら4人が、債券買い入れに反対したとも伝わっている。 ちなみに、ECBの政策決定にあたっては、議事録や議事要旨、さらに票決の結果といったものは公表されていない。
シュタルク専任理事の辞意を受けて、ドイツ政府は後任にヨルグ・アスムセン財務次官を指名したと伝えられた。
ECB内部での不協和音が高まっているのには、ドイツがECBによる国債買い入れに対して強く反対していることが背景にある。
ECBのトリシェ総裁の後任には当初、ドイツ出身者が就任するであろうことが暗黙の了解のようになっており、ドイツ連邦銀行のウェーバー総裁が最有力視されていた。しかし、そのウェーバー総裁が、やはり「個人的な理由」で4月末にドイツ連邦銀行総裁を辞任した。
ウェーバー総裁は、ECB理事会において、インフレを加速し中央銀行の政治的独立性を損なうとして加盟国の国債買い入れに強硬に反対しており、それがドイツ連銀総裁の辞任、つまりは次期ECB総裁候補から降りた要因となったとみられている。
そして、ドイツ連銀でウェーバー総裁のあとを継いだワイトマン独連銀総裁も、今年メルケル首相の経済顧問を退いて以降は、国債買い入れに強く反対するようになったと伝えられている。
ウェーバー・ドイツ連銀総裁が辞任し、同様の理由で今度はシュタルク専務理事が辞意を表明した。そして、中央銀行総裁としてECB理事会メンバーであるワイトマン独連銀総裁もウェーバー氏やシュタルク氏同様に国債買い支えに強く反対している。
また、シュタルク専務理事の後任となるアスムセン氏は、ウェーバー前連銀総裁の教え子だそうである。教え子だからといって、ウェーバー氏と全く同様の考え方であるとはいえないが、ドイツ連銀の精神を引き継いでいる可能性は十分にありえる。
ウェーバー、シュタルク、ワイトマンの3氏は、ECBによる国債の購入に強く反対し、それによりECB内部でドイツが孤立化していることも明確になってきた。ドイツ連銀の精神を引き継いだものとして反対する理由は理解できるが、それが欧州の債務危機そのものに影響を及ぼす懸念もありうる。
特に欧州連合加盟国内部での意見の対立も強まり、欧州危機に機動的に対応できるのはECBだけとなっているような状況にある。本来ECBはドイツ連銀の流れをくんだものであり、その中心的な役割を期待されているドイツからの参加者がECB内部での意見対立を生じさせていることは、そのECBに内部分裂の危機があるともいえるのではなかろうか。まして、今度のECB総裁は、救われている立場の国イタリア出身のマリオ・ドラギ氏となる。
今回の欧州の債務危機により、EU加盟国同士の対立だけでなく、ユーロ統一の象徴的存在であるECB内部で対立が生じていることは、たいへん大きなリスクをはらんでいるように思われる。
2011.9.11「ユーロ内部の不協和音」
オランダのルッテ首相は、ユーロ圏の信用を回復するための中長期的な提言を議会に発表したが、この中で、財政規律を守れない国に対して、EUからの補助金を停止するといった制裁措置を強化し、EUの管理の下で財政再建を進める一方で、こうした制裁を受け入れられない国に対しては「ユーロ圏からの離脱を選択肢として用意すべきだ」としている。(NHKのサイトより)
財政再建が進まないギリシャなどの国のユーロ圏からの離脱について、加盟国の政府が公式に言及するのは極めて異例となり、これに対してヨーロッパ連合の報道官がその可能性を否定するなど波紋が広がった。
また、8日のECBの政策理事会後のトリシェ総裁会見において、ドイツがユーロを捨ててマルクに回帰するべきではないかとの記者からの質問に対し、トリシェ総裁は声を荒げる場面があったようである。
ECBはこれまで、積極的にギリシャの債務危機を発端とする欧州の信用不安の拡大に対して、積極的な対応を行なってきたといえる。しかし、これに対して、同様に支援を行なっている欧州連合のドイツやオランダなどの国々からは、ギリシャなどへの支援そのものへの反対の声も強まっている。たとえば、8月18日に公表されたドイツにおける世論調査では、ドイツ国民の37%がドイツにとってマルク復活がより良いと考えていることが示された。
さらにここにきては、ECB内部からの不協和音も出てきている。ECBユルゲン・シュタルク専任理事が「個人的な事情」を理由に辞意を表明したが、実際にはユーロ圏諸国の国債買い取りに反対して辞任を決めたのではないかとの観測が流れている。シュタルク氏はドイツの財務次官やドイツ連銀副総裁を経て、2006年6月からECB理事に就任したが、ECBがイタリアやスペインなどの国債買い取りを再開した際に、ECB理事会で反対票を投じたとみられている(ECBは多数決の結果や反対者は公表しない)。
欧州の債務危機はギリシャばかりでなく、ポルトガル、スペインそしてイタリアにまで広がりつつある。ギリシャの10年債利回りは20%を超えてきており、スペインやイタリアの国債の利回りも5%台にある。そのためにECBがイタリアやスペインの国債の買い入れを行なうこととなったが、それは全員一致ではないことは伝わっていたが、これをきっかけに理事の辞任となれば大きな波紋を呼びそうである。
信用不安を抱えている国にとり、財政再建のためにはある程度の景気回復が必要となるが、ここにきて米国のリセッション懸念が欧州にも及び、景気の低迷が余計に財政再建をいっそう困難にさせている。さらにまた欧州の金融機関への不安も強まりつつある。信用不安を抱える国への融資の多い銀行に対して、予想以上の損失が発生するのではないかとの懸念が出てきている。公的資金注入も必要との意見も出ているが、欧州の金融機関の問題もかなり深刻である。景気の低迷とともに、金融機関への不安により銀行株が下落するなどしたことで、欧州の株式市場もここにきてかなり波乱含みの展開となっている。
ユーロ統一の象徴的な存在であるECBの内部も一枚岩ではないことがはっきりし、ユーロというシステムはこのまま危機が深刻化し、政治的な駆け引きに終始し、最終的に崩壊してしまうのか。それとも、この危機をバネにしてむしろ団結力を強める結果となるのか。欧州の問題は世界の経済にも深刻な影響を与えかねないため、その行方を注意深く見守る必要がある。
2011.9.9「日銀議事録に見るツイスト・オペの効果に対する疑問」
9月20日から21日にかけて開催されるFOMCでは、「FRBのポートフォリオにおける資産の平均残存期間の長期化を促す」政策が取られるのではないかとの期待が出ている。つまりこれはFRBが保有する短期国債を売却し、比較的長期の国債を同時に購入するツイスト・オペもしくは、オペレーション・ツイストのことである。
このツイスト・オペは1961年のケネディ政権下で、ドル防衛の為の短期資本を流入させるための短期金利の上昇とともに、設備投資促進などによる景気対策としての長期金利低下の両方の効果を促すため行なわれたことがある。
実は日本でも昔、このツイスト・オペの導入が議論されたことがあるのをご存知であろうか。1999年2月5日に当時の宮沢蔵相が日銀に対してツイスト・オペの検討を要請したいとの国会答弁があったのである。
その蔵相発言から一週間後の2月12日に開かれた日銀の金融政策決定会合では、このツイスト・オペについて植田和男審議委員(当時)が次のように発言している。
「長期債の市場に直接働きかける手段は・・・具体的な手段としては、長期国債の買いオペの増大、あるいはネットでの債券買い増しが敬遠されるのであれば、ツイスト・オペのようなことが考えられる。ツイスト・オペは効かないというのが過去のいろいろなデータから平均的に出ている結果のような気がする。特に、国債に関するツイスト・オペは色々な国で何回か行なわれているが、効くにしても効果は小さいというのが平均的な結果である。ただ、実行してみなくてはわからない面もあるし、中央銀行が行なうオペは全てツイスト・オペであるという言い方も出来るかと思う。」
また、山口泰副総裁(当時)もツイスト・オペに関して次のような発言をしている。
「債券市場に対する直接的な介入は、買い切りオペ、ツイスト・オペを含めて採るべき政策ではない。ひとつには長期金利は中央銀行が直接コントロールすることが原理的に出来ないと思うし、従って適当でもない。原理的に出来ないのは、長期金利にはやはり様々なエクスペクテーションが全て流れ込んでくる訳であるし、それを金融政策にとって都合の良い方向に誘導していくことは極く短期にはともなく、サスティナブルなベースでは出来ないのではないか」(以上、1999年2月12日、日銀金融政策決定会合議事録より)
1999年2月12日の日銀の金融政策決定会合では、ツイスト・オペの実施は決定されなかったが、この会合で実質的な「ゼロ金利政策」が導入されることになる。これは上記の議論を見てもわかるが1998年12月の運用部ショックによる長期金利の上昇と、それを危惧した米国からのプレッシャーが要因であった。つまり、あくまで長期金利の上昇抑制が目的であったといえる。
これに対して、今月20日から21日にかけてのFOMCでは、雇用の悪化などを受けて米経済のリセッション入りを懸念しての追加緩和が期待されていることで、長期金利の上昇抑制が目的ではない。むしろ米国の長期金利は、すでに2%を割り込むなど歴史的低水準にいるような状態にある。
それでもツイスト・オペが検討課題に挙がっているのは、他に採りうる手段が限られているためと思われる。8月9日に打ち出した時間軸の明確化も同様であろう。これもより長めの金利低下を促すことが目的であり、その効果を高める上でもツイスト・オペの検討も打ち出されているのであろう。
しかし、それによる効果については長期金利がすでに大きく低下していることもあり限定的であることは確かであり、すでに1999年に日銀で議論されていた内容からも、極めて限定的との見方が示されていた。
しかし、市場ではこのツイスト・オペに対して期待も強い。アナウンスメント効果を意識すれば、ツイスト・オペの実施は極めて短期的ながらも多少なり市場心理に働きかけることも想定される。はたしてFRBはツイスト・オペを実施するのか。それとも1999年の日銀の植田委員や山口副総裁のようにその実質的な効果に疑問を呈する委員もいることで、導入は見送られるのか、そのあたりの動向も注目されよう。
2011.9.8「スイス国立銀行の決意はうまくいくのか」
スイスの中央銀行であるスイス国立銀行(Swiss National Ban)は6日の日本時間の夕方に声明を発表し、スイスフラン高の抑制策として、スイスフラン相場の下限(フロア)目標を1ユーロ=1.20フランに設定し、無制限に外貨を購入する用意があることを表明した。声明では、スイスフランに対する過大評価はスイス経済にとって重大な脅威であり、デフレリスクの拡大につながりかねないと指摘している。
この発表を受けて外為市場では、スイスフランが急落し、その余波で円も売られてドル円も76円台から77円台をつけた。また、金も非常に値動きの荒い展開となった。
市場に一枚の挑戦状を叩きつけたともいえる今回のスイス国立銀行の決意は成功するのであろうか。過去、市場の投機的な動きに立ち向かった中央銀行に、たとえば1990年代のイングランド銀行がある。この際にはイングランド銀行はポンド買いで応戦するなど今回のスイス国立銀行とは方向性は逆ではあるが、投機筋に立ち向かった中央銀行であった。しかし、このときのイングランド銀行はジョージ・ソロス氏などによるポンドの売り浴びせに対抗しきれなくなり、結果として敗退している。
方向性は反対ながらも今回のスイス国立銀行は、投機筋の動きを下限で封じ込めることができるのであろうか。イングランド銀行のポンド買い介入とは異なり、スイス国立銀行は自国通貨売りの介入となるため、理論上は無限大の介入が可能ではある。
また、特に今回は相手がはっきり見えないだけに、イングランド銀行よりも対応はむしろ難しい面がある。そもそもその相手というのが、ユーロというシステムそのものへの市場の懸念であるだけに、なおさら難しい。スイスそのものに原因があるのならば、まだ対処しやすい面もあるが、逃避資金が流れてきている構図だけに、その流れを力ずくで食い止めることは難しいのではなかろうか。
このスイスの動きに対し、スイスフラン同様に円も買い進まれていることで、日本政府も注視していると思われる。しかし、過去の日本の為替介入は決して成功してきたとは言いがたい。イングランド銀行ほどではないものの、介入そのものが投機筋の標的とされる懸念もあるためである。
長らく市場に関わってきた身として、為替介入は成功することは難しいと考えている。無制限に資金を調達できる政府は最後には勝つといわれるが、残念ながらそれは理屈上のことであり、そのことは日本の財務省も嫌というほど味わってきたはずである。為替介入は、せいぜい流れをいったん止める程度にしかならない。
今回の思い切ったスイス銀行の決意は、短期的には有効かもしれないが、ユーロに対する懸念が払拭されない限り、ブレーキの役割程度にしかならず、介入を行なうほどスイス国立銀行のリスクも拡大することになろう。結果として為替介入はこれだけ市場が発達している中にあり、決して有効な手段ではないことを、むしろ明らかにしてしまうことになるのではないかとも懸念している。
2011.9.7「財政健全化シフトを強める野田新政権、モデルは小泉政権か」
野田新政権は財政経済運営の目玉として、「国家戦略会議(仮称)」を新設する(4日付日経新聞)。「国家戦略会議」は経済財政運営と司令塔ともいうべきものとなり、小泉政権時代の経済財政諮問会議がモデルとなっているのは明らかである。
「国家戦略会議」は野田首相が議長となり、古川経済財政・国家戦略室相、安住財務相らの関係閣僚とともに白川日銀総裁、米倉経団連会長、古賀連合会長ら経済界の代表、さらに学者なども参加する見通し。
小泉政権の際の経済財政諮問会議は、最も重要な政策会議とし、「骨太の方針」を打ち出すことにより与野党の抵抗勢力を退け、官邸主導の予算編成に活用した。今回の民主党の「国家戦略会議」も増税に反対する与党内の抵抗勢力を意識したものとみられる。
また、古川元久氏は今回、国家戦略担当、内閣府特命担当大臣(経済財政政策・科学技術政策)、社会保障・税一体改革担当、宇宙開発担当といろいろと兼務しているが、今回の国家戦略会議を意識しての担当ともいえる。また、古川氏は財務省の出身でもある。宇宙開発の部分がどのように関わるのかはさておき、社会保障・税一体改革担当を兼務していることで、財政健全化シフトを強める野田政権にとって中心的な人物の一人となる。
そして、野田首相は民主党の政策調査会に税制調査会を新設することを決めたと、6日の日経新聞が伝えている。党税調の会長には藤井裕久元財務相が充てられる。民主党は政権交代時に、政策決定の内閣一元化を掲げて、税制改正で党税調を廃止した。その後、税制改正プロジェクトチームを発足させたが権限は限られた。今回の党税調の新設というか復活は、党として増税反対派も関与させることにより党税調の打ち出した方針を党の方針として、反対派の意見を封じ込める狙いがあるとみられる。これにより野党の自民党などとの交渉を円滑に進めることも狙いとなっているようである。
民主党は内部の意見がばらばらであり、そのため政策も一本化できずそれが大きなネックとなっている。特に増税に関しては反対意見も多い。それをマスコミで堂々と述べられては意見の統一が図られていないとみなされる。しかし、党で決めたことには党員は従う必要もあり、その意味で政府税調ではなく党税調での決定という事実は反対派の動きを抑制することにもなろう。ただし、それには小泉政権時のように首相の強いリーダーシップとともに、それを支える内閣支持率の高さなども求められよう。
今後は震災復興のための第三次補正予算の財源となる増税や社会保障と税の一体改革に伴う消費税増税などが焦点となる。これらには国家戦略会議や党税調がたいへん重要な役割を担うことから、野田新政権は発足早々に、財政健全化シフトを強めた格好である。
この方針は決して間違ってはいない。欧州では国の債務問題が深刻化しつつある中、巨額債務を抱えた日本が財政健全化を放棄することは許されない。ただし、本当に与党内の増税反対派の抵抗勢力を抑えられるのか、そのあたりの今後の動向も注意深く見守っていく必要がありそうである。
2011.9.6「色分けできない日銀の政策委員」
9月6日から7日にかけて日銀の金融政策決定会合が開催される。米国では20日に開催予定の米FOMCは追加緩和について議論するため1日延長された。さらに2日に発表された8月の米雇用統計では、非農業雇用者数が前月比変わらずとなり予想の6〜8万人予想を大きく下回ったことで、FOMCでの追加緩和への期待も強まっている。
それを前にしての日銀の金融政策決定会合の動向にも注目が集まっている。しかし、円高のピッチが進むようなことがない限り、追加緩和は見送られるとの見方が強いようである。ただし、7日の白川総裁会見で景気の先行きや為替動向次第では追加緩和がありうることを示唆する可能性はある。
ここにきて委員の間で今後の政策について見方が分かれていることが明確なFOMCに対して、日本の金融政策を決定する日銀の政策委員については個別の意見がはっきり見えてこない。全員一致での現状維持も良いが、ある程度委員間での意見の相違があるのは、当然なはずである。ところが、委員からの発言は白川総裁の意見をなぞることも多く、まったく色分けできないのが現状のように思われる。
イングランド銀行でも、1年以上前から追加の量的緩和を主張しているボーゼン議員のような存在がいる。また、ECBでは8月から債券買い入れを再開したが、それは全会一致の決定ではなく、バイトマン独連銀総裁やドイツ出身のシュタルク専務理事ら4人が、債券買い入れに反対したとも伝わっている。
日銀も4月の金融政策決定会合で、西村副総裁から資産買入等の基金を増額する独自案が出されたことがあったが、5月の会合では同様の提案はなされなかった。しかし、8月の金融政策決定会合で資産の買入れを10兆円から15兆円に、固定金利オペを5兆円から10兆円に拡大している。結果とすれば西村副総裁の提案が数か月後に決定されたことになる。
西村副総裁は執行部の意見が対立することは好ましくないとして5月以降は独自議案の提案を控えた可能性はある。また、4月に西村副総裁の議案に賛成するであろう委員がいたが、結局、賛成に回らなかったことが要因であったのではとの見方も市場では出ていた。真相はさておき、結果論ではあるがそのまま西村副総裁は一人でも、自らの意見を通しておいたほうが、良かったのではないかと思う。
現在の日銀の政策委員会委員を確認すると、総裁は日銀出身の白川方明氏、副総裁はやはり日銀出身の山口廣秀氏、そしてもう一人の副総裁は東大教授であった西村清彦氏、審議委員としては、実業界から商船三井出身の中村清次氏、三菱商事出身の亀崎英敏氏、神戸大教授であった宮尾龍蔵氏、東電出身の森本宜久氏、慶應大教授であった白井さゆり氏、住友銀行出身の石田浩二氏である。
こうやって名前を並べてもそれぞれの委員がどのような意見を持っているのか、日銀の金融政策に詳しい人達もはっきりしていないのではなかろうか。出身母体としては日銀2人、実業界4人(内一人は銀行出身)、学者から3人となっており、それなりにバランスは取られている。しかし、個別の委員を見ると個別委員の色分けはむずかしく、しいて言えば白川色に染められているようにすら思われる。
日銀は確かに現在、FRBやECBが行なっている政策を先んじてやってきているいわばパイオニアである(それが良いことかどうかはさておいて)。やることはやってしまった感もあるのも事実ではある。ただ、だからといって現在の金融政策が絶対に正しいものであると皆、確信を持っているのであろうか。
FOMCでは委員間の意見がいくつかに別れ、バーナンキ議長の意見も現状、小数派に属しているようであるが、それについて賛同者を増やせるのか。また、前回の3人の反対者は、今度の追加緩和も反対してくるのか、反対するとなればどのような理由からなのか。意見が分かれると、それを集約する難しさもあり、それはECBも同様の問題を抱えている。
しかし、金融政策には解答がひとつだけとは限らないし、その解答が正解であったのかどうかも、後に判断されるものでもある。異なる意見の対立があれば、どのように意見が集約されていくのか、その過程を見ることで金融政策の決定のプロセスも明確になる。しかし、皆、同じような意見となってしまうと、そのプロセスそのものがが見えにくく、ある意味、総裁が一人で決めているかのような印象すら残ってしまう。そういった印象を拭うためにも、日銀の決定会合でもう少し委員の間での特色を明確にしてほしいように思う。
2011.9.3「野田首相誕生の意味と財務相人事」
8月29日に行なわれた民主党の代表選挙は、決選投票の結果、野田財務相が215票、海江田経済産業相が177票となり、野田財務相が民主党代表に選出された。新代表は30日に衆院本会議で第95代、62人目の首相に任命された。
野田氏は早くから代表選出馬の意向を示し、有力候補とみられていた。しかし、その代表選には野田氏を支援するとみられていた前原氏が出馬を表明し、小沢グループの支持を受けた海江田氏も立候補、さらに鹿野氏、馬渕氏も立候補したことで、むしろ野田氏は不利との見方が強まっていた。
この5人の候補の中で、復興増税に前向きであったのは野田氏だけであり、民主党内部にも反増税派がかなり多いとみられ、圧倒的に不利かと思われていたが、最終的には野田氏が選出されたのは何故なのであろうか。
民主党代表選は最終的には小沢か反小沢かの対立であった。小沢氏と鳩山氏のグループは、民主党内で最大勢力となっていたが、それだけでは代表に選出されるための過半数に届かない。反小沢派は決選投票に持ち込むことにより、反小沢が結集し最終的には逆転勝利するというシナリオを描いていたものと思われる。ただし、それでは小沢氏の推す海江田氏に立ち向かう候補は誰になるのかが、大きな焦点となっていた。
主流派が野田氏と前原氏に分かれ、さらに鹿野氏もそれなりの勢力を持つ。馬渕氏は今回はとりあえず出馬したという事実が重要と思われ、決選投票に残る可能性は薄かった。結局、主流派の野田、前原が2位争いをしたわけだが、すでに代表選前に野田氏優位との見方が強まっていたようである。これには前原氏では外国人献金問題などから野党の追求を受けやすく、長期政権は難しいとの見方もあったのかもしれないが、地味であまり目立たないが堅実な野田氏にかけてみようとの見方も強かったものとみられる。
しかし、それだけが野田氏勝利ではないと思われる。民主党内にはリフレ派と呼ばれるように財政再建の動きとは方向性が反対の人達が存在し、その人達はいろいろなところで声を張り上げている。今回の立候補者の中でも馬渕氏もそれに属している。しかし、民主党内部にも財政再建に取り組まないと国が持たないという意識を持つ議員も多数存在しているとみられ、そういった議員の票も野田氏に向かったことで、勝利を導いた可能性がある。
もしも今回、野田氏以外の人物が首相となり、財政再建よりもデフレ脱却を最優先するようなことになれば、米国や英国、さらにフランスやドイツなどユーロ圏の国々が進めている財政健全化の動きと正反対の動きをすることになる。これらの欧米の国々からはむしろ日本の財政が心配されていることは、歴代の財務相は国際会議などを通じて感じていたはずである。「日本は大丈夫か」とこれらの国々に心配されているにもかかわらず、財政再建の動きを放棄するような首相が日本で登場すれば、心配を通り越して呆れられてしまう。そして、真剣に日本の財政問題を意識するようになり、それがマーケットにも影響を与えると、日本国債の価格形成にも影響を及ぼしかねない。
つまり日本はすでに財政再建を放棄できるような状況にはなく、それがよくわかっていないのは、国会議員の一部であるとも言える。もちろん景気を良くしなければ、税収も増えず財政再建も進まない。しかし、そのために国債を増発することや、日銀に国債を引き受けさせて国債の信任を傷つけてしまうと、今度は国債問題が浮上して身動きがとれなくなる。何をおいてもカネというのではなく、規制緩和や国際協力を進めるなどの手段もあるはずである。
野田氏が首相となることで、とりあえず日本の財政再建の方向性は確保された。あとは国会、さらに民主党内部のねじれの中で、震災復興、景気回復、そして財政再建に向けてどのような対策をとるべきか、新首相のリーダーシップの元で検討し推し進めていくほかない。地味な印象のある野田氏であるが、その分、人当たりの良さとともに粘り強さも持っているようで、これまでの民主党政権とは一味違う政権となってくれることを望みたい
ただし、財務相人事については、少し課題も残しそうである。9月2日の野田内閣の組閣人事で、財務相に安住淳国会対策委員長が内定と報じられた。官房長官を固辞した岡田前幹事長が財務相かとの見方も出ていたが、岡田氏は財務相についても固辞したとみられる。このため、財務相に誰が就任するのか、あらためて注目されていたが、安住淳国会対策委員長が就任するようである。
安住淳氏のプロフィールをご本人のサイトなどで確認すると、東日本大震災で被災された宮城県石巻市で昭和37年に生まれる。早稲田大学社会科学部卒業後、NHKに入社し政治部記者などを経験。その後、衆議院総選挙に出馬し、平成8年10月の第41回衆議院総選挙に出馬し初当選。防衛副大臣などを経て昨年1月に民主党国会対策委員長に就任した。
市場参加者にとり、まず気掛かりとなるのは、安住淳が増税派なのか反増税派なのかという点かと思うが、さすがに野田新首相が選んだだけに、財政再建派、増税派の一人のようである。
たとえば、今年7月のテレビ番組で東日本大震災の復旧・復興で被災地自治体の首長から国政への不満が出ていることについて、「首長は増税しないのだから(批判されにくい)。国からお金をもらって自分は言いたいことを言って、出来なかったら国のせいにする。自分たちは立派なことを言うが泥はかぶらない。この仕組みは何とかしなければいけない」と批判した(読売新聞)。表現方法はどうかと思う部分はあるものの、少なくとも増税については推進派であることは確かのようである。
以前には、「消費税は今後の社会保障の財源として使うべきだ」との発言もあったようである。
また、安住淳氏は7月に、郵政改革法案の早期成立を強く要求している国民新党について「自民党から政務官1人を引っ張り、自民党の態度を硬化させておいて、民主党の国会対応が悪いと言う。どこかの国の瀬戸際外交みたいだ。異様な対応をとる人たちが連立政権のパートナーとなっている」と述べている(産経新聞)。
これまでの安住氏の発言については、このようにやや棘があるものが報じられるなどしており、市場は財務相の発言には、言葉の端にまで注意を払うこともあり、かなり注意する必要がある。
安住新財務相は、財政健全化路線を継続するとみられるが、その手腕については未知数である。まずは難航が必須とみられている第三次補正予算の編成や、それに絡んだ増税論議等が控えている。また、株式市場では増税による悪影響、債券市場では財政健全化に向けた動きや日銀との関係、さらに外為市場では円高対策等について、財務相の発言を注視するとみられる。その発言内容によっては市場に波乱を与えかねず、注意も必要となろう。まずは来週マルセイユで開かれるG7などでの安住財務相の発言内容なども注視したい。
2011.9.2「フィッシャー、コチャラコタ、プロッサー各総裁の反対理由」
30日にミネアポリス地区連銀のコチャラコタ総裁は講演の中で、8月9日のFOMCにおいてFRBが2013年半ばまで超低金利を維持する可能性が高いと表明したことに反対票を投じたことについて、「今後の会合で再検討を求めるつもりはない。一度決めたことを覆すのは今後の決定の信頼性を損なう」と述べた。
8月9日のFOMCにおいて、フィッシャー、コチャラコタ、プロッサーの3人の地区連銀総裁が「at least through mid-2013」ではなくて、「for an extended period」のままで良いのではないかとして反対した。ただし、一度決められたことについては、あらためて反対はしないとの方針は委員会制度のあり方として適切であると思う。
ただし、コチャラコタ総裁は講演後の会見で、「追加緩和の方策は他にも幅広く用意してあるが、これ以上の追加緩和は今は支持しない」との見解を示した(ダウ・ジョーンズ通信)。つまり、次回9月20日、21日の会合では、物価の急落や失業率の著しい上昇がなければ、追加緩和策が提案されてもそれに反対する姿勢を示した。
8月9日のFOMC議事要旨を見ると、このとき反対したフィッシャー、コチャラコタ、プロッサーの3人の反対理由は微妙に異なっていたことがわかる。
フィッシャー氏は米国経済の脆弱性は、財政や規制に対する不透明さなど、金融以外の要因にあり、それが国内の投資や雇用創出、さらに経済成長を阻害していると述べている。さらに、委員会は低金利が維持されると予測する期間、つまりこれは2013年半ばまでということになろうが、の十分な情報を持っておらず、委員会のこの決定が金融市場のボラティリティに対して過剰なリアクションを起こさせるリスクがあるとした。
8月26日のバーナンキ議長が財政問題に踏み込むコメントを多くしたことでも明らかなように、金融政策に限界があり、何から何まで中央銀行の金融政策に押し付けられてしまうと、その副作用にも注意する必要が出てくる。このあたりは日銀にとっても同様であろうが、日銀総裁が財政に踏み込む発言をすると、管轄外のことにまで首を突っ込むなという意見が返ってくる。金融政策と財政政策は相互に依存する関係でもあり、中央銀行が財政政策についてコメントをすることはある意味当然なことであると思うのだが。
そして、コチャラコタ氏の反対理由としては、2010年11月以降、インフレ率は上昇し、失業率は低下しており、経済情勢からみて追加緩和の必要性はないとしている。ただし、30日の講演にもあったように、物価の急落や失業率の著しい上昇があれば、追加緩和の可能性はありうるとしているようである。その意味では、2日に発表される雇用統計の数値を確認する必要がある。
プロッサー氏は、今回の2013年半ばまでというガイダンスの変更について、金融政策がどのような経済見通しの進展にも左右されず変更されないとの誤解を与えるだろうと警戒している。また、景気や雇用についての指標が予測よりも悪化するなどした際には、金融政策そのものが拙速となってしまうことや、さらなる金融緩和に対するシグナルを送ってしまうことについても警戒している。そして、米国経済は現在、構造的な調整や大きな苦難に直面していることから、ここからの金融緩和は将来の経済成長の見通しを改善させる効果に乏しい点も指摘している。
3氏の反対理由を見る限り、米国経済の回復の鈍さについては金融緩和の踏み込みの弱さとかに原因があるのではなく、あくまで構造的な問題であり、金融政策による効果は限定的で、むしろ市場に期待感を創出させてしまうことで、余計にボラタイルな動きを招くリスクを警戒しているようである。
9月20、21日のFOMCでは追加緩和が検討されるとみられているが、景気や雇用に対してよほど悪い数値が出ない限り、この3氏は次回もあらたな追加緩和に対しては反対に回る可能性がある。全員一致が望ましいものであるのかもしれないが、委員会制度をとっている以上は反対意見もたいへん貴重なものとなる。
これに対して日銀の金融政策決定会合はここにきて全員一致が続いており、各委員の特色みたいなものはますます見えてこない。会合で反対すべきと言うわけではないが、もう少し個別の委員の意見を明らかにさせてきても良いように思う。
2011.9.1「いろいろと興味深い8月のFOMC議事要旨」
8月30日に8月9日に開催されたFOMCの議事要旨(Minutes)が発表された。メディアによっては議事録としているところも多いが、会合の約3週間後に発表されるものは日銀が会合の約1か月後に発表する議事要旨に内容が近い。日銀は10年後に精細な内容が記された議事録を発表するが、米国も議事中のジョークまでも含めた議事録(Transcript)を5年後に公表しているため、ここでは日銀に合わせる格好で議事録ではなく議事要旨としたい。
それはさておき、FRBは9日のFOMCにおいて、あらたな政策に乗り出した。つまり、現在の経済情勢が続く限りは、少なくとも2013年半ばまで、政策金利であるFF金利は異例な低水準が継続されるであろうことを保証するとしたのである。
議事要旨によると、「a time horizon」つまり「時間軸」とのフレーズを使うにあたり、失業率や(日銀の時間軸政策のような)物価指標数値も考慮したことが伺える。しかし、他のメンバーからは具体的な数値目標設定には反対の声が上がったことで、この意見は排除されている。
さらに一人のメンバーからは、特定の日付を使うことに対して、人々に無条件のコミットメントとして扱われるのではないかとの疑問も提示されている。ただし、最終的には多くのメンバーが、具体的な日付を明示することで、市場に有益なガイダンスを与えることになるとして採用されることになる。また、これには「Committee's flexibility」が取り省かれていないことも指摘しており、経済物価情勢次第では柔軟に金融政策を変更できることを示している。
この決定については、フィッシャー、コチャラコタ、プロッサーの3人の地区連銀総裁が「at least through mid-2013」ではなくて、「for an extended period」で良いのではないかとして反対した。期間を明示してしまうと、それまではいかなる経済情勢となろうと委員会は超低金利政策を続けるとの誤解を招きかねないとの指摘もあった。
この時間軸の明確化については、私個人の印象としては、緩和色を強めるために無理やり引っ張り出した感がある。だからこそ3名もの反対者が出たのではないかと思われる。
議事要旨ではこのあらたな政策に対する議論の前に、追加緩和に関する議論もあった。市場ではむしろここを重視しているものと思われる。
「Some participants」が追加の資産購入は長期金利の低下を促し、緩和効果を高めるであろうと発言している。そして、「Others」からの意見として、FRBのポートフォリオにおける資産の平均残存期間の長期化により、長期金利に同様な影響を与えるだろうとした。これはバランスシートの規模の拡大などにはつながらないとの補足もあった。さらに「A few participants」から超過準備の付利引き下げが示唆されている。
これらに対して「some participants」からは、追加緩和について否定的な発言がなされていた。追加緩和による景気回復に対する効果は疑問であり、むしろインフレを押し上げてしまうリスクがあることを指摘している。
ここで気になるのが、今回のメンバー10名がどのように区分けできるのかという点である。はっきりしているのは最後の「some participants」がたぶんフィッシャー、コチャラコタ、プロッサーの3人であろうということである。となれば残りは7人。最初の「Some participants」も「Others」、「A few participants」も複数となれば、どうやらそれぞれ最低2人ずつ、どれかは3人いる。もちろん重複している可能性もあるが。
果たしてバーナンキ議長はどこに含まれるのであろうかにも関心があるが、どうも議長の意見がすんなり通るとの情勢でもなさそうで、この意見の集約にはやはり時間がかかると見るべきであろう。
このため、「they agreed that the September meeting should be extended to two days in order to provide more time. 」と9月の会合を2日にすることに8月9日の時点で同意していたのである。
しかし、これについては8月9日に表明せず、メンバーや関係者にはそれを伏せておくようにさせ、ワイオミング州ジャクソンホールで開催されたカンザスシティ連銀主催のシンポジウムまで大事に保管されていたことになる。
8月にはすでに時間軸の明確化を打ち出していたので、追加緩和の期待を強めさせるFOMCの日程変更の発表はあとにずらして緩和効果を継続させることをはかったのであろうか。それとも市場でジャクソンホールへの期待感が高まるのを予想して、いわゆる隠し玉として保管していたのであろうか。
結果的にジャクソンホールでは緩和への期待感を出すことには成功してはいるが、その追加緩和については、市場が期待しているQE3はまだ小数派でしかない。追加緩和策について委員間で大きく分かれるなどまとまりがない状態で、ある意味、手詰まり感も伺える。いったい9月のFOMCでは何が打ち出されるのか、いろいろな面で関心が高まりそうである。
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