2012.7.31「違和感を感じたときには」
違和感を感じるか感じないかは、ある程度の経験や知識が必要となる場合もあるが、直感的に何かおかしいと感じる場合もある。相場の世界においても、この違和感を感じた際には、何がおかしいのかを早めに確認することも重要である。
ロンドン・オリンピックの開会式でインド選手団の入場の際に、インド選手のユニフォームを着用せず1人だけ赤色の上着と青色のパンツという出で立ちで行進していた女性がいたことに気が付いたであろうか。この女性はインドの選手やコーチ等ではなく、ショーの出演メンバーが紛れ込んでいたそうで、セキュリティの甘さなどが指摘された。
この女性は特に関係者に止められる様子もなく堂々と行進していた。しかし、大会関係者は早めに気づいて対処すべき問題であったはずである。一般人が紛れ込むことはありえないとの自信からか、そのようなチェックが行われなかったのであろうか。ただし、全世界の何億人もの人はその女性への違和感は感じていたはずである。
相場の世界でも、このような違和感を感じたときには何かしらの対処が必要となる。何かおかしいと感じたときには、その理由を確認するとともに、仮にそれにより相場が変動する可能性を感じたならば、できうる限りの対処を行うことも必要であろう。
2003年6月の国債相場は自分でもいろいろと反省すべきことがあった。これは自分の書いたものでもその痕跡が残っている。
2003年6月4日のコラムでは、「現在10年国債の利回りは0.5%にまで低下している。これはもちろん歴史的な低利回りである。この国債相場に対して懸念する声も強い。また国債の価格の上昇による売買益などは無視して、国債が急落したらどれだけ損失が発生するのかといった見方しかできないようにすら思える記事なども見受けられる。1%金利が上昇したら銀行保有の国債はどれだけ損失が発生するのか計算するのは簡単である。しかし、それ以前に1%金利が上昇するという根拠を述べてほしい。」と書いていた(債券ディーリングルーム、2003年6月4日の「若き知」より)
。
ちなみに債券相場がピークアウトするのは、これからわずか1週間後である。しかも、それからしっかり1%程度長期金利は上昇することになる。見事な相場観(?)としか言いようがない。
ところが6月9日にはこんなことを書いていた。「災害も警戒している時には起きることなく、忘れたころに起きる。相場の格言に「まだはもうなり、もうはまだなり」というのがある。もうこんなに買われているなら下がるはず。ところがいっこうに下がらない。・・・最近の株価の戻りは一時的なものと見ている人が多い。米国株に追随しているだけとの見方も強い。・・・経済指標も決して景気の回復を示すものはない。ないが株が下げなくなったのは何故なのか。誰か無理に買っているわけでもないようである。」と株の反発に対して、一種の違和感らしきものを感じていた様子があった。
「大きな流れが変わりつつある兆候と言えなくもない。その動きはたぶん目に見えないものであろう。しかし、株価がその兆候を捕らえているとしたらどうなるのか。今回も結果として株は一時的な反発に留まるかもしれない。だが、このようなちょっとした兆候みたいなものは常に気をつけなければならない。」(債券ディーリングルーム、2003年6月9日の「若き知」より)
どうやらこのあとのVARショックと呼ばれる国債価格の急落に対しては、ピークアウトする近くまで妙な強気でいたものの、寸前になり株価の動向がちょっと変だとして警戒心を強めていた。これは寸前になって予感が当たったとかを自慢したいものではなく(
?)、このような違和感を元にしての兆候の変化をかぎ取ることも、リスク回避には必要ではないかと思った次第である。
そういえば、1998年末の運用部ショック(国債価格の急落)の際にも、日経新聞に出た小さな囲み記事に違和感らしきものを感じていた市場参加者も多かったはずであり、これがひとつの発端となった。当時の資金運用部が国債市場でどのような存在であり、そこの国債運用に変化が出るということは何を意味するのか。その結果はのちに国債価格の急落という運用部ショックとして現れた。
今回の欧州の信用不安によるドイツやフランス、さらに英国やスイス、そして米国の長期金利の低下は、国債のバブル相場となっていることは確かではなかろうか。これについては「買われる理由があるため買われている」のであろうが、過去最低の利回りの更新が続く様子は、2003年6月までの日本国債の動きに近いものがある。
いずれこの大きな反動がくるであろうが、それが何をきっかけにくるのかはなかなか予想しづらい。この兆候が、たとえば株価の動向などから読み取れることができるのかもしれないが、これもわからない。
しかし、相場の動きに何か違和感を感じたら、それはしっかりチェックしておく必要がある。もし今回のオリンピック開会式でのインド選手団に紛れていたのがテロリストであったとしたら、たいへんな事態となる。この場合、主催者による迅速な対応があれば、大きなリスクの芽を、とりあえず押さえ込むことも可能となる。同様に相場変動の兆しを何かしらの動きで感じた際には、取り得ることが可能な範囲での対処する必要があり、それにより少しでもリスクを軽減、もしくはそれに乗じて利益を得ることも可能となる。


2012.7.30「先物取引の重要性と課題」
日銀の白川総裁は、Futures Industry Association(先物業協会)が主催したコンファランスにおいて「先物取引市場と業界の課題」というテーマで講演を行ったが、この邦訳が日銀のサイトにアップされており、今回はこの内容について見てみることにする。
先物取引は商品だけでなく金融の世界でも歴史はあるが、一般にはあまり知られていない。個人的にも債券先物が取引されるまではほとんど関心はなかった。しかし、現在では金融のデリバティブの世界では中心的に存在ともなっており、たとえば債券市場の動向を見るにあたって長期国債先物(債券先物、JGB先物とも呼ばれる)は、ペンチマークのような存在となっている。
先物取引といえばシカゴでの取引が有名であるが、そのシカゴが参考にしたのが、18世紀初頭、大阪の堂島では始まった米の先物取引である。この時代すでに証拠金や差金決済といった仕組みがあり、限月などの仕組みも出来ていたのである。白川総裁も先物取引所と呼べる組織が、世界でおそらく最も早く日本で設立されたとしている。
「洗練された市場が自律的に発展したという事実は、条件さえ整えば、日本において先物取引が繁栄し得るのではないかとの期待が全くの的外れでなはいことを示唆している。」と白川総裁は指摘しているが、現実に債券市場での長期国債先物取引を見る限り、十分活用されていることは確かである。また、日経平均先物も個人を含めて活発な取引が行われている。
ところがこの先物市場を含めての取引が危機を迎える場面があった。「金融危機の頂点、とくに2008 年の後半においては、欧米を中心に金融市場はほとんど機能を停止した」(白川総裁)状況にあり、カウンターリスクが強まり、CDS取引を含む店頭(OTC)デリバティブ市場において、問題が先鋭化していた際、問題への対応を検討するにあたり、「店頭デリバティブ市場については、比較的問題が少なかった先物市場の経験が広く参照された」とある。
ここで注意しておくべきは、「先物取引」と呼ばれる取引は、大阪堂島、シカゴのCME、CBTで発達したことでもおわかりのように「取引所取引」である。債券先物は東証、日経平均先物は大証で売買されている。つまり相対で行う店頭取引ではない。外為市場では先渡し取引を先物取引と称することもあるが、厳密な意味では先物取引ではなく、外国為替証拠金取引についても厳密には先物取引ではない。
改革を進めるにあたり「店頭デリバティブ市場は、先物市場に一層近づくことになる。標準化になじまない商品についても、証拠金の受払いや取引の報告という、先物市場で有効性が確認されている義務が課されることになっている」(白川総裁)とされ、店頭デリバティブは、歴史のある先物取引が参考にされ、今後同じような形式の取引になっていくことが予想されている。
また、白川総裁は、「先物市場は、取引所とそれに関連した清算を行う仕組みという、すぐに活用できるモデルを示しているが、そのモデル自体に改良の余地が残されている。」とも述べている。この清算を行う仕組みに関しては、下記のような事例も総裁は指摘している。
「リーマン・ブラザーズの破綻によっても日本では大きな混乱は発生せず、その結果国境を越えた影響は最小限に止まったが、日本国債清算機関(JBGCC)における危機管理の手順に改善の余地があることも明らかになった。・・・リーマン・ブラザーズの法的な倒産手続が始まり、同社が日本国債清算機関に対し国債と資金を引き渡すことができないと判明したところから、必要な国債と資金を手当てできるまでの間、日本国債清算機関は多大な労力を費やした。それは綱渡りであった。」
この事例研究はかなり重要なものであろう。何かしら大きなアクシデントが生じた際の対応はこのような清算機関にも当然求められるものとなる。しかし、「清算機関は、その利用者が破綻した時でも健全性を維持しなければならないが、これを実現するのは容易ではない」(白川総裁)。
国債取引に関するリスク軽減への取り組みとして、総裁は日本国債の決済期間の短縮も指摘している。今年4月以降、日本国債の取引は、それまでの T+3 決済からT+2 決済に短縮され、未決済残高が削減された。さらに決済期間を T+1決済まで短縮するための検討も開始されている。
金融という大きなインフラが構築されているが、その中にあって国債の取引が円滑に行われているのは、実は多くの仕組みに支えられている。特にあまり目立たないが決済や清算機能であり。これが円滑に働いていなければ、市場そのものは成り立たないことにもなる。
ちなみに資金の決済は最終的に日銀の口座が使われることになろうが、白川総裁は「日本銀行は、証券取引所や東京金融取引所を含むさまざまな金融市場インフラ運営者との間で、長きにわたり建設的な関係を構築してきた。同時に、中央銀行に口座を保有しているからといって、緊急時に中央銀行から自動的に資金供給を受けられるとは限らない点も強調したい。」とも釘を刺している。

2012.7.27「日銀のこれから課題」
日銀は世界の中央銀行の先駆けとなる格好で、1999年2月にゼロ金利政策を導入し、政策金利をほぼゼロ近辺に引き下げた。このゼロ金利政策は2000年8月に解除されたが、その後、日本のデフレ圧力はさらに強まることとなり、2001年3月からは量的緩和政策を導入した。これは政策金利がこれ以上引き下げられないことから、政策目標を日銀の当座預金の残高にするという、過去に例のない政策を打ち出した。これは政策金利を上げ下げする伝統的な手段に対し、非伝統的手段と呼ばれた。
デフレは日本独自のものであり、よもや欧米の中央銀行が同様の手段を取ることになろうとは、誰も考えてはいなかったのではなかろうか。
日銀の量的緩和政策は結局、2006年3月まで続くこととなる。7月にはゼロ金利政策も解除され、2007年1月に政策金利は0.5%まで引き上げられた。しかし、日銀の政策金利の引き上げはここまでとなった。
2007年あたりから、米国のアメリカの住宅価格の下落をきっかけに、サブプライム問題が発生し、それが2008年のリーマン・ショックを引き起こし、世界の金融経済に大きな衝撃を与えることとなった。日銀は再び利下げを行ったが、そののりしろはわずかに0.5%しかなく、オペの増額などで緩和効果を計った。
それに対して、欧米の中央銀行は非伝統的手段を講ずることとなり、2009年3月にFRBはのちにQE1と呼ばれる量的緩和策を導入し国債等を買い入れることとなった。イングランド銀行も量的緩和策として国債の買入を決定したのである。
しかし、2010年にはいると今度はギリシャを発端とする欧州の信用不安が強まり、これが世界の金融市場を揺るがすこととなった。これに対して2010年5月にECBは市場機能の正常化を目的として、国債の流通市場に介入することを発表した。1999年のユーロ発足以来、欧州の中央銀行が国債の買入を実施するのは初めとなる。
2010年10月に今度は日銀が、実質的なゼロ金利政策、時間軸の明確化、さらに国債を含めた資産買入等の基金創立を検討するという包括的な金融緩和策の実施を決定した。
そして、2012年1月にFRBは物価に対して特定の長期的な目標(ゴール)を置くことを決定し、日銀も2月に中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として「中長期的な物価安定の目途」を示すことを決定した。
これはFRB、日銀ともに正式にはインフレ目標の導入と認めてはいないが、これまでインフレ目標の採用は行ってこなかった主要中銀がついに実質的なインフレ目標を導入したと認識されたのである。
欧州の信用不安はギリシャを発端として、アイルランド、ポルトガル、そしてスペインに拡大してきた。いずれイタリアにも及ぶ可能性もあるなど、対策は幾度も講じられるが問題解決には至らず、むしろ問題は拡大し長期化する恐れもある。
このような状況下、日本はさておき、欧米諸国も財政への懸念もあることで、財政政策には頼れず、このため自ずと対策は中央銀行頼みの状況が強まっている。
安全資産として外為市場では円が買われたことで、円高抑制に向けた対策も日銀に求められ、さらに消費税増税による景気への影響も懸念されるため、この対策も日銀に委ねられた格好となった。
基金の増額はどうしても国債中心に成らざるを得ないものの、日銀にとり財政ファイナンスとも意識されかねないため、国債の買入増加も慎重とならざるを得ない。
しかし、このように日銀の慎重姿勢に対する批判も、与野党の一部から出ており、それが日銀法改正の動きにも繋がっている。しかし、この日銀法改正は日銀の独立性を損ないかねない。日本のこのような政治的な圧力は、世界の金融の歴史の流れに完全に逆行するような格好となっている。
日欧米の中央銀行は、すでに非伝統的手段を取らざるを得ないが、さらなる緩和については限界もある。しかし、対策は中央銀行に期待され、期待を裏切られると批判される。特にその傾向が日本で顕著であり、これは日銀の政策委員の人事にまで影響を与えつつあり、日銀審議委員もやっとここにきてフルメンバーが揃った。さらに2013年には日銀の総裁、副総裁の後任人事も注目されている。今後の日銀総裁の後任人事や日銀法改正などの状況次第では日銀の信認そのものが試される可能性もある。それが日本の金融経済に大きな影響を与えかねない。このため、これからの日銀の動きに対しても注意して見て行く必要があろう。


2012.7.27「新日銀審議委員の金融政策に対するスタンス」
7月24日に日銀の佐藤審議委員・木内審議委員就任の記者会見が行われ、その要旨が25日に日銀のサイトにアップされた。今回はこの要旨から、2人の新審議委員の金融政策に対するスタンスを探ってみたい。
その前に2人が審議委員として政府から提示された経緯を確認してみたい。今年の4月4日に日銀の中村審議委員と亀崎審議委員は任期満了となったが、後任人事は混迷した。まず、亀崎委員の後任人事の提示が見送られたのは、事前に候補者名が報じられ、これにより政府が今回の提示を断念したとの見解も示された。その際、一部報道で名前が挙がっていたのは伊藤忠相談役の渡辺康平氏だが、これについては自民党議員がそれはありえない、との発言も出ていた。
そして、中村清次審議委員の後任については、3月23日に河野龍太郎氏を起用する人事案を政府は提示していたが、これは野党の反対により両議院の同意という条件を満たせなかった。河野氏が日銀寄りのスタンスであるからとの理由で、与党民主党内からも反対の意見が挙がったのである。
しかし、長期に渡る日銀審議委員の空席を回避するため、政府としては与野党から反対されない人事案を出す必要に迫られた。その結論として出されたのが、佐藤氏と木内氏であろう。いわゆるマーケット枠が急に2人となったのは、欧米の中銀のスタイルに近づける意図もあったのかもしれないが、実業界から持ってくることが困難であったことも想像される。
反対されない人事案であったということで、新審議委員のスタイルはハト派、つまり金融緩和に積極派とのイメージが強いかもしれない。マスコミでもそのような報じられ方をしているように感じるが、現実にはそうではないのではなかろうか。
たしかに佐藤氏はこれまでの日銀の政策にやや批判的かとの印象を個人的には持っていたが、木内氏については日銀に対するスタンスは個人的に明確ではなかった。たしかに今年に入ってのレポートで木内氏は「政府と日銀の連帯強化」が必要との持論も展開していたことを報じられてはいたが、どちらかといえば木内氏は中立的なスタンスではないのかとの印象である。そのあたりを探るためにも、今回の記者会見の内容は参考になる。
早速、会見内容を確認してみると、日銀が示している物価のパス、またデフレ脱却のパスを満たすにあたり、佐藤氏は「資産買入れ等の金融緩和が、如何にして物価の回復に結び付くのかというパスを、もう少しクリアにしていけるような、そういった政策運営が必要なのではないか」と指摘している。そのパスが見出せずになかなか苦労しているのが日銀であるが、ぜひこのあたり新鮮な意見を出していただきたい。
ちなみに佐藤氏はこの発言の前に、「現状の金融政策については、周知の通り、強力な金融緩和を進めているということで、資産買入れ基金の増額を順次進めてきていると理解しています。」としている。
ちなみに木内氏も「現状の経済のもと、デフレ圧力は緩和の方向に向かっていることは確かだと思います」と発言している。ただし、2014年度にかけて1%に達するかどうかについては疑問を投げかけいている。そのため、新たな形の金融緩和を柔軟に考えていくことが必要としている。これは緩和論者というよりも現在の日銀のスタイルそのものであろう。
金融緩和における為替への影響について佐藤氏は、「日銀が努力はしていますが、なかなか努力の割に報われないというところは、そういった海外要因も影響しているかと思います。」とも指摘している。そういえば、河野龍太郎氏はかつて無制限介入を唱えていたことがあったらしい。このあたり、佐藤氏よりも河野氏の方が、むしろ河野氏を反対していた議員の考え方に近かったのではなかろうか。
木内氏はデフレについて、「インフレ率の期待については、金融政策である程度上げることが可能ではないかと思います」としている。ただし、「引き続き、インフレ期待の引き上げというのは、日本銀行がデフレ脱却に向けた強い姿勢を示すことで、ある程度可能な分野ではないかと思っています。」・・・ハト派であろうか。
「限られた選択肢の中から知恵を絞って、常にデフレ脱却に向けて新たな政策を考え出していくという姿勢は、今後も必要だろうと思っています」との木内氏の意見もあり、まさにその通りであるが、これも日銀の現在のスタイルそのものであろう。
物価安定の目途としての1%という数字については、佐藤氏は理想的には2%としながら、「スタート地点として 1%を目指していくという、現状の日銀の考え方は理解できる」としている。
また、「当面の目途としての 1%というのは、結論から申し上げると妥当かと思っています。」との木内氏のコメントもあった。
以下、もう少し踏み込んでみたいところだが、長くなってしまいそうなので、結論を言えば、2人の新審議委員は現在の日銀のスタイルからそんなに離れているわけではない。むしろかなり近いように感じる。もちろん最初の会見であり、少し控えめにコメントしていたとか、日銀担当者の意見が反映されたためとの見方も出ようが、それなりに自らの意見を述べていたとの印象である。
そして佐藤氏は「国債の直接引受け、これは、財政規律の観点から厳に避けるべき」と指摘し、木内氏も「国債の買入れが財政の規律を緩めることにならないかどうか、そういうリスクを常に意識して政策を運営しなければならないのではないかと思っています。」と指摘している。まさにその通りであるかと思う。


2012.7.26「日銀による金融政策のターゲット」
日銀は1995年3月の短期金利低め誘導以来、無担保コール翌日物の金利を政策金利にしています。取引量も多く金利全体の基準とも言えるものなので、日銀としてもオペレーションなどによってコントロールしやすいため、これを操作することにより、さらに長い期間の金利にも間接的に影響を与えることが可能となります。
政策金利がゼロ近辺となった際には別な目標が必要となります。このため、2001年3月から2006年3月の量的緩和政策の際のターゲットは日銀の当座預金残高となりました。
リーマン・ショック以降の金融経済危機への対応の際には、無担保コール翌日物の金利の引き下げ余地に限界があり、新型オペによる資金供給額が目標とされました。
2010年10月の包括緩和政策の決定により、ゼロ金利政策が打ち出され政策金利の引き下げ余地はほぼなくなりました。このため、新たに導入された資産買い入れ基金の額が金融政策における新たなターゲットとなっています。
伝統的手段において、中央銀行は短期金利を動かすことにより、より長めの金利に働きかけようとします。つまり、債券市場そのものに影響を与えることで、景気や物価の動向に働きかけようとしているのです。将来の物価変動とともに短期金利の先行きの見通しが、長期金利を形成します。短期金利の将来の見通しについては中央銀行の金融政策の動向が大きな影響を与えます。これについては、政策金利が実質的なゼロ近辺にまで低下してしまった場合の金融政策、いわゆる非伝統的手段における金融政策の内容を確認するとそのあたりが明確になります。
2010年10月の決定会合で決められた包括緩和政策についても、ゼロ金利政策を復活させたことに加え、「中期的な物価安定の理解」に基づき、物価の安定が展望できる情勢になったと判断するまで、実質ゼロ金利政策を継続していくとし、時間軸を明確化しました。これによりゼロ金利が長期化されると市場が予想すれば、より長い期間の金利の低下を促します。これが時間軸の強化とも呼ばれるもので、長期金利の低下を促すことが目的となります。さらに日銀のバランスシート上に基金を創設することを決定しましたが、この基金による長期国債の買入は、日銀券ルールには縛られないかたちでのものとなりました。このあたりも長期国債の需給に大きな影響を与えることとなります。


2012.7.25「長期金利の世界記録更新なるか」
7月23日、スイスの10年債利回りが0.443%近辺まで低下し、長期金利の世界記録に接近した。
スペインが地方政府向けの支援を余儀なくされ、それにより銀行支援だけでなく、財政面からも全面的な支援を仰ぐのではないかとの警戒が出て、23日の欧州市場ではリスク回避の動きを強めた。
スペインの10年債利回りは一時7.6%近辺まで上昇し、イタリアの10年債利回りも6.32%近辺に上昇しアイルランドの10年債利回りを上回った。スペインを助けたらイタリアを助ける資金はないとの懸念も出ていたようである。
これに対して安全資産として23日にドイツの国債は買われ、10年債利回りは一時1.126%と、過去最低を記録した(24日はムーディーズがドイツ等の格付け見通しをネガティブに変更したため反落しているが)。同様の理由で英国債も買われ、10年債利回りは一時1.407%とこちらも過去最低を記録している。米債も買われ、10年債は一時1.4%近辺に低下し、こちらも過去最低水準に。
スイスの国債もやはり安全資産として買い進まれた結果、0.443%近辺とこちらもデータがある限り、過去最低の利回りを更新したのである。
それではこれまで世界の長期金利の低い方でのワールドレコードは、何%であるのかご存じであろうか。その前に「長期金利」という定義そのものが少し曖昧な面があり、このあたりを確認しておきたい。
現在、世界の長期金利として認識されているのは、日本を含めて10年国債の利回りであると思われる。長期金利という表現より、長めの期間の金利のベンチマークとして認識されているのが、10年国債の利回りである。しかし、10年債の利回りが長期金利(ベンチマーク)として認識されたのは、それほど昔ではない。
そもそも米国債は以前、10年債よりも30年債のほうが売買高も多く、ベンチマークとなっていた。日本においても戦後初めて発行された国債は7年満期であり、それが10年に変わったのは1972年1月からである。しかも、その後は集中的に10年債中心に売買が行われた時代もあったが、国債の発行年限の多様化により、年間発行額から見て今年度では10年債(27.6兆)は2年債(32.4兆)や5年債(30.0兆)よりも少ない状況になっている。
ただし、米国は30年債の発行が一時停止されていたこともあり、その後10年債がベンチマークとして意識されるようになり、日本でも長期金利といえば10年債の利回りとの認識は続いている。これは欧州各国もどうやら同様のようである。
ということで、10年債利回りを長期金利として見なして、その最低記録はいくつなのかといえば、記録が正確に残っている限り、日本において2003年6月11日のザラ場中(引けではなく取引時間中)に日本相互証券で記録した0.430%であると考えられる。
そのワールドレコードが、ついにスイスによって塗り替えられようとしている。2003年6月の日本記録というか世界記録の更新は、その後の反動売り(VARショック)もあり、日本ではあまり良いイメージが残っていない。だからこそ、日本の長期金利は低下しつつあるも0.7%近辺に止まっているのであろう。
しかし、もしスイスがこの記録を塗り替え、さらにドイツや米国、英国の長期金利がいずれ1%を割り込み、日本の長期金利に迫るようなことがあれば、過去の栄光(?)を取り戻すべく、日本の長期金利もあらたな記録更新に挑むのかもしれない。そんなことも感じさせるここにきての日欧米の長期金利の動きである。


2012.7.24「欧州危機再燃とオリンピック」
ユーログループは20日に、スペインの銀行救済向けの最大1000億ユーロの金融支援を最終承認したが、銀行問題だけではなく地方財政の問題が、あらためてクローズアップされた。スペイン政府はこれまで、自治州を破綻させない方針を示し、自治体支援の為の基金を設定するなどしているが、あらためてスペイン政府の財政そのものへの懸念も強まった。
さらに今度はギリシャの債務問題が再浮上する可能性も出てきている。ギリシャの債権者である欧州連合の欧州委員会と欧州中央銀行、国際通貨基金のトロイカが、24日にアテネ入りするが、ギリシャが支援に向けての約束を果たすか疑念が広がっているそうである。ギリシャ政府は3月に合意した支援プログラムをめぐる融資条件の緩和を望んでいるとも伝えられた。
2009年秋あたりから騒がれ出したギリシャの債務問題は2010年に入り、市場を大きく揺るがすこととなり、それがアイルランドやポルトガルに波及し、イタリアやスペインに及ぶこととなった。欧州連合などは危機封じ込めのために、必死の努力を行ってきてはいるが、それは対処療法とならざるをえず、いくら穴をふさいでも違うところから水漏れが続いてしまうような状況が結果として続いている。
まもなくロンドン・オリンピックが開催される。日本では東京オリンピックは高度成長の象徴となったが、これはその後、戦後初の国債発行へと繋がることとなる。札幌オリンピックが開催された1972年は日本列島改造論が出た事に加え、福祉元年とも言われた年となった。その後のオイルショックも加わり、高度成長から低成長時代に移るとともに、一般歳出に占める社会保障費を増加させるきっかけともなった年である。
そして、長野で冬季オリンピックが開催されたのが、1998年2月である。この2月に30兆円の公的資金枠を設けた金融システム安定化2法(改正預金保険法、金融機能安定化緊急措置法)が成立するなど、日本では不良債権問題が大きくクローズアップされていた。11月にはムーディーズによる日本国債の格下げがあり、年末には運用部ショックもあった。
このように日本でオリンピックが開催された年は、財政金融問題から見ると何かしらのターニングポイントになっていたように思われる。
そういえば前回、夏のオリンピックが開催されたのは北京であるが、その開催は2008年8月8日から8月24日にかけてである。このあとすぐ起きたのがリーマン・ショックであった。もしかすると今回のロンドン・オリンピックのあと、世界の金融市場で何かしら大きな変化が起きるかもしれない。そんな予兆も感じさせる今回のスペイン等の動きでもある(悪い方向か良い方向かはわからないが)。


2012.7.23「昔の日銀の金融政策に関わる情報漏れ」
2007年1月1日、読売新聞は日銀が1月にも利上げを実施する方向で検討する見通しと伝えた。そして、12日にメディアは利上げ決定かと一斉に報じた。ところが、1月16日の9時近くにTBSがニュースにおいて「日銀が1月利上げ見送りの方向で最終調整」と伝えた。NHKも17日朝のニュースで「日銀、追加利上げ見送りの公算」と伝えたのである。1月18日の金融政策決定会合の当日、TBSが朝の10時過ぎに「日銀は、今回の金融政策決定会合で、金利の引き上げを見送る見通しである、と今週初めまでに政府側に非公式に伝えていたことが、JNNの取材で明らかになりました」と伝えていた。
1月19日の日本経済新聞の記事には「ある日銀関係者は『副総裁の岩田一政は当初から1月利上げに消極的だった』と証言する。福井はもう一人の副総裁、武藤敏郎を含め、執行部が一枚岩になれるかを瀬踏みしたとされる」とあった。1月の追加利上げ見送りは、この執行部の意見が分かれたことが大きな要因ではないかと見られた。結果から見ると、執行部の意見が割れていることがどこからか漏れたことによって、利上げ見送りと報じられたものとも考えられる。
1月の金融政策を巡る動きは、結果として見ればひとつの大きな教訓ともなった。2月の金融政策決定会合では、マスコミも事前の報道合戦はなく静かに会合結果を見守っていた市場も追加利上げをある程度織り込んでいたことで、利上げが決定されても大きな波乱はなかった。しかし、2007年2月の決定会合では別な問題も生じていたのであった。
2007年2月21日の金融政策決定会合において、NHKが決定会合が開催中の時間にもかかわらず、テロップで「日銀総裁 金利引き上げを提案」と速報を流し、さらに「先ほど福井総裁が追加的な金利の引き上げを提案し、金利の引き上げが決まる見通し」と伝えた。
現実にこの日の決定会合では利上げが議長提案され、8対1の賛成多数で追加利上げが決定され、無担保コール翌日物の誘導目標値は0.25%から0.5%に引き上げられた。2006年3月の量的緩和の解除の際や7月のゼロ金利の解除の際にも、会合の最中にもかかわらず、いずれも議長提案に関する報道が流れた。
それ以前にも、たとえば2001年2月9日の決定会合で、当時の政策金利である公定歩合を0.5%から0.125%引き下げるという主張がなされた直後に、これが複数のメディアから流れ、議場の電光掲示板のニュースでそれに気付いた政策委員たちが、引き下げ幅を0.15%に変えるという事態に追い込まれた。
日銀はそれ以降、日銀関係者に対して携帯電話の持ち込みや、政策委員が自室に戻ることを禁じるなどの情報管理を強めた。そもそも日銀の役職員が守秘義務に違反した場合は、日銀法29条で罰せられる。
しかし、日銀の役職員以外が金融政策に関する情報を漏洩した場合、これを罰する明確な法律はない。金融政策決定会合には、9人の政策委員や理事等に加え、内閣府と財務省の関係者が出席を認められている。政府出席者は意見を表明することはできるが、投票はできない。ただし、議決延期請求権を持っている。
日銀政策委員の間で議論がある程度尽きたあと、議長は議案の提出を行うが、この際に、内閣府と財務省の政府出席者は、議決延期請求権の行使の必要性などを確認するため、それぞれの担当大臣と連絡を取る。ここで決定会合は一時中断され、総裁が議案を提出した内容が、内閣府、財務省、そして首相官邸の関係者の知るところとなる。
決定会合への携帯電話の持ち込み禁止にしても、のちの連絡のためもあるのか、それまで政府関係者には徹底されていなかったとも言われる。このため、当時の議事進行の情報漏洩はこのあたりからではないかとみられていたが、確証があったわけではなく、あくまで推測である。
ただ2007年2月の会合内容の漏洩はどうやら、中断時間よりも前であった可能性があり、誰かしらが直接、NHKの記者に漏らしていた可能性もあった。
これはさすがに問題視され、これ以降、決定会合の最中に政策変更の内容が漏れるようなことはなくなってきたが、そもそもNHKがこのようなリークに荷担しても、それが責められるようなことがない状況こそ、今思えば異常である。このリーク先がもし、ヘッジファンドなどの投資家であったとすれば大きな問題になりかねなかった。


2012.7.22「6月に都銀は3か月ぶりの債券買い越しに」
7月20日に日本証券業協会は6月の公社債投資家別売買高を発表した。これによると、都銀は2兆2899億円の買い越しとなった。5月は5993億円の売り越し、4月は過去最高水準の5兆1028億円の売り越しとなっていたが、6月は3か月ぶりの買い越しに転じた。
同時に発表された国債の投資家別売買高でみると、都銀は中期債を1兆2691億円買い越し、長期債は6261億円、超長期債は3592億円の買い越しとなり、長期・超長期債が5月の売り超しから買い越しに転じた。6月の10年債利回りは0.8%台でのレンジ内での動きが続いていたが、都銀は中期債を中心に長期、超長期債を含めて幅広く買いを入れていたことが伺える。
都銀の次に買い越しで目立ったのが外国人で、全体で1兆7562億円の買い越しとなっていた。こちらも中期債を5728億円、長期債を9788億円、超長期債を1960億円の買い越しとなり、都銀同様に幅広く買いを入れていたことが伺える。
生保は5月は売り超しとなっていたが、6月は8004億円の買い越しに転じた。超長期債中心の買い越しとなり、超長期債が6190億円、長期債871億円、中期債を521億円の買い越しに。
地銀は6月は3650億円の売り越しと5月の4284億円の買い越しから売り越しに転じた。長期債を4546億円売り越しており、10年債の0.8%近くでは戻り売りを入れていた可能性がある。
信託銀行は4975億円の買い越し、農林系金融機関も6112億円の買い越し。信託は中期と超長期を買い越して長期債を売り越し。農林系は中期・超長期主体の買い越しに。このあたりの動きを見ても、10年債の0.8%がかなり意識されているようにみえる。信金も7895億円の買い越しとなっていたが、こちらは幅広い年限での買い越しとなっていた。
6月の債券相場が引き続き高値圏で安定していたのは、スペインへの懸念などにより、欧州の信用不安が後退せず、リスクオフの動きが継続していたことによる。リスク回避の動きから米国債やドイツ国債等が買われ、日本国債も同様に買われた。ただし、2003年のVARショックの記憶も残り、特に長期債については0.8%割れが一時的となるなど、警戒心も強かったが、押し目では投資家の買いが控えていたようである。
6月の短期債の売買高をみると、外国人が11兆4585億円の買い越しと5月の11兆6562億円と同様の買い越しが続いていた。外国人は昨年10月以降、10兆円を超える短期債の買い越しが継続している。


2012.7.20「欧州でのマイナス金利の背景と日本のマイナス金利の可能性」
7月18日にドイツの2年債の入札において、平均落札利回りがマイナス0.06%(前回0.10%)と初めてマイナスとなった。
流通市場では、スイスやドイツ、デンマークの2年債利回りはすでにマイナス圏にあるが、17日にフィンランドの2年債利回りが、18日にはオーストリア2年債利回りも初めてゼロを下回った。また、フランスの短期国債もマイナス利回りとなっており、ベルギーの短期国債は17日の入札ではじめて発行利回りがマイナスとなった。
ちなみにデンマーク中銀ではECBの利下げに合わせて、7月5日に主要政策金利である貸出金利を0.25%引き下げ0.20%にし、譲渡性預金(CD)金利を0.05%からマイナス0.20%に引き下げている。
これはEUには属しているがユーロ圏には入っていなデンマークが、自国通貨のクローネが、ユーロに対し強くなり過ぎないようにするための措置とみられた。この際、当座預金金利はゼロ%に据え置き、市中銀行が中銀の当座預金に保有する預金残高の上限を697億デンマーククローネに引き上げた。当座預金にこのような上限があることで、譲渡性預金のマイナスの効果も発生するものとみられる。
さて今回の欧州での国債のマイナス金利の背景であるが、そこには欧州の信用不安が根底にあり、その結果、高格付けの国債が希少性を帯びてきた事に加え、銀行に対する警戒感が要因となっていると思われる。
つまり、ユーロ圏内の銀行は大量に抱える資金の保管場所として、最も安全とされる中央銀行、つまりECBの当座預金口座などが使えるが、当座預金口座に預けられない運用者にとり、安全な運用先は格付けの高い国債となり、たとえ金利を払っても、それは安心料との認識となっているものと思われる(実際にはマイナスだから資金の運用者が利息を支払うわけではなく、買い付け価格と償還価格において損失が発生する格好)。
このような資金運用者にとり、銀行の口座に資金を置くという手段もあるが、欧州の信用不安による南欧国債の暴落、さらにギリシャへの貸し出しやスペインでの金融不安も加わり、域内銀行は大きな痛手を負っている。このため欧州の銀行への不安も根強く、いわゆるクレジットリスクがあるため、ここに大量の資金を置くという選択肢も考えづらい。
また域内の銀行にとってECB等から資金を借りるには当然、担保が必要となる。その担保として主に使われるのが国債であるが、銀行としてもこの担保の国債はより安全なものとせざるを得ない。このため、格付けの高く、為替リスクのない、価格変動リスクも小さな期間の短いユーロ圏内での国債へのニーズが強く、それが結果として、該当する国債のマイナス金利を生んでいるということも考えられる。
これらが欧州におけるマイナス金利の要因と思われるが、日本においても2003年1月に無担保コールオーバーナイト取引においてマイナス金利が発生したことがある。これについて、当時の私のコラム(若き知)では下記のように説明していた。
「2002年から外銀の間では、日本国債の格下げなどから日本のカントリーリミット及び日銀へのクレジットラインを減らす動きがあった。すでに外銀はユーロ市場などを通じてジャパンプレミアムなどにより円をマイナスで調達することが可能になっており、そのような資金を含め日銀の当座預金に残していた。もちろん日銀の量的緩和による影響も大きい。しかし、資金が日銀へのクレジットラインへのリミットに達しそうになり、ついに一部の外銀がマイナス金利でも良いからと資金を放出してきたのが要因と言われる。すでにユーロ円市場ではマイナス金利は発生していたものの、国内では初めてであった。」
これについては、日銀の「短期金融市場におけるマイナス」(2005年1月5日)というレポートでは以下のような説明があった。
「金利取引円のリスクフリー・レートがゼロ%近辺まで低下しているなかにあって、為
替スワップ取引でドルの希少性(需要)が高まると、円転コストのマイナス化は容易に発生する現象である。 」
「通常の資金貸借を想定すれば、金利がマイナスになることは考えにくい。しかし、資金取引の裏側にあるモノ(担保)に関するニーズがある程度強まると、資金の取引レートがマイナスになることは十分にありうる。」
さて、日銀は7月17日に基金ではなく通常の長期国債買い入れ、市場関係者は輪番オペと呼んでいる国債の買入において、残存期間1年以下を対象に0.1%の下限金利を撤廃し、マイナス金利での買い入れも容認することにした。これまでは正の金利を入力することになっていたものを、短期国債や1年以下について、「正、負、ゼロのいずれかの値」を入力することに変更したのである(ブルームバーグより)。
現実に日本でのマイナス金利が再び生じるかどうかについては、過去の日本のマイナス金利は、ジャパンプレミアムがついたことによる影響であり、現在とは全く状況が異なる(むしろ正反対か)だけに考えづらい。
またユーロ圏というかEU内の特殊な事情が、EU内でのマイナス金利を形成しているとみられるため、これが日本国債にも波及し、日本でのマイナス金利が発生するということは現状、考えづらい。もちろん超過準備の付利の存在も大きく影響しよう。ただし、短期債主体に海外資金が日本国債に流入し続けているという状況は確かにあり、さらに日銀が短国やCP買入の入札下限金利の0.1%を撤廃したこともあり、今後、何かしらの事情が加わることで、日本でのマイナス金利の可能性が全くないとはいえないことも確かであり、日銀としてもそれに備えた措置を取ったものと考えられる。


2012.7.19「日銀の様々な選択肢とは」
18日に6月14、15日に開催された日銀の金融政策決定会合の議事要旨が発表された。この中から特に「当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要」のところを確認してみたい、
「日本銀行は、成長基盤強化を支援するとともに、強力な金融緩和を推進しており、引き続き適切な金融政策運営に努めていくという方針で一致した」とある。
この場合の強力が金融緩和とは、たとえば基金による資産買入等を進めることによって緩和効果を計るものである。市場ではどうしても追加の緩和策がなければ、緩和していないようなイメージではあるが、基金を増額したとしても、それが実施されるのは時間をかけてであり、さらにその効果が出るのもまた時間が掛かるといわれる。
それから考えれば、7月12日の金融政策決定会合で決められた基金による買入オペの見直しの方が実際の緩和効果を高める可能性がある。これにより短国の利回りが大きく低下することは考えられないものの、短国の需給にはそれなりの影響を与えることが考えられ、実際の緩和効果が発揮される可能性もありうる。追加緩和の有無ばかりでなく、強力な金融緩和策が続けられているということそのものを認識する必要もあろう。
ちなみに日銀は、通常の長期国債買い入れ、いわゆる輪番オペについても札割れを回避するとの目的から、残存期間1年以下を対象に0.1%の下限金利を撤廃した。
「複数の委員は、欧州債務問題を起点として大きなリスクが顕在化した場合などには、わが国に色々なルートで悪影響が及ぶ可能性があるため、様々な選択肢を予め排除することなく、適切に対応できるよう備えておく必要があると述べた。」
この場合の様々な選択肢というものが難しい問題となる。短国も含め基金の増額もしくは買入対象資産の条件変更、超過準備の付利撤廃、通常の国債買入の増額などがありそうだが、基金の増額以外の可能性はあまり高くはなさそうである。
超過準備の付利撤廃については、今回の基金オペの一部変更により、さらにその可能性は後退したと思われる。白川総裁は量的緩和を行った際の状況を踏まえ、短期金融市場の機能を失わせることになる付利撤廃については当面の選択肢には含まれないと予想される。通常の国債買入の増額については、むしろ基金による買い入れる国債の条件を変えることで対処してくるのではなかろうか。
「複数の委員は、欧州債務問題への懸念が直ちに解消することはないとしても、いずれ問題への対応が進むとともに、安全資産への需要が減少する可能性があり、その場合には、米国、ドイツやわが国の長期金利が、反動で上昇する可能性があると指摘した。」
すでにドイツなどの2年債利回りがマイナスになるなど、比較的安全とされる国債への資金集中はバブルの様相を示しているように思われる。それに対して日本では2003年の国債利回りの歴史的低水準からの急反発を経験していることで、欧米の国債に比べれば、その利回り低下はかなり慎重となっている。それでも日本の長期金利は0.8%を割れている。国債がここまで買われるには当然ながら理由が存在し、反対に売る理由が見当たらない。これはこれでバブルであることを意識させるものであり、長期金利が反動で上昇する可能性については常に意識しておく必要はあろう。
「固定金利オペで応札総額が買入予定額に満たない「札割れ」が頻発していることについて、多くの委員は、札割れは強力な金融緩和が市場に浸透していることのひとつの表れであるものの、基金の残高を予定通り積み上げられるよう、引き続き金融調節部署はオペ運営面での工夫を講じていく必要があるとの認識を示した。」
この結果、7月11日、12日の金融政策決定会合において、オペ運営面での見直しが行われ、固定金利方式・共通担保資金供給オペを5兆円減額し、その分、短期国債買入を5兆円増額し、さらに、短国やCP買入の入札下限金利の0.1%を撤廃するなどしたのであろう。


2012.7.18「LIBOR問題に関しての日銀総裁発言」
12日の金融政策決定会合後の日銀総裁会見において、LIBORの不正操作に関する質問が記者からあった。これについて白川総裁は、「ドルLIBORとEURIBORを不正に操作したとされ、今般、英米当局から処分を受けたことは承知しています。ただし、本件については、関係当局による調査が続けられている段階にあると理解しており、私の立場からコメントするのは適当ではないと思います。」とコメントしている。さらに下記のような発言もあった。
「LIBORもTIBORも、金融市場における重要な金利指標であり、こうした不正操作は、金融市場の公正性に対する信頼を損ない、市場メカニズムの健全な発展を阻害しかねない大変深刻な問題です。金融機関においては、こうした不正を防止できるような体制を確保するとともに、金利指標の作成に関わる諸機関が、指標の信頼性を確保できる枠組みを整えることが、金融市場への信認確保にとって重要と考えています。」
問題の元になっている金融機関のみならず、「金利指標の作成に関わる諸機関」に対して信頼確保のために体制作りを促しているが、この諸機関とはLIBORについては英国銀行協会(BBA)のことを指すと思われる。
「米国の金融当局は、2007年当時に不正操作を把握していたとのことですが、日本銀行は不正操作を把握していたのでしょうか」との質問が出ていたが、これについて白川総裁は、「米国、あるいは英国もそうですが、個々の金融機関の不正行為の有無を検証するのは規制監督当局だと思います。日本銀行は行政上の規制監督当局ではありませんので、個々の金融機関について不正行為があったかどうかを直接検証する立場ではありません」と答えている。
この質問をした記者の意図は、LIBORの不正に関してイングランド銀行やニューヨーク連銀がそれを把握していたのではないかとの見方もあり、日銀もその情報を共有していたのかとの問いであったのではないかと思う。しかし、それについて白川総裁は、個々の金融機関の不正行為の有無を検証するのは規制監督当局であり、日銀は規制監督当局ではないため、不正行為があったかどうかを直接検証する立場ではないとした。ちなみにイングランド銀行のキング総裁も、17日の議会証言にて、「2週間前に英金融サービス機構(FSA)が報告書を提出した際に、LIBORの操作問題について初めて知った」と述べている。
日銀がこの問題を把握していたかどうかについては、FRBやBOEとの情報共有等の状況含めて知りたいところではあるが、問題が大きくなり、当然ながら白川総裁もキング総裁も迂闊には答えられない問題でもあろう。ただし、様々な金利の動向について、中央銀行の立場から注意深くみていることは確かであり、LIBOR動向についても関心を持ってみていたことは十分に考えられる。
さて、総裁は日銀は規制監督当局ではないとしていたが、日本の規制監督当局とは金融庁となる。しかし、日銀も金融システムの安定(信用秩序の維持)を図るための手段のひとつとして、金融機関に対して考査や日々のオフサイト・モニタリングなどを行っている。
日銀の金融機関に対する考査は、日銀が金融機関との契約(考査契約)に基づいて行っているものであり、行政権限の行使として行われている金融庁の検査とは法的な位置づけが異なっている。
また、考査結果については、日銀は考査に関する契約および日本銀行法第29条によって守秘義務を負っているため公表されない。また、考査は金融庁検査と異なり行政権限の行使ではないため、金融機関に対する法律上の罰則はない。しかし、金融機関に対して、業務改善に関する指導や要請を行っている。
考査先金融機関が正当な理由なく考査や情報提供を拒絶した場合などには、日銀がその事実を公表することもある。さらに、日銀がその金融機関との当座預金取引を解約することもありえる。もし、そうなった場合には金融機関にとっては日銀と取引ができなくなるという、罰則以上に深刻な事態となる。
(拙著「最新短期金融市場の基本とカラクリがよーくわかる本[第2版]」原稿より)


2012.7.14「超過準備の付利引き下げの可能性が後退、追加緩和カードは増加」
7月12日の金融政策決定会合で、日銀は基金を通じた期間の組み替え等を行った。つまり、固定金利方式・共通担保資金供給オペ等で未達となるケースが多く出てきたことから、固定金利方式・共通担保資金供給オペを5兆円減額し、その分、短期国債買入を5兆円増額する。さらに、短国買入の入札下限金利の0.1%を撤廃。固定金利方式・共通担保資金供給オペの期間で3か月、6か月の区分をなくして6か月以下にした。
これは基金を使っての日銀の資金供給における期間をやや長めにしようとするものであり、取り方によっては追加緩和とも取れなくもない。しかし、今回の決定会合後に発表された公表文のタイトルが現状維持の際の「当面の金融政策運営について」となっており、また総裁の会見でも今回の目的が「日銀による金融緩和の強化を予定通り着実に実施することを担保するもの」としており、日銀としては追加緩和という認識ではない。
今回の変更の目的は、固定金利方式・共通担保資金供給オペでは資金供給がなかなか目標通りに進まなくなってきたことで、短期国債の買入でその分を補おうとするものである。このため、短国買入の入札下限金利の0.1%を撤廃し、日銀の買入額の増加を図ろうとしたものである。
ここで注意すべきは、基金による短期国債の買入下限金利撤廃は、日銀の超過準備の付利の引き下げには直接結びつくものではない点である。昨日の白川総裁会見も、「付利の引き下げは考えていない」とはっきり答えている。むしろ、短期国債の買入下限金利撤廃は「付利金利の引き下げを遠くする」ものとの見方がある(以下、許可を得て7月13日「朝のドラめもん」を参考にさせていただきました)。
今回の措置は、日銀による短国買入の残高を積みやすくさせる為の措置であり、もし超準備の付利を引き下げてしまうと、短国を保有する金融機関(準備預金制度の対象となる金融機関)が日銀に売却するインセンティブがなくなってしまう。つまり付利が継続されれば、銀行などは保有している短国を日銀に0.1%以下で売却し、その売却資金を日銀に預け0.1%で運用することができる。
日銀に準備預金を積まなければいけない金融機関は、その超過準備の部分に0.1%の利子が付くため、特別な事情がない限り、資金運用のため0.1%を下回る利回りの短期国債を購入する必要はない。このように超過準備の付利が存在していることで、0.1%以下の利回りで短期国債を購入する投資家は限定されている。この投資家とは、例えば準備預金制度の対象外の投資家、海外投資家とか投資信託とかであり、また決算対策等の事情で購入せざるを得ない投資家などがある。そして今回、この短国を0.1%以下で購入しなければならないという投資家に、日銀が新たに加わることになる。
このように今回、基金による買入をよりスムーズに行うための措置が取られ、その一環として短国買入の入札下限金利の0.1%を撤廃したが、これは超過準備に対する付利の引き下げを意識させるものではなく、反対にその可能性をむしろ後退させるものと言える。
さらに、今回の措置により日銀が短期国債をさらに購入しやすくなった面があるため、基金による短期国債の買入余地が広がることも意味する。つまり基金の増額というカードを増やすことも可能となる。今回の日銀の措置は基金による買入をスムーズにさせることに加え、将来の追加緩和も見据えた措置とも言えるものであろう。


2012.7.13「情報漏洩を防ぐには」
市場が注目している経済指標の内容を事前に知ることができれば、それが大きな利益を得られる可能性がある。ただ、たとえ数字を掴んでいても市場がどのように反応するのかをかなり正確に予測できないと、数字を知っていても儲けられるとは限らないが。特にアルゴリズム取引と呼ばれるコンピューターを用いた取引に携わるトレーダーなどにとり、発表時間より一瞬でも前に知れば、それを元にトレードも可能となろう。
このような情報漏洩があれば、それは違法な行為であることに間違いはない。11日付けのロイターによると、データ漏えいの可能性に関する連邦捜査局(FBI)や米証券取引委員会(SEC)からの警告を受けた米労働省が、経済指標の発表に関するセキュリティーを強化したことが、米政府のウェブサイトに掲載されたリポートで明らかになったそうである。
一部の金融機関が指標の発表前に労働省のプレスルームにアクセスしてデータを見た上で、金融取引を通じ利益を得ているとの懸念が強まったという。
米国の多くの省庁でも、当然ながら経済指標を発表する際、解禁時間前のデータ発表を禁じる厳しいルールを策定している。プレスルームに集まるメディアの記者に対し、発表時間までコンピューターや電話回線の遮断を義務付ける「ロックアップ」と呼ばれる手続きを採用している(ロイター)。
サンディア国立研究所のリポートによると、当局者らは一部のメディアとアルゴリズム取引を行うトレーダーとの関係が近過ぎることを懸念しているという。
情報漏洩は結局は人が行うものである。もちろん雇用統計の数字を米労働省のコンピューターにハッキングして盗み出すことも絶対に不可能ではないかもしれないが、それにはかなり高度な技術も要求される。そこまでしなくても、発表時間前に見られる者から情報を得た方が簡単ではある。
このリポートは、実際に経済指標が事前にリークされたことを裏づける証拠は示していないが、プレスルームのロックアップのプロセスにアルゴリズム取引を行うトレーダーが存在していることにあると指摘しているそうである。
メディアは、プレスルームに入る前にポケットを空にし、持ち物をロッカーにしまうよう命じられているそうであるが、スパイ映画ではないが情報を外部に伝達するハイテク手段はいろいろと存在する。プレスルームの記者を疑うわけではないものの、情報漏洩への懸念が存在する以上は、セキュリティーをより強化することも重要となろう。


2012.7.12「金融政策は現状維持、オペ未達に対する技術的な対応を決定」
7月11日から12日にかけて開催された日銀の金融政策決定会合では、金融政策は全員一致で現状維持となった。ここで注意すべきは伝統的手段と非伝統的手段のふたつをみることで、政策金利である無担保コール翌日物の誘導目標値を0〜0.1%程度に誘導するというゼロ金利政策は伝統的手段の方であり、基金により買い入れる資産の規模を増額するなどの非伝統的手段での追加緩和があったかどうかもチェックする必要がある。
今回、このことで一部勘違いが発生し、市場で一時混乱するような事態となった。つまり追加緩和が決定されたと市場が勘違いし、ドル円が80円近くまでつけ、日経平均も下げ幅を縮小させ、債券先物も一気に買い上げられていた。
これは今回、固定金利方式・共通担保資金供給オペ等で未達となるケースが多く出てきたことから、固定金利方式・共通担保資金供給オペを5兆円減額し、その分短国買入を5兆円増額することとした。さらに、短国買入の入札下限金利の0.1%を撤廃。固定金利方式・共通担保資金供給オペの期間で3か月、6か月の区分をなくして6か月以下にしたのだが、これが一部で追加緩和と受け取られたようである。
これにはベンダーから、短国買入を5兆円増額と短国買入の入札下限金利の0.1%を撤廃の部分がフラッシュニュースで流れ、基金増額とともに超過準備の付利引き下げかとの勘違いも引き起こしていた可能性がある。しかし、今回の措置はあくまでオペ等での未達を防ぐことが目的であり、日銀は追加緩和という認識ではない。このあたり、公表文の内容を確認すればわかることでもあるが、その公表文のタイトルでも判断が可能となる。つまり、現状維持の公表文のタイトルは主に「当面の金融政策運営について」となっていることに気が付いていれば、混乱は防げたはずである。ちなみに追加緩和の際には、「金融緩和の強化について」といったタイトルがつけられている。
今回の対応は短い期間のオペの未達が発生していたことで、3か月、6か月の固定金利方式・共通担保資金供給オペの金額と期間を変更させ、それよりは長い期間が可能な短国の買入をその分増加ざるとともに、短国買入の入札下限金利の制限を撤廃することで、さらなる金利低下を可能とさせ、こちらも未達を防ぐことになる。結果としては、1年以下の金利のなかでのツイストみたいなものではあるが、あくまでこれは技術的なものであるとの見方で良いと思うし、日銀もそのような認識であったと考えられる。
今回の日銀の金融政策については、ECB、BOEやデンマーク中銀、さらに中国、ブラジルや韓国での追加緩和もあり、日銀の追加緩和を期待する声もあったようであるが、そもそも追加緩和そのものの可能性は薄いとみられた。
これは7月の短観やさくらレポートの内容が良く、「わが国の経済は、復興関連需要などから国内需要が堅調に推移するもとで、緩やかに持ち直しつつある」との認識であるならば、これらの発表からあまり日が経ってない段階で、追加緩和を行う環境にあるとは言いづらい。もちろん、この景気回復を後押しするという無理矢理な理屈をつけることは可能ではあろうが。
それよりも注目すべきは、FOMCのスケジュールである。つまり7月31日から8月1日にかけてのFOMCでもし追加緩和、それもQE3などが決定されるようであれば、それはドル円相場等に大きく影響し、当然ながら日銀への追加緩和圧力が政治家を含めて掛かってくる可能性が極めて高い。それならば、そのFOMCを確認したあと、8月8日〜9日の金融政策決定会合で基金の5兆円規模の増額等を決めれば良い。また、臨時会合を開催する手段もある。しかし、基金の国債買入規模の5兆円増額(ETFとJ-RIETもあるか)のカードを使ってしまうと、すぐに出せる2枚目のカードがない。来年6月までの国債買入をみると、現在の買入規模を考えればあと5兆円程度の増額は可能であるが、さらなる基金の増額は現時点ではできれば温存というか避けたいところでもあろう。
とにかくも、このような状況であるため、7月31日から8月1日にかけてのFOMC次第の側面はあるが、8月の会合での日銀による追加緩和の可能性はそれなりに高いとみている。


2012.7.12「拡大するLIBOR不正操作問題」
LIBORの不正操作に関しては、すでに英国では大騒ぎとなっているようで、少し遅れて日本でもマスコミ各社が報じるようになり、朝のワイドショー番組でも取り上げられていたそうである。
バークレイズのボブ・ダイヤモンド最高経営責任者(CEO)が結局、辞任に追い込まれたが、そうせざるを得なくなるほど英国での世間の目がこの問題に集中していたとも言える。これをきっかけにLIBOR問題はさらに拡大する可能性が出てきた。
2008年の秋、つまりリーマン・ショック等により市場が大混乱に陥り、銀行間取引等も成り立たないような状況で、実勢レートそのものが掴めず、ある程度高いレートを提示せざるを得なかった。しかし、それはそれで高いレートを出さなければ資金が取れないと疑われることにもなり、外部からそのレートを見ている者がそのレートを提示した銀行が危ないとの認識を持ちかねない。
そこでイングランド銀行のタッカー副総裁が、その金利の高さについて懸念を示し、それを意識して、提示する金利を引き下げたというのは、ある意味致し方のないところとも言える部分はある。あのときはそれほど緊迫した異常事態であった。
しかし、これはこれで実勢利回りと提示される利回りで乖離が生じてもおかしくはないとの認識にも成りかねず、これはLIBORという金利そのものへの信頼喪失に繋がりかねない問題でもあった。
まして、英米当局は1年以上にわたる捜査で、バークレイズが2005〜2009年に虚偽申告を繰り返し、経済の実態とかけ離れてLIBORを上げ下げしたと結論づけており、この調査では、バークレイズのトレーダーがLIBOR担当者に「1か月物と3か月物の数値をできる限り高くしてほしい」と頼んだメールも見つかった。
つまり非常時の対応以前にこのような不正がすでに行われていたことが明らかとなっていた。現実にこの不正によりどのような仕組みで利益を得ていたのかがはっきりしていないが、このあたりもいずれ明らかになろう。ただし、このような操作をしようとするのであれば、バークレイズ一行では無理である。そもそもLIBORの金利は、上下4行を除いたもので計算される仕組みであり、もし操作するのであれば、ある程度銀行数行が結託して行う必要がある。
たとえば昨年、金融庁は「TIBOR」を不正操作しようとしたとして、シティグループ証券とUBS証券を行政処分した。自社の取引に有利になるよう恣意的に金利を提示することを複数の銀行に働き掛けていたそうである。このように単独の銀行では操作そのものが無理である。
ちなみにLIBORに対し、日本においてこれに相当するリファレンス・レートが、このTIBOR(東京銀行間取引金利)である。日本時間午前11時時点の、特定銀行のオファードレートを、全国銀行協会が集計して平均値を公表している。
LIBORの不正操作問題では、CFTCなど米英の監督当局が、ドイツ銀行、RBSなど約10行に調査を拡大したとも報じられている。また、この問題に関連して、三菱UFJフィナンシャル・グループはロンドン勤務のトレーダー2人を停職処分にしたと報じられた。この2人は以前に金融当局の調査を受けているとされるオランダのラボバンクに勤務していたそうである。
そしてロイターによると、ニューヨーク連銀が2007年8月ごろ、LOBORなど世界の基準金利が操作されている事実を認識していた可能性があるそうである。これにより米上院銀行委員会は7月中に公聴会を開き、ガイトナー財務長官とバーナンキFRB議長の証言を求める考えを示した。ガイトナー財務長官は当時、ニューヨーク連銀総裁を務めていた。
LIBOR不正操作問題は次期イングランド総裁候補と言われるタッカー副総裁が関与したようであり、さらにガイトナー財務長官もこの不正操作を認識していたとなれば、それを結果として放置し、対策を講じなかった責任が問われる可能性もある。このLIBOR不正操作問題は欧米の大手銀行の経営そのものにも影響しかねず、さらに欧米の金融当局にも波及するなど、問題が深刻化しかねない。今後の動向にも注意を払う必要がありそうである。


2012.7.11「国債の利回りが預金金利より高いのは変なのか」
高橋洋一氏がZAKZAK(産経新聞計のネットサイト)に連載「日本」の解き方、「国債利回りが預金金利より高いのは変!」をアップしている。内容を読むとどうやら個人向け国債の話のようなのだが、何点かおかしなところがあったので、そこを指摘しておきたい。
最初に8月に発行する個人向け復興国債の条件について指摘しているが、何故、このタイミングなのかがひとつ疑問であった。確かに個人向け復興債の3年利付のものは毎月発行されているが、積極的にCMなどを流して金融機関も販売に力を入れているのは、四半期毎に出る5年固定と10年変動の募集のタイミングであり、そのときのほうが世間の関心度も高いと思うのだが、これはいろいろと事情があったかもしれない。
8月の3年物(固定金利型)の金利は年0.07%で過去最低の金利だった7月と同じ利率、昨年12月の販売から個人向け国債が復興国債に改称され、滑り出しは好調だったが、最近の販売は低調だというのもその通り、個人向け復興債3年物の金利0.07%が、3年物の市場実勢というか基準金利が0.1%だったのでそれから0.03%を差し引いているのも確かである。3年物の利率を決定する基準金利とは、募集期間開始日の2営業日前において、市場実勢利回りを基に計算した 期間3年の固定利付国債の想定利回りのことを示す。
なぜ0.03%を引くかについて、財務省のホームページでは「中途換金などの商品性を総合的に勘案することが必要」とある。債券では、通常の場合、中途換金は売却によって行われ、その時の市場実勢によっては額面どおりの金額が受け取れない場合もあるというご指摘もその通り。市場実勢利回りが購入当初より高ければ額面割れする。一方、市場実勢利回りが低ければ、額面以上で売却できるので中途換金で得をした気分になるとの指摘は、やや微妙。得をした気分との表現は現実には途中売却にあたって業者は手数料相当分を差し引くことが多いため、たとえ購入時より利回りが低下していても必ず得をするとは限らないので、「得をした気分」というな表現となったのかもしれない。得する場合もあるので念のため。
個人向け国債の場合には、中途換金で額面割れや額面以上が出ないようにしている。いってみれば、個人向け国債の購入者に中途換金での価格変動リスクを負わせないが、その対価として金利が0.03%低くなるという考えというのも、ある意味確かである。ただし、途中売却ができない期間があるなど、やや説明不足である。
ただし、「中途換金するかしないかは購入者に依存するわけで、中途換金する場合、価格変動リスクを負ってもいい人や中途換金しようと思わない人には0.1%、中途換金する場合、価格変動リスクを負いたくない人には0.07%という個人向け国債を二本立てにする商品設計も可能だ。そのほうが購入者を一律に扱う現行の方法よりまともだろう。」はもう少し調べてからコメントすべきはなかろうか。
個人が買える国債は個人向け復興債だけではない。価格変動リスクのある通常の国債を個人が購入することも当然可能であり、また新窓販国債として価格変動リスクがある2年債、5年債、10年債が発行されており、3年債はないが個人向けの国債はすでに二本立てになっている。
「このような個人向け国債の商品設計自体の問題もあるが、金融機関の預金金利にも問題がある。最近は、ネット銀行などで国債金利を上回る預金金利を持つ定期預金が出てきたが、依然として大手銀行などでは預金金利が低い。例えば、大手都市銀行の3年物定期預金金利は0・04%だ。」
預金金利が低いのは、そもそも景気物価等により日銀が短期金利をゼロ近辺に抑えていることが要因であるとともに、銀行が定期預金などでは金利変動リスクを負っている事に加え、銀行の収益が貸出金利や国債金利の利ざやとなるためであり、さらに定期性預金の預金保険料率も加味する必要があるなど、この預金金利の設定そのものは銀行も商売をしている以上は致し方のないものであろう。さらに。個人向け国債は発行されてから1年間は売却ができない。さらに途中売却時には直前2回分の利子、つまり1年間分の利子がペナルティとして差し引かれる。それも加味しての説明も必要であろう。
「となると銀行としては、個人向け国債を販売するインセンティブは出てこない。3年物の国債であれば、0・1%の運用ができるので、0・06%の利ざやになるからだ。リスクの少ない国債に投資して利益が出るのだから銀行としておいしい。」
この部分の意味がわからない。銀行が個人向け国債を販売する目的は、ひとつは顧客の資金を銀行に引き留めることであるとともに、個人向け国債を販売する大きなインセンティブが存在するたである。復興個人向け国債、復興応援国債ともに、10年債・5年債は50銭。3年債は40銭の手数料を銀行など販売会社は得られる。このことは財務省のサイトには載っていなかったかもしれないが、元財務官僚であり理財局にもいた方であれば、ある程度想定できたのではなかろうか。さらに、銀行は低い金利で資金を得て、少しでも高い国債に投資すれば利ざやが抜けるというのはあくまで運用の話であり、国債の販売とは直接に関係のある話ではなかろう。また、これに関しては知り合いのトレーダーが、このような指摘もしている。ご本人の許可を得て掲載させていただく。
現在の定期性預金の預金保険料率が0.082%ですので0.04%で調達した3年定期預金の預金保険料込みのコストは0.122%となりまして、残念ながら単体で赤字(実際はこれに各種事務コストが載ります)(某メモより)
「ただし、よく考えてみれば、信用力で国より劣る銀行預金の金利が国債金利より低いのはおかしい話だ。これまで財務省が本格的な個人向け国債を作らず個人投資家を軽視して、金融機関向け消化に依存してきた歪みが出ているのだろう。」
そもそも昔あった国債引受シンジケート団での証券引き受け分は個人向け消化分との認識であったはずである。しかし、証券会社の国債販売は手数料が他商品より低いなどしたことで積極的ではなかった経緯がある。販売裾野を広げるため、もう少し早めに個人向け国債を作るべきとの意見は、確かにそうであったかもしれないが、個人向け国債がなかったから銀行預金金利が低く抑えられていたわけでもなかろう。預貯金の金利の低さは信用力による影響も当然あるが、それ以外の要因も大きいのである。
「国債は銀行預金より金利が高くてより安心という事実をもっと国民が知る必要がある。知らないと金融機関ばかりが濡れ手で粟だ。」
この意見については、特に前者については同意であり、その事実はぜひ元財務官僚としても広めて頂きたい気がする。ただし、果たしてこのままずっと大量の国債を保有している金融機関が濡れ手で粟となり続けるのかどうかは多少疑問もある。


2012.7.11「日本国債への海外からの買いは継続中」
財務省は7月9日に5月の国際収支(速報)を発表した。これによると経常収支は前年比62.6%減の2151億円の黒字となった。前年比では赤字に転じた1月を除いて2011年12月以来の大幅減となった。これは貿易赤字が拡大したことに加え、所得収支の黒字幅が縮小したことが影響した。
ただし、この所得収支の黒字幅縮小は、海外企業の本邦進出形態が支店形態から現地法人形態に変更されたことによる一時的な要因とみられる(ロイター)。
国際収支の発表には、付表として対外・対内直接投資、対外・対内証券投資も発表されている。このうち5月の対外・対内証券投資を確認してみたい。
主要国・地域ソブリン債への対外証券投資を見てみると、米国債への国内からの投資は、ネットで5月は9855億円の増加となり、4月の2兆8117億円の減少から再び増加に転じた。ユーロ圏の国債についてみると、ドイツのソブリン債への投資はネットで5月は702億円の減少となった。4月は5525億円の減少。同様にフランスはネットで5月は2773億円の増加。4月は3331億円の増加。 そしてイタリアは5月が250億円の増加、4月は65億円の減少。英国は5月が1187億円の増加。4月は765億円の減少。
今度は日本国債に対する対内証券投資を見てみると、5月はネットで1兆6630億円の増加となった。内訳としては中長期債が5247億円、短期債が1兆1383億円の増加。4月は1兆7952億円の増加だが、内訳としては中長期債が1兆186億円、短期債が7766億円の増加となっている。
ちなみに7月10日に発表された6月の対外及び対内証券売買契約等の状況(月次・指定報告機関ベース)によると、対内証券投資については中長期債が1兆2348億円、短期債が3867億円のそれぞれ取得超となっている。
5月の対内証券投資の地域別内訳をみると、中長期債での購入額が大きいのが、英国の3145億円、中国の1753億円。流出ではシンガポールの725億円、米国の462億円。
そして、短期債の購入が大きいのは、英国の6兆5283億円、中国の1402億円。これに対して流出は、フランスの1兆4259億円、ルクセンブルグの1兆1394億円、UAE5999億円、タイ3710億円、シンガポール3573億円等々。
短期債については4月も英国は7兆3861億円の購入となっていたが、フランスが1兆6693億円、ルクセンブルグ1兆191億円、シンガポール6552億円、タイ4211億円、UAE4886億円のそれぞれ流出となっていた。
4月から5月にかけての日本国債への海外からの投資は英国経由もしくは中国を中心に継続しており、6月についても同様に増え続けている。この間の日本の債券相場はじりじりと上昇基調となっており、その背景のひとつにこの海外投資家による買いもあったものとみられる。
ただし、6月も短期債は3867億円の増加に止まっているあたりが少し気になる。6月もヘッジファンドを通じての英国からの大量の買いが継続していたとすれば、4月、5月と同様に欧州やアジア、中東あたりからの日本の短期債への売りが継続している可能性がある。


2012.7.10「今年も綱渡り、特例公債法案の行方」
7月6日の閣議後の会見で安住財務相は、今年度予算の赤字国債発行の法的裏付けとなる特例公債法案が成立しない場合、「10月中に財源がほぼ枯渇する」との見通しを示した。
9月8日までの今国会の会期内に法案成立が見込めなければ、「万般にわたって影響が出る」と指摘し、同月以降の予算執行は「例外なく厳しく抑制を含めた対応が必要だ」と述べたそうである。
昨年も年度内に赤字国債発行法案は成立せず、法案成立は8月下旬まで遅れることとなった。昨年同様に当面の政策経費に対する資金繰りは、建設国債で賄える分とともに、月々の税収や財務省証券の発行などで賄うことになろうが、ある意味綱渡りの状況となっていることに変わりはない。
今年度予算のうち税収や税外収入は46.1兆円、これに建設国債5.9兆円を合わせれば、50.2兆円の財源は確保できるが(財政法第四条に基づいて発行される建設国債は予算が通れば発行できる)、歳入の4割強を占める赤字国債38.3兆円は特例公債法案が成立しなければ発行できない。
資金のやり繰りのため財務省証券の発行をすればなんとかなるとの見方があるかもしれないが、国債発行はむやみに発行されないように法律に基づいており、確実な財源が見込まれない中での自転車操業のような財務省証券の発行は認められない。
財務省によると公共事業などの建設国債発行対象を除いた9月末の支出見込み額は39.3兆円。これに例年の10月の平均的支出額約5兆円を加えると約45兆円に達するという。(ブルームバーグ)
このままでいけば10月中にほぼ財源が底をつく計算になる。もしそうなった場合には、支出を厳しく抑える必要がある。読売新聞によると、その具体的な項目として、財務相は地方交付税交付金(年度予算16.6兆円)を挙げたそうである。そうなれば地方の行政サービスに影響が出る懸念がある。このほか、社会保障費や防衛関係費、国債の利払いの支払いにも影響が出る可能性もあるとか。
米連邦債務の法定上限引き上げをめぐる協議も年中行事となってしまった感があるが、日本でもねじれ国会となる中、特例公債法案の行方は今年もまた綱渡りの状態となっている。
今年度もぎりぎりになろうが法案は成立するだろうとの見方も強いのか、市場ではほとんどこれについては材料視されていない。しかし、確実に特例公債法案が成立するという保証があるわけでもない。何かの事情により、法案成立が国会会期末までに困難になる可能性が全くないわけではない。それにより日本国債のデフォルトや格下げ、さらに政府の窓口封鎖等々が意識されて、日本国債が急落するように事態となれば、取り返しがつかないことになる。このような余計なリスクについては、なるべく早めに取り除く必要があろう。


2012.7.9「市場の噂、地域の噂」
市場における噂は、いろいろと尾ひれがついてしまい信憑性のないものも多いが、噂が出たことそのものは何かしら基になっているものがあることも多く、そのあたりを吟味する必要がある。こんな噂は出てもおかしくないみたいな噂については、あまり意識する必要はないかもしれないが、意外な噂については真偽はさておき、気にしておくことも相場を見る上で重要になる。
ただ、あまり噂に惑わされて、それで相場を張ってしまうと、損失を被ることがある。相場を張るのはあくまで自己責任であり、その噂が自分の張ろうとしていたポジションの背中を押してくれたのなら、それも良いが単純に噂に振り回されてポジションを張ってしまうとろくなことはない。
相場の噂についての信憑性についてはケースバイケースであるが、地元の噂なるものは意外に真実であったりすることがあり驚かされることがある。
我が家の買い物圏(土浦市やつくば市周辺)でこれまで都市伝説のように扱われていた噂があった。それはコストコが進出してくるというものであった。阿見というところにアウトレットがあるが、そこにコストコが進出するという噂がまずあった。しかし、用地買収等に問題があり、結局、見送られたとまことしやかに噂された。
次に出ていたのが、つくば市に進出するという噂であった。これは結構、地元民の間では噂されていたが、これだけコストコ待望論が強かったとも言える。我が家から最も近いコストコは埼玉県の新三郷のコストコであり、クルマで高速道路を使って1時間程度掛かる。それでも買い物に行く人は多かったようである。
しかし、噂は出ても現実にそのような発表はこれまでなく、まさに都市伝説の扱いであった。それでもつくば市の大型ショッピングセンター近くに進出かとの噂も出ていた。これについては、現実に土地買収の話などは出ておらず、またデマではないのかとの見方がある一方、どうやら本当に動きがあるとのまことしやかな噂も出ていた。
そして6月26日、新聞各紙でコストコが、つくば市に県内初となる出店の準備を進めていることがわかったと伝えたのである。「茨城県は25日、所有する5万7千平方メートルの土地をコストコに34億8631万円で売却する仮契約を結んだ。県に提出された事業計画によると、来年8月に営業を始める予定という。」(朝日新聞)。
噂はこれにより真実となった。コストコが進出する場所は、つくばエクスプレスの沿線でもある。つくばエクスプレスも開業前の噂というか報道等では、さんざんであったつくばエクスプレスの乗客数は、予想以上に順調に伸びており、沿線開発も進んでいることで、今回のコストコ進出も実現することになったと思われる。
それにしても、このような地域の噂はいったいどこから流れてくるのであろうか。結果からみれば根も葉もなかったものではないはず。たまたま地域の期待があり、たまたまコストコの進出先選択にここが選ばれたのかもしれないが、当然事前調査は十分に行っていたことも考えられるため、事前に何かしら漏れていた可能性もありうる。まあ、このあたりは追求しようにも難しいかもしれないが、つくばにコストコという意外な組み合わせに、個人的にももしやと考えていただけに、すでにコストコの会員となっている我が家にとってもこの噂の実現はうれしい限り。


2012.7.8「アイルランドが国債入札を再開」
7月5日にアイルランド国債管理庁(NTMA)は、5日に5億ユーロ相当の3か月物証券の入札を実施した。アイルランド政府が政府資金調達を行ったのは、2010年9月以来で初めてとなる。
金融危機後の銀行の救済で深刻な財政危機に陥ったアイルランドは、2010年11月末に欧州連合(EU)と国際通貨基金(IMF)との間で総額850億ユーロ規模の緊急支援を受けることで合意した。欧州最大の独立系中央清算機関であるLCHクリアネットが、アイルランド国債に対する証拠金を11月10日に引き上げ、それがひとつのきっかけとなり、アイルランド国債の利回りが上昇した結果、支援を仰ぐこととなった。
アイルランドはこの金融支援を受けて財政の立て直しを進めていたが、6月28日から29日にかけて開催されたユーロ圏首脳会議で、ESMが銀行に直接資本を注入する、つまり銀行へ政府経由ではなく救済基金からの直接の資本注入が可能となり、これを受けて銀行の救済で膨らんだアイルランドの債務問題が解消に向かうのではとの期待から、アイルランドの国債は買われたことで、アイルランド政府はこの市場環境で資金調達が可能となったと判断したものとみられる。
6月28日から29日にかけてのユーロ圏首脳会議では、ユーロ圏の銀行の監督制度を統一することで合意し、さらにESMが銀行に直接資本を注入する、つまり銀行へ政府経由ではなく救済基金からの直接の資本注入が可能になる。EUの財政ルールを順守している国が、EFSFとESMを活用して金融市場で国債を支援することも認められ、スペインの銀行向け緊急融資の条件に関し、返済優先権を放棄することで合意し、イタリアが対象となる可能性がある支援の条件を緩めることでも合意した。
これらの合意はあくまで短期的な措置との認識はあるが、それでも市場はここまで踏み込んだ対策合意までは予測しておらず、この結果を受けてリスク回避の動きは一端後退しつつある。また、銀行への直接資本注入などに対して具体策が決められていないとの指摘もあるが、ユーロ圏首脳会議で合意があった以上、今後はその具体策も詰めてくるものと期待される。
これらにより、欧州の信用不安が完全に払拭されるわけではないが、欧州の信用不安払拭に向けての各国首脳の真剣な取り組み姿勢は評価されるものと思われる。米大手格付け会社のスタンダード・アンド・プアーズも、ユーロ圏債務危機について、先週の欧州連合(EU)首脳会議・ユーロ圏首脳会議での合意が正しく実行され、欧州中央銀行の一部支援が得られれば、この問題が転換期を迎える可能性があるとの見解を示した(ロイター)。
格付け会社の見解ではあるが、この見方にも一理あると思われる。昨年末から今年に入り、ギリシャの信用不安が後退したことから、一時リスクオフの動きが後退したが、4月あたりからは今度はスペインの金融システム不安の強まりで、再びリスクオフの動きが強まった。しかし、その動きは今回のユーロ圏首脳会議を受けて今後再び後退してくる可能性もありうる。そのひとつの象徴的な出来事として、アイルランドが国債入札の再開が取り上げられるかもしれない。


2012.7.7「ECB、BOEの追加緩和と日銀の追加緩和の可能性」
7月5日のECB政策理事会やイングランド銀行のMPCでは予想通りの追加緩和を決定し、ついでに中国まで、同じような時間帯で利下げを発表した。
5日に開催されたECB政策理事会では、政策金利であるリファイナンス金利を0.25%下げて、1999年のユーロ導入以来の過去最低水準となる0.75%とすることを決定した。また、民間銀行がECBに預金を預け入れる際の預金ファシリティ金利(日銀当座預金の超過準備の付利に相当)も0.25%引き下げられゼロ%となる。
預金ファシリティ金利をゼロにしたことについては市場関係者の間では、意外感もあったようである。日本も量的緩和を行った際に短期金融市場の機能が失われたことで、現在は日銀の超過準備に対して付利がなされ、それが短期金利の下限となり、短期金利の機能を損なわないように配慮されている。
今回のECBの預金ファシリティ金利の引き下げにより、日銀の当座預金への付利引き下げ観測も出ていたようだが、その可能性は薄いと思われる。そもそも追加緩和そのものの可能性は薄いとみているためである。
今回のECBの利下げについてドラギ総裁は、「景気悪化のリスクが現実になったため」とした。日経新聞によると、ECBの場合は政策金利を反映させるのに時間がかかるため、実施は即日ではなく11日からとなる。
このECBの追加緩和の決定より少し前、イングランド銀行のMPCでは資産購入枠を500億ポンド拡大し3750億ポンドに拡大し、2か月前にいったん打ち切ったQEの再開を決定した。今回は1回当たりの購入規模を減らして、実施期間をこれまでの3か月から4か月に延長した。ただし、政策金利は過去最低水準の0.5%に据え置いた。
そして、このMPCの追加緩和とほぼ同時に中国人民銀行が、この1か月で2回目の利下げを発表したのである。中国人民銀行は貸出基準金利の1年物を0.31%下げて6%に、預金基準金利の1年物定期預金を0.25%引き下げ3%にした。市中銀行の融資金利の基準金利に対する割引も最大30%まで認めることになった。つまり1年貸出基準金利は利下げ後に4.2%まで下げ可能となる。
興味深かったのは、この中国人民銀行の利下げの発表のタイミングである。中国の金融政策の最終的な判断は政府にあるため、発表時間はどうしてもまちまちとなり、今回のような時間帯になってもおかしくはない、しかし、今回はわざとBOEやECBのタイミングに合わせてきた可能性もある。中国にとりユーロは最大の貿易相手国でもある。
このようにECB、BOEは事前予想通りに追加緩和を実施し、中国人民銀行も利下げを行った。それでは来週11日、12日に開催される日銀の金融政策決定会合では追加緩和の可能性はあるのであろうか。
現在の日銀の金融政策を見る上で、個人的には3つのポイントを確認する必要があると思っている。それは景気物価等のファンダメンタルズの動向、そして外為市場や株式市場を中心とするマーケットの動向、そして政治からの圧力の動向である。
最初のファンダメンタルズについては、今回は2日に日銀の金融政策において最も重視される短観が発表されており、この内容が吟味されよう。設備投資等かなり良い数字となっており、少なくとも追加緩和を促すような内容ではない。さらに昨日のさくらレポートでは、全地域が前回から改善されていた。欧米の景気減速への懸念もあるが、日銀としては「わが国の経済は、復興関連需要などから国内需要が堅調に推移するもとで、緩やかに持ち直しつつある。」(日銀支店長会議の総裁挨拶より)との認識であり、ファンダメンタルズから見て、追加緩和の可能性はないと見て良いのではなかろうか。
次に外為市場や株式市場を中心とするマーケットの動向である。ECBの追加緩和により、ユーロに対して円高が進んでいることなど気になるが、ここには3つ目の政治からの圧力を加味して考えると、ドル円での円高進行が限定的であれば、追加緩和の可能性は薄くなろう。まして、株式市場は日経平均の9000円台でのしっかりした動きとなっていることも、マーケットからの追加緩和圧力を軽減させると思われる。
ただし、7月31日、8月1日開催のFOMCで、もし追加緩和が決定され、それによりドルに対しても円高が進行するようなことになれば、日銀はそれを確認して追加緩和を行う可能性はありうる。つまりそれまではカードは切らず、温存していたほうが良いとも言える。
3つ目の政治からの圧力については、現状、政府もいろいろとあり、それどころではないと思われ、日銀の金融政策への関心はそれほど高いとは思えない。
7月の決定会合では、展望レポートの中間レビューが発表される。この際に物価見通しが下方修正される見込みともなっているようで、このため追加緩和の可能性を指摘する見方もある。しかし、展望レポートの内容などをもとに追加緩和を行うとすれば、きりがなくなる。確かに4月27日の追加緩和は展望レポートがひとつの要因となったことは確かであろうが、今回はそれとは切り離し、とりあえず足下の日銀の景況感やマーケットの落ち着きを見て、さらに今月末のFOMCもあることで、金融政策は現状維持となる可能性が高いとみている。


2012.7.6「日銀への関心度」
日銀は7月4日に「生活意識に関するアンケート調査」(第50回)の結果を発表した。この中で、景況感については改善に向かっているようである。
現在に関し、1年前と比べると良くなったが3月の1.9から今回は4.5に上昇し、悪くなったが57.5から44.0に低下した。1年後を現在と比べ、良くなるが6.7から7.8に上昇し、悪くなるが37.1から33.8に低下している。
さらに景況感D.Iのグラフをみると、現在の景況感については2009年3月を底にして上昇過程にあり、震災のあった昨年3月の調査時よりも数値上は上回ってきている。プラス圏まではまだ遠いものの、トレンドとしては上向きトレンドが継続しそうである。
今回はこの景況感よりも、日銀に対する関心や認知度、評価に関する結果について見て行きたいと思う。
日本銀行の活動に日頃から関心があるかとの問いには、5割近い人が「関心はない」と答えている。自分のことで恐縮だが、金融に関するブログを書いていて、日銀に関するものを取り上げた際と、債券や国債に関して取り上げた際にあきらかにアクセス数が異なる。日銀を取り上げた際のアクセスはかなり低いのである。これは私自身の知識不足等も影響しているかもしれないが、そもそも日銀への関心があまり高くないことを示しているのではないかと思う。
ただし、日本銀行は私たちの生活に関係があるかとの問いについては、7割以上が関係があると答えている。さらに日本銀行は私たちの生活に役立っているかとの問いについては、5割弱が役立っているとしており、役だっていないは1割程度となっている。
そして日本銀行の外部に対する説明はわかりやすいかとの質問に対しては、わかりにくいが6割程度を占めている。その理由としては、日本銀行について基本的知識がない、日本銀行の説明や言葉が専門的で難しい、金融や経済の仕組み自体がわかりにくい、などが挙げられている。
日銀の役割等については中学生あたりでも学習するであろうが、中学生に金融政策を説明しようとしても確かに難解すぎる。かといって高校生の社会で選択科目として政治経済を取る人は、日本史や世界史などに比べて少数派となっているのではなかろうか。大学に入り、文系の一部では金融を学ぶ機会があるかもしれないが、それでも現在の日銀の役割をしっかり認識できている学生は一部であるのかもしれない。教育がこのような状態であるとすれば、一般社会人が日本銀行について基本的な知識がなく、用語が難解であるとしても致し方ない。そもそも金融の仕組みそのものを学ぶ機会が少ないことも影響していよう。
このような状況で、日本銀行を信頼しているかと問われても、漠然とした答えしか出てこないと思うが、それでも信頼しているが4割程度おり、信頼していないは1割程度である。
信頼している理由については、日本銀行の活動が物価や金融システムの安定に役立っ
ていると思うからが圧倒的に多く、中立の立場で政策が行われていると思うから、が続いている。
日本銀行を信頼していない理由について最も多いのが、日本銀行の活動が物価や金融システムの安定に役立っていると思わないから、となっている。また、中立の立場で政策が行われていると思わないから、との意見もあった。
この日銀への関心度のアンケート調査は、ぜひ国会議員の間でも行ってほしい気がする。たぶん一般回答よりは、多少日銀への関心度は高まるかもしれないが、それでも国会議員でも関心度は今回の数値と比べてそれほど高くないと思われる。ただし、一部の国会議員の関心度は妙に高いようで、日銀を信頼せず、中立の立場で政策が行われていることに疑問を投げかけている。このような意見が国会議員の間では、どの程度のシェアを占めているのかも知りたいところである。


2012.7.5「LIBORの不正操作問題」
ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)の不正操作問題を受け、英国の大手銀行であるバークレイズのボブ・ダイヤモンド最高経営責任者(CEO)が3日、辞任した。これがいったいどのような問題であるのかをあらためて確認したいと思う。
そもそもの発端は2008年4月にウォールストリート・ジャーナルが、LIBORがもはや信頼できないかもしれないとの懸念を銀行家やトレーダーが抱いていると報道したことによる。これを受け、英国銀行協会(BBA)が調査に乗り出し、実勢とかい離した金利を提示する銀行をリファレンスバンク(金利提示銀行)から外すとの観測も出た。ウォール・ストリート・ジャーナルは「資金繰りに困っているという印象を与えないために銀行が金利を正確に報告していないと市場は懸念を抱いている」としていたのである。(2008年4月18日の牛さん熊さんブログより)。
LIBORとは「London InterBank Offered Rate」の略で、一般的には英国銀行協会(British Bankers Association)が複数の銀行の金利を平均値化して、ロンドン時間午前11時に毎日発表するBBA LIBORのことを指している。米ドルだけでなく英ポンド、日本円、ユーロ、豪ドル、ニュージーランドドル、スイスフラン、カナダドル、デンマーククローネの9通貨について発表され、歴史もあり短期金利の重要な指標となっている。
ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)は、英国の住宅ローンや預金金利などに直接影響する金利であるともに、国際的な融資などにおける国際金融取引の基準金利として、またスワップ金利などデリバティブ商品の基準金利としても利用されている。LIBORを基準に金利が決まる取引は、総額360兆ドルにものぼるそうである(2012年7月6日日経新聞社説より)
日経新聞によると、英米当局は1年以上にわたる捜査で、バークレイズが2005〜2009年に虚偽申告を繰り返し、経済の実態とかけ離れてLIBORを上げ下げしたと結論づけた。この調査では、バークレイズのトレーダーがLIBOR担当者に「1か月物と3か月物の数値をできる限り高くしてほしい」と頼んだメールも見つかったようだが、それとは反対に銀行協会に申告する数字が他行よりも高いことを経営陣が嫌がり、実態に比べて低い数字を出したケースもあったようである。これはサブプライム問題等からリーマン・ショックにいたる間、金融機関への懸念が極度に高まり、銀行数字が高いのは経営不安の裏返しだと市場に解釈されるのを恐れたためとみられる。
ただし、2008年10月9日付のバークレイズの内部メモによると、イングランド銀行のタッカー副総裁が常に高い金利を報告する必要はないと話していたことも明らかになったようで、このあたりも問題を複雑化させている。ただし、4日の議会特別委員会の証言で、ダイアモンド氏はタッカー副総裁との会話について、バークレイズの借り入れ金利動向について政治家が懸念していることに対する警告と受け止めたが、実態隠しを容認しているとは解釈しなかったと述べたそうである(ロイター)。
バークレイズはこの不正の事実を認めて先週、米英当局に総額2億9000万ポンドもの巨額の罰金を払った。さらにマーカス・エイジアス会長の辞任表明や役員賞与返上などにより、他行に先駆けて非を認め、早々に幕引きを行おうとしたとみられる。ところがその幕引きを、ターナー金融サービス機構(FSA)長官やイングランド銀行のキング総裁が阻止し、この結果、責任が会長より重いボブ・ダイヤモンド最高経営責任者(CEO)が辞任することになった。この背景には、英国政府の意向なども強く働いていた可能性がある。
LIBORの調査は米国や日本を含めて他の金融機関でも行われており、その結果次第では問題がさらに拡大する可能性もある。これにより銀行への規制強化が進む可能性も指摘されている。また、英政府は今回の騒動を踏まえて、LIBORの設定方法も見直す委員会を設ける方針も表明している。
ただし、このような金利の提示について、現実にはどうしても裁量の余地が存在してしまう。毎日、各種金利が発表されて、それが債券価格等を算出する基準となっているが、すべての金利が毎日ついているわけではない。たとえば、日本ではここにきて日本相互証券では2年債カレント物が出合う日がほとんどない。それでも基準利回りは発表されている。それはイールドカーブの状況や、需給動向等、オファー・ビッド等を見ながら業者がだいたいの目安の位置を出しているためである。2年債を保有しているところは、それを基準に債券の保有価格を算出する。LIBORでも同様に常に付いた金利だけをそのまま出しているわけではなかろう。そこに自己のポジションや、外部からの評価を意識して多少、金利水準に変更を加えることがあったとしても、それはそれで致し方のない面もある。もちろん、あからさまな数値の操作は問題があり、だからこそ今回の問題が発生したわけではあるが。


2012.7.4「次期日銀総裁にふさわしい人とは」
木内氏と佐藤氏の二人のエコノミストは両院での同意を得たことで、日銀の審議委員に就任するが、これにより日銀の金融政策そのものに変化が生じるであろうか。6月のQUICKによる債券市場関係者への月次調査によると、結果としては「変化なし」が53%と、「追加緩和に積極的な方向にバイアスがかかる」の44%を上回っていた。
この結果について、市場関係者以外の方から見て意外性があったかもしれない。なぜならば、審議委員にBNPパリバ証券の河野氏を起用する案が否決されたことで、積極的な金融緩和に反対する人物は審議委員にはふさわしくないとの印象を強めさせたためである。
実際に報道などでは、木内、佐藤両氏ともに金融緩和派として知られるとあり、最近のレポートで木内氏は「政府と日銀の連帯強化」が必要との持論も展開していたことを報じられていた。ただし、レポートの件はさておいて、それほど現在の日銀の金融政策の姿勢に木内、佐藤両氏が距離を置いているとの認識は持たれていなかった可能性もある。
それとともに、審議委員になったばかりで、仮にこの両者が追加緩和に積極的であったとしても、すぐに行動を起こすとは思えない。たとえ二人が行動を起こしたとしても、最終的には多数決で決定されるため、政策委員の全体のバイアスが緩和に傾くことのない限り、金融政策そのものに変化が生じることは考えづらい。
私も新しい審議委員が加わっても、現在の日銀の金融政策には大きな変化はないと思っている。ただし、これが総裁人事となればその影響力は当然異なる。今回のQUICKの調査では2013年4月に任期満了となる白川総裁の再任の可能性等に関するものもあった。
白川総裁の再任が望ましいかどうかについては、全体で6割以上が望ましいとしている半面、7割が再任はないとの認識である。この背景には、1998年に日銀法が改正されたあとの日銀総裁は速水優元総裁(平成10年3月20日〜平成15年3月19日)、福井俊彦前総裁(平成15年3月20日〜平成20年 3月19日)ともに再任はなかったことがあろう。ただし、審議委員では植田氏と須田氏が再任されている。
白川総裁が再任されなかった場合にどんな人が新たに総裁になると思いますか、との質問もあり、これについては「政治家とのコミュニケーション能力の高い人」が43%、「市場とのコミュニケーション能力の高い人」が39%となっていた。市場参加者へのアンケートであるが、市場とのコミュニケーションとともに、政治家とのコミュニケーション能力をより求めるあたり、現在の日銀の抱える大きな問題が存在しているように思われる。
今回の調査には、日銀の独立性に関する問いもあり、その結果は「政府の経済政策と整合的な金融政策を実施すべき」と「現状の政府との距離感を保つのが望ましい」というのが拮抗していたが、このあたり日銀だけでなく市場参加者も中央銀行と政府の距離感についてどのようにあるべきかを模索しているようにも感じられる。だからこそ政治家とのコミュニケーション能力の高い人が求められているように思われる。
しかし、政治家とのコミュニケーション能力を持った上で、市場とのコミュニケーション能力の高い人となるとなかなかふさわしい人物が見当たらない。しかも、その人物が両院で同意されるかとなると、さらに絞り込みが難しくなろう。総裁を含む日銀の政策委員の人事等については、形式上は内閣官房副長官から国会に提示されることで、最終判断は官邸にある。問題はその人事を決めるときに官邸にいるのは誰かということもあるし、その際に衆参両院のバランスも不確定要因となりうる。
最後に債券市場関係者の間では「国債引き受け等財政政策にも積極的に協力すべき」との答えが5%あった。債券市場参加者だからこそ日銀による国債引き受けのリスクを意識しているため、このような数値となったとみられるが、むしろ5%もいたのかとの印象でもあった。


2012.7.3「今年上半期の日米欧の金融政策の動向」
2012年1月25日のFOMCでは、政策金利であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導レンジを0-0.25%に据え置くことを決定し、「異例に低いFF誘導水準の維持が2014年後半まで続く事が正当化されるとFOMCは予想している」とした。つまり、事実上のゼロ金利政策を解除する時期を、これまで公表してきた来年の半ばから1年余り先延ばしし、少なくとも2014年の遅い時期まで続ける方針を示した。
さらにFRBは物価に対して特定の長期的な目標(ゴール)を置くこととし、それをPCEの物価指数(PCEデフレーター)の2%としたのである。これは実質的なインフレ目標値の設定とも言えるものである。
2月9日のイングランド銀行のMPCでは、資産買い取りプログラムの規模を500億ポンド拡大することを決めた。その際に購入対象となる償還期限を変更し、従来よりも3〜7年物の購入を増やすことにした。
2月9日のECB政策理事会では政策金利は据え置かれたが、今月の3年物資金供給オペで、7か国の中銀が受け入れ担保の基準を引き下げることを明らかにした。これら一連の動き、なかでもFRBによる物価目標の設定と時間軸の長期化は日銀にも大きな影響を与えた。
2月14日の日銀の金融政策決定会合では、中長期的に持続可能な物価の安定と整合的な物価上昇率として「中長期的な物価安定の目途」を示すことを決定した。「中長期的な物価安定の目処」とは、消費者物価指数の前年比上昇率で2%以下のプラス領域にあるとある程度幅を持って示すこととした。その上で、「当面は1%を目途(Goal)」として、金融政策運営において目指す物価上昇率を明確にした。
当面、消費氏や物価の前年比上昇率1%を目指して、それが見通せるようになるまで、実質的なゼロ金利政策と金融資産の買入措置により、強力に金融緩和を推進していく。ただし、金融面での不均衡の蓄積を含めたリスク要因を点検し、経済の持続的な成長を確保する観点から、問題が生じないことを条件とするとした。
また、資産買入等の基金をこれまでの55兆円程度から65兆円程度に10兆円増額することも決定した。この買入の対象は長期国債とするとしたが、日銀はデフレ脱却と物価安定のもとでの持続的な成長の実現に向けて、日銀の政策姿勢をより明確化するとともに、金融緩和を一段と強化することを決定したのである。
3月13日の日銀金融政策決定会合では、政策金利や資産買い入れ基金の規模の変更はなく現状維持としたが、成長基盤強化を支援するための資金供給(成長支援資金供給)を拡充することを決定した。
2010年6月に日銀は成長支援資金供給を導入した。これは成長分野への投資促進に向け、民間金融機関に政策金利の0.1%で貸し出すものである。この貸付総額の残高上限は3兆円としていたが、新規貸付の受付期限を2014年3月末まで2年延長するとともに、貸付枠も3.5兆円に5千億円増額することとした。
昨年6月に出資や動産・債権担保融資など、不動産担保や人的保証に依存しないABLと呼ばれる融資を対象に、5000億円を上限として、年0.1%の金利で原則2年とし1回の借り換えを可能とした最長4年の貸し付けを行う新しい枠組みを導入していたが、これについても、5000億円の貸付枠のもとで、新規貸付の受付期限を 2014年3月末まで2年延長することとした。
さらに成長支援資金供給では対象としていない小口の投融資を対象に、新たに5000億円の貸付枠(小口特則)を導入することも決定した。対象となるのは、日本経済の成長に資すると認められる1件当たり100万円以上1000万円未満の投融資。対象先金融機関は成長支援資金供給の対象先金融機関。有担保貸し付けで、貸付期間は1年とし3回の借り換えを可能とする(最長4年)。貸付利率は貸付実行日における誘導目標金利、つまり現行では年0.1%となる。
そして、成長に資する外貨建て投融資を対象に、日銀が保有する米ドル資金を使い、新たに1兆円の貸付枠(米ドル特則)を導入することも決定した。対象先金融機関は、成長支援資金供給の対象先金融機関のうち、ニューヨーク連邦準備銀行に米ドル口座を保有する先および同行に口座を保有する先へ米ドル決済を委託している金融機関。米ドル資金の有担保貸し付けとなり、貸付期間は1年、こちらも3回の借り換えを可能とする(最長4年)。貸付利率は市場金利となる。
4月27日の金融政策決定会合では、資産買入基金の増額というかたちで追加緩和を決定した。資産買入等の基金を65兆円程度から70兆円程度に5兆円程度増額する。内訳としては、長期国債(残存1年以上3年以下)を10兆円程度増額し、期間6か月の固定金利式・共通担保供給オペは応札額が未達となるケースが発生しているため、これを5兆円程度減額する。そしてETFの買入を2千億円、J-REITの買入を百億円程度増額する。
買入対象となる長期国債の残存期間は、多額の買入を円滑にすすめ、長め金利に効果的に働きかける観点から、これまでの「1年以上2年以下」から「1年以上3年以下」に延長する。社債についても、国債と同様に、買入対象の残存期間を延長する。
基金の70兆円程度への増額は2013年6月末を目途に完了する予定。今年末までの基金の規模は65兆円とする。つまり、今年末までの国債買入は5兆円程度増額するが、期間6か月の固定金利式・共通担保供給オペの残高は今年末に15兆円規模であったものを10兆円に減額した。さらに2013年6月までに基金による国債の残高をあらたに5兆円積み増すことになった。


2012.7.2「2002年の日銀による国債買入制限緩和の理由」
2002年1月16日の日銀金融政策決定会合において、国債の買い切りオペの対象を「発行後1年以内のもののうち発行年限別の直近発行2銘柄を除く」ことで拡大することを決定した。これは1月17日より実施されることになった。
これが決定される過程について詳しいことは、7月にも発表されると思われる当時の金融政策決定会合の議事録を確認したいが、この件については当時の私のコラムが残っており、今回はこれを元にして、なぜ日銀による国債買入の制限が緩和されたのかを探ってみることにする。「」内が当時私が書いたものである。
「昭和42年1月、戦後初めて発行された国債が1年経過した時点で日銀は発行後1年たった国債を買い切りオペに加えることを決定した。財政法で禁じられている日銀による国債の直接引き受けを避ける意味合いから1年というルールを設けたものと思われる。これにより国債を半ば強制的に引き受けさせられていた銀行の国債は1年たつと日銀の買い切りオペで吸い上げられるようになり、当時7年の国債も実質1年の国債と同様であった。」(2002年1月16日の債券ディーリングルーム「若き知」より)。
当時発行されていた国債は7年満期の国債であった。10年に期間が延びたのは1972年(昭和47年)1月からである。銀行は半ば強制的に引き受けさせられていたとの表現があるが、これは当時発行された国債の引受先が大蔵省の資金運用部と国債引受シンジケート団であり、引き受けた銀行はその国債を自由に売却することができなかったためである。
「ところが次第に国債の発行額が増加しこのままだとインフレを引き起こす可能性が指摘され金融機関の保有する国債の市中売却が認められた。日銀の国債買い切りは資金供給手段のひとつとしてその後も続けられた。」
1977年に金融機関の取得した国債の流動化がスタートしている。日銀による国債買入で吸収される国債の比率が低下し、都銀等の預金増加額に占める国債引受の割合が急増していたため、借換債の発行をしていなかった特例国債の市場売却については、各金融機関の自主的な判断に委ねられたのである。ただし、引き受け後一年間は引き続き売却を自粛することとされた。また建設国債に対しても借換方式を見直すことを前提に流動化が開始されたのである。ただし、銀行による国債などの本格的なフルディーリングが認められたのは、つまり何ら制限なく売り買いが可能となったのは1985年6月であった。
「国債発行額がさらに増加したことやデフレの進行により日銀は段階的に国債買い切りオペを増額していった。ただし日銀券発行残高までという制限もつけた。」
あっさりと歴史が飛ぶが、日銀は2001年3月に量的緩和策を導入し、それとともに国債買入額を増加させてきた。ただし、日銀が保有する国債の額を日銀券発行残高までにするという自主ルール、いわゆる日銀券ルールを設けたのである。
「そして本日、日銀はついにこの1年ルールを変更することにしたのである。米国でもFEDは資金供給手段の手段として米国債の買い切りを行っており、しかも直近発行銘柄を除くという条件付きである。日銀はすでにTBの買い切りなど行っており実際に1年というルールが必要かとの問題もあり、1年ルールの撤廃を求める声も強かった。」
このあたりが1年ルールを撤廃した理由となったとみられる。FRBによる米国債の買い入れが、直近発行銘柄を除くという条件となっていたことは、確かに日銀としても見直すための要因となったと思われる。
ちなみに米国でも連邦準備法により国債引受は禁じられている。また、1951年のFRBと財務省との間での合意(いわゆるアコード)により、連邦準備銀行は国債の「市中消化を助けるため」の国債買いオペは行わないことになっている。
TBというのは短期国債であり、現在はFBとともに国庫短期証券として発行されているが、期間1年以下の国債である。つまりすでに日銀は発行されて1年経たない国債を買い入れていた。そして市場からも1年ルールの撤廃を求める声が強かったように記憶している。
「しかしそれは限りなく国債引受に近づく。そこで来年度の国債発行額が30兆円に押さえられ、とりあえず財政の規律の喪失に直結しないこの時期に発表したものと思われる。もしくは今後は公的資金の導入、もしくは景気悪化のための財政出動の可能性はあるために、国債増発観測が出てくるタイミングでの発表はむずかしくなることも確かである。今回の発表で債券市場は素直に買いで反応した。今回の銘柄拡大自体は債券市場にとってはプラスとなろう。しかし、財政構造改革が挫折するようなことになると日銀の国債引受といった意味合いが強くなる可能性もあるために注意も必要であろう。」
なぜこのタイミングでの発表であったのかについては、議事録を確認したいが、財政ファイナンスと認識されないよう気をつけていた可能性はあったのかもしれない。いずれにしても、日銀による国債買入は「財政ファイナンス」とは切り離して、市場への資金供給手段としての認識である、ということをかなり意識していたことは伺える。
しかし、日銀はその後基金という別腹を設けて、さらに国債の買入を進めている。目的はどうあれ、中央銀行が国債を大量に買い入れているのは事実であり、すでに国債残高に占める日銀の保有シェアは10%近くになっている。国債消化のために日銀の果たす役割というか、需給における影響は大きくなりつつある。今後も日銀への追加緩和要求が高まり、その結果、基金による国債買入の額を増加させたり、買入国債の条件を緩和するようなことになれば、次第に財政ファイナンスとして意識されてしまう可能性もないとはいえない。このあたりも日銀が追加緩和を慎重にさせる要因のひとつとなっているのではなかろうか。


2012.7.1「日本国債を外国人は買い占めているのか」
週刊文春7月5日号に国債に関する記事が出ていた。タイトルは、『日本国債「外国人買い占め」で大暴落の現実味』。どんな記事なのかと思い買って読んでみた。記者がこの記事を書くにあたって、日本国債の海外保有比率が10%近くに高まってきたことを元に、国債暴落の可能性を浮かび上がらせ、読者に訴えようとしたようであるが、タイトルそのものが矛盾している。
外国人が日本国債を購入しているのは買い占めが目的ではないし、こんな巨額の残存がある日本国債を買い占めるのも不可能で、むしろ買い占めてくれたほうが日本の財政は助かるか。とにかく、買い占めとの表現は誇張というよりおかしい。ちなみに日銀が発表した資金循環統計によると、今年3月末現在、国庫短期証券を含んだ数字でみると、海外は全体の8.3%のシェアとなり昨年末の8.5%よりは低下したものの、これまで最高だった2008年9月末の8.5%に近い水準となっている。金額では76兆円(うち短期債を除くと47兆円)程度ある。
外国人の日本国債保有額が増加したのは、リーマン・ショックに続き、欧州の金融不安により、比較的安全資産とされる米独英などの国債とともに日本国債も買われた側面があるとともに、円がユーロやドルに対して買われた結果、海外投資家が保有する円の投資先として、短期債中心に振り向けられたにすぎない。日本が介入によるドル資金を米国の短期債中心に運用しているのと同じようなものである。
これらの海外からの資金はリスクオフの流れでちょっと円に置いている、とも言えることで、状況次第で短期間で売却される可能性はある。しかし、それでなくても日銀の買い入れなどにより需給がタイト、つまり銀行などの買い手がたくさんいる状況の日本の短期債なので、多少まとまった売りが入ったとしても、即座に消化してしまう可能性が高い。ポジション調整として短期債を大量に海外投資家が売ったとしても、市場にはほとんど影響なく、したがってそれによる大暴落には何ら現実味はない。
記事にはヘッジファンドの「ヘイマン・キャピタル」のサブプライム問題で大儲けしたというカイル・バル氏なる人が登場し、「われわれが最も多くの金を破綻の側にかけているのが、日本とフランス」との発言を掲載している。
そもそもなんとかで大儲けした人が、その後また何かで大儲けするということは非常にまれである。むしろ、何かで儲けたことで一躍有名になったものの、その後のコメントの相場観がちぐはぐというケースも多い。いずれ日本国債は暴落する可能性は否定はできないが、それは今ではないでしょう。ここにもオオカミ少年が一人いたという結果になる可能性が高い。過去大儲けしたヘッジファンドだからといって、そのポジションが常に正しいとは限らない。
ただし、記事の内容を良く読むと、外国人が日本国債を大量に保有しているから暴落の懸念があるということではなく、何かのきっかけで日本国債が売られるようになったらたいへんだよという内容ともなっている。それはそれで警告を発することも大切かと思うが、無理矢理に外国人投資家に結びつけるあたり、かなり無理がある。まあ、読者の関心を引くためには、このタイトルも致し方ないのかもしれないが。


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