若き知
   
   
   



若き知


98.2.16 「オリンピック、その3」

もうオリンピックの話題はいいという方、もう少しご勘弁を。なんといっても原田君がやってくれたんです。もちろん金メダルは船木選手でしたが、あの、あの原田選手が飛んでくれたんです。誰も飛んだことがないところまで。そして念願の個人でのメダルを獲得。リレハンメルの失敗を一番感じていたのは当然、原田選手自らのはずです。メールでもそのようなご指摘を受けましたが、だからこそ私は応援していたのです。それしかできないですもんね。しかし、あの失敗ジャンプの後、嫌がらせの電話とかあったとの報道にはさすがに頭にきました。確かに悔しかったですよ。でも一番悔しかったのは本人であり、家族であったと思います。しかし、それをバネにしてあれだけのジャンプを見せ付けてくれるのですからやはり日本のエースです。これからも日本チームの精神的な支えとしてがんばってください。

さて、メールにても皆様からオリンピックの思い出をいただきましたが、ご紹介はのちほどさせていただくとして、自分の思い出をひとつ。中学生のときでしたか、ミュンヘンへの道というアニメがありました。ご存知の方も多いと思いますが、男子バレーボールチームを描いた実話をアニメ化したもので、しかもそれは過去のエピソードというより現在進行形の形をとっていました。東京で銅、メキシコで銀、そしてミュンヘンで金を狙おうという松平監督の構想を実現させようとする姿を描いたものでした。世界一のセッターの猫田(故人)、そして、森田、横田、大古の三枚看板。そして嶋岡といった役者が勢揃いしていました。AクイックそしてB・C・Dクイック、時間差攻撃など多彩な攻撃などまさに夢のような世界でした。だからこそアニメ化されたのでしょう。あまりに商業主義に特化したと言われた松平監督ですが、男子バレーボールを必死になって広めようとした結果が、多少オーバーシュートしたのだと思います。実は大学入試の二次試験で「私の感銘を受けた本」という題での小論文がありました。普通なら高尚な本を選ぶのでしょうが、本当に自分で感銘を受けたのは、松平康隆氏の書かれた「本気でぶつかれ」という本だったのです。これは確かミュンヘンオリンピック後に書かれたものだと思いましたが、人生一回しかないんだから本気でがんばれとオリンピックを通して訴えた本でした。感化されやすい私はこれを読んで目が覚め高校時代に下から数えたほうがはやかったものが一気に上から50位以内に入ってしまったんですから恐ろしい。人はやる気をだすと想像以上の力を出すものだと身をもって感じました。そんなエピソードを交えながら論文を書いたのです。もちろん松平氏が受験した大学の学部学科のOBであることもじゅうじゅう承知していましたが。それが功を奏してか結局、その大学を卒業することになったわけで、いわば大きな恩人でもあるのです。松平氏自身に対しても、その著作に対しても、そしてオリンピックという舞台に対しても。


98.2.13 「パラダイムシフト」

本日付の日経新聞の大機小機にはたいへん共感を持てたが、このなかでパラダイムの転換という言葉があった。パラダイムシフトのことであろうが、これをある辞典で調べると「社会全体の枠組みの変動、社会の価値観の移行」とあった。いったい、いつどのような形で日本におけるパラダイムシフトが進行したのであろうか。金融業界からみれば、確かにそれは護送船団方式がマーケット至上主義に移行したことが要因と見られるかもしれないが、今回の「接待疑惑」に関してそれをみた国民の反応を見ても、どうやら日本人自身の考え方にパラダイムシフトが進行しつつあるように感じられる。官民癒着について、これはこれまでの日本を支えてきた古式ゆかしい方式であり、ある程度のことは目をつむっていたはずの日本人が、急に怒りをぶつけてきた。これをマスコミとかのせいにするのはお門違いである。マスコミは世論に迎合する。世論が、いや日本人の考え方に変化が生じているとみてよいのではなかろうか。「常識の範囲内」の常識がすでに現在の価値観からすれば「非常識」となっていたことに当事者は気がついていなかった。やはり現在の社会情勢は経済に限らず、社会全体が大きなパラダイムシフトを起こしているようである。米国においても景気があれだけ好調にもかかわらずインフレが生じないという事態に対して、グリーンスパン議長などこれまでの経済学の尺度では計れない状態が生じていることを認識している。米国においてもパラダイムシフトが起こっているのであろうか。確かに常に社会は変化している。しかし、そのスピードにはやはり強弱がある。江戸時代などかなりスピードが緩やかであったが、黒船来航により一気にそのスピードが加速したように。今後どのような形でシフトがすすむのか予測はできないが、シフトが急速に進んでいることを認識する必要はどうやらありそうだ。


ご連絡

「Waveのページ」さんのご協力で私のインデックスページから先物の一目均衡表を直接リンクさせていただきました。どうかご活用ください。


98.2.12 「オリンピックその2」

オリンピックアンケートに答えていただいた方、ありがとうございました。清水・里谷両選手の金メダル獲得で長野オリンピックも一気に盛り上がりを見せているようですね。先日のオリンピックどこから覚えているかアンケートの結果発表です。まず、ローマ大会以前からが二人。インスブルック大会が一人。そして、東京大会が六人。メキシコ大会が三人の方。一番多かったのは、札幌大会で八名の方。モントリオール大会が五名の方。やはりこのへんから見ている方が多いようですね。30歳前後の方々がやはり多いのでしょうか。そして、モスクワ大会が二人。この大会は西側諸国がボイコットしたのですよね。そして、サラエボ大会が二人。ロサンゼルス大会が三人という結果でした。私の娘たちにも、あのタエコールをしっかり聞かせようとしたのですが、はたして覚えてくれるかどうか。しかし、どうやら印象深い大会になりそうです。まだ競技は続きます。選手の皆さんがんばれ!、特に、次ぎはなんとかせい、は・ら・だ!!!。もう、苦笑いは見たくないぞ。がんばれエース。


「ネットで規制へのご意見」

ネットへの規制に対するご意見をもうお一人の方からいただきましたので御紹介したいと思います。

私個人としては、たとえネットの陰で滅茶苦茶をやる者が居たとしても、それは個別に対応すべきもので、一足飛びに“規制”に走るのには反対です。というのは、匿名サイトからメイル爆弾を送るとか、しつこく中傷メイルを送り続けるなどの脅迫、あるいは業務妨害について、その行為を処罰するのは当然だし、問題ないと思いますが、Webページの“内容”を第3者が評価して、“有害”なページを削除するというのは検閲につながる恐れがあるためです。考えて見れば、変な人による迷惑行為も、公序良俗に反しているような内容の公表物も、別にネットワークが発達する前からあったわけで、ネット上でこれらが殊更に問題視される理由は、昨今のネットワーク技術の進歩に伴って情報の流通が格段に容易になり、これまで表面に出てこなかったような情報に我々が触れる機会が増えたためと考えられます。いわば、街に高速道路が開通したとたんにリムジンやら暴走族やら宣伝カーやら、これまで見たこともないような車が通るようになってびっくりしている状態です。でも、我々はもう後戻りはできない。とすれば、対応策は、1.これまで以上の情報の流れの中での選別センス。2.“変な人”あるいは迷惑行為への対応法を各自磨く、あるいは子供たちにも教えるしかありません。ここで何らかの新たな規制は不要です。つまり、ネットワークの悪用については先のたとえだと高速道路での暴走に対応しますが、これは、電話などを使った迷惑行為と同様のもので、別にネットワークにユニークなものではないので、従来と同じように処理できます。今新しく導入されようとしている規制には、内容を問題にしているものがありますが、これは、「ある特定の車種を高速道路から排除する」のに対応すると思います。1.ができるならば“有害情報”は無視すればよいだけのことでしょうし、2.が できるならば、迷惑行為に悩むことも無くなるでしょう。で、1.ってのは月並みですが勉強するしかないですね。幸いネットワークによって良質の情報にも容易にアクセスできますから、最近は楽ですね。問題は2.の方で、特に匿名で悪さをする輩への対応ですけど、こちらはもうネットワーク技術の進歩に期待するしかありません。e-mailなどはヘッダを見れば大体のことは判ります(わたしは掲示板には詳しくないのでこちらの方はどうかわかりませんが)。という訳で、こちらの方もしかるべき技術のある人にかかれば大体大丈夫かなあと思っています。随分長くなりましたが、以上のような理由により、私はネットワークに規制は不要であると考えます。

ありがとうございました。ネットに対する規制については、これからも折を見て考えてゆきたいと思います。今回は多少、趣を異にしますが、先日も若干触れたコピー文化について少し考えてみたいと思います。新聞かなにかでコピー文化がはびこっているのはアジア諸国であるとの記事を見たことがあります。歴史的にみて著作権に対する認識が薄いとの指摘でした。確かに中国や香港などでは音楽CDやゲームCDのコピーが氾濫し政治問題化されています。日本もまさに西洋文化や技術をコピーすることで経済発展を遂げてきたことも確かです。しかし、だからといって西洋より東洋のほうが著作権に対する認識が薄いということにはなりません。実際西洋では名画の贋作技術とかはたいへんすぐれたものがありますし、日本の黒沢明監督の作品や手塚治虫氏の作品もしっかりコピーされています。また、インターネット上でも高価なコンピュータソフトのコピーすら流れ出ている始末で、こんな状況でコピーの認識は西洋と東洋の文化の違いからと指摘するのはどうかなと私は考えています。そして、そのコピーをデジタル技術はたいへん容易にしているのです。映像も音楽も文章もすべてデジタル処理されればコピーはたいへん容易になります。そしてインターネットの発達によりその情報の入手も容易となりました。インターネット上のコンテンツも当然、著作権に保護されていますがインターネットは自由な世界といった認識があまりに強く、著作権に対する認識が甘いような感じもうけます。技術がこのデジタル化を促進させ、コンピュータの広まりとともにデジタル資産を個人レベルで取得、操作が容易にできるようになりました。しかし、著作権の問題はたとえばDVDの普及の遅れといったように負の要素としても働いていることも確かです。すでに技術で著作権を保護するのは不可能に近い状況です。別にデジタルでなくても、通常のコピー機などでは著作権うんぬんなんて通用しない状況でしょう。もし、著作権を保護するとしたら技術以外のもので求める必要があるでしょうね。だからといってコンテンツに法外な値段をつけられても困ります。なにかうまい手段はないものでしょうか。


98.2.9 「オリンピック」

7日から長野冬期オリンピックが始まった。残念ながら開会式当日は同僚の結婚式が横浜であり帰宅してからテレビで見た。オリンピック開会式当日の結婚式とは確かに記念に残る。しかし、東京オリンピックと異なり休日にはならないであろうから、将来には多少問題を残す。私は19××年10月13日(土曜日)に結婚したが、さすがに時の経過とともに結婚記念日を忘れがちになる。これから結婚される方はできれば祝日を選ばれたほうがいいかもしれない。覚えやすいからである。しかしその祝日の一部が月曜日となるものもあるらしく祝日でも問題もでてくるかもしれない。ようはしっかり覚えておけばよいのであろうが。まあ、とにかくオリンピックである。ウインター・スポーツは決して嫌いではないがけっしてうまくない。スキーはやっと滑れるぐらいで、スケートはやったことがない。ちょうどこの土日には、ワゴンさんはスキー旅行へ行かれており、またベルデさんは東京都内でスキーを楽しんだとのお話である。私も久しぶりにスキーに行きたくなったが、子供がまだ小さいし風邪を引きやすい体質であり(だれに似たんだ!)今年もあきらめざるをえないのであろうか。あれっ、とにかくオリンピックである。今日はどうもアルコールの入った状態の会話形式になってしまった。話がつい違う方向へ進んでしまう。決して昼間から飲んでいるわけではない。ここのところ相場についていけず、思わず自棄酒(やけざけ・・を変換するとこうなった???)を飲みたい気持ちであった。えーと、そうそうオリンピックである。日本で開催される三回目のオリンピック。東京オリンピックのときは幼稚園児であった。いっしょに通っていた女の子の家にあったカラーテレビで見た開会式の青空が印象的であった。しかし、なんでカラーテレビなんかあったのだろう。めちゃ金持ちやったんかなあ、と今ごろ後悔してもしょうがない。聖火リレーも見た記憶がある。このホームページをご覧になっている方の平均年齢は他の分野のサイトをご覧になっている方よりは多少高いと思うものの、ほとんどの方は東京五輪を知らない世代であろう。よくどのオリンピックの記憶があるかでだいたいの年齢がつかめるため飲む席などで話題に上るときもある。今、これをご覧になっている方、オリンピックの記憶はいつごろのものからでしょうか。

98.2.6 「規制その二」

先日の「若き知」へのご感想をいただいたのでご紹介します。

M氏からのメールです。 久保田さんがご指摘されていましたネットの問題点は、大きく以下の3点に分類される思います。 @表現の自由と倫理、Aネット上の個人的な中傷や犯罪、セキュリティーBネット上の著作権問題 @表現の自由と倫理、不特定多数に対してネットが放つ不快感 持論: ネットも社会の一部ですから、(不特定多数に)不快を与えるような情報については(国、インターネットを運営する団体等で)規制すべき。 最近、電話で発信者が誰だがわかるような機種が登場しましたが、ネットでも同じような技術が進み公衆道徳に反するネットが取り締まられる日を望みます。しかしながら、ネットの情報が国境を越える点について「規制」をするのは相当難しいでしょう。久保田さんがおっしゃているようにインターネットはすでにその利便性から必要不可欠な状態になってきているのでインタ−ネットそのものを廃止するようなことはないと思います。「規制」について紆余曲折を経ながらも、これを契機に法律・文化のグロバール・スタンダード化が進むのかもしまいません。 Aネット上の個人的な中傷や犯罪及び個人的な情報に関するセキュリティ ー 持論:ある程度自分で身を守るべき。(自己責任) 現在ネットは無法地帯であるためいろんな危険があると思います。少なくとも、ネット上での情報交換は外国旅行に行くのと同じようにある程度予め自分自身で用心してから行うべきだと思います。 FMLが会員制にされましたが、良いこと(大賛成)だと思います。そうしないと、ごく一部の無責任な人のためにネットに関わっている多くの人が被害を被る可能性があるのではないかと思うからです。ある程度閉鎖的になるのは残念ですが、今後、情報に対しておのずと会員化(階級化)が進むのはやむを得ないかと思います。 Bネット上の著作権 持論:(公開された)情報、ソフトのコピーはある程度仕方ない。が、企業の機密に関するデータの流用は厳しい法律と罰則を課すべき。 1)先日、ブルンバーグで「米国内、インターネットによる盗作論文が多発」といった記事が流れてきました。 インターネット上での情報はすぐにコピーできるため著作権の問題はより深刻なものになると思います。残年ながら、ある程度は仕方ないのではないでしょうか。(しかし、この対策を考えた人はすごいだろうな) 2)先日、「人材会社の名簿が流出」したという事件がありましたが、企業もパソコン・OA化を進める前にまず、「情報の危機管理」をもっと学ぶべきだと思います。 パソコンは20世紀における活版印刷術のような大発明って過言でないでしょう。(ビル・ゲイツはグーテンベルグの生まれ代わりか?)今後、インターネットを軸にして大きく(電話や車の出現以上に)社会が変わっていくと思います。しかしながら、大発明といっても人類がうまく使わなかったばかりに悲劇を起こしてしまったことはこれまで枚挙にいとまがないのは歴史が語っています。放射線、原子力、遺伝子工学・・・・・・・・ ・・・・・ もはや、インターネットは私たちの生活に深く関わってしまっているためそれを「規制」するのは難しいかもしれませんが、倫理や良識(物事に対する健全な判断力)を考えるのはまだ遅くないと思います。

そしてO氏。 う−ん、難しい問題ですね。 確かに公に自分というものが出ない世界であるだけに、法に抵触しても平然としている人影に隠れて言いたいことだけ言って正体を現さない人はいますねぇ。基本的に小生は性善説を採りたい方であるが、それはあくまで今小生が置かれている身近の環境の話で、人類皆がそうではないということはネットの世界で痛感した。例えば上記 のような人や、ウィルスをばらまいて楽しんでいるような人の存在。しかし、ネットが有効利用されている面もあるだけに、そういう一部の者のために有効な場を失うのは如何かなものかと思います。悪い奴に対して目をつぶることはしたくないが、まだまだこの世界も発展途上。良い芽を摘んでしまうことなく、規制できる術ができることを期待したいです。期待するだけでなく、あなたに名案はないの?と言われると、う−ん、難しいですですねぇ。

本当に、なにか名案はないものでしょうか。みなさまのご意見お待ちしております。


98.2.5 「石ノ森章太郎と009」

日本を代表する漫画家のひとり、石ノ森章太郎氏が先日亡くなった。小学校二年生のころか金沢区の図書館で映画の試写会があり、それが氏の代表作の「サイボーグ009」であった。それを見てたいへん感激した記憶がある。いまだにその光景を覚えているぐらいである。当時はテレビアニメが全盛で「サイボーグ009」も当然ながらテレビ化され、夢中になって見た。しかし、その後は石森章太郎氏の漫画にはあまり深くは接していなかった。仮面ライダーも当時はあまり好きではなかったこともある。再び009と会ったのは高校受験のために通っていた塾に漫画の単行本が置いてあったのを見させてもらったときである。しかし、その時本屋には009は置いてなかった。大学生となったころ、009が文庫本で復活したことを知り急ぎ買い求めた。そして、単行本も同様に復活し全集を買い集めた。009は実はいったん終了したのだが、その後も単発的に石森氏は描き続けた。どうやら、手塚治虫氏の火の鳥のようなライフワークであったのかもしれない。絵も格段ときれいになった。石森氏は石ノ森と名を改め、「ホテル」や「日本経済入門」また「マンガ日本の歴史」といろいろなジャンルで活躍されたが、やはり009は描きつづけておられた。結局、009は完結しなかった。完結編の構想を練られていたとも聞くが、原作者とともに009もいってしまったのである。


98.2.4 「SCSI」

SCSIって読めますか。これを読んでいらっしゃる方々はたぶん読めると思いますが、初めて見た方にこれを「スカジー」と読めるでしょうか。金融用語も妙な英語が氾濫していますが、コンピューター業界もそうですね。システム関係の方の会話を聞いているとちんぶんかんぷんな用語が飛び回り、聞いている私は???というケースも多いものです。しかしこのSCSIは、Small Computer System Interfaceの略語だそうですが、小さい電子計算機用のための外部機器を接続するための接続機器とでも訳するのでしょうか。まあ、日本語にしずらいのも確かですが。このSCSIを家のDOS/Vパソコンに取り付けたのです。先日お話したCD−Rが届いたもので先日の日曜日に、SCSIカードとやらを買いに行きました。多少不安な面もあり、パソコンとCD−Rの仕様書を持参しました。結局、これがあったおかげで事無きを得たのですが、なんとSCSIと接続する機器には相性があり最悪の場合、ぜんぜん認識してくれないとのことで、店員にこれ大丈夫と、適当に安いSCSIを見せると「これだと、たぶん動きません」と言われてしまいました。持参した仕様書を見て、店員が適切なものを見つけてくれたのですが、今までこのような経験が少なかっただけに驚きました。実際、マックにはすでにSCSIは内臓されています。確かに、外部接続機器、たとえばCD−ROMとかハードディスクの増設とかをしない方には、宝の持ち腐れになってしまい、SCSIなどつけずにその分値段を落とした方がいいという方も多いとは思います。しかし、パソコンを使っているうちにあれもしたいこれもしたいとなるとSCSIとかの接続装置を取り付ける必要が出てきますよね。マックのいいところは最初から内蔵しているため規格が統一されており、相性が悪くてつながらないということは少ないのです。接続のインターフェイスというのも、いろいろ新しいものがでておりこれからDOS/VにもSCSIを内蔵してくれとまではいいませんが、少なくとも規格の統一というか相性の悪さというのは避けてほしいですね。しかし、これで世界標準なんですか。うーむ。


「表と裏、ファイヤーウォール」

先日の「規制」に関するアンケートに多くの方に答えていただきありがとうございます。アンケート結果といただいたコメントは後日紹介させていただきます。今日はインターネットの規制に関してもう少し自分なりの考えを書いてみようかと思います。インターネットの最大の利点は、情報の双方向性と匿名性そして全世界規模という点かと思われます。情報を個人がパブリックな場に容易に流せるということは、情報の選択次第ではかなり有益な情報を得ることができます。自画自賛に聞こえるかもしれませんが、これまで一部の情報ベンダーや新聞などからしか得られなかった情報がたとえばFMLのような形で見ることができるようになりました。FRB議長の発言なども即座に確認できます。調べたいものがあるときには検索ページを使えば、かなりの情報を得ることができます。しかし、個人の情報発信はすべてにおいて有益なものとは限りません。実際にこれまでは一部のマニア等だけで楽しんでいたものをホームページ上で公開することで、多くの者の目に触れることができるようになっていったのです。ある意味で、これまでその存在さえ知らなかった裏の情報に接することが可能となってしまったのです。インターネットは好奇心さえあれば、通常生活からはまず絶対に得られない情報を取得できてしまいます。これは、これまでのメディアには存在しえなかったものです。しかも、アクセスの制限は現在では実質不可能です。そういったソフトもありますが、気の利いた小学生ならあっけなく解除してしまうでしょう。普通生活していて、表と裏という使い分けをわれわれは知らないうちに身につけています。社会、ビジネス、そして歴史においても多くの裏の部分があるはずです。その裏の部分に入りこめるのは一部のものたちでした。興味、関心はあってもそれに接することはたいへん危険であるという常識が働いているはずです。しかし、インターネットはそういった見えない常識の壁を破りつつあります。しかも、小人数でしか共有していなかったものも公にでてきているのです。つまり通常のパブリックメディアは検閲という手段により、そういった悪質なものに対して壁ができていますが、その壁がインターネットにはないのです。匿名性というものが、そういったことに対してさらに拍車をかけています。これはやはり大きな問題です。教育にインターネットが利用されていますが、無法地帯に子供たちを送り込むことにもなりかねません。確かに自由ということは大事です。しかし、それを悪用していや乱用している部分も非常に多いのです。しかも、相手が認識できない以上、子供も大人もネットの世界では区別がつきません。こういった問題をどのように解決していけるのでしょうか。


98.2.2 「規制」

日米ともに、インターネットに対する規制が強化されるのではないかといった思惑が流れている。猥褻画像もむろんだが、日本では未成年の犯罪に対する写真などがネットへ流れたことなどがひとつの要因となっている。また、米国においてはインターネット推進派の大統領自らがネットによる情報により、最大の危機を迎えている。最近では、掲示板形式への書き込みを利用して他人への中傷や違法な画像を貼り付けしているといった例も見られる。掲示板は使い方によっては、たいへん便利なものである。ニフティーサーブがあれだけ普及したのも、各フォーラムでの会議室利用が大きな要因と思われる。インターネットの普及によりさらに参加者のすそ野が広がった。社内LANの普及により、これまでこういったメディアに接していない方も参加するようになったようだ。実際、私のページに見に来てくれている方のサーバーアドレスの多くは会社のネームとなっている。会社からのアクセスはいろいろな形で制約があるため、利用するには不便であるが、反面、社会問題化している部分には接することができない場合が多いと思われる。主に閲覧利用というケースが多いようだ。話はそれたが、この掲示板の難点というか最大の欠点は匿名性にある。メールアドレスの書き込みがなければ、相手を特定しずらい(実際は、技術的にはある程度つかめるらしいが)。このため、他人の中傷など平気でする人間の書き込みに対して処置がしにくい。FMLにおいても、いろいろとあったがこの問題をクリアーするには、参加者を特定の方に限定するとかいう手段をとらざるをえない。ホームページ上で、直接情報発信するものにとっては、ある程度リスクは覚悟している。プロバイダーとの契約もある。実際、猥褻画像を流したとかで捕まった人間もいる。そうはいっても、ホームページオーナーでも、法律違反のリスクを犯しているものもあとを立たない。だからといってすべてを規制することもできないのも現状である。インターネットは国を越えた通信網であり、その国の法律によって規制の対象が異なる。一般的に猥褻といっても、国によって大きな差がある。このような無法地帯を完全に取り締まるには、たぶんインターネットを廃止する他ないであろう。しかし、ネットを使った利便性を使うものだれもが感じている。廃止などまずは考えられない。いったん自由に接した人間は、もとには戻れない。いや、戻りたくないであろう。あとは良心の呵責とかに依存せざるを得ない部分も大きい。また、インターネットもそうだが、デジタル技術の進歩の度合いは、すでにものすごい速度である。違法行為であることを承知の上でお話するが、最近、若いグループのある曲がたいへん気に入って、それに関してインターネットで調べているうちに、とんでもないものに出くわした。ご存知の方もいると思うがMP3である。MPEGは、動画圧縮技術であるが、当然ながら音声にも通用する。なんと通常のCDを音質を劣化させずに10分の1で、圧縮できるのである。その再生ソフトも非公開ながらネットで得ることができる。そして、そのグループの曲も・・・。参考までに、この件に関してはご質問にいっさい答えられない。このように、完全に著作権に違反する行為であるが、音楽CDの曲が、ネット上で音質を変えずに得ることができるのである。このまま圧縮技術がすすめば、もっと大きなメディアの情報もネット上で受渡が可能となろう。インターネットはこのように著作権とか肖像権とかに引っかかるものも多い。すべてを取り締まることは不可能である。最近では、ヌード写真に有名人の顔を貼り付ける写真も流行しているとか。別にフォトショップとかの高価なソフトがなくてもこのような事は容易にできてしまう。自由を取り違えている者も多いが、それを喜んでいる人間もかなり多い事も確かである。もし、これらを規制したとしても、いったん地下に潜ってふたたびあとからでてくるであろう。技術の進歩は大きな弊害もうむ。しかし、これまでもこういった事に関してはいろいろな形で乗り切ってきている人類である。あたまの固い方々が変に規制するよりも、社会の流れをしっかり掴んで最適な解決方法を模索するほかないであろう。ただ、今回は一国だけではなく、人類社会全般に対するものであるだけに、容易ではない。