「若き知」



98.7.31「小渕内閣」

しかし、これほど期待されていない総理大臣もめずらしい。何かやってくれそうな雰囲気はまったくしない。そうはいっても期待されないほうが、実力が発揮できるのが日本人でもある。まあ、実力があればの話ではあるが。景気も、どん底をはっている状況であり、きっかけ次第では回復する可能性もある。別に誰が総理でも回復するときは回復する。やはり最期は企業の自助努力によるのであろう。恒久減税も必要なのだろうが、すでにタイミングを逸している。そして市場はこの減税実施はある程度織り込んでいる。すでにやってあたりまえと見ている。10兆円の補正も、結局派閥順送り人事をして、まさに自民党らしさを発揮した新政権だけに、自民党らしい「ばら撒き」をしてくる懸念は強い。とはいっても、たまたま景気が上昇でもすれば、こういった政策が要因となったと言われるのであろうか。宮沢蔵相への期待も強まっているが、過去の首相・蔵相時に何をされたのかを見る限り、はたして経済通なのかどうか疑問は残る。さっそく、円や株は市場に任せるとかいう発言で円安が進行したが、バブルの進行も市場に任せていたのですよね、当時。確かに結果論からは何でも言えますが、その後のバブルの処理に失敗したのも確か。そもそもそれが今回の日本の景気低迷を招いた。金融再生トータルプラン、ブリッジバンク構想もいいですが、構想だけで後はどうするつもりなのですか。ハードランディングは避けたいとおっしゃっているが、何もしないとも聞こえるのですが。債券相場はこうした見方を反映して急反発した。ぜひぜひ国民が納得し、そして市場が好感する施策をとっていただきたい・・・期待はしていませんが。

98.7.30「ロットネスト島」

ご要望にお応えして。えっ、誰も頼んでいない?。まあ、とにかく「パース」の続きです。パースの隣にはフリーマントルという街があります。ここは、先日の日記にも書いたオーストラリアで行われた第26回アメリカズカップの開催地でもありました。ここから船に乗って、沖合いに浮かぶ島、ロットネスト島(Rottnest Island)を目指します。この島はわずか全長11kmしかありません。ここに来た目的は日本にはまだいないといわれているクオッカに会うためでした。この島には体長20〜30cmほどのクオッカ(Quokka)と呼ばれるねずみのような有袋類の小動物が住んでいるのです。1696年にオランダ人がこの島を発見したとき、クオッカを見てねずみと勘違いし、Rats Nest (ねずみの巣)と呼んだことが、ロットネストの名前の由来のようです。自転車を借りて島を巡ったのですが、ポイントを押さえておかないとこのクオッカには会えません。実はしっかりチェックをいれなかったので、クオッカに会えたのは帰りの時間間際でした。食べ物を持っていくとすぐに集まってきました。後ろ足で立って、じょうずに手を使いビスケットを口に運びます。この様子がたいへんかわいいのです。このクオッカですが、本当に野生のものは近寄ってきませんが、人間に餌をもらうのに馴れている群れは、このように人がいくと寄ってくるのです。下の写真はその時の写真です。ちなみに右側の手は私の手です。もしパースに行かれることがありましたら、ぜひこのロットネスト島に足を運んでみてください。クオッカ、とってもかわいいですよ。

98.7.29「パース」

そういえば新婚旅行以来、海外に行っていない。バブルの崩壊も影響しているが、子供が三人立て続けに生まれ、海外旅行どころではなかったことも確か。実際、海外旅行もそれほど行っているわけではない。学生時代に、台風の居座ったグアムに行き、1989年に研修でニューヨークに約3ヵ月ほど滞在。その帰りにロンドンに一週間ほど。そして、新婚旅行に行ったのがオーストラリア。実はケアンズの浜辺でゆーくりするつもりであったのだが、相方がどうしてもパースなるところとエアーズロックに行きたいというので、当時としてもかなり割高なツアーで行くこととなった。それまでパースという街はあまり聞いたことはなかったが、兼高かおるさんが世界で一番住んでみたい場所とおっしゃったということをどこかで耳にし、調べてゆくうちに期待は高まった。実際に行ってみると期待に違わず、すばらしいところであった。東インド洋に面しているため気候は温暖。町並みもたいへんきれいで、スワン川を見下ろせる高台には別荘が並んでいた。確かに終の棲家としてここは絶好かもしれない。東インド洋もたいへんに奇麗であった。裸足で歩いた砂浜は日本と違い、ごみもなく砂もさらさらしてたいへんに気持ちが良かった、ちょっと熱かったが。その時撮った写真を、来週の夏休みの際、私のindexページに載せる予定である。そして、そのパースから船に乗り、今度はロットネスト島に向かった。実はその島には、たいへんかわいらしい生き物がいるのである。その話はまた後日・・・。

98.7.28「アメリカズカップ」
2000年にニュージーランドにて第37回アメリカズカップが開催される。1992年に初参加したニッポンチャレンジはスキッパーにクリス・ディクソンをむかえベスト4まで進出。そして1995年には南波誠スキッパーのもと善戦したものの決勝進出はかなわなかった。その南波誠氏は国内ヨットレース中、誤って海に転落し行方不明となったニュースはたいへんショッキングであった。ニッポンチャレンジの要であり、次回のチャレンジにはなくてはならない方だっただけに、なんとか無事を祈りたかったが、残念ながら今だ発見されていない。前回レースにてジョークを交えた南波氏の記者会見は、なんとスキッパーとなったことで必死に勉強された英語で行われた。人間いくら年をとっても、がんばればできるんだというお手本のようなものであり、たいへん感動した記憶もある。南波氏のいないニッポンチャレンジなんてと思っていたが、その南波氏のためにもむしろ応援しなければならないかもしれない。アメリカズカップは1851年(嘉永4年)、ロンドンで開催された第1回万国博覧会を記念して、ワイト島一周レースにその起源がある。そのレースに優勝したのが、なんと当時ヨットでは後進国と見られていた米国の「アメリカ号」。そしてその時に渡されたカップが「アメリカズ・カップ」という名前をつけられたのである。それ以後、現在まで140年以上の間に29回カップが争われ、米国からこのカップが持ち出されたのはわずかに2回。1983年の第25回大会に「オーストラリアII」で優勝したオーストラリアと前回の95年のチーム・ニュージーランドだけであった。このため2000年は前回の優勝国であるニュージーランドでレースが行われる。世界最高峰のレースだけに、膨大な費用がヨットにかけられる。そして最新鋭の技術がつぎ込まれる。もちろん操舵の技術も高度なものが求められ、マッチレースだけにその駆け引きにたけたスキッパーが必要とされる。しかし、このレースはまず自然との戦いなのである。風や波を相手にしていかにそれをうまく利用できるか。まさに最新鋭の技術で自然との戦いに挑むのである。私も最初にニッポンチャレンジが参加するまで、あまりアメリカズカップのことは知らなかったが、1992年のレースを見て以来、ファンとなり関係書籍等などを買いまくったりした。次回のカップは1999年10月のチャレンジャーシリーズからスタートする。日本はお得意のハイテク技術を駆使して、新造船を開発した。今回はピーター・ギルモア(豪)をチームの総指揮官であるセーリング・ディレクターに迎え、チーム作りも着々進んでいるようである。南波さんのためにも、ぜひ次回はカップを日本に持って来てほしい。


98.7.24「花火」
夏といえば花火ですね。昨日は足立の花火大会、そして明日はいよいよ隅田川の花火大会です。今年は浴衣が流行っているそうですが、確かに女性の浴衣姿は私もたいへん好きです。特に今年はシー・スルーの・・・、は、まあ、とにかくとして(ううっ品位が落ちる・・えっ、そもそもそんなものはない?)、団扇片手に夜店を冷やかしながら花火を眺めるのには浴衣が似合います。しかし、どこの花火大会も混むんですよね。見に行きたいのはやまやまなのですが、あの混雑を考えると思い切りがつきません。実は私の住んでいる地域にも大きな花火大会があるのです。それは霞ケ浦近辺で打ち上げる土浦の花火大会なのですが、なんとこの花火大会は10月初旬に行われるのです。寒い寒い。何故この時期かといえば、翌年の各地で実施される花火の品評会を兼ねているためです。このためにたいへん珍しい花火も見られます。全国三大花火大会に数えられていますが、理由はこのためです。ちなみに三大大会の残り2つはどこなのかは定かでありません。でも、花火はやはり夏が似合いますよね。これから各地で花火大会が実施されるでしょうが、もし御勧めの花火大会とかありましたらご紹介ください。


98.7.23「ムーディーズ」

ムーディーズ・インベスター・サービスは日本国の外貨建て債務および銀行預金に対するカントリー・シーリング、および日本政府が発行もしくは保証する円建て債券の格付けを現行のAaaから引き下げの方向で見直すと発表した。4月3日に日本のカントリー・リスクの見通しをネガティブに変更してから3ヵ月ちょっと。いよいよ実際に引き下げられるのも時間の問題となった。引き下げの理由は言うまでもなく日本経済。政府当局が構造改革や経済運営について適切な対処を行なっていない。そして財政問題もこれからはさらに悪化する可能性がある。どうやらこれは米国政府が最後通牒を突きつけたと見られなくもない。明日に総裁選を控えて釘をさしてきたのであろうか。バブル崩壊後、日本の基礎体力が低下していることは間違いない。不良債権処理も中途半端。血液となるべきマネーは流れが止まり、まさに動脈硬化の状態である。脳となるべき指示系統も機能不全。ついに外部からショック療法をするしかなくなってきたのであろうか。ここはムーディーズに対して、勝手に格下げするのはおかしい、格付け会社の格付けするぞ、なとど自分の非を無視したような発言はせずに、何故、格下げなどが起こってしまうのか冷静に見直さければならない。人間も自分が大事であり、自分の非はあまり認めたがらない。第三者によって指摘され、気がつくというのはいたしかたないか。余計な口出しするなと怒る前に、良く指摘してくれたと感謝すべきかもしれない。確かに日本は最大の債権国かもしれない。しかし、それは過去の栄光を引きずっているだけであり、現在の足元、また日本という国が陥りつつある状況は、たいへんにシビアーなものなのである。「日本経済の基礎条件はしっかりとしている」とおっしゃたのが蔵相であるという国が格下げされてもいたしかたない。基礎条件がしっかりしている国がこんな経済実態に陥っているのはなぜですか。基礎条件のひとつである金融はしっかりしていると言われるのですか。失業率の4%は・・・。

98.7.22「ひぐらし」
いよいよ夏。まもなく関東地方も梅雨明け。夏といえば、セミの声。なかでも好きなのは、ひぐらし。昔、富士の裾野で聞いた蝉時雨は強烈でした。一匹だと、カナカナ。これが集合するとキーンと合唱。夕方、うちわ片手に夕涼み。夕日に合うのは、やはりカナカナカナ・・・。那須の山懐で早朝に聞いたひぐらしの声も、あとで思い直すと夢ではなかったかと思えるほど幻想的でした。まだ、今年は聞いていませんが、何回聞けるでしょうか。私の夏は、ひぐらしの声で始まります。


98.7.21「総裁選」
今日立候補の届け出が行われいよいよ総裁選がスタートする。24日に選挙となり新しい総裁、首相が決まる。小渕・梶山・小泉氏が立候補した。梶山氏は茨城県出身。もし総理となれば茨城県初となるはずである。また、小泉氏は大学のOB会で一度講演を伺ったことがあり、その時の発言がしっかり的を得たものであり、また覇気があったことで好印象をもった。まあこんな個人的な事情はとにかく、この三人のうちのなかで総裁が決まる。最大派閥でありまた宮沢派を見方につけた小渕氏リードと伝えられているが、派閥人事に反発を示す若手などはやはり反小渕に動くと思われ、最終的に決戦投票となった場合に予断を許さない。まあ、誰がなっても今後の自民党を引っ張っていくのはたいへんであり、解散総選挙となった場合の衆院選挙で過半数を維持できるかどうかは疑問である。確かに経済政策については前回の失敗もあり、数字だけでも国民受け、また市場受けするものとなっているが、弱体化した自民党にあって目標だけ並べてみてもたかがしれている。強力なリーダーシップを取るにも、派閥という箍がかかっている以上、橋本首相以上に無理がある。前回選挙においては、国民は橋本首相個人にノーをつきつけたわけではない。自民党の政策自体にノーを示したのである。自民党自身が大きく変革しない以上、新総裁も長続きしないのではないか。あらたな景気対策を打ち出したとしても実際に思い切った施策がとれるかどうか疑問である。改革を実行すべきは景気や国家公務員に対するものだけではない。自民党自身を大きく改革する気持ちがないと、すでに離れつつ国民の気持ちを引き込むことは無理であろう。旧態依然とした政治組織にあって、適時に効果的な経済政策を取れと期待するだけ無理がありそうである。赤字国債を出せばいいというわけではないのですよ。生き物である経済をしっかり診断して的確な治療を施すためには、まずその体制作りが必要のはずです。市場が期待しているものが、そのまま通用するなんて市場参加者を買いかぶり過ぎているような気もするのですが。


98.7.17「YES NO」
ある方と話をしている時に出た話題にちょっと興味がそそられるものがあった。良く雑誌などに「YES NO」で選択して行き、自分はどういうタイプかとか、どういう商品があっているとか選択するものがある。それをやっていくと、途中の選択肢で迷い前回と違う道筋を選んだとしても、結局結論はほとんど同じになるというのである。絶対にそうなるというわけではないろうが、似たような結果になることは十分考えられる。人生もやはり同様なのではないかと。なるほど確かにそれは言えるかもしれない。個々の選択時においては状況によって方向が異なってくるかもしれないが、結局どのような選択をしても結果は同様になるのではなかろうか。例えば結婚相手もそうである。自分で生まれ持った性格があり、相手のタイプも自ずと制限される。それは決して理想とするタイプではないかもしれない。しかしお互いの積極性もしくは消極性にも関係され、また相性といったものもあり、結局同様のタイプの伴侶を選択するようになるのかもしれない。そもそも生物には遺伝子があり、その中にすでに一生の軌跡がインプットされている。もちろんそれには性格といったものも刷り込まれている。また、遺伝子は常に遺伝子が乗っている固体に対して最適な選択ができるような工夫がされている。選択肢は多くてもいずれ結果は同じようなものになるというのは確かに言えるかもしれない。これまで相場に対して長期の見通しはあまりに選択肢の多さや、また不測の事態の発生などから不可能という立場をとってきたが、実は相場にも遺伝子情報のようなものがあり、途中の動きはちがっていたとしてもいずれとる方向というのは決まっているのかもしれない。この「YES NO」の話を聞いてあらためて人生のこと相場のことを考え直してみたいと感じた。


「DEEP IMPACT」
先日、久しぶりに映画館に足を運んだ。まだ「タイタニック」も見ていないのであるが、電車から見えた看板やテレビCMで流れたシーンが妙に印象に残っていたため、どうしても見てみたくなったためである。作品名は「ディープ・インパクト」。あのドリームワークスの作品である。製作総指揮はスティーブン・スピルバーグ。テレビCMではニューヨークを襲う大津波のシーンが強烈な印象を残した。内容はご存知の方も多いと思うが、新しい彗星が発見され、その軌道を計算するとなんと地球と衝突する。アメリカ大統領は密かにその対策を講じ、核爆弾を積んだ有人ロケットを米露共同で打ち上げ、また大規模シェルターを用意した。しかし、有人ロケットは彗星の爆破に失敗し、いよいよ最悪の事態が避けられなくなり、ふたつに分離した彗星のひとつがついに海面に激突。数百メートルの大津波がニューヨークを襲った・・・。もちろんこのなかにあって多くの人間模様も組み入れ、SFでありながらも特撮ばかりでなくドラマとしても楽しめた。この作品は昔に作られた「地球最後の日」という、やはり彗星が地球と衝突するというSF映画が原点にある。「ディープインパクト」の最後のシーン、山の上に立って彗星の破片が降りそそぐ空を仰いでいる若いカップルのシーンは「地球最後の日」の最後のシーンとそっくりであった。スピルバーグがわざとそうしたのか、それとも監督のミミ・レダーがそうしたのかわからないが、意識したのは確かであろう。しかし、最も私が見たかったのはやはり津波のシーンであった。小さいころこの大津波のシーンをどこかで見たのか、ものすごく印象に残っており、夢にも良くでてきた。特撮技術が向上して、かなり迫力のある映像となっており期待にそぐわないものとなっていた。やはりこういう作品は映画館でみると迫力がある。なかなか映画も見る機会が少なくなってきたが、テレビの画面ではなく、大型スクリーンで見る映画本来のもつ良さをあらためて感じた。


「DONA DONA」
朝FMラジオを聞いていると、非常になつかしいメロディーが流れてきた。しかし、テンポがちょっと違っていたことですぐには思い出せなかった。私のラジオは、俗に言われる見えるラジオ。聞いていたのはJWAVEであったために、アラジンと呼ばれる情報を呼び出すと、流れている曲名が表示されていた。「DONA DONA」・・・そう、小学校の時、音楽の副読書に出ていた「ドナドナ」であった。「ある晴れた、昼下がり、市場へと続く道♪」不思議に歌詞まで覚えていた。それをフランスのアイドルグループのC4がカバー曲として歌っているのである。日本で言うとジャニーズ系のグループらしい。しかし、たいへん懐かしかった。最初の印象は「やられた」。こういう曲のカバーはメロディーを昔聞いていたものにとっては、思わず聞き入ってしまうのである。私もこのCDを買ってみようかと思ったぐらいである。もしかするとこの曲を日本でもSMAPあたりが歌うかもしれない。もしそのときは、フランス語の歌詞の間に日本語の歌詞を入れて歌ってくれるとたいへんうれしいのだが。


98.7.15「シティホン」
最近、NTTドコモの「シティホン」の宣伝が目に付く。「シティホン」といっても新しいものができたわけではなく、以前の1.5Gの機種のことである。私の持っているのもこの1.5Gである。日記にも書いたが、最初に買った1.5Gの電池が切れたために乗り換えキャンペーンで新型のP156を購入した。しかし、「シテイホン」というネーミングはなかなかおもしろい。確かに使っていて建物の中とかは別にして圏外ということはほとんどない。首都圏で通常使う分には問題はないはずである。それで機種自体の料金も割安で(P206とP156はまったく同じ機種だが値段は大きく違う)、通話料金も安い。もしP206の購入を考えている方はP156も選択肢のひとつに入れてもいいかもしれない。ただ、地方出張とか多い方にとっては使いづらいかもしれない。さすがに地方に行くと800と1.5Gの差がでてきてしまう。とはいっても私の自宅でも使えるのだから、まあそこそこ範囲も広いのも確かである。なぜかNTTの宣伝になってしまったようであるが、もし携帯電話の購入を考えている方の参考にでもなれば。


98.7.14「国民の総意」
今回の参院選挙は投票率のアップを見てもかなり国民の関心を引いた選挙であった。浮動票の流れが自民党の敗北を決めたと言われるが、これまで政治に対して関心が低かった人々を投票所へ向かわせるほど国民は先行き不安を抱いている。失業率が4%となり、失業も他人事ではなくなってきた。実所得も減っている。 主婦も当然生活費を切りつめているはずで、みな肌で景気の悪さを感じとっている。自民党が悪いと決め付けるのもどうかと思うが、そういった国民の悲痛な声を理解できなかった橋本首相はやはり退陣に追い込まれてもいたしかたあるまい。ワールドカップなどではチームが不振に陥るとすぐさま監督が更迭されたりする。日本というチームがこれほどまでに不振にあえいでいる以上、監督たる首相の更迭は当然といえば当然であるが、これが今回のような選挙を経てみなければわからないというのも時間が掛かりすぎるという問題がある。次期首相は小渕氏を軸にとか旧態依然とした派閥主義が依然として見え隠れしているが、派閥うんぬんで現在苦境に陥ってる国のトップを決めるようなら、自民党もそこまでであろう。もしこういう状態で解散総選挙となれば衆院での過半数割れは必須となる。なぜ今回の参院選挙でこのような事態に陥ったのか全然理解していないと思われてもいたしかたない。若手議員中心に小泉氏を押す声もあるそうだが、やはり若手の方が危機意識が強いのであろうか。小泉氏が良いというわけではない。しかし、派閥といった論理を超えて党首を選び出そうという動きは歓迎したい。そして、国民はとにかく結果の出る景気対策を求めている。これをやればGDPをこれだけ押し上げるなどいった予想数値などいらない。これをやればこういう形で景気に付与できると具体的なものを示さないと国民は納得しないであろう。何をやるにせよ財源は必要となる。しかし思い切りの良い効率的な金の投資はそれ以上のリターンも生み出せる可能性がある。中途半端な投資はリターンは生み出さない。やはり長期金利が大きく上昇するような状況も必要なのかもしれない。とにかく今後の総裁選び、そしてどういった景気対策を取るか我々は真剣に見守っていかなければならない。


98.7.13「釣り」
11日の土曜日に近所にいる友人と海釣りに出かけた。海釣りは小学校当時、父親に野島近くでハゼ釣りをして以来であった。もちろん道具はもっていない。友人のものを借りた。場所は鹿島港。アントラーズの本拠地のある鹿島である。港公園というのがあって、そこの防波堤で釣るのである。午後1時近くに家を出て2時間近くかけて鹿島へ向かう。途中コンビニで飲み物と食べ物を買う。友人二人と私で行ったのだが、私以外はアルコールを飲まないため、ひとりだけ大量にビールを買い込む。おやつも仕入れ、ひとりだけピクニック気分であった。えさのオキアミも途中の餌屋さんで購入。現地に着くと釣り人は意外に少ない。昨日の釣れ具合があまり良くなかったためらしい。いつもなら場所取りに苦労するそうだが、すんなり場所を確保。友人二人はかなり凝っているようで自作の釣竿やライトを固定する道具もっている。私も固定装置をひとつと竿を一本借り受ける。餌は触らずに簡単につけられる仕掛けがあり楽である。目的はアジ。ただ、アジが釣れるのは夕方6時半以降とかで、実は場所確保のために早くから来るのだそうである。ただ、見ているだけでもつまらないので、とりあえず糸を垂らしておく。たまにハゼとかが掛かる。ところがである。ビギナーズラックというのは恐ろしい。なんと突然、私の竿に当たりが。しかも大きい。引き上げてみると40cm近くのボラであった。友人が私に代わり竿をにぎり、網を使ってなんとか引き上げてくれた。しかし、結局私がまともに釣れたのはそれだけで、肝心のアジは一匹もつれなかった。掛かったのは掛かったが逃げられてしまった。まわりの釣り人もほとんどアジは釣れていなかったようである。友人二人はそれでも数匹釣り上げた。夜になると港だけにライトがたいへん奇麗である。もちろん貨物船ばかりであるが、コンビナートなどの明かりは見ているだけでロマンチックである。さすがに9時をすぎるとぴくりとも竿は動かなくなり、また冷たい風も吹き出してきたために、帰り支度となった。結局家についたのは12時近くであった。釣りも確かにおもしろい。しかし、なかなか根気もいる。道具もそれなりのものを揃えたほうが良いようである。まあ、行くとしても当分今回のように、友人に連れていってもらうほうが良さそうである。なんといってもピクニック気分が味わえる。ビールがたいへんおいしかった。


98.7.10「駅」
竹内まりあの代表曲のひとつに「駅」がある。一時カラオケでもだいぶ歌われていた。自分も好きで一時歌っていたことがあった(うまいへたは別にして)。バラード調で女性が別れた男性を駅で見掛けたことをきっかけに、つきあっていた時の思い出を切々と詩に託している。実際にあったことなのかどうかはわからないが、妙にリアルな印象を受ける。それとも自分の何かの思い出がオーバーラップするのであろうか。淡く切ないというありきたりな表現になってしまうが、女性・男性に関わらず同様の気持ちを抱いたことは一度ならずあるのではないか。それだけその異性に対して気持ちが動いていた証拠でもあろう。この歳になって「ときめき」なるものは少しずつ薄れつつあるような気がする。そうそうあっても問題かもしれないが・・・。しかし、そういった「ときめき」とまた、「駅」のようにときめきと反対側にある苦く淡い思い出というのも、人間の成長にとって必要なものであるかもしれない。


98.7.9「ビール」

ビールの季節である。ここのところ暑い日が続きビアガーデンも繁盛しているようだ。先日行ったビアガーデンも気がつくと満席になっていた。今年のビールの消費量はこのままいくとかなり高いものとなりそうである。現在では、ビールの販売に関してはアサヒキリンの一騎打ちとなっている。アサヒビールがスーパードライを出してから急速にシェアーを伸ばしていったが、私もその影響を受けたひとりである。それまで飲み会で飲むキリンのラガー(瓶)は苦いというイメージが強く、うまいという印象を持っていなかった。なんであんなものをがふがふのむのだろうといぶかしんだ時期もあった。ところが、最初にスーパードライを飲んで、ビールに対する認識が一変した。うまいのである。あのビールが。まさに画期的な商品であった。それ以来、缶ビールを箱で買って、自宅で飲むようになってしまった。それまで晩酌とかあまりしなかったのに。現在、酒のディスカウントショップなどで缶ビールを箱づめで売っているが、この現象を作り出したのもアサヒのスーパードライが原因である。ビールは瓶でなくちゃという認識を振り払い、缶ビールもすてたもんじゃないと認識を植え付けた。コーラは味を変えて失敗したが、ビールは味を変えることによって大幅に消費量を伸ばした。スーパードライ以降もいろいろな種類のビールが出されるようになり、味も確かに良くなってきた。しかし、スーパードライを凌駕するほどの商品は出て来ていない。それほど画期的なものであったのだろう。ひとつの商品が消費行動に対して大きく影響を与えるということを教えてくれた。しかし、ビール代がかさんでしまう私にとって、これは良かったことなのか悪かったことなのか、うーむ、むずかしい・・・。


98.7.8「いじめ、その2」

6日の日記で「いじめ」についての話を書いたが、実は私も子供のころいじめを受けた経験があった。今のような悪質なものではなかったが、俗に言う転校生いじめである。小学校4年の時、父が急死した。心筋梗塞であった。このため母方の実家に行くこととなり、横浜の金沢文庫から現在の茨城県に引っ越した。30年近く前に、都会から田舎に転校したのである。人に溶け込むのが苦手の性格の上に、言葉が違い、また服装も大きく違っていた。横浜では冬でも半ズボンを履いているのが当然であったのに、新しい学校の生徒はなんとも表現しがたい長ズボンを履いていた。これだけギャップがあると必然的にいじめが発生するようである。ひ弱な体つきをしていたことも原因かもしれないが、とにかくボスといわれる人物のもと取り巻きたちになんやかんやとからかわれる。またその他のクラスメートにも接触しないように働きかけられる。物理的ないじめというより心理的なものだっただけに余計に応えた。それでなくても見知らぬ世界に入り込み、友人すら作れない状況というのは子供心にかなりのショックを受けた。母親も学校に相談に行くが担任が大学出たての新米教師であったこともあり、まったく埒があかなかった。結局、母親は勉強だけでも見返してやれとはっぱをかけた。当時は現在以上に神奈川県と茨城県の教育水準のギャップは大きかった。学校施設に関しても、横浜で通っていた八景小学校というところではすでに各教室に一台ずつテレビがあり、また2台に一台の割でなんとビデオが備えられていた。ところが、茨城の小学校では学校にテレビ室というのがあって一台だけ鎮座ましましているという状況であった。そんなことで勉強に関しては教科書のずれとかを修正すればそこそこの成績が上げられたのである。そうこうするうちに時がたつにつれ、ややいじめも緩和し始め友人もできるようになってきた。服装や持ち物は次第に同化していったが、言葉だけはがんとして受け付けなかった。そんながんこさもいじめられた原因であったろうか。今、その小学校に長女が通っており、PTAの役員もしているが、その学校に対しては懐かしさといったものは一切感じていない。嫌な記憶のほうがやはり多かったためであろう。人間社会というものは異質なものを排除しようという働きがある。また、弱いところを付け込むというのも動物としての習性かもしれない。いじめというのを、なくせというのはまず無理である。しかし、義務教育課程における子供たちの、ある一定水準を超えた暴力的ないじめについては、早期に発見して手だてをうつ必要がある。心の傷というのは一生尾を引く。そしてそれはいじめられたことのない人間にとっては理解不能であろう。


98.7.7「ポケモンセンター」

今日は七夕。織り姫と彦星が年一回で会う日である。宇宙事業団の織り姫と彦星のドッキングも成功したようであるが、なにはともあれファンタジックな一日である。ファンタジーといえるかどうかわからないが、子供たちにとって依然として人気が高いのは、ポケットモンスター、ポケモンである。一部玩具を安売りするなど一時の勢いはなくなっているとはいえ、玩具店やデパートの特設場にはたくさんのグッズが並んでいる。また、ついにポケモンジェットまで飛ぶそうである。そのキャラクターグッズの本命とも言うべき店が東京にあるのをご存知であろうか。東京の八重洲に、いつのまにかポケモンセンターなるショップがオープンしていたのであった。場所はわかりづらいが日本橋の丸善書店の近くあたりである。店は意外と広くキャラクターグッズがジャンル分けされて販売されている。またポケモンの足跡とか、意外と細かいところにも目を配るとおもしろい。もしお子さんにポケモングッズをせがまれたときなど利用されてはいかがであろうか。


98.7.6「いじめ」

娘の小学校の役員をやっている関係で、教育問題に関する講演を土曜日に聞きに行った。講師は某俳優の方(内容から考え匿名とさせていただきました)。さすがに訓練された俳優さんである。こなれた話方をされ、たいへん聞きやすい。主題は教育問題であったため、ある教育ドラマに関する話からスタートした。このドラマに出てくる学生はすべてテレビ局周辺の普通の学生なのだそうである。劇団員とかではなく、担任先生の推薦文と親の承諾書があれば申し込めるとか。そしてある程度の人数に絞りこみ、最後に作文を書かせる。そしてなんとその作文をもとにして脚本家がドラマを仕上げてゆくのだそうである。主人公は当然その作文を書いた本人。実際にドラマを収録する前にその本人が自分を第三者から見てどのように写るのか何日もかけて認識させるようである。わずか数十分のドラマを撮るためにたいへん多くの時間が割かれているのであった。しかし、実はその某俳優氏の話のメインはこれではなかった。実の中学生の娘さんが「いじめ」を受けていたのである。突然、週の決まった日に休むようになり、そして休む日が次第に増え、気がつくと学校へ行かなくなっていた。当然親も何事かと学校に相談に行くが、らちがあかない。担任からは適当な理屈をつけられたそうである。親としてもなんとしても学校へ行くように怒りまた頼み込む。それでも学校には行こうとしない。しかし、あるふとしたきっかけでその原因を知るようになる。登校拒否をし始めて1年後であったそうである。接着剤でふたを閉じられた鞄。中を開けるとナイフで切り裂かれた教科書。そしてやはり切り裂かれていたジャージ等々。この時始めて原因が「いじめ」であることが判明した。学校側は、だれがいつからと言ったことばかり問詰め、どうしようかといった話はない。親としてかなり憤慨されたようである。ただ、学年が違う女性教師が二人、個人という立場で娘さんと話しをされ、また親も含めた事後策を検討されたそうである。まだこういった先生がいてくれたことはうれしかったと俳優氏はおっしゃっていた。しかし、結論は残酷であった。やはり転校以外に方法はなかったようである。結局、新しい学校に転校され現在にいたっているそうであるが、学校を変えて、さあ良かった新しい学校へ行きましょうというわけにはもちろんいかない。長い月日をかけて、娘さんに自信を回復させるために涙ぐましい努力を家族でされたそうなのである。実体験にもとづいており、某俳優氏も最後は涙ながらの講演となった。「いじめ」には、いじめをする人間、そしてされる人間、そして見ている人間がいる。しかし、その見ている人間も結局、いじめをしている人間と変わりはないと娘さんはおっしゃったそうである。いじめという問題はかなりむずかしい。親そして学校、そして地域ぐるみで考えていかなくてはいけない問題である。実は「いじめ」には何らかの兆候がある。それを早く気づいてやれば、最悪の事態は避けられるかもしれない。それを親が感知してやれるかどうか。その娘さんは、いじめを解決するために使った最後の手段は金であった。金で解決しようとしたそうである。その金が出せなくなって、自殺した中学生がいたというニュースもあった。子供を持つ身として、たいへん身につまされるお話であった。2時間があっという間に過ぎ去った。貴重な本当に貴重な話をうかがった。では、自分は何ができるのであろうか。親としてまた社会の一員として・・・。


98.7.3「金融再生トータルプラン」

昨日、「金融再生トータルプラン」が正式に決定した。これにより破綻した銀行の道筋が出来たこととなる。しかし、これが決定されたから、はい破綻ですと名乗りをあげる金融機関などあるはずはない。日銀などが主要行を調査するようであるが、これまでの調査とどういった点に違いが見られるのであろうか。第2分類の取扱といった問題など山積しており、ブリッジバンクの導入が決まろうが、決まらないだろうが、実はあまり金融再生に対して影響はないようにも感じられる。もちろんこれは必要である。だからといってディスクローズが進むとか、再編の動きが加速するとかの実現性に乏しいように感じられる。首相は始めて恒久減税について表明したが、これもなんら具体的なものは伝わってこない。選挙までの日数稼ぎととれなくもない。もちろん米国政府という日本にとっての最大野党とも言うべきものからのプレッシャーを和らげるという目的もあろうが。ここから先の動きはどうやら市場に委ねられているようである。しかし、時として市場は荒っぽいことをする。また、間違いをしでかすかもしれない。市場には噂が渦巻いている。そんな中に委ねる以前に、しっかりとしたディスクローズを実施してそこから市場に判断を委ねるというのが本来の道筋のはずである。思い切った手段に出られないという理由ももちろんわかる。必要以上の混乱は招きたくないのであろう。しかし、そういいながら時間だけが過ぎ去ると、病状は悪化するばかりである。やっと設備はととのいつつある。まずは精密検査をして病状を把握したのち、治療が必要とされるものは集中治療室に入らなければならない。集中治療室だけ作って、よしこれでと病気は直るわけはない。


98.7.2「夢」

最近はあまり夢を見なくなった。睡眠時間も限られており熟睡しているためだろうか。正確に言うとたぶん夢は見ているのだろうが、それを覚えていないというだけのようだが。しかし、その夢というのも当然ながら自分の体験に基づいたものとなっているはずである。脳が記憶している部分がランダムに出て来ているのであろう。とはいえ、たとえば崖から飛び降りる夢とか現実には体験していない夢を見た時、妙に風圧を感じたりするが、脳が勝手にシミュレートしているのであろうか、不思議である。ただ実際に見て記憶している夢はどちらかというと恐いもののほうが多い。フロイトでしたっけ、夢で心理分析を試みたのは。夢のなかにその時の心理状態というのが現れているのであろうか。とはいえ、時として現実が夢を凌駕するようなこともある。「夢のような話」というのもある。現実社会が混沌としているご時勢にあって、いい夢を見ること自体なかなかむずかしいかもしれない。また皆がいい夢を見られるような状況に早くなってほしい。いい夢を見た時って、それだけでもすごくハッピーな気分になれるんですよね。