99.3.31「債券市場の改革、ご意見」
先日の「債券市場の改革」について多くの方からご意見をいただきました。お忙しいなかメールを打っていただき、本当にありがとうございました。たいへん参考になります。さっそくいただいたご意見をご紹介する専用のページを儲けました。こちらのページです。さらに皆様のご意見をお待ちしております。よろしくお願いいたします。
99.3.30「ウイルス」
「Melissa」というウイルスが猛威をふるっているいるようである。「マシンが感染すると、メールソフトOUTLOOKのアドレス帳に記載されている上位50人に対して、自動的にメッセージが複製、送信される」という。Subject行には「important message from……(……から大切なメッセージ)とあり、……の部分にそのユーザーの名前が入る。」とのこと。メール本文には“Here is that document you asked for... don't show anyone else.(ご依頼のあの文書です...ほかの人には見せないでください)”と書かれているという。かなりの被害も報告され、無料ワクチンも配布されているとか。こういった文面のメールに添付しているファイルを開けるときは要注意。このウイルスにより大量のメールの処理を余儀なくされたサーバーがあちこちでダウンしているとか。ご存じの方も多いとは思いますが、とりあえずご注意を。
99.3.29「債券市場の改革」
なんて大袈裟な題をつけてしまったのですが、ここのところ急速に債券、特に国債における発行や流通に関して改革が進みつつあるように思います。国の経済対策や運用部に絡んだ国債の大量発行による長期金利の上昇に対して、大蔵省や日銀は数々の対策を打ちだしてきました。また、先物では東証のシステムの変更もありました。日本相互証券では指標銘柄の取扱を変更しました。また、取引税や取引所税が4月より廃止されます。また時価会計を睨んだ動きもあります。日本証券業協会では単価調整に絡んだ問題も発生しています。こういった債券に絡んだ改革や制度変更などにからめて、ぜひ皆様のご意見をいただきたいと思います。牛熊友の会に入っていただいている方はご存じとは思いますが、ネットを通じてプライベートながら上記の制度を変更されている機関の方々と意見交換をさせていただいております。本来なら掲示板とかを使って直接的な対話の場が効果的とは思いますが、残念ながらオープンな掲示板では多々問題も発生します。このため、メールにてぜひご意見を伺いたいと思います。例えば、国債発行の多様化について、また、日銀の国債引受に関して、また東証の先物システムに関して、また指標銘柄に関して、単価調整に関して等々、ぜひご意見をメールにていただければと思います。その際はぜひ、会社名とお名前を表記していただければと思います。よろしくお願いいたします。メールアドレスはhiro-kbt@mxa.mesh.ne.jpです。
99.3.26「効率的市場仮説」
とりあえず断っておくが、私は法学部出身であり経済学はあまり学んでいない。せいぜいアナリスト試験のために一時的な勉強をした程度である(なんとか資格はとったが)。ということを念頭に置いていただき以下を読んでいただきたい。実は経済が嫌いな要因として、経済のような生き物に対してこれを数値化しようなんて考え方自身、なんかピンとこなかったためである。数学や物理・科学は公式が通用するものの(厳密に言うと違うらしいが)、たとえば文学などを数値化しようなどと考えることが可能であろうか。本の売れ行きとかは数値化できようが、その文学の中身を数値化して何の意味があるというのであろう。経済も同様である。確かに経済については価格といった計量可能な尺度が使用されているために、如何にも数値化可能に見えるが、そこには人間の心理といった数値化がたいへんむずかしい要素が含まれている。実際に相場という存在はその人間心理抜きには語れない。その不安定な人間心理があればこそ相場は変動するとも言える。例えばある仮定を元にした勝手な尺度による価格の固定化はいずれ放棄される。為替の固定相場制しかりである。経済に対してもうひとつ大きな変動要素が「情報」である。人は情報を元にした心理の変動により行動を起こす。その情報の正確性や速度などは、実は情報化社会となった今日においてもかなりのばらつきが生じている。しかも情報は断片的であり、それをうまくつなぎ合わせて本来の姿を構築するには、人それぞれのもつこれまでの経験や直感といったものが大きく左右し、相場においての勝者となるものも、この特性がすぐれているためであるとも思われる。市場は「効率的」では決してない。むしろ非効率がために相場つまり市場は成立する。「効率的市場仮説」をもとにしてのポートフォリオ理論により売り買いすることの危険性は、たぶん多くの投資家においても承知の上とはいえ、尺度がなければ運用できないという矛盾もあるであろう。実はこのポートフォリオ理論自体も正確性という大きな問題を含みながらも、とにかくひとつの市場を動かす情報ではある。それは絶対的な要素ではなく相場変動のひとつの要素と考える必要がある。「効率的市場仮説」をもとにポートフォリオ理論が構築された。そしてそういった理論を提唱した学者達はノーベル賞を取った。そして、その理論を市場で実際に試して何が起きたか。これは別にLTCMを持ち出す以前に、経験ある市場参加者にとっては分かり切っていたことでもあろう。経済は数値化はできない。しかし、無理に数値化することによってこそ経済運営が可能になり、多くの金融商品が生まれた。だが、その大きな前提条件が実は絶対的なものではないことに注意が必要である。実はこういったことも相場というものをさらにわかりにくくしている要因となってしまっているのかもしれない。
99.3.25「領海侵犯」
日本領海に国籍不明の船舶が進入し海上保安庁と海上自衛隊が出動し威嚇射撃を行ったものの船は逃走するという事件が発生した。漁船に偽装していたもののアンテナ類が乱立し魚網がないというどう見ても魚は捕っていないような船であったらしい。自衛隊史上初の海上警備行動の発動であり、護衛艦が出動した。結局、拿捕しなかったがこれは仮に拿捕した場合に予想される事態を鑑みての処置だったかと思われる。しかし、実際にこのような行動は人の家に忍び込んで盗み撮りされているようなもので、本来ならば拿捕すべきという意見もあろう。しかし、むしろそういった行動は以前からお見通しであると相手方に認識させておくだけでも多少の抑止力にはなりうる。今回はこれまでに比べて異常なくらい政府の対応が早かった(これまでが異常に遅かった?)と思われるが、政府の危機管理能力も向上してきているのであろうか。北朝鮮のテポドンといわれるミサイル(ロケット?)の発射の際には自衛隊の情報収集力の問題や政府の危機管理能力が問われたこともあり、今回は積極的な行動を取ったとも思われる。しかし、この積極的な行動というのもむずかしさが伴う。自衛隊にしろ実は自分の手を打ちをすべてさらけ出すわけにはいかない。実際にはかなりの情報を掴んでいたとしても、それが明らかになってしまうと自衛隊の情報収集能力のレベルが明らかとなってしまう。別に自衛隊の擁護をするわけではないが、自前の人工衛星はないとはいえ、自衛隊はかなりの情報収集能力を持っているという見方もある。今回はその一部を垣間見せたのではあるまいか。私自身自衛隊の存在自体に対しては賛成とも反対とも言いかねる。主権国家である以上、ある程度の武装は現在の国際関係の中にあっては必要ではあろうとは考えているが。
99.3.25「指標銘柄」
日本相互証券は本日(25日)より国債の価格表示を新発債重視にすると発表した。これはこれまで言われていた「指標銘柄」という存在自体の廃止ともとれる。確かに指標銘柄の存在意義が薄れてきたことは確かである。実際に指標銘柄と言われた203回国債の出来高は突出して多くはなくなり、むしろ210回債のほうが多いという事態が続いていた。また、昨日は先物は1円程度動いていても203回の動きは10銭もない、というか売買自体がほとんどない状態であった。こういったことに配慮して、日本相互証券では米国債のように新しく発行された長期国債を現物国債の「指標銘柄」と取り扱うこととしたようである。確かに指標銘柄がその役割といえる現物国債全体の利回りの動きを代表しているとは決して言えなくなっていたのは事実である。しかし、それを新発に置き換えるとなると混乱も生じる可能性がある。なんといっても米国と異なり日本の長期国債の入札は毎月あり、指標が毎月変わることとなる。また「単利」での表示のため指標銘柄としての価格連動性に問題が生じる。実は相互証券では今だに単利が使われているものの、実際の店頭売買では「複利」ベースでの考え方が浸透しつつある。特に一般債に関しては同年限のスワップ(スワップは複利が基準)や複利での国債利回りからの予想乖離を上乗せした利回りを基準として売買している。つまり売買単価は単利から算出しているものの相場を見る上での利回りは複利を使っているという和洋混同しているのが現在の債券の現物取引の実状である。国債の入札に関しても一時中期国債で「イールド競争入札・ダッチ方式」が用いられたこともあったらしいが(昭和53年?)、これは例外。「価格競争入札・コンベンショナル方式」が用いられている。もし米国のように四半期ごとの国債入札でしかも複利利回りベースでの入札が実施されれば、日本古来の(?)単利という概念から複利ベースの考え方に完全に移行できるかとも思われる。この際、「指標銘柄」という存在自体を新発国債とするならば、その利回りに関しても複利が用いられるようにするべきかと思われる。えっ、計算がややっこしいって?。パソコンがあるからなんとかなりますって。
99.3.23「言葉」
現代の若者言葉に関しての記事が日経新聞に掲載されていたが、言葉の乱れというよりもよくもまあこんな言葉が若者世代の共通語として急速に流布して使われているなと関心した。たぶん若者むけ雑誌などでも使われているためなのであろうか。記事中にもあった
小矢野哲夫研究室のホームページもぜひ参考に。しかし、このような一部の社会にしか通用しない言葉というのは多々ある。例えばコンピュータ関係者。新しいシステムなど導入時にSEの方とか説明にいらっしゃるが、彼らの説明を聞いているとき、外人と話しているかのような錯覚すら覚える(これでも私は20年以上もコンピュータに接している)。たぶん用語がほとんど米国から来ており的確な日本語訳がないのであろう。また、人のことはいえず相場の世界でも狭い社会でしか通用しない用語が多々用いられている。まずは岡田さんの
債券ディーリング用語集をご覧いただきたい。牛熊に関しても、なるべく専門用語は控えようとしているのだが、つい入ってしまう。例えば「寄付」、「ざら場」とか「成り行き」とか「払いが多い」や「足が悪い」なんて、相場関係者以外には通じない用語がかなりでてくる。これもまた別世界の言語と思われているかもしれない。業界用語といえば、やはりマスコミ。なんで夜に来ても「おはようございます」なのか。単語も逆さ読みが多い。また「××ちゃん」なんて呼び方もする。現代の若者言葉うんぬんする以前に、言葉はすでにいろいろな社会での方言化がすすんでいる。むしろ地域の方言が情報通信の発達などで廃れていった分、社会での言葉の多様化がすすんでいるのであろうか。
99.3.19「21世紀日本経済の再構築」
未来を予言することの難しさは歴史が証明している。複雑に絡み会った要因によって未来は作られる。またその要因とは人間の心理という予測不可能な要素に影響されるために、どのようなコンピュータを用いても予測は困難である。金融の世界では現在の錬金術を求めて株価予測プログラムなどの開発が行われているが、その実現はたぶんないであろう。そうは言っても我々は未来を予測しながら現在を生きている。その予測の当たり外れはとにかく、先を読まなければ生きていくことができない。たとえば家に帰るということを取ってみても電車が安全に目的地まで到達しするといった予測のもとに行動しているはずである。
では、現在我々日本人はどのような未来を描いて生活しているのであろうか。経済は人間の営みそのものであり、我々の個々の希望や期待や悲観といった見方が未来を決めている。21世紀の日本経済。たぶん現在の日本人にとって、それは決してバラ色の世界ではなさそうに思える。しかし、明るい未来を描くことができなければ我々は存在している意義を失う。子供たちの将来のために、日本経済に対する希望をあたえなければならない。そのためには、大きな変革が必要なのは確かである。「日本の再構築」が的確に実施されなかった場合には、日本人は再び戦後のような事態に陥るかもしれない。しかし日本人はたぶん貧しい生活にはすでに耐えられないであろう。再構築のプログラムは早急に必要とされる。しかもそれは柔軟な思考のもとに実施されなければならない。優柔不断ではなく。スピード化した経済にあって、これまで想像しえなかったようなのものができつつある。例えば集積回路の進歩は恐ろしいスピードである。このためパソコンが安価となりインターネットという昔のSF作家すら想像しえなかった双方向可能な情報伝達網を世界中に張り巡らすことを可能にしたのである。やはり21世紀を見つめる上で、このインターネットという存在は無視できない。人類にとって文字や火の発見。また、印刷技術や産業革命を生んだ蒸気機関、そしてラジオやテレビといった通信手段の発明に匹敵する技術が現在急速に全世界に広がっている。
これまでの日本経済は戦後、石炭産業や鉄鋼、そして電機や自動車という産業が政府の保護のもと、銀行を中心とした間接金融により大きく発達してきた。銀行自体が護送船団方式といわれる政府の保護のもと大きな利鞘を得るとともに、日本経済発展のための原動力となっていた。また政治に関しても自民党が長期にわたり政権を握って経済発展のための舵取りを実施してきた。まるで徳川幕府のように。もちろんそこには米国からの保護というシステムが働いていたことも確かである。しかし、その米国がベトナム戦争などを経て自国の経済システムに変動を来した。それがニクソンショックというかたちになって現れてきた。その前に日本もオイルショックという事態に遭遇し日本経済のもろさも露見した。しかし、そのオイルショックも乗り越え依然として日本の経済システムは安定しているとの意識が回復してきたが、米国の状態が不安定となり1985年のプラザ合意から米国は経済のリード役を各国に分担するよう求めてきた。あらゆる意味で保護化にあった日本にとってこれは大きな試練になるはずであったのであるが、事態は意外な方向にすすんだのである。
円高ドル安が進行し、米国は自国の経済を守るために日本にも協調しての金利引き下げを求め、経済実態に必要とされる以上に低金利の時間が長くなった。このためバブルが自然発生した。バブルに踊っているときは自分の本当の姿が見えない。日本人にとっての最大の資産といえる土地が異常な価格まで上昇し、資産価格の上昇は株価の上昇や高級品の買いあさり、また海外への不動産投資やもちろん国内での土地投機を誘発させた。しかし、これは決して勤勉な日本人がこれまで苦労して築きあげたものの成果ではなかった。たまたま外部環境がそのような世界を導いてしまっただけである。とはいえそれをその時点で認知していた日本人が果たして何人いたであろうか。
円高というかドル安政策を米国が必要としなくなったときにバブルは崩壊した。日本の経済は天国から一気に地獄へと駆け下りた。大手銀行や大手証券などが次々に倒れ、これまで日本経済を支えていた保護システムが今後有効ではないことが露見してきたのである。米国経済はそんな日本の経済状況を後目に、リストラ策や新興産業が花開き大いに発展を遂げたのである。遅蒔きながらも日本企業もリストラや過剰な設備投資の償却などを実施しつつある。また、政治に関しても自民党の一党独裁が崩れ、これまでのような産業保護策がとりづらくなってきた。とはいえ、まるでそれしか知らなかったように政府はこれまでの基幹産業といえる建設や銀行の保護策に走っているのが現状である。そしてそのための資金は国債発行によって賄われ、財政危機というあらたなリスクもかかえつつあるのである。
確かにこれまでも構造改革を望む声はあった。しかし、あたらしいものを行うリスクよりも、過去の産業を復活させるほうが手っ取り早いと考えてしまうのも致し方ないことではあろう。しかし、これでは日本経済の21世紀は悲惨なものとなってしまう。ここは時代の流れを冷静に見つめ、目の前にある材料をしっかり認識・分析し状況に応じた処置をしていかなければならない。金融システムの安定化措置は確かに実施されつつある。不良債権という爆弾処理が最優先ではあったが、そのために市場経済化している世界に通用しない金融機関を守る必要はない。守るべきは日本経済なのである。そして企業には自助努力をさせていかなければならない。当然必要とされる規制緩和も実施しなければならない。そこには競争原理というものを働かせる必要がある。たとえば日本を代表するソニーは、なんとその経営戦略の中枢にゲーム機を置いたのである。しかもそれはマイクロソフトやインテルといった強大な敵に対抗するためなのである。しかし日本企業にとってはこういった事例はまれである。ソフトバンクの孫社長など異端児扱いされながら日本を代表するような企業をつくりつつあるが、これも例外中の例外。一般企業の経営者は危機感だけは抱いているものの、なんとかなるという妙な楽観的な希望を抱いているようである。今後はこういった旧態依然とした企業は衰退していくであろう。そして、市場経済にもまれてきた外資系の企業に吸収されていくと思われる。しかし、そうはいってもソニーやソフトバンク、そして世界戦略に乗り出したJTのような企業の存在は一抹の希望である。加えて今回のリストラなどでドロップアウトした方たちがあらたな企業を創出しようと努力し始めている。
これからの主役は当分の間、情報通信サービス産業であるのは確かである。インターネットを使ってのあらたな産業の育成が今後必要となる。しかも、そこで最も必要とされるのは資金ではない。もちろん資金も必要であろうが、それよりも「知恵」である。しかも、現在の技術で何が出来、しかもそれをいち早く商品化し素早く市場に浸透させるのか。スピードやタイミングがたいへん重要になる。そして大手企業にとっては規模というものが必要とされる。国内シェアとかではすでに勝負はできない。国際シェアーを高め競争力をつけなければならない。もちろんそこには利潤の確保が最優先とされる。競争原理は各所に浸透してくるはずである。長期にわたる景気の低迷はこれまで何もしなくても一定利潤を確保できた既得権を持つ企業を直撃した。また土地や株といった資産を背景にした企業運営も不可能となり、まさに競争原理が働くなか本来の利潤追求を行っていかなければ生き残れなくなってきた。
そこには社員の意欲とかの問題より、いかに創意工夫した企業活動が実施できるかが問われる。つまりトップの問題である。米国のように高額の報酬を得られるような強力なリーダーシップを取って企業を引っ張っていけるトップの存在が必要とされると思われる。合意といったものを尊重していてはスピードや変化にはついていくことが出来ない。21世紀の日本経済を支えるのはこういった強力なリーダーシップを持ったトップたちではなかろうか。そしてインターネットに代表される情報通信革命をうまく企業経営に組み込み、無駄な部分を取り除き、なにかしら得意な分野でシェアを掴んでいかなければならない。たぶんこれまで日本経済を支えてきた多くの企業は再構築を求められるであろう。たとえば証券業界など大手ではすでに山一証券がなくなり日興証券は外資系と組み大和証券も住友銀行と合併した。単体で生き残っているのは野村証券だけとなっている。このような動きが各業態で起こっている。21世紀の日本企業は大規模なリストラとともに新興勢力の台頭も必要となる。その新興企業群がどういったものかは想像しにくいが情報通信革命に絡んだものであることは確かであろう。日本人は工夫がうまい。米国企業が下地を作ったIT技術をうまく取り込んで、あらたな成長分野を模索していくと思われる。そしてそれが世界と対抗するには政府による保護ではなく、競争力をつけるための規制緩和が最も必要であろう。
99.3.18「インターネットエクスプローラー」
IE5の正式版が18日からマイクロソフトのホームページからダウンロードできる。4に比べていろいろな機能が追加されたようである。その機能とかについては各雑誌やマイクロソフトのページを参考にしてほしい。私のページのアクセスログから見るとIE4を使っている方は約半分ぐらいいらっしゃる。実際、私のページはIE4に最適化してある。ダイナミックHTMLを使用しているため、エクスプローラーの前のバージョンやネットスケープでは私の意図したような表示はされない(見ることは可能だが)。私も以前はマック使いであり、ブラウザーもネットスケープ一本であったが、さすがにビジネスに関しては圧倒的にウインドウズが有利であったし、またブラウザもエクスプローラーのシェアーが急拡大していたためどうしてもそれを使わざるをえなかった。しかし、まだ多くの企業ではIE4がOSの一部を変更してしまうためとか、今だ不安定だからとの理由から(もしくは新規のプログラムをインストールするのを禁止されているため?)旧バージョンを使用している方も多いと聞く。私は以前、某○○○電機で娘といっしょにパソコンを見ていたところ、娘がマウスを使っているのを見た店員がそれを取り上げ、何やってんだとしかりつけているのを見て激怒したことがある。パソコンにはふれてはいけないといった表示はなかった。例えあったとしても子供のいたずら程度で故障するようなパソコンを売っていたのであろうか。コンピュータを担当している部署の人間やこういった店員も含めて、使っている人間をまったく信頼していないような態度が一部で見受けられる。確かにマイクロソフトの製品など新しいソフトはバグがつきものらしい。業務で使用するものやLANとかで使用している場合には支障もあろうが、情報通信革命はドックイヤーといったスピードで進化しているのに、安定とか安全とかを求めすぎているのもどうかと思う。それに乗り遅れないようにするためには少なくとも自宅で使っているものにはなるべく新しいシステムを使ってみるといったことも必要かと思う。といいながら、私の家のパソコンはまだウインドウズ95。新しいパソコンが欲しいのだが、ううむ、お金が・・・。でもIE5は早期に導入するつもりである。今のところマイクロソフトのページからダウンロードしようとしても混雑していてむずかしい。雑誌の付録を待つというのも一手段か。
99.3.17「大往生」
今月13日に96歳の祖母が亡くなった。1月にインフルエンザから熱を出して入院し、結局家に帰ることはできなかった。私の父方の祖父母はすでに他界し母方の祖父も10年以上前に亡くなり、祖母だけがここまで長生きしてくれた。子供は私の母を含めて8人。孫は私も含めて17人。曾孫は私の三人娘を含めて20人。そしてなんと玄孫が1人いる。告別式には久しぶりに親戚一同が集まった。小さいころはよく私も従姉妹たちと遊んだが、いまはもうみな、いいおじさんおばさん。しっかり子供もいる。しかし、年はとっても小さいころ呼び合った○○ちゃんというのがつい口に出てしまう。うれしいようなはずかしいような。たぶんこれだけ一同に交いすることはもうないかもしれない。祖母が求心力であったことも確かである。これだけの孫にいつも小遣いをくれていた、おばあちゃんも今考えるとたいへんであったと思うが、いつもいつもにこにこしていた。若いころはたいへん苦労したとも聞くが、そんな様子は全然見せなかった。年をとってからもなるべく人に迷惑をかけないようにと生きてきた。しかし、からだがいうことを利かなくなり、祖母と同居している曾孫達が一生懸命世話をしてくれていた。その世話をしてくれた曾孫の二人が今年は受験であった。ちょうど受験シーズンに入院。そして祖母は最後までひとに迷惑をかけるのをためらった。曾孫の2人の合格通知が届いたのを見届けてから逝ってしまったのである。
99.3.16「リスク」
債券版悪魔の辞典を掲載させていただいたところ、ある方から「リスク」に関する解説をいただきました。さっそくご紹介します。ありがとうございました。
「薬物を意味するクスリの逆さ言葉が定着したもの。
科学技術の進歩は白色粉末状物質の使用と同様の快感をその取引自体に持たせることに成功し、さらに研究の結果その快感は金融取引において極大であることを発見した。リスクという名は研究過程で暗語的に呼ばれていたものがそのまま一般に流布するようになったものである。ただしリスクの作用は極度に危険であり、使用法を誤ると人間はおろか大企業ですら即死することもある。しかし(証券という形態を取ることはあっても)リスクの本質は物質形状を取り得ないため、従来の厚生省を中心とする薬物行政では対応ができなかった。そこで金融監督庁という名の新たな管理組織が設立され、その厳重な管理の下で取引を行おうと国家を挙げて対策に取り組んでいる。」・・・うまい!。
99.3.16「裁定取引」
裁定取引。アービトラージとも言う。割安なものを買い、割高なものを売るという取引手法。債券ではたとえば「ベーシス取引」というのがある。現物と先物を比較して割高と思われるものを売り割安と思われるものを買う。現物主体に考えるため、現物を買って先物を売るのを「ロング(買い)ベーシス」。また現物を売って先物を買うのを「ショート(売り)ベーシス」という。また、債券の裁定取引には先物の限月間スプレッド取引というのも存在する。同じ債券先物で受渡期日の異なる2銘柄をそれぞれ売り買いするものである。ところでここのところヘッジファンドの動きが、またクローズアップされている。日銀による超金融緩和策により今後景気の下げ止まりが期待されるとみなして、日本株買い円債売りを仕掛けているといわれる。もちろん費用が安くすむ先物を使い株先買い債先売りのポジションを作っていると思われる。しかし、ここで注意してほしいのは、さきほどの債券間での裁定取引は、リスクという点から見るとある程度損失は限定される。同様の商品を売り買い両方実施しているためである。ところがヘッジファンドの行っている取引は商品が異なり、なおかつファンダメンタルの材料などが出た場合には、たとえば株が買われ債券が売られるように、持っているポジションのリスクは相殺されるどころか引き算ではなく足し算になるのである。「ヘッジファンド」というのは決して「ヘッジ」しているわけではなく、相場の方向性を見定めて、少ない費用で可能な限り収益が出るような仕掛けをしてくるのである。ということは相場を見誤った場合には損失は可能な限り大きくなる。これはLTCMの事例を持ち出すまでもなくあきらかである。「裁定取引」だからリスクは限定というわけではないことに注意したい。
99.3.12「相場動向」
日銀によるゼロ金利政策がじりじりと効果をあげつつある。投資家の一部はアセットアロケーションを見直し債券から株式へのシフトを始めた。東京株式市場はこういった買いが入ったことに加えニューヨーク株式市場の上昇にも影響されて日経平均で16000円近くまで上昇している。また、公的資金による大手銀行への資本注入決定により金融システム不安が後退。ジャパンプレミアムもゼロとなった。こういったことから銀行株や証券株が上昇していることも株価全体を押し上げている要因ともなっている。経済企画庁は16日の月例経済報告で景気判断を上方修正する方針を固めたようである。実質金利の上昇を懸念しての日銀の必死ともとれる金融政策は功を奏しつつあるととれる(日銀引受を断固固辞したいがための臨時策だったとはいえ?)。一部大手ヘッジファンドは投資家によるアセットアロケーションの変更をにらんで株先買い円債先物売りを仕掛けているとも言われる。しかし、円債は下値では投資家の買いが入り下げ渋っている。日銀によるゼロ金利政策は長期金利上昇抑制策でもあり、債券は大きくは売り込めないのも事実である。また、先週末宮沢蔵相は「日銀総裁と最近、徹底的に低金利誘導しようなどの点を話しあった」「日銀から次のステップをどうするか聞いてないが、量的緩和も考えているかもしれない」と発言。蔵相から量的緩和を示唆するような発言が出たことから、今後日銀は量的緩和策への移行を模索する可能性が強まった。相場は新たな展開を迎えそうである。
99.3.11「団子と鯛焼きと石原慎太郎」
石原慎太郎氏がいよいよ正式に都知事選に立候補した。石原氏は以前にも一度、都知事選に立候補したが美濃部氏に破れている。それは1975年であった。そしてその年の最大のヒット曲が「およげ!たいやき君」なのである。偶然の一致というのは恐ろしい。もちろん「団子三兄弟」のことである。「たいやき君」は日本での史上最高のシングル売り上げ枚数を誇っていたが、ついにこの記録をやはり子供向けの曲「団子三兄弟」がシングルCDで抜き去ろうとしている。世相も似ていたというが、あまりの偶然の一致に驚いている。石原氏のテーマソングは「太陽にほえろ」や「西武警察」ではなく、「たいやき」と「だんご」にしてはいかがであろう。えっ、ということは今回も石原氏は敗れるということかって?。それはふたを開けてみなければわからない。ちなみに私は都民ではない。
99.3.10「プレイステーション2」
JTは米ナビスコの海外におけるたばこ事業を78億ドルで買収するそうである。日本企業による企業買収としては過去最大規模となる。ここ最近では日本企業が買収されたという話題が多かったが、久しぶりに日本企業による積極的な動きが出始めたようである。そして、その典型がソニー。ソニーはSCEを完全子会社化し、ゲーム機を基幹事業にもっていこうとしている。いやこのゲーム機という表現は「プレイステーション2」にはあてはまらないかもしれない。かたちはゲーム機かもしれないが、実はこのプレステを中心にパソコンやインターネット、AV機器との融合を計っているように思われる。DVDが使用できるということで一気にDVDソフトの普及に貢献しそうである。また、これはドリームキャストにも言えることだが、インターネットとの接続も可能となる。ネットを使ったゲームが急速に普及しているが、それに拍車をかける。また電子商取引の拡大も見込んでいるのであろう。もし、仮にこのDVDがROMではなくRAMとなった場合は、まさに高性能パソコンとしての機能も持てる。これはちょっと考えづらいか。現在、DVD−RAMは単体で7万円近くしている。しかし、ソニーならばという期待はしたい。また、CPUは画像の処理能力ではペンティアムVを圧倒的に凌駕しているようである。いや、ペンティアムどころか、6600万ポリゴン/秒を実現するハードウェアのスペックはスーパーコンピューター並みと言われる。開発環境にはLINUXが使われるそうである。完全にウィンテルに対抗しようとしている姿勢が見える。USBとIEEEE1394のサポートもまさにゲーム機とは思えない。ソニーはとんでもないことを画策しているようである。DVDに加えビデオやデジカメ、パソコンとの融合はまさに一家に一台の総合マルチメディア端末となる可能性があるのである。
99.3.9「債券版悪魔の辞典 その2」
「東証」
日本が誇る最高の証券取引所。故障さえなければ。
「ドル」
米国の国益にかなうように上げ下げされる通貨。
「財務省」
大統領専属資産運用アドバイザー
「元」
そろそろ狼少年ゲン(切り下げ)と言われている。
「イールドカーブプレーヤー」
曲線の美を追求する人種。時として相場を忘れる。
「リスクプレミアム」
高い利回りにもれなくついてくるおまけ。
「オプション価格」
なんかすごい方程式で出る価格。みんなで使えば恐くない。
「リスク」
相場を動かす原動力
「リターン」
リスクにむかう原動力
「上司」
自分がいつも正しいと信じている人種
「公定歩合」
平気で嘘が言える金利
99.3.8「債券版悪魔の辞典 その一」
「ディーラー」
言っていることとやっている事がほとんど違っている人種。
「投資家」
相場を動かしていると言われる人種。方向はなんと会議で決定。
「エコノミスト」
経済の解説の専門家。間違えたらとりあえず政府のせい。
「日銀」
お札が刷れる機関投資家。「引受」という言葉を嫌う。
「大蔵省」
律令制時代から名前も考え方も変わっていないと言われる組織。
「国債」
国の借金。実は国民の借金。日本が誇る数少ない世界一のひとつ。
「地方債」
地方公共団体の借金。実は住民の借金。
「金融監督庁」
監督というより調査取り締まり機関。
「ヘッジファンド」
ヘッジなどするわけない投機家。
「FRB」
見通しが違ってもなぜかうまくいってしまうへんな機関。
「ペイオフ」
正確性に問題ある決算書すら読まない一般市民へのリスクのすげ替え。
「債務超過」
正確な数値は国有化を待たねばならない。
「日銀短観」
金融政策変更の手引き書。でもただのアンケート。
99.3.8「2001: A Space Odyssey」
映画「2001年宇宙の旅」の監督、スタンリー・キューブリック氏が亡くなった。代表作には「2001」以外では、「博士の異常な愛情」「時計じかけのオレンジ」「シャイニング」「フルメタルジャケット」などを監督している。黒沢監督以上の完璧主義者といわれる。「2001年宇宙の旅」が作られたのは1968年である。映像をご覧になった方はご存じであろうが、CGとかがまだない時代に、ロケットの窓から人が動いているのを見ることができる。当時とすれば最新の技術というか、信じられない技術を駆使してこの映画は作られた。原作はご存じSF界の長老、アーサー・チャールズ・クラーク氏である。しかし、これはA・C・クラークに原作本があったわけではなく、キューブリックとクラークが協力して作り上げた作品である。映画化ののちクラークは自分の解釈にもとづく本を出版したが、キューブリックの意図したものとは違うのではないかとの観測も強かった。参考までにSF作品での最高傑作といわれているのはこのクラークの「幼年期の終わり」である。とにかくいろいろな解釈が出来ると言われる「2001: A Space Odyssey」。見るものひとりひとりがたぶんいろいろな解釈をしていることと思う。ところで、これに出てくるコンピュータは有名なHAL9000。IBMのアルファベットを一文字ずらした名前であることは良く知られている。もうすぐ2000年になるのだが、残念ながら人類はやっと宇宙ステーションの製作を始めたばかり。HALのような思考するコンピューターもまだ出来ていない。もちろん木星への有人飛行などもまだまだ。完全主義者のキューブリックといえども技術の進歩を読み間違えていたのであろうか。21世紀のスタートとなる2001年を前にして巨匠は逝ってしまった。ご冥福をお祈りしたい。
99.3.5「構造改革」
現在の米国の景気の良さを日本のバブルと比較するむきもあるが、それより50〜60年代の日本の高度成長時に似ていると指摘する方もいる。つまりソニーなとの新興企業が大きく業績を伸ばしていた時期である。米国で今最も注目されている企業群といえばインターネット関連企業である。10年前にはなかったような企業の株価が大きく上昇している。また米国は不況時に徹底したリストラを計ったことにより既存の企業は脱皮を計ることに成功した。というかそれができたものだけが生き残れた。それに対して日本はどうであろうか。リストラというのは確かに実施されているかのように見える。実際失業率も過去最高となっている。しかし、それで企業が生まれ変われるかといえば無理である。政府も数十兆という金をばらまいて、銀行や建設といった過去の基幹産業保護策を打ち出しているが、これで景気回復にむすびつけようとしても無理がある。ケインズは不況対策として単に金をばらまくだけでも良いといったかもしれないが、それは時代の変化がゆっくり進んでいた時には効果があるかもしれないが、現在のようにスピード化した経済にあっては決してそのような政策は有効ではない。政府は「過剰なはずの設備を過剰とさせないために、懸命に(賢明ではない)需要を付ける対策をとってきたが(一部3月4日の経済教室より)、実はこれは単に景気の回復を遅らせているだけである。腐ったリンゴが他のリンゴに影響しているのに、それを取り省くのではなくてなんとか腐るのを防止しようと大金を使い、結果すべてのリンゴが腐りかけているのが現在の日本の姿ではなかろうか。政府は金を使うことしか考えていないようにも思える。このため今後の国債発行を可能なような施策をとりつつある。日銀による国債引受も論議されているが、量的緩和でそんな簡単に景気が良くなるなどというのは考えづらい。地域振興券に対して批判するむきも多いが、それが消費にむすびつかないのがわかっていて、何故、量的緩和が効果的と考えているのであろうか。米国がやった政策が全部正しいということはできない。しかし、何故に米国がこれほどまでの長期にわたる好景気を続けていられるのか、政府当局者はあらためて考えてほしい。時代はものすごい勢いで動いている。革新的な遺伝子を少ししか持っていない日本人にはたいへんな時代であるかもしれない。とはいっても、この時代の流れに取り残されると待っているのは悲惨な結末である。これからは個々のちからが試される。いや個々の力が存分に発揮できる環境を整えていけば、景気はあらたなかたちで回復する。旧態依然とした企業は残念ながら消えていくほかはない。またそういった企業のために限られた資金を投入すべきではない。それぐらい日本はせっぱ詰まっているのである。
99.3.5「ゼロ金利」
日銀総裁の金利は金利はゼロでも良いと発言していたが、コール市場では本当に実質ゼロ、場合によってはマイナス金利となったケースも出てきたようである。ゼロ金利という未曾有の事態により日銀は量的緩和への転換を模索しているのではないかとの観測も強い。従来型の金融政策には限度が出てきたのである。しかし、現在のところはコールがゼロとなれば一週間や一カ月ものの金利をさらに低め誘導するとして、「コイン」をひっくり返す意思はないようではある。12日の決定会合においては公定歩合の引き下げの可能性もありえるが、ここで量的緩和策への移行が発表される可能性は弱いとみている。日銀幹部はまだ「金利を誘導目標とした政策にこだわっている」と言われる。確かに80年代の米国では量的引き締め政策が功を奏したという事例があるものの、デフレ下での量的緩和が適切かどうかはやってみなけばわからない。日銀は米国や政治家からの「国債引受」要求だけはなんとしても避けたいと考えているようである。「そもそも日銀の国債引受は財政法で原則禁止されていることです。これをやれと言われても、我々は絶対に受け入れられないし、金融政策の選択肢の中にすら入れていません」(3月1日日経ビジネス速水総裁へのインタビュー)。そのために日銀は代替案としてゼロ金利を打ち出してきた。しかし、これは痛手も伴う。実際コール市場の残高は(30兆円割れ)減少し短期金融市場はゆがみが生じてきている。12日に公定歩合の引き下げなどを実施したとしても効果は限られる。今後日銀に対して「国債引受」を求める声が強くなる可能性はじゅうぶんにある。大蔵省としても運用部の買い切り継続や5年国債の発行といった発行手段の多様化を模索しているが、今後追加景気対策が実施される可能性も強く、小手先の手段では国債発行増に寄る長期金利の上昇を押さえつけられるかどうか疑問である。次第に選択肢が狭められている日銀が今後はどのような手段を講じてくるか注意してみなければならないようである。
99.3.4「ワンダースワン」
本日、バンダイから携帯ゲームの「ワンダースワン」が発売された。携帯ゲームは各社力を入れているが、ゲームボーイカラー以外はあまりパッとしていない感じである。しかし、このワンダースワンには少し期待したい。なんといってもこのワンダースワンの生みの親は故横井軍兵氏なのである。横井氏は任天堂でゲームウォッチなどを開発された伝説の方。任天堂を退社されてから新会社「コト」を設立。そして出来たのがワンダースワンである。残念なことに横井氏は交通事故で急死され、その意思を引き継いだ社員の方がワンダースワンを完成させた。横井氏の作られたゲーム「アクションパズル「GUNPEY」(グンペイ)」が同時に発売され、また「三国志」「電車でGO」「スーパーロボット列伝」といったソフトも発売予定とされている。ワンダースワンの大きさはゲームボーイより一回り小さく性能もアップしている。ただ、画面は白黒である。ゲーム機が売れるかどうかはひとえにソフトにかかっている。となると「GUNPEY」がどうやらキーとなりそうな感じてある。ちょっと注目したい新製品である。
99.3.3「何を今更、踊る大走査線」
今日は雛祭り。そして注目の「だんご三兄弟」のCD発売日。マスコミでも大きく取り上げられすでに今年最大のヒットとの声も。だんご屋さんもすごい人気とか。人気というばいまだ劇場公開されている「踊る大走査線」という映画がある。ご存じの方も多いと思うがテレビドラマが大ヒットしたため、映画化され「もののけ姫」に迫るようなロングランとなっている。しかし、実は私はこの映画ももちろんドラマも見ていなかった。しかし噂には聞いていたため、では見てみようかと先々週あたりからレンタルビデオを借りようとしたのだが貸し出し中ばかりで、やっと最近になって借りることができた。子供達が寝てから家人といっしょに見たのだが、みごとにはまってしまった。遅くまでビデオを見ていたせいでインフルエンザがさらに悪化したとの一部噂もあるほどであった。脚本が良くできている。これは売れるわと感じさせる作りであった。どれだけはまってしまったかは本日引けあとの牛熊をご覧いただければわかるかと。しかし、あまりに見たのが遅すぎた感じがする。何を今更の「踊る大走査線」であった。
99.3.2「50万人達成!」
ついにアクセスカウンターが50万人を突破しました。ありがとうございます。カウンターの数値自体にどのような意味があると問われても、ちょっと答えづらいのも確かです。しかし、カウンターの数値がどんどん上がっていくのを見るだけで本当にたくさんの方に見ていただいているというのが実感できるのです。ここのところ債券に対する注目度が上がったこともあってか、表紙のアクセスカウンターベースでは毎日2000人以上の方にご覧いただいています。平日は毎日三度は更新していることもあり重複しているカウントを除くと実質1000人ぐらいの方にご覧いただいています。ただ、ここでひとつご注意を。良く新聞とかではヒット数をアクセス数と勘違いして掲載しているケースが見られます。ヒット数はアクセス数の約5〜10倍の数値となるので比較する際には注意が必要となります。もし私の表紙のページをヒット数から見ると1万ヒットを越えていることと思います。と言いましてもご覧いただいている方にはあまり意識してはいない数値であることも確かです。実際、アクセスカウンターはいくらでも操作可能であり、また同一カウンターを複数ページで使うこともできるため(たとえば表紙のカウンターを牛熊にもつければ一日のカウンターの数値は約2倍になります)、ホームページ毎の来訪者を正確に比較することはカウンターとかではむずかしいことも確かなのです。またカウンターを動かしているプログラムによって若干数値も違ってきます。そういうことであくまでひとつの目安には過ぎませんが、サイトの運営者にとってはその刻む数値によって更新する意欲が増すことも確かなのです。今後もカウンターの数値がぐんぐん伸びるように出来る限りの努力はしていくつもりです。これにはご覧いただいている皆様のご協力も必要となります。ぜひご意見ご要望とかありましたらメール等いただければ幸いです。あらためて「債券ディーリングルーム」をよろしくお願いいたします。