1998年9月9日に金融緩和が決定され、9月19日には「金融再生法」が修正された。その後長銀そして日債銀がこれに基づき国有化された。金融システム不安はこれにより収束しつつあると思われた。しかし、1999年11月末から新たな問題が発生してきたのである。それは日本の国債相場の下落、つまり長期金利の上昇である。これは後に「運用部ショック」と言われた。大蔵省資金運用部が国債の引き受けを大幅に縮小し、加えて毎月2千億円ずつ実施されてきた運用部による国債買い切りの停止が発表された。「なんでもあり」の財政政策により国債の発行量は増える一方であった。1999年の1月債から10年国債はそれまでの月々1兆4千億円の発行から1兆8千億円に4千億円増発されることも決まった。これにより国債相場は急速に需給悪化懸念が広がり1998年末から1999年の2月にかけて急落したのである。
熊「ゼロ金利政策の決定にはこの国債相場の急落が関係していると思われるんだな」後場に入り相場は大きく乱高下。来年度の国債発行に関してヒアリング(*1)が入ったのではないかとの観測が流れた。4月から10年債で2〜2兆2千億円に増発されるとの噂が急速に広まり、現物債にもやはり都銀などから売りが入り先物は133円52銭まで急落した。ちょうど前日比1円安の水準であり、一応の節目に来たタイミングに、ロイター通信社のニュースで「国債が増発される場合には、短期債での発行に重点が置かれることになる」との大蔵筋の発言が伝わると、一気に買い戻しが入り後場の寄付水準まで値を戻した。その後、いったんもみあったが、一部投資家の買いが200回台の国債に入ったことから、買い戻し後れていたむきの踏みが入り134円を超え134円30銭まで上昇。しかし、いくら短期ゾーンに比重が置かれるとは言え、長期ゾーンが大きく軽減されるということでもなく、また来月以降の国債消化に対する懸念が払拭されたわけでもないため、再度売り込まれ、先物の大引けは133円82銭。いやはや。
熊「なんと10年債が月2兆円になんて観測もあったのか。結局は大蔵省も市場に配慮して中短期債中心の増発ということにはなったが」11時から大蔵省で行われた国債発行に対するストラテジスト・エコノミストに対する説明会にて、「資金運用部引受は資金の流動性を高めたいため今後残存5年未満の物に集中」とのコメントが理財局からあったようで、これにより資金運用部が来年度から買い切りオペを中止するのではとの思惑が広がり、債券相場は急落した。実際に大蔵省は買い切りオペ中止を表明したわけではないが、情報ベンダーに「買い切り消滅」とのコメントが流れると先物主体に大きく売られ、結局先物は先週末比1円53銭安の132円52銭の安値の引けとなった。現物債は特に207回国債に一部投資家と見られる売りが集中して入ったようである。
牛「そして翌1日の蔵相発言などが火に油を注ぐことになった」11時過ぎに、宮沢蔵相が運用部の債券買い切りオペの中止を示唆するコメントを出したことに加え、日銀総裁も日銀による大量の国債保有に対して「自然な姿ではない」とのコメントが出たことなどから、債券相場は急落した。正式に運用部の買いオペが1月から中止されるとの報道もあり、ついに債券先物は130円52銭と88年8月以来のストップ安となった。現物市場ではさらに一段と売り込まれている。
宮沢蔵相「国債買い切りオペ中止はたいしたことではない」債券先物は1988年8月以来、なんと10年ぶりにストップ安(*2)をつけた。上げ100日の下げ3日の格言ではないが、あまりに急ピッチな下げとなった。こういう言い方は失礼かもしれないが、ディーラーにとって10年ぶりのわくわくする相場となってきたようである。これまでの債券の上昇相場は、景気悪化を背景にして機関投資家が国債中心に買いすすんだことによるものである。買えば儲かるといった相場であり、あまり波乱らしい波乱はなかった。ただ、1994年に一度、「運用部の売りオペ再開」をきっかけに大きく調整したが、このときの下落過程でもストップ安はなかったのである。今回の下落は、どうやら本格調整から、場合によってはトレンドの変化すら感じられる相場となってきた。 その下落のきっかけであるが、まず、第三次補正予算が決定しそれによる大量の国債増発額が決まったこと。加えてこの時点で運用部の国債引き受けシェアーが大幅にダウンしたことがあげられる。そして、これは一時的なものでないことが、99年度の国債発行計画で明らかとなった。資金運用部の余資は限られていたのである。99年度の運用部の国債引き受けシェアーもやはり大きく低下し、それでなくても過去最大規模の国債発行額なだけに市中消化は60兆円を超えるものとなった。大蔵省としてもなんとかこれを消化させなくてはならず、需給悪化懸念によるある程度の相場下落は想定していたようにも見受けられる。投資家も0.9%で発行された国債などほとんど食指をみせず、ある程度の利回りが必要との見方も働いたとも思える。それに加えて大蔵省のお家の事情もあった。資金運用部の余資に限度があるということは、当然ながらこれまで続けていた買いオペの継続がむずかしくなる。市場はそれを薄々感じてはいたが、実際に、蔵相から中止のコメントが出て正式に来年1月からの資金運用部の債券買い切りオペが中止されることが発表された。これは市場に大きなインパクトを与えた。加えて現在の50兆円にも及ぶ国債保有は異常との見方を日銀総裁が示したことで、微かな期待の「輪番オペ増額」も否定されるにいたり、先物はついにストップ安をつけたのである。高値からすでに10円近く下落したが、あまりのピッチの早さに、投資家は現物も外しきれず、当然ながら先物などでのヘッジも限られたものになっているのではなかろうか。足元景気がもし底打ち感でも出れば、再び債券が上昇トレンド入りすることがむずかしい可能性も十分にある。株価の低迷などから債券での益出しもあったものと思われ、これまでお宝となっていた債券が、損失を生み出す元凶となる可能性も十分にある。とりあえず、今後は下値を模索し落ち着きどころを探す展開となろうが、投資家の動き次第では相場はかなり波乱となりそうである。ディーラーにとっては腕の見せ所かもしれないが、投資家にとってはたいへんな状況となってしまったようだ。
熊「うーむ、まさに債券急落だな」この日本の国債急落についてたいへん危惧している人物がいた。日本の金融当局者にとって運用部ショックによる債券価格の急落、つまり長期金利の上昇は避け得ないものとの認識が強かったと思われる。しかし、それは日米の実質金利の縮小をもたらし米国債への日本からの投資が減少する可能性を強めた。いやそれ以上に日本の生保などが保有する大量の米国債の売却の恐れすらあったのである。それを最も懸念していたのが米国金融当局であり、そのトップはルービン財務長官であった。ルービン財務長官の危惧が伝わった場所は我々からすると意外なところからであった。
熊「2月3日に何があったんだ」野中官房長官は今度は米国に日本の国債を引き受けてくれるように要請するつもりのようである。1980年代、日本は米国国債を大量に購入した経緯があるため、今度は米国に引き受けてもらってもよいのではないかといった論理であろう。もしかするとルービン財務長官などは、こういった意見が出ることを想定して早めに日銀の国債引き受けなどを示唆していたのであろうか。 実質金利で見ると日米の金利差は急速に縮まっており、日本の国債への投資妙味は高まっているといえなくもない。しかし、今の日本経済は米国の1980年代に似ているような気もする。レーガン大統領は減税策を打ち出し国債を大量に発行し財政赤字を急拡大させた。それがさらなる円高ドル安を招き、米国の事情で公定歩合を引き下げるときはドルの暴落を防ぐためにドイツと日本に協調利下げを促し、結果日本のバブルにつながっている。とにかく、米国債の増発分の最大の引き受け手は日本だったのである。しかも日本の場合は今のところ海外に依存できない。年末から年初にかけて欧州勢が日本の国債を購入したが、これはユーロ発足に伴うものであり、たまたまタイミングがそうなったに過ぎない。今後も継続しての買いを期待するのにも限度があろう。また、国内投資家にとっても、さすがにこれだけの国債を消化するのはむずかしいことが、1月の発行で見えつつある。それでは日銀に引き受けてもらうという発想は危険である。となると、もう少し長期金利の上昇に目をつむって、米国の投資家に購入してもらうというのもひとつの手段ではある。昨日、フィナンシャルタイムズ紙の一面トップは、日本の国債発行残高が米国を抜き世界一になりそうだという記事である。あまり名誉なことではないが、とにかく今後もかなりの量の国債が出ることだけは確かである。これをなんとか消化させるために、知恵を絞らなければならない。もっとも景気を回復させるというのが一番良い手ではあるのだが。
熊「この日(2月10日)の作者の日記はまださらに続いていた」ルービン財務長官の真意は如何に?。2月10日付け日経金融新聞のポジション欄に「リパトリエーション」に関する記事が載っている。「リパトリエーション」とは「本国送還」とか言う意味の単語である。ここのところ海外に進出している日本企業が利益等を日本に送還しているとの観測が流れている、もしくはそういった指導があったのではといった噂まであった。また、生保などが外債投資から国内債投資に比重を傾けているといった観測もある(実際、生保による外債投資は減少傾向にある)。 日米の実質長期金利差はほとんどなくなっている。もちろんこの大きな要因は、日本の国債の大量発行による需給悪化である。フィナンシャルタイムズ紙は、99年の世界の国債発行のうち90%以上が日本の国債であるとし、発行残高もまもなく米国を抜いて世界一になると報じた。世界最大の債券発行国がなんと世界最大の債権国でもある。つまりこれは資金の国内回帰の可能性がかなり強まる可能性を秘めている。このためルービン財務長官は、米国の財政を支えている日本からの米国債投資が減少するということに対して危惧を抱きだしたとも思われる。もちろん日本の長期金利の上昇は、貸し出し金利の上昇や銀行の保有国債の価格の低下といったことから、景気に対してマイナスとなり、しいてはアジア経済などにも影響を与える。しかし、米国にとっては、アジアの経済よりも、自国の財政のほうが重要であり、日銀による国債引き受けを提唱せざるを得なかったとしても不思議はない。また、国内景気のために米国の利上げ観測もあるが、日米金利差を拡大させるためのひとつの手段であろう。米国のプレッシャーにより、政治家まで国債の需給対策についてコメントするようになったが、つい最近まで「2%程度の長期金利は自然である」といった発言もあったはず。日本の長期金利の上昇に危惧を抱いた大きな理由は、実は米国の国内事情からと見るのはどうであろうか。
牛「さすが作者、いいところをついている」ここであらためて、国債の需給悪化つまりは大量発行に対して長期金利の上昇に波及しないようにするにはどうしたら良いのであろうか。いくつか考えをまとめて列挙してみたい。 一番良いのは国債を発行しない事である。しかし小渕政権に移り積極的な景気対策を講じたことから景気は底打ちしつつあると見られ、ここで景気対策を中止することはむずかしい。当然ながら税収増は期待できないため、発行額を減少させることは無理であろう。 それでは、国債の需給悪化の大きな要因となった資金運用部の引受再開はいかがであろうか?。実はこれには地方財政の悪化が大きく絡んでいるため、地方財政が好転しない限りは運用部には国債を買い入れる余裕はないと見て良い。これもやはり無理。 次に、日銀による国債引受だが、これはいったん始まると歯止めが利かなくなる。かなりのリスクがあるためやはり実現性に乏しい。 それならば、ツイストオペはどうであろうか。この場合は短期債(FB)(*4)売りの長期国債買いということであるが、これは、買いオペ増額も含めて、広義の国債引き受けと捉えられ、やはりインフレリスクが伴う。買いオペはすでに実施されているものではあるが、もし増額となると限度がなくなる恐れは十分にある。 では、間接的な方法として公定歩合の引き下げなど金融政策変更という手段はどうであろう。長期金利も金利であり、やはり政策金利の変更によって長期金利も低下するケースが多い。しかし、市場の手に委ねられている債券は素直に動いてくれないのも事実。 それでは、外国投資家に日本の国債を購入してもらうというのはどうであろうか。ユーロの発足に伴い欧州系の投資家が年初に日本の国債を大量に購入したと伝えられているが、これは特殊事情と見て良い。ただ、利回りの上昇により米国年金などが日本の国債購入に動いたとも観測されている。米国と実質金利差が少なくなっており、さらなる円高が期待できるならば、自然と海外勢の日本国債買いは期待できる。しかし、ルービン財務官が懸念している日本の投資家による米国債の売却ということも十分に考慮しなければならない。これは諸刃の剣ともなりうる。 外人投資家に絡んでは、税制変更も効果的ではなかろうか。今秋にも外国人保有の国債の利子に対する源泉税撤廃されるとの見通しがあるが、これを早期に実施しなおかつ外国人のみでなく国内課税法人に対する源泉税をも撤廃すれば、買い手の裾野を広げられる。ただ、これがどの程度の効果があるかはわからない。やらないよりはやった方が良いことは確かであろうが。 最後に、国債の引き受けシ団の見直しということはいかがであろうか。なぜか今だに10年国債はシ団引受が存在する。中期国債や超長期国債はすべて競争入札となっているのにも関わらずである。もちろん10年国債は、国債全体から見てキーになっているため、安定消化のために必要との意見もあろうが、むしろ競争入札にしたほうが、変にヘッジとかが入ることもなくなり、また引受手数料の63銭をオンしての入札といった変な慣習もなくなる。既存既得権を守るためと見れなくもないシ団引受といったものも、見直すにはいいタイミングではなかろうか。といっても、これで需給悪化が防げるというものでもないが。
熊「この時点での作者は、日銀による金融政策の変更に関して間接的な方法として公定歩合の引き下げなど金融政策変更という手段はどうであろうといったコメントをしている」以上のようにどうやら2月12日のゼロ金利政策決定に関しては「長期金利上昇」がかなり絡んでいたことがおわかりかと思う。日銀は「長期金利」は操作できないものという立場をこれまでとってきたし、これからもとっていくだろう。長期金利を決定するのは債券市場なのであり、その相場に参加する我々なのである。もちろん為替相場も同様である。たとえ中央銀行といえども為替市場の規模相場を完全にコントロールすることはできない。しかし、1999年2月12日の金融政策決定会合において究極の金融緩和策といわれるゼロ金利政策を取らざるを得なかったか。それはデフレ懸念というよりは為替、そして長期金利対策であったようにも思えるのである。