<序章>
2000年8月11日、日本銀行は「ゼロ金利政策」を解除した。政府は議決延期請求権を始めて行使し解除は時期尚早との意志を示した。しかし、日銀は8対1で議決延期請求権を否決し、その後の審議で「ゼロ金利」解除を決定したのである。
この「ゼロ金利」導入時に関しては実は直接的な景気対策ではなかったことはご存じであろうか。簡単に言えば長期金利上昇抑制策であり、「日銀による国債引受」を避けるたいがためのゼロ金利政策であった。しかし、次第に小渕首相の「なんでもあり」の経済政策に完全に組み込まれていった。
導入時に金融システム不安対策のためとの見方もあるが、当時のコメントを見れば「金融面の動向をみると、短期金融市場取引や企業金融を巡る一頃の逼迫感は和らいできている。」とされ目的は別な面にあったことが伺える。しかし、政府の財政政策とともにゼロ金利政策は究極の景気対策とされ、金融システム不安を再燃させないための麻酔効果をもたらした。
また、デフレに伴う実質金利の上昇を抑えるためにオーバーナイト金利を実質ゼロに押さえ込み、潤沢な資金供給を行ってきた。それでもまだ足りないと政府はさらなる対応を迫り、介入資金の非不胎化など「量的緩和」の導入が論議された。1999年9月21日の決定会合において日銀政策委員はマスコミまで使いプレッシャーを掛けてきた政府に対して、「否」を貫いた。日銀による国債引受はどうしても避けなければいけなかったためである。新日銀法のもと金融政策決定会合の権限が強化され日銀はその独立性を強めた。しかし、政府もマスコミも日銀は操作できると読んでいた。それを翻した時、政策委員会はある意味政府から独立したのである。
日銀はこのゼロ金利解除の条件を長期金利低位安定とは言えず、実質金利上昇抑制に置いた。これが「デフレ懸念の払拭」である。注意すべきは「デフレ懸念」であり「デフレ」ではない。つまり物価指数をもとにしたものではないことに注意。特に「良い物価下落」といったものを数値化できない。また、卸売物価や消費者物価、またGDPデフレーター等がはっきりと物価上昇を示した時には時すでに遅い。つまりはデフレの「懸念」が払拭されたとき、これは景気が底をつけ回復の兆しが見えた時と解釈が可能になる。実は速水総裁はグリーンスパンFRB議長の言動にかなり共感を覚えていたように感じる。1994年にグリーンスパンは当時、米国の実質ゼロ金利を解除する際、こういった発言をしていた。「不幸にも物価指数には問題があり金融政策の適正さを計るには限界がある。また、インフレはかなり進展した段階にならないと見えてこない。また、金融政策はかなりのタイムラグを持ってインフレに影響を与えるので、実際にインフレが現れてからでは、余りに遅すぎる。」
エコノミストの一部でも、物価指数は「デフレ懸念の払拭」を示していないと反対していたが、グリーンスパン流の考え方が正しいという認識を持っていなかったのであろう。また、速水総裁はゼロ金利解除の際に、「微調整」といった表現をしたが、これもグリーンスパン議長からの請け売りである。公定歩合0.5%までは緩和策の中の微調整との表現が可能になるが、ゼロから無担保コール翌日物を0.25%に引き上げるのであるから、これは10年ぶりの実質利上げと言わざるを得ない。まあ引き締め策とは言えないであろうが。
速水総裁がどの時点で具体的にゼロ金利解除を念頭に置きだしたかは定かではない。それがはっきり出たのは今年4月12日の総裁会見であった。この少し前に森政権が発足しているが、森首相の就任挨拶に速水総裁が行ったときに、すでにゼロ金利解除について見解を述べたと言われる。しかし、首相は聞く耳を持っていなかったようである。また、G7を控えて米国サイドからのプレッシャーもあり、そういったことが原因したのか、総裁は自分の言葉で「ゼロ金利の解除の可能性」を示唆したのである。
それは政府を刺激した。さらなる景気対策を必要と考える政府にとって日銀のフォローは当然あってしかるべきとの認識を持っていたと思われる。「変化の胎動」を感じとっていた堺屋経済企画庁長官なども、胎動から今度は産みの苦しみを理解されていたのか、ゼロ金利解除には反対姿勢をとり続けた。こういった政府の反対姿勢により、日銀は単独で解除は不可能と認識していた市場参加者も多く、また多くのエコノミストも経済指標などからゼロ金利解除はあまりに時期尚早と考えていたように思われる。たとえ解除に賛成していても「やるべきだができない」と考えていたむきが多い。こういったことが日銀との対話を困難にしていた。
総裁の解除に対する思い入れは会見等からもはっきりわかる。また、6月19日の山口副総裁の「潮は満ちつつある」との表現から日銀の執行部も解除可能との認識を持っていた。俗に言われる「ダム論」である。ただ、これに対しても反対する声も強い。民間エコノミストの多くは構造不況業種に軸足を置くあまり、景気回復はほとんど「あり得ない」といった認識を持っているようにも伺える。このため麻酔は打ち続けなければならないと認識しているとも思える。政府も同様であろう。しかし、IT企業を中心に景気を先導する企業群は足を引っ張る構造不況業種のマイナスを埋めた上で景気を引き上げるだけの力を蓄えつつあったと日銀は見たのであろう。この日銀の見通しが正しいとするならば、再利上げといったことも当然視野に入るはずである。日銀の判断が正しかったかどうかはもう少し時間が必要であるが、私はこのゼロ金利解除は正しい選択であったと考えている。
これから、もう少し詳しく「ゼロ金利政策」がとられた背景から、その効果といったもの、そして解除に向かう仮定を追っていくつもりである。ゼロ金利解除についてはいろいろと議論されているが、ホームページの読者の方からメールでいただいたご意見も紹介させていただいている。そして、ゼロ金利解除後の日銀の対応についても推測してゆきたい。