<第二部 ゼロ金利解除までの1週間と今後>


(hirakunさんから原稿をいただきました)

8月11日の週の債券市場は、我々の脳裏に鮮明に残った1つの光景によって すべて表現できるとでも言いましょうか?。予算委員会での速水日銀総裁の 背筋をぴんと伸ばし、新入生のように真っ直ぐ伸ばした挙手の姿であります。 自信たっぷりと、決意を込めたその態度は一種の感動を、見ている我々に湧き 出させるような姿でもありました。
―――ゼロ金利解除の強き所信表明演説

これに対して政治家が一部マスコミや学者等も巻き込んで、反対の大合唱。恫喝も含 め、常軌を逸した狂態は、日銀の自律性を阻害する行動として日本の金融史に刻まれ ることは間違いありません。何故、斯くも馬鹿げた狂態を演じたか?―――答えは一 つ。「みんなあなたが悪いのよ」と、景気後退の執政(失政?)の責任を日銀に転嫁 できるからである。一方の野党有力者が日銀を擁護する発言をしていることを見れば 明らかである。

この態様に危機感を抱いたのは、むしろ市場参加者であった。日銀の自律性を阻害す ることは、日本金融制度のシステミックリスクを高め、グローバルエコノミーの中に おいて「やっぱり日本は異質」と評価されることを恐れたのである。―――日本経済 の国際社会におけるサステネビリティ問題に発展するのではないかとの懸念であり、 総裁を支持する「総裁派勝手連」の台頭を意味するものであった。「日銀史上、5番 目の失敗を回避せよ」との主張であった。

日銀史上の四大失敗とは、戦前の金解禁、国債の日銀引受、1973-74年のインフレ、 最近のバブル放任であり、小宮隆太郎教授は次のように述べている。「四大失敗... は、いずれも日銀(および大蔵省)が時の政治や性急な世論に押されて正道を踏みは ずし、国民は大損害を被った。...私は一部のマスコミ・学者のいい加減な議論に呆 れている」、と

(中略)

.........何れにしても、日銀の自律性を阻害することは回避され、「日銀史上、5番 目の失敗」には至らなかったと言えよう。

日銀に対する信認問題を議論する向きはあるが、筆者は、この段階でこの問題を議論 すべきではないと思う。信認問題は、政策の巧拙が明らかになる2-3年後に判断され るべきであって、「説明したとおりに政策を実行した」という問題とすり替えること は慎みたい。金融情勢・政治情勢の中で説明していたことと相違する意思決定を行う ことは許容されなければ柔軟性のある政策運営などできないからである(意思決定後 の説明責任を否定するものではなく、この点に関しては更に改善が要請されると考え るが)。

中央銀行に対する信認は、その政策判断の的確性を歴史が判断して始めて形成される ものであり、一端形成されると自己実現的に政策運営にフォローの風を送ることもあ る。願わくは、数年後に影響力のある中央銀行になっていることを祈りたい。

さて、ゼロ金利解除による債券市場に対する影響であるが、以下の3点に集約できる と考えている。

1.コール0.25%、銀行預金からコール市場への資金移動。資金調達モラトリアムの終 焉による、足許資金意識の高まりが指摘できよう(投信会社にとっては、満期保有有 価証券のバッファーがあるもののMMF等の運用において真価の発揮される時代に突入 しつつあると言えよう)。

2.長期金利(10年金利)は、織込済み、多数の買いたい弱気の存在、インフレ懸念不 存在等からレンジ推移1.6-1.9%は、不変。むしろ、フラットニングの進捗による金 利低下加速(1.5%割れ)の可能性も考えたい。金利上昇は財政赤字に絡む懸念に焦 点が移行するした場合であろうが、現今の材料としては消化不足であり、その上、財 投における不用額の増加・財政政策の緊縮化により悪材料払拭観測が台頭すれば、レ ンジは1.5%割れで定着する可能性さえあると考えている。

3.4月以降ボトムを打った流動性スプレッドの上昇傾向継続による、非国債スプレッ ドの上昇基調は明確化するだろう。

簡単に言えば、99/2以降に過剰流動性により、過度に資金が流入したセクター・ア セットから資金が流出し、一種の定常常態を目指して調整が図られるものと考えてい る。