<第三部 4月12日日銀総裁会見>
4月12日に行われた定例の日銀総裁会見において、速水日銀総裁は「日銀がゼロ金利解除視野に景気判断していると市場が受けとめていること、間違いとは思わない」と発言し物議を醸した。これ以外にもそれまでの総裁の発言内容とは違ったコメントが数多くあり当日出席していた記者もとまどったそうである。しかも、会見の際に総裁はいつになく興奮していたようである。一説には執行部が用意していた原稿をまったく開かなかったといった話も聞いた。これは何か訳があっての発言ともとれる。いったい何があったのであろうか。
少し遡って、4月6日に森内閣が発足している。そして4月10日に金融政策決定会合が開かれその際景気に対しては、
「わが国の景気は、持ち直しの動きが明確化しており、企業の業況感や収益の改善が続く中で、設備投資に回復の動きがみられ始めている。民間需要は、設備投資を起点とした自律的回復の過程に入りつつあるが、個人消費の増加を伴う本格的な立ち上がりまでには、今暫く時間を要する可能性が高い。」 という認識が示されている。12日朝にこれは日銀金融経済月報というかたちで示されている。日銀は景気認識を一歩前進させた。しかし、速水総裁は会見でそれ以上に踏み込んだ内容の発言をしたのである。
では、その時の会見内容を見てみたい。(日銀のホームページより抜粋)
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「民間需要の自律的回復力を判断する場合、設備投資と並んで個人消費の動向というのは重要だと思う。但し、その際大事なことは、企業部門の回復が家計部門にも波及していく見通しが持てるかどうか、ということだと思う。」
☆ここで注意すべきは目に見える形での「消費の回復」がゼロ金利解除の条件としては認識していないということである。企業部門の回復が顕著であればいずれ個人消費に波及するとの「見通し」が条件となっている。この部分も時期尚早派からは不透明と言われる部分である。しかし、設備投資に加え個人投資までが完全に回復基調に入ったと見えたときは時すでに遅いといった認識があるとも思われる。
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「森総理は非常に明るく実行力のある方である。私も経済同友会代表幹事の時によくお目にかかり、それ以来、森さんとは色々なことを口論もしたし、議論もしてきたけれども、非常にさっぱりした、しかも物分かりの良い、行動力のある方であるので、大いに期待をしている次第である。」
☆ここの部分はちょっと注意が必要。6日に森内閣が発足している。当然ながら日銀総裁も挨拶に出かけているはずである。実はその際に、速水日銀総裁が森首相に対して「ゼロ金利解除」の必要性を得々と説明し、それにより森首相は信念の人について快く思わなくなったのではとの観測があったらしい(金融ビジネス9月号P21より)。速水総裁は森総理について好意的な発言をしているが、果たしてこれは本意であったのか。ゼロ金利解除らむけて政府側は態度を硬化させそれが結局、議決延期請求権の行使に繋がる。その芽は意外にこういうところにあったかもしれない。
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「デフレ懸念は一頃に比べて後退していると言って良いと思う。今後設備投資の動きを確認していくとともに、「個人消費の基盤となる所得環境などがこれ以上悪化しないであろう」といったことがもう少しはっきりしてくれば、自律的回復、つまり「デフレ懸念の払拭」への展望が見えてくると考えている。」
☆ここでも、「所得環境などがこれ以上悪化しない」ならば「デフレ懸念の払拭」への展望が開け、つまり「ゼロ金利解除」は可能になるとの認識である。これは意外にハードルは低いことを示している。ただしこれだけ発言しているにもかかわらず、市場はそうやすやすと解除は無理と決めつけていた。これでは市場との対話はなりたたない。話をしているのに聞く耳をもたないのは市場であったようにも思えるがどうであろうか。
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「『デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで』というのは抽象的だというご批判もあるであろうが、これがやはり、私どもにとっては当面の一つの目標であり、この基準の具体的な内容はどのようなものなのか、あるいはそれを巡ってどのような議論が行われているのか、といったようなことを今申し上げたような手段を通じて極力率直にお伝えしていきたいと思っているので、どうぞ宜しくご協力頂きたいと思う。 」
☆繰り返すが「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」に対する認識の違いが政府や市場とは明らかに異なっていたことは確かであろう。市場は加えて日銀は独自の判断では動けないという固定観念も抱いていた。いや、それは政府も同じであったかもしれない。新日銀法はともかく信念の人に対する認識が甘かったともいえる。
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「(質問)今の総裁のマーケットとの対話の話というのは良く分かり、非常に大切なことでもあると思うが、総裁が冒頭で言った「景気認識はかなり大きく前に進んだ」という表現がメッセージとしてマーケットに伝わると、年内どこかのタイミングで日銀はゼロ金利の解除を視野に入れて政策判断していくのかなというような受け止め方になるかもしれないが、マーケットがそういう判断を持つとしたら、それは別に誤りではないと考えるか。
(答)先ほど申し上げたようなことを、どのように受け止めるかは知らないが、今おっしゃったような受け止め方をされる方も多いと思う。それが間違っているとは思わない。」
☆これはかなり過激な発言ともとれる。のちほど山口日銀副総裁が金問調に呼ばれその際にあれは総裁の「持論」と発言したと伝えられたが(真偽のほどはわからない)、これは執行部としてもちょっと言い過ぎと感じていたとも思われる。債券相場はこういった表現に敏感に反応し先物で50銭程度下落したのであった。
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「そのこと(ゼロ金利)がもたらす副作用というかマイナス効果というものも出てきているわけであり、ゼロ金利を直すことが直ちに引き締めだという理解は、それは通用しないのではないか。今あるゼロ金利というものが、中央銀行の歴史でも例をみない、非常事態に対する非常対策であるというふうに皆さん理解しておられると思う。それを「解除する」ということが「引き締め」だというふうに判断するのは、私は間違っているのではないかと思う。」
☆「ゼロ金利解除」はあくまで異常事態からの回避であり、ゼロから0.25%程度に利上げしてもそれは引き締めではないと強調。確かに公定歩合の0.5%までは引き締めとは言わないかもしれない。でも利上げではある。ここの解釈は微妙。180度の政策変更ではないことを示すことは必要であったのであろう。でもやはり180度の政策変更であったというのは数年後に明らかとなろう。
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「金融機関等にとっても、企業にとってもそうであるが、一つのモラル・ハザードのようなものになって、資金は極めて低いコストでいつでも調達ができるから、無理してリスクを伴う構造改革などに手を出さないでも何とか経営していけるんだという安心感から、今最も必要とする構造改革などを先延ばししていくというようなことになりはしないであろうか。」
☆この部分はあとになって強調されなくなった。「そごう問題」もからみ構造改革とは切り離した認識をのちほど示すようになるが、本音はむしろ上記にあるのは確かであろう。ただし政府サイドを刺激しないようにするにはこの部分は強調するのを避けざるを得なかったと思われる。
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「金融面では、資本主義経済の最先端であるべき金融市場、特にインターバンク・マネー・マーケットにおいて、翌日物無担保がゼロ金利であるということは資本主義の原則に反するものであるだけに、ご指摘もあるように市場が段々小さくなってきている。このことは、これからの日本経済、あるいは日本の金融市場を国際化していくとか、健全なものに育てていくというような場合に、非常に大きなマイナスになる可能性があるといったようなことがあるわけで、そういうことを考えるといつまでもゼロ金利で良いわけではない。金利を正常化していく、非常事態の非常金利ではなく、正常化していくということは、次の段階としてなるべく早い時期にやるべきことだと私は思っている。景気が良くなっていけば、金利は上がっていくのは必然の動きだと思う。」
☆一部市場参加者が日銀擁護に回ったのは上記の意味するところを認識したものと思われる。あるホームページオーナーも日記で「水の番」という昔話スタイルで日銀擁護の姿勢を明らかにしている(?)。
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「 今のところ、むしろ消費者物価はどちらかというと下がり気味である。先ほど申し上げたように、IT産業などで製造コストも下がっていくし、民間にもそうしたものが普及していくし、それと同時に、流通革命のようなことが起こって、安くて良い物のところへ消費者が集まっていって、そうしたものがどんどん売れていくということになり、そうしたものが確実にCPI、消費者物価の計算のなかに入って来るようになれば、必ずしも卸売物価が上がっても消費者物価は上がらないということは十分あり得ると思う。卸売物価はまだ上がっている状態ではない。ほぼ横這いである。 」
☆ここでも問題なのは「デフレ」と「デフレ懸念」の認識の違いである。エコノミストの一部はデフレ懸念が払拭された証拠を示せと問うが、それは物価指数に比重を置いたものではない。消費者物価、卸売物価、GDPデフレーター等を見る限り、物価上昇は見えない。良い物価下落と悪い物価下落の区分けもむずかしい。日銀は物価指数でなく「デフレ懸念の払拭」を他の経済指標からつかみ取ろうとしている。たとえば日銀短観といったような。
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「私どもの仲間は大体隠居しているので、いつ上げてくれるのかと私の顔をみる度に皆が言うが、その辺の気持ちは分かっているつもりである。今まで本当に我慢してもらっているわけだから、思い切って早い機会に――資産の価値を守ることはまず第一だが――年金生活者等にとってはやはり大事なものである運用利回りを正常化しなければいけない。これは、先ほども申し上げたとおり、私の本心でもある。」
☆確かに日銀総裁も蔵相も一般家庭では隠居の身。激務に追われたいへんなことと思う。それはともかく、年金生活者うんぬんはあまり強調されないほうが良いかもしれない。しかし、ポロっと出てしまうあたり、総裁の本音が今回の会見に見え隠れしているのがわかる。
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「先の政策というのは、まず、そういう公の席で言うべきものではないし、誰も言わない。経済情勢がこれだけ上向きに変ってきたということは言えることだと思う。それに対して、私どもは今のところ、まだゼロ金利で出来るだけ資金の供給を円滑にして、国債その他の消化をうまくいくようにしているということだと思う。企業には、やはり構造改革というものが、この時期にどんどん進んでいくことを期待したいと思う。これは今、世界的に同じような状況ではないかと思う。それだけ言っただけで、十分分かって頂けると思う。 」
何故、「国債その他の消化」をわざわざ持ち出されたのか。それは第一部をご覧いただきたい。
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これはG7を前にしての発言であっただけにG7で「ゼロ金利維持」を確約させられるのではとの危惧から総裁発言に繋がったとの見方もあった。実際に宮沢蔵相も「あたまが痛い」といったコメントをされている。
またこれ以降、日銀も依然として説明がうまくなされていない。執行部との意見調整がはかられていなかったと思われるような発言もあった。あとで発言が調整を求められることもあり、弁明のような発言に繋がってしまい、市場を混乱させた要因にもなったのである。
独り立ちというのはなかなか大変なのであろうか。4月12日の発言に関しては、上記のように市場への警告ととらえる必要があった。確かに相場はいったんはそのように動いた。しかし、これでゼロ金利解除の可能性が高まったと見る参加者はまだ限られた。私自身はこれで7月17日の解除は確定的と認識したのだが、かなり少数派であった。
第四部では、この発言から8月4日の山口副総裁の講演にかけての動きを追っていくつもりである。